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明と暗

 シュザンヌから話を聞いた小町は態度を一変させる。仮にも愛弟子が負傷したとなれば黙ってもいられないという心境なのだろう。


 「傷を癒すだと?リョウは怪我をしているのか?」


 「ええ。我々と出会う前に鑑与四郎と戦って負傷したようです。…そうだな、鉄男?」


 シュザンヌに問われて鉄男は首を縦に振る。あの時の鑑与四郎は冷酷非情そのもので確かにリョウの命を奪おうとしていた。


 「…あのバカ娘が。あれほど与四郎には手を出すなと言ったはずなのに…」


 リョウの現状を知った世良小町は思わず舌打ちをする。おそらくはリョウが小町のもとを離れる際に”鑑とは決して戦うな”と忠告したのだ。世良の表情からも飄々とした雰囲気が失われ、苦汁に満ちたものとなっていた。


 「あの…ところで世良さんは寒川さんの師匠と聞いていますが寒川さんのお祖父さんの先生でもあるんですよね?」


 鉄男はかねてより違和感を覚えてていた事を小町に尋ねた。記憶が正しければ目の前のうら若い女性はリョウの祖父と鑑の師匠でもあるはずだった。


 (女性の年齢を詮索するのは失礼だと思うがどう見ても二十代…だよな)


 鉄男は故町の姿をもう一度、眺める。腰まで伸ばした長い黒髪は精気に満ちた光沢を放ち、クールな雰囲気を醸し出す面立ちはリョウにどことなく似ている。スタイルは何というか全体的に均整の取れた理想的な女性の体つきである。


 「左様だ。私の名前は世良小町、ピッチピチの八十歳だ。無論、嘘ではないぞ?」


 小町は腰に手を当て、ニカッと笑って見せる。


 「は、八十歳って…ウチの爺さんより年上ッ⁉」


 想定外の事実を突きつけられて鉄男は絶句する。姫子とシュザンヌも同様にショックで固まっていた。


 「こんな婆さんの胸をまじまじと見つめるとは…さては特殊な性癖の持ち主か?」


 「いえ滅相も無い⁉」


 鉄男はスケベ心を見抜かれて心臓が飛び出しそうなほど驚いてしまう。その一方で女性陣の視線は冷ややかなものに変わっていた。


 姫子の攻撃。


 「まあ鉄男も男の子だからね…」


 ざくっ‼続いてシュザンヌの攻撃


 「見損なったぞ、鉄男」


 ざくっ‼ラスト香津美の攻撃


 「鹿賀君、女性はそういう視線に敏感なのよ?」


 ざくっ‼三回連続攻撃、鉄男の精神に300のダメージ‼

 鉄男は立ち上がれない。


 「さて話は戻るが…私は与四郎とリョウの父方の祖父雷蔵の師匠にあたる人間だ。この事に異論はない。付け加えておくなら雷蔵は既に世を去り、与四郎とは冷泉疾風流の免許皆伝を与えてから四十年は会っていない」


 そう言って小町は過去を思い起こす。少なくとも小町が修行を終えた二人を見送った時には与四郎は不穏な空気を纏ってはいなかった


 (その…はずだ)


 「小町さん、私にはどう見ても貴女は田丸さんと同じくらいの年齢にしか見えないのだが?」


 「ん?これか?…鵺使い特有の副作用というやつだ。鵺に依存しすぎると外見の老化が鈍る」


 小町は首を捻って関節の可動領域を確かめる。やはり若い時分と同様というわけにはいかず、骨格が軋むような高齢者独特の痛みをおそわれた。


 「動きは全盛期に近いが、体力そのものは立派な老人だ。朝は早いし、夜はすぐに眠気を覚える。専門医の話では寿命が特別長くなる事もないらしい」


 世良小町は自分に言い聞かせようと何度も頷く。不老長生も良い事尽くしというわけではではないらしい。もっとも本人にその事を気にする様子は見えないが…。


 「そもそもこの姿では老人優待席に座れない。敬老パスが使えない。その他諸々のサービスが受けられないという欠点がある。香津美君、上に掛け合って何とかしてくれんか?」


 小町は聞くだけで腰砕けになってしまいそうな注文を付ける、


 「あはは…。善処します」


 組織に入って数年の下っ端構成員でしかない田丸香津美にはただ苦笑して受け流す他ない。世良小町の身に起こった現象は天戒衆内部でも極めて希少なケースなのだ。


 「ふむ、頼んだぞ。ところで鹿賀君、ウチの不肖の弟子、鑑与四郎は強かったか?君が与四郎の凶行を止めてくれたんだろう」


 「確かな技術に裏打ちされた相当の実力者だと思います。まだ本気の一部も出してはいないでしょう」


 ほう、と世良小町は息を飲んだ。

 鉄男の観察眼は若いながらもかなりのものであると推測する。


 「そこまでわかっているなら話は早いな。ぶっちゃけ今は私より与四郎の方が強いだろう。仮に戦ったとしても返り討ちにされるだけだ。そこで無理難題を押しつけるようだが…与四郎のヤツを懲らしてめてくれるか?」


