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悲報。…さらば僕らのヒーロー(笑)

 今、この場にいる五人の人間の中で鉄男と世良小町を除いた三人の人間は驚愕の事実を前に言葉を失っていた。

 神代の”鵺”に守護まもられているとされる音乃島で生まれ育った姫子、シュザンヌ、香津美でさえそれは自分の耳を疑うような内容の話だった。


 「寒くなって来たな…。鹿賀君の家まで歩きながら話そうか」


 小町は鉄男の家の方に向って歩き出す。


 「え?世良さん、知っているんですか⁉」


 まだ話していないはずの場所に向って歩き出す小町に向って香津美は尋ねる。

 小町は都合の悪そうな顔で答えた。


 「悪いな、香津美君。実は気を失ったリョウが担ぎ込まれた時に尾行していたんだ。あの時は怪しい格好の男がウチのリョウをお姫様抱っこしていたので相当、肝を冷やしたぞ?」


 そう言って小町は鉄男に向ってウィンクをする。

 鉄男も鑑の追跡を警戒して用心したつもりだったが、老獪な鵺使いはいとも容易く切り抜けたのだ。


 (流石は八十歳、現役の鵺使い。抜け目がない)


 鉄男は心の底から感心する。


 「その後、素直にインターホンを押して尋ねれば良かったのだがな…。もしも相手が一般人だった場合は氏素性を話すわけにも行かずあれこれと考えた挙句に以前の仕事でコンビを組んだ香津美君を頼る事になったというわけだ」


 「あははは。頼りにされて光栄です、大先輩」


 香津美は遠い目でしながら返事を返す。当時は問答無用で手に負えない程の力を持つ怪異と対峙させられたのだ。いくら使命感が強くてもやってられない時というものがあるのだ。


 「”待てば海路の日和あり”とはよく言ったものだ。まあそれほど悠長にしているわけにも行かないが…」


 世良小町はそう言って一息つく。

 氷龍の覚醒はリョウが生まれた時にある程度は予想しえた事だ。今さら悩む事ではない。リョウに氷龍を制御し得る力があれば最悪の事態は回避できる。


 (それには強い意思が必要だ。私怨に振り回されるような柔な心構えではやがて鵺に自我を食われてしまう。…リョウ、ここが踏ん張りどころだぞ?)


 ケンカ別れをした時は”二度と顔も見たくない”と突き放したものだが、いざ手元から離れてしまえば心配で仕方ない。自分の至らなさを痛感して世良小町は二度目のため息をした。

 鉄男は近所の目を気にして裏口を使う事にした。それというのもこれまで女子を家に招待した経験など皆無なのだから当然の成り行きとも言える。

 姫子とシュザンヌは言うに及ばず、シンガの田丸香津美と世良小町(八十歳)も周囲の注目を集めるような美女である。


 (後で事情を聞かれたらどう説明したらいいのやら…)


 鉄男は気恥ずかしさから苦笑しつつ裏口の取っ手に手をかける。雪害対策が施された庭木に彩られた和風の庭の真ん中でブルーの全身タイツ、上半身には白い装甲服と足には白いブーツを身に着けた鉄男の祖父”鹿賀鉄人”がいた。


