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危機去って…

 「ひんひん…。ひどいよー。あんまりだよー。鉄男君、慰めてー」


 シュザンヌからもらった拳骨がよっぽど痛かったらしく姫子は頭を抑えながら泣いている。


 「そいつを甘やかすな、鉄男。クセになって増長するだけだからな」


 シュザンヌは姫子には一瞥もくれずに神社の奥に向った。


 「ううう…。世が世なら私はお姫様なんだよー。もっと大事にしてよー。ひんひん」


 姫子は縋るような目で鉄男を見ている。何らかのリアクションを取らなければ後に墓場に行くまで恨まれるパターンである事はつき合って日の浅い鉄男でも十分、理解出来た。


 「頭、撫でてよう…」


 「はい」


 姫子にせがまれて鉄男は殴られた箇所を撫でてあげる事にした。

 姫子の頭はかなり強い力で殴られたせいか腫れ上がってたん瘤が出来上がっていた。


 (スーちゃん先輩を身長の事で弄るのは禁忌タブーだな…)


 鉄男は姫子を宥めた後、手を引いてシュザンヌを追いかける事にした。


 「中は木造建築じゃないんですね」


 鉄男は”院”の内部に広がる岩窟の光景を目の当たりにして驚きを隠せない。確かに此処に入るまでは年季の入った木造建築の神社だったのだ。心なしか洞穴の深奥から冷たい風が吹いているような気がする。


 「多分、これは”鵺”の記憶の再現なんだよね。元々はこういう場所で暮らしていたとか…。或いは封印されていたとか」


 やや落ち着きを取りもした姫子が困惑する鉄男に現状について説明してくれる。姫子自身、こういった場所に慣れているせいか普段よりも大人びて見えた。「封印。すると氷龍が祀られていた場所か‥」鉄男は岩に覆われた景色を見ながら呟く。

 以前、氷龍に話しかけられた時と同じような気配が場一体から感じられた。


 「ヒメ。さっさとその木偶の坊をここまで連れて来い。目当ての物が見つかったぞ」


 「わかったよ。スーちゃん。すぐ行くよ。鉄男君、少し早く歩くけど大丈夫かな?」


 鉄男は深く頭を振って問いに答える。

 岩窟の地面は見た目こそ起伏に富んだ歩行が困難な地形だったが先程と同様に実際は平面だったので鉄男たちは無事に終着点へと辿り着く事が出来た。


 「これだ。この盃が”霊核”の役割を果たしてこの広大な空間を作っていたという話だ」


 洞穴の道が途切れた場所でシュザンヌは手に小さな盃と木製の小箱を持って鉄男たちを待っていた。小箱には墨で頭から日本の角を生やした蛇が描かれている。

 蛇の頭部を飾る金色の鬣といい、これが間違いなく氷龍或いは寒川リョウと関係するものである事は明白だった。


 「スーちゃん先輩、そちらの盃は小箱の中に入っていたのですか?」


 シュザンヌは首を横に振る。


 「いや違う。これは別々に置いてあったものだ。おそらく小箱の中身は御神体というヤツだ。触らない方がいいぞ?」


 シュザンヌは盃の方をハンカチに包んで姫子に手渡す。そしてつぎに小箱を脇に抱えた。


 「ヒメ、頼む」


 シュザンヌに頼まれて姫子は盃を両手で持って目を閉じる。姫子の足元から白い蔓が伸びて瞬く間に姫子の身体を覆い尽くした。


 「封印」


 姫子が唱えると白い蔓が繭のように小さくなり、盃だけを包んでしまった。後には小さな毛糸の球のようなものだけが残る。


 「流石は森川姫の末裔を名乗るだけはある。いつもながら見事な仕事だ」


 「えへへ…。それほどでも」


 姫子は珍しくシュザンヌに褒められて照れていた。


 (厳しい時は厳しく。褒める時は優しく。ウチのクソ爺にもスーちゃん先輩の事を見習って欲しいものだ)


