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一網打尽


姫子とシュザンヌとの口論に一区切りがついたころには地面はけもの道から玉砂利の敷かれた道に変わっていた。相変わらず足の裏の感触は床を踏んだ時と同じ感触である。

鉄男は現状に困惑しながらも粛々と目的地である”院”と呼ばれる場所に向って歩き続けた。


「出て来ませんね…」


鉄男は延々と続く似たような景色を眺めながら尋ねる。

あたかも照明器具を当てられて映し出されたような竹林の風景ばかりが続くようになってからは以前にも増して生き物の気配が薄まっていた。


(まるで書き割りのような風景だが、俺の五感全てはそう感じてはいあない…)


 ふと気がつくと首に汗をかいていた。鉄男とて警戒を解くつもりは毛頭無かったが先の戦いで気忙しくなっていたせいもあって疲労感を覚えている。


 「もう少し待て、鉄男。もう少しで”院”に到達する。敵はそこで我々を迎え撃つ算段だろう」


 シュザンヌは背後の鉄男の 様子に気を配りながら答えた。

 戦闘能力ではシュザンヌを凌駕する鉄男だが超自然的な存在との戦いとなればシュザンヌと姫子に一日の長がある。ゆえに過去の経験から「今の鉄男は見知らぬ異邦の地に迷い込んでさぞ心細い想いをしているのだろう」と二人は鉄男の抱える不安要素などが手に取る様に理解出来た。少し前までは一般人だった鉄男には理解できなくても至極当然である。

 

 「氷龍の意図は不明だが”院”を消さなければ次々と化生たちが境界を越えてこちらの世界にやってくる。我々の仕事に最優先事項があるとそれを阻止する事だ」


 「うんうん。鵺を倒す事が出来るのは同じ鵺を使う鵺使いだけだからね」


 シュザンヌと姫子の激励を受けて鉄男は改めて自身に課せられた使命について考える。

 以前、岩鉄と遭遇した時は生き延びる為に力を振るった。その戦いの後に岩鉄という相棒を得て、鉄男は念願の変身ヒーローになることが出来たのだ。

 もしもシュザンヌと姫子の助けが無ければ、あの”無貌”の鵺に殺されていただろう。

 

 ”鵺は鵺にしか倒せない。”


 その言葉が持つ意味を今さらのように思い知らされる。未知への恐怖など微塵にも感じる暇などないというのに…。


 「すいません、お二人とも。ご迷惑をおかけしました。俺はもう大丈夫です」鉄男は己の心情を熱っぽく語る。「うむ。それでこそ鉄男だ」


 シュザンヌは自身に見た鉄男を見て満足げに頷く。知り合って間も無く実に短いつき合いだが鉄男には信頼を寄せていた。そして、ついに”院”と思しき建物の前に三人は辿り着く。

 前方には朱の大鳥居が並び立ち、その奥には神社らしき建物が見えた。


 「吊り橋か。厄介だな」


 シュザンヌはアイスブルーの瞳を細めながらかの地と此処を分け隔てる古めかしいつり橋を見据えながら呟いた。


 「あれ渡るの?ねえ、嘘だよね?」


 姫子はそれを見ただけで顔面蒼白と為り難色を示している。


 (お気持ち、お察しします。姫子先輩…)


 鉄男も黙ってはいたが高いところは苦手だった。というか高所恐怖症でなくとも避けて通りたい場所である。シュザンヌは持ち前の武人然とした豪胆さで外に出さなかったが内心ではもう帰りたくなっていた。


 「当然渡るに決まっているだろう。覚悟を決めろ、ヒメ。とりあえず矢代に入らなければ対処法を見つけるK十も出来ん」


 シュザンヌは鞘からサーベルを抜き、つり橋の上に乗った。


 ぎしッ…。


 その瞬間、吊り橋全体がわずかに軋んだ。


 「大丈夫ですか、スーちゃん先輩⁉」


 鉄男はすぐに手を差し出したがすぐに首を横に振って断られた。


 「安心しろ、鉄男。下は普通の地面だ。多少無理をしても地面に真っ逆さまなんて事にはならないだろう」


 シュザンヌは不敵な笑みを見せながら手招きをする。


 「でも…スーちゃんって見かけよりも体重あるから私と鉄男君が乗ったらつり橋が切れちゃったりして…」


 姫子はつり橋を支える手すりの部分を引っ張りながら安全性を確かめる。


 「安心しろ、ヒメ。私が信じられないか?」


 「もちろん信じてるよー」


 最初に鉄男が先行すると次に姫子が恐る恐る後をついて来る。

 シュザンヌの言った通りに橋全体を支えている縄や足場の板が発する音は心許ないものだが靴底から伝わってくる完食そのものは安定した地面そのものだった。

 鉄男にも”鵺”が侵入者を拒んで幻覚を使って妨害しようとしている意図が見える。


 「先を急ぐぞ、二人とも。少し進んで気がついたのだが向こうは既に準備万端のようだ」


 シュザンヌは親指を傾けて奥に控える神社の方が巣を指さす。その先には武装した骸骨武者の一団が待ち構えてきた。


 「俺が先鋒を務めましょうか?」


 鉄男が慌てて前に出て行こうとする。法術専門の姫子と軽装のシュザンヌでは例え質で勝っていてもあの数で来られては明らかに分が悪い相手だ。


 「その必要はない。戦法は先輩である私に任せてもらおう…いや、たまには先輩の顔をたてろ、鉄男。お前はその鈍重な牝牛が敵の矢に当たらないように守っていてくれ」


 そう言ってシュザンヌは颯爽と敵の前に向って行く。先ほどの姫子の無礼な発言をしっかりと根に持っているようだ。


 「ううう…。すーちゃんのいじわるううう…」


 姫子の恨み言を軽く背中で流しながらシュザンヌは橋の向こう側に渡る。その先には巨大なナギナタを持った僧兵が立っていた。

 白い頭巾、僧衣、手足と身体は装甲で覆われている。頭巾の奥から殺気を漂わせる青白い光が見えた。


 「こういう時の作法は…名乗り上げかな?」


 ざしゅっ‼


 シュザンヌが言うよりも早く僧兵はナギナタを振り下ろした。間一髪の差でシュザンヌは斬撃を避ける。そして銀色の前髪を払いながら鼻で笑う。


 「あわわわ…。スーちゃん、すっごく怒ってるよ…」


 幼なじみの姫子の見立てではかなり機嫌を悪くしてしまったらしい。鉄男もシュザンヌの身に纏う気配が鋭くなった事に気がつく。


 「こちらは一方的な侵入者なのだから最低限の礼儀は守ってやるつもりだったが…その必要はないようだな…、ヘイムレンッ‼」


 シュザンヌは既に出現させている西洋剣サーベルの銘を