 「かーッ‼ギャリック砲ッ‼」


 日課の”ギャリック砲”の発射訓練の最中である。


 「…」


 実際、今の今まで出た試しなど無い。

 鉄男は軽い眩暈を覚え、裏口を閉じた。


 「どうした、鉄男?」


 「やはり正面から入りましょう。裏にはバカ爺がいますから」


 鉄男はシュザンヌたちから老害そふが見えぬように通せんぼをした。


 「鉄男君のお祖父ちゃん、またベジータさんのコスプレしてたね。もう慣れたから大丈夫だよ?」


 姫子が気を利かせて気にしないように言ってくれる。


 ぐさっ‼鉄男の精神に100のダメージ‼姫子のフォローは完全に逆効果だった。


 「ただいま‥」


 「お帰り。ところで鉄男よ、そろそ俺も栽培マンくらいは倒せるようになったお思うのだが…どう思う?」


 鉄人は広い額に汗を浮かべながら真剣な眼差しで問うた。

 空手道(梶原一騎に影響されて)に手をめて四十と余年、今なら己のこそがヤムチャの無念を晴らすという自負がある。しかし、これに対して鉄男はただ”死ね”と考えていた。


 「祖父ちゃん、お客さん来てるから中入って着替えて」


 鉄男は小町と香津美に鉄人の姿をなるべく見せないように背中を押した。


 「待て、鉄男。お前、俺の知らないギャルを家に入れようとしていないか⁉言っておくがここは俺の家だぞ⁉自己紹介ぐらいさせろ‼」


 鉄人は全力で抵抗して鉄男の拘束を外してしまった。そして、その足で女性陣の前に立つ。

 鉄男は地面に薙ぎ倒されていた。値踏みするように田丸香津美と世良小町の姿を見た。


 「こちらのスーツのギャルは田丸さんか…お久しぶりです。そしてこちらの黒髪ロングの女性は誰だ?」


 「世良小町さん。寒川さんのお師匠さんだよ」


 鉄男は起き上がってから身体についた土を落とす。空手の稽古ではしょっちゅう打撃で転がされるのでこの程度の事では起こる気にもなれない。鹿賀流空手の稽古は文字通り、命を賭けたものである。


 「鹿賀鉄人です。愚孫がおせわになっています」


 そう言って鉄人は小町と香津美に頭を下げた。


 「これはご丁寧に。こちらこそ、馬鹿弟子がとんだご迷惑をおかけしてもうしわけない」


 小町もまた鉄人に向って頭を下げる。


 「はあ、こちらこそ…」


 香津美も小町につられて頭を下げた。


 「鉄男よ、お前は空手の修行もせずに女子とイチャイチャばかりしおって…まさか我が家を”ラブひなた荘”にする気ではないだろう⁉集めた女子全員と結婚の約束でもしたのか、白状せい⁉」


 どげしっ‼


 返事の代わりに鉄男は祖父を蹴飛ばした。先ほどの意趣返しとばかりにかなり本気で蹴っている。


 「…違えよ。ていうかそんなネタ、誰も覚えちゃいねえよ。…ていうか俺がいない間に何か変わった事あった?」


 その場で起き上がりながら鉄人は不敵に笑った。そして親指を”ぐっ”と立てる。


 「今日もギャリック砲は出なかったな…。コツは掴みかけていると思うのだが。そういえばお前が連れてきた無口系のギャル、寒川リョウさんといったか?あの娘が先ほど目を覚まして母さんと一緒に食器を洗っておったぞ?」


 「‼祖母ちゃんが食器って何で止めなかったのよ⁉」


 鉄男は祖父の話を聞いた後、顔面蒼白と為る。それもそのはず鉄男の祖母、鹿賀久子は外見に反して家事能力は限りなくゼロに等しかった。今から止めに入っても数枚の皿はが散華していることだろう。


 「母さん、娘が欲しいと言っておったからのう…。たまにはお祖母ちゃんっぽいところを見せたかったのではないか?」


 鉄人は台所に立つ久子とリョウの姿を思い出しながら嬉しそうに目元を綻ばせる。その時もガチャン‼ガチャン‼と食器が割れる音など耳に入っていなかった。


 「スーちゃん先輩、姫子先輩。俺ちょっと台所行ってきますから。これ頼みます!」


 鉄男はマイバッグを二人に託すとすぐに台所に向った。部屋に近づくにつれて祖母とリョウが談笑している声が聞こえる。まだ無事か⁉とも考えてみるが頭を振って甘い考えを捨てる。どのような惨状を引き起こしても笑って済ませてしまうのが家事無能力者という生き物だ。


 「時に世良さん。寒川さんは見た感じ家庭的なイメージがあるのだが…」


 シュザンヌはリョウが自分の母親と共に和気あいあいと食器洗いをしている場面などを思い浮かべる。姫子も同意とばかりにウナ頷いている。だが天下の女傑、世良小町(八十歳)は鼻先で笑い飛ばした。


 「君の目は節穴か、シュザンヌ君?リョウは食器洗いはおろか袋のインスタントラーメンもまともに作れない残念娘だぞ。全く誰に似たのやら…」


 (…じゃあ今までどうやって暮らしていたんだ?)