 帰り道は鉄男が先頭、姫子が真ん中、シュザンヌが殿を務める事になった。

 岩窟の内部から盃と小箱を持ち出さなければ異空間から脱出する事は出来ないらしい。


 「外は大丈夫なんですか?」


 「うん。私の張った結界が効いているハズだからさっきの恐いお化けは外に出て来られないはずだよ」


 姫子は自信満々に答える。さっきシュザンヌに褒められて気分が上向きになっているのだろう。姫子の歩幅も普段よりも広くなっているような気がした。


 「だが鉄男、覚悟はしておけよ。お前が変身したところは観衆ギャラリーにしっかりと見られていたからな?」


 「あははは…。善処します」


 鉄男は自身の失態を指摘されて苦笑する。幸いにしてあの場所には知人友人の類はいなかったがブラスターガイトの姿はデジカメで撮影されていた。

 しかし鉄男の故郷は狭い田舎町なので明日には近所の人間にも知れ渡っているだろう。正直、恥ずかしいという気持ちも少しはある。


 「…以降、気をつけます」


 こうして鉄男は変身ヒーローの苦労というものを改めて噛み締めることになった。

 三人が食品売り場に戻ると周囲は夕飯時らしい喧騒に包まれていた。先ほどの化生が起こした騒動など既に忘れ去られているのかもしないに。


 「やれやれ。ようやく我が愛しき日常に帰還だ」


 シュザンヌは周囲を一通り眺めた後に両手で伸びをする。


 「リョウちゃんの事は黙っているつもりだったけど、これじゃあ本部に色々と報告しなきゃだよね…」


 姫子は少し疲れた様子で言った。

 事実、今回の事件で被害は出ていないが一般人が”鵺”の姿を見てしまったからには事後の処理というものが必要となる。

 ”怪異の存在を一般の人々から遠ざけるのも鵺使いとしての責務だ”とシュザンヌが仰々しく語っていた事を鉄男は思い出していた。


 「さあ、鉄男。些末な用事は片付いたぞ。これからは本命たる”すき焼き”の材料を買いに行こうではないか‼」


 シュザンヌが鉄男の型をがっしりと掴む。可憐な外見に反してシュザンヌは結構な力持ちである。


(もう間違ってもすき焼きを中止するとは言えないな)


 なぜならば二人の血走った目が真剣そのもので返答を下手にはぐらかせば命の危険さえ考えなければならない。

 鉄男は半ば観念した心境で生鮮食料売り場に直行する。


 「何と本土のすき焼きとは牛肉を使うのか⁉」


 鉄男が牛こま肉を籠に入れているとシュザンヌと姫子が驚嘆の声を上げる。


 「音乃島じゃ豚か牡丹肉だからねー。すごいよー」


 後で聞いた話では音乃島という土地では野生の猪が田畑を荒らすので定期的に駆除しているらしい。しかも味は家畜と違って鉄のような風味が強くてとても食べられたものではないと姫子たちは力説していた。


 「これは期待、大だね」


 こうして鉄男は小さな子供W二人、連れているお母さんのような気持ちで買い物を終えた。


 「ほほう。このような都会でも買い物かごは使われているのだな」


 シュザンヌはマイバッグに買った食品を詰める鉄男を見ながら感心している。バッグにはちゃっかりと即席のコーンスープ(姫子)とスポーツドリンク(シュザンヌ)が入っていた。

 まがりなりにも二人は町の平和維持に貢献してくれたので文句は言えない。


 「鉄男君はいいお婿さんに慣れるよー。ビニール袋、有料なのに買い物かごを持って行かないウチのお父さんにも見習ってもらいたいね」


 荷物は二人が分担して持つと言ってくれたが鉄男は是を「男の甲斐性」と言って譲らず一人で持ち帰る事になった。

 その帰り道、鉄男は自宅から何か連絡が来ていなないかと携帯電話を覗く。

 姫子の見立てではリョウの容体はそれほど悪くは無いとの事だが万が一という事も有る。


 (むしろ心配するべきは身体の傷よりも心の方か…)


 鉄男は山の中でリョウと出会った時の思いつめたような表情を思い出す。

 人としてそれほど多くの経験を積んできたわけではないが寒川リョウが心に深い傷を負っている事は理解出来た。


 (祖母ちゃんがついているから万が一という事はないだろうけど、もう少し落ち着くまで一人には出来ないな。せめて彼女に親い人間がいてくれたらいいんだが…)


 鉄男はため息混じりに液晶画面を眺める。すろと田丸香津美からの着信が何度か確認できた。


 「スーちゃん先輩、姫子先輩。田丸さんから電話来てるんですけど」


 「田丸さんから?」


 「ええっ⁉何で?」


 シュザンヌと姫子は驚いたような顔つきで答える。この後、鉄男は自身の携帯電話に連絡が入っていた事を説明せねばならなかった。


 「ふむ、話は分かった。我々が戦っている時に田丸さんから電話がかかってきたという話だな」


 「すごいね、鉄男君。そんな難しそうな機械を使いこなせるなんて流石は都会人。でも私たち、宿を出る前にちゃんと連絡は残しておいたよ?」


 姫子の言う様に量感を出る際には行き違いにならないよう田丸宛に最低限の連絡は残してきた。

 田丸香津美からの二人の信頼度は高く些細な外出では問いただされる可能性は低いだろう。だとすれば…残る可能性は田丸の方に何か異変が起こったとも推測できる。


 (考えられるとすれば鑑与四郎、或いは氷龍絡みか…)


 鉄男が物思いにふけっていると家の方角から上下スーツ姿の女性が走って来た。

 見覚えのあるウェーブのかかったセミロングの髪。整った顔立ちは社会の第一線で活躍をする強い女性像を想起させる。誰あろうか東方守護番天戒衆の正規隊員、田丸香津美その人だった。


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