 そう言って小町は深いため息をつく。幼い頃からよく知る鑑与四郎と寒川雷蔵の孫にあたるリョウがこのような形で争うなど彼女にとっても本意ではない。


 「俺の力でどこまでできるかはわかりませんが最善を尽くします」


 鉄男は不退転の決意を込めて小町の願いに答える。

 世良小町も、寒川リョウの祖父も、おそらくは彼女の家族もリョウが人殺しになってしまうことなど望んではいないだろう。


 (例え寒川さんに憎まれる事になっても俺は彼女の為に鑑を殺させはしない。善人であれ、悪人であれ人の命がかけがえのないものである事には変わりないのだから。不殺の正義、それが俺の正義だ)


 鉄男の言葉を聞いて小町は少しだけ肩の荷が下りたような気がした。

 実際、小町とて鑑与四郎の凶行の報せを受け入れられたというわけではない。長い時を生きる彼女にとって雷蔵と与四郎が切磋琢磨する日々は記憶に新しい。

 だが腑に落ちない事はそれだけではなかった。


 「ありがとう、鹿賀君。この一件では私も及ばずながら全面的に協力させてもらおう。この店には下にフードコートがある。店内で適当なつまみとカップ酒を買ってから少し早い祝杯でもあげないか?」


 小町は手でおちょこの形を作ってニコッと笑う。


 (ぬうっ‼そう来たか‼)

 小町のあまちの突飛な提案に鉄男は眩暈を覚える。

 あの繊細そうな寒川リョウと豪放磊落を地で行く世良小町の師弟関係とはさぞ複雑なものだろう。


 「生憎私は素寒貧だ。財布役は任せたぞ、香津美君」


 小町は香津美の肩を鷲掴みする、あくまで部下にたかるつもりだった。


 「私、下っ端だから薄給なんですよ?世良さんって天戒衆の最高幹部ですよね、普通は逆じゃないですか?」


 香津美は涙混じりに抵抗する。今回の姫子たちの研修を兼ねた遠出に随行するに必要となる交通費、宿泊費の一切は全て自費負担である。加えて手当も雀の涙程度でしかない。

 日本有数の霊的防衛を任されている天戒衆という組織はブラック企業だった。


 「はっはっは!何を言うか、香津美君!私の給料などは君と対して変わらんよ!何なら給料明細、見るかい?」


 そう言って小町はポケットから髪を取り出す。

 

 「ちょっと失礼」 ×3

 

 姫子とシュザンヌ、香津美は小町に支払われた今月分の給料額を見て、――自分たちの来たるべき未来に絶望した。


 「残念ですが世良さん。私たちは鉄男の家で寒川さんを待たせているので帰ります。御話は後日にしていただきたい」

 

 シュザンヌは天戒衆の最高幹部に対して失礼が無いよう最低限の礼儀を守りつつ、されど明確な意思表示を忘れずに小町主宰のプチ飲み会への参加を断る。この古強者の女傑が宴に参加することになれば容赦なく立場を楯に取ってくる事は必至だ。


 「そうか。リョウは今、鉄男君の家で世話になっているんだったな。私も同行しよう。これでもリョウの保護者だ」

 

 世良小町は堂々と食い下がって来た。実際に未成年の寒川リョウの法的な保護者は世良小町なので理屈は通っている。


 「それにリョウが世話になっているという話ならば鉄男君のご家族にもお礼を言わなければなるまい。うん、是非そうしよう」

 

 実年齢八十歳の年の功とも言うべきか世良小町の言動は揺るぎ無い。

 シュザンヌは歯ぎしりをする。

 もしもここで缶所が鉄男の家に来れば必然的に小町もすき焼きを食べる事になるだろう。そうなればシュザンヌに割り当てられる肉が減ってしまう。

 西欧貴族の令嬢のような外見をしたシュザンヌ・ヴァンホーテンは想像以上に食い意地が張っていた、


 「ところでシュザンヌ君。先ほどこの辺りで冷泉院神社の気配をかんじたのだが、ご存知かな?」


 冷泉院神社とは寒川家、世良家の本家に当たる冷泉院家の本拠地である。

 二百年ほど前に発生した災害によって消失してしまった(※土石流に飲み込まれてしまったという説が濃厚である)。


 「…これの事でしょうか?」


 シュザンヌは先ほどの戦闘で入手した箱を小町に見せた。


 「失礼」


 小町は理を入れてからシュザンヌから受け取った箱を観察する。


 「やはり、な。これは我が一族が代々管理してきた祭器だ。いや正確に言うと冷泉院神社が消えてしまった時に失われてしまったはずだが…まさかこんな場所で見つけるとはな」


 実際小町も箱の存在は亡き両親から言い伝えとして聞いた程度だった。


 (リョウが氷龍の使い手として生まれてきたという知らせを聞いた時にある程度予想はしていたが、これほど早く出くわすとはな…)


 小町は眉間に皺を寄せて考え込む。


 「先に話しておくが、この箱の中身は氷龍の身体の一部だ」


 「‼」

 シュザンヌは小町から途方もない事実を聞かされて絶句する。

 仮に小町の言葉が確かならば氷龍は実在した事になる。さらにもう一つ、今ここに氷龍の肉体の一部があるという事は氷龍が自らの意志で復活しようとしている事に他ならないのだ。


 「奥羽山脈を跨ぐほどの”鵺”が蘇ろうとしているのか…」


 ポタリ。誰もが地面に落ちた汗の音を聞いたような気がした。


 「左様。我々にとっては緊急事態かもしれんな。始祖殿の暗殺事件以来の…」


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