 豪快に笑う小町を見ながらシュザンヌは湧き上がる疑問雄数々を意識しないように心がける。実際の話、シュザンヌとて家事は得意ではない。ゆで卵を潰してマヨネーズを和えて卵サラダを作るのが限界だった。


 (やった‼袋麺なら私も作れるよ‼)


 姫子はなさけない優越感に浸りながら小さくガッツポーズを決める。


 (はあ…。結構真面目に教えたんだけどな‥)


 その陰で姫子やシュザンヌが幼い頃に炊事の手ほどきをした田丸香津美は複雑な気分を味わっていた。


 「祖母ちゃん!大丈夫か⁉」


 鉄男は最悪の事態を想定しながら台所に突入する。幸いにして洗った食器を保管しておく水切りケースの中の食器は無事だった。


 「あら鉄男ちゃん。ずいぶんゆっくりしていたのね」


 「鹿賀さん、お邪魔しています」


 祖母とリョウが鉄男に愛猿をしてくれる。だが鉄男には彼女らの厚意に答える暇など無かった。食器棚、問題なし。ティーカップ、鉄男のお気に入りの品々は無事だった。


 (おおッ‼神はいたのか…⁉)


 鉄男は思わず祖母の顔を見る。すると祖母は舌をペロリと出して笑う。


 「ごめんね、鉄男ちゃん。私たちうっかり湯飲みを…ね?」


 「…ごめんなさい」


 祖母は電子レンジを開けて中から箱を取り出す。鉄男が通販で買った沖縄のご当地ヒーロー「琉神マブヤー」の湯飲みが粉々に砕けていた。相手が男なら顔面を一発殴って帳消しにしていたのかもしれない。だが相手は女性。正義のヒーローを志す鹿賀鉄男が鉄拳制裁できるはずもない。


 「あ、ははは…。二人とも次からは気をつけてね…」


 鉄男は顔面の筋肉ををひきつらせながら笑った。そうするしかなかった。


 「俺は晩御飯の準備があるからさ…。二人は部屋でテレビでも観ていてよ」


 「あの、お手伝いできることは…」


 鉄男は湯飲みの残骸が入った箱を眺めながらボソリと呟く。


 「今は一人にして欲しい…」


 すっかり精気を失った鉄男の顔を見たリョウは慰めの言葉をかけようとする。だが鉄男の祖母久子無言では首を横に振ってリョウを止めた。その後、鉄男のすすりなく声を聞きながら二人は後ろ髪惹かれる思いで台所を後にした。


 「あの…鉄男さん、大丈夫でしょうか?」


 剣鬼、鑑与四郎を前にしても一歩も引かぬ稀代の豪傑、鹿賀鉄男の弱弱しい背中を見てしまった寒川リョウは彼の祖母に自分い何か出来る事は無いかと尋ねる。今の鉄男では鑑の前に立つよりも先に行き倒れてしまいそうな雰囲気だった。


 「鉄男ちゃんは身体は頑丈なんだけどね。心はロマンチストというか乙女チックだから…」


 「そうなんですか?意外です」


 先ほどのお気に入りの食器を割られてへこむ鉄男の姿を思い出し、リョウはもうしわけないと思いつつ笑ってしまう。


 「そうなのよ。鉄男ちゃんのお父さん、私の長男の鉄也は大らかというか細かい事を全然気にしない性格なんだけどね。二人合わさって丁度いいのかしら?」


 久子はリョウの笑顔につられて笑ってしまった。二人が談笑しながら牢かを歩いていると丁度部屋を出てきたシュザンヌと姫子と出くわした。


 「あら、二人ともお帰りなさい。どう?外は寒かったでしょう」


 「姫子さん、シュザンヌさん、おかえりなさい」


 久子とリョウは満面の笑みで二人を迎える。だが複雑な事情を抱えて戻ったシュザンヌたちの表情は芳しくない。そんな折、居間から世良小町が姿を現した。


 「リョウ、探したぞ」


 リョウの姿を見た世良小町の表情は心なしか少しだけ厳しい。


 「世良さん。穏便に頼みますよ」その後ろには田丸香津美の姿もあった。

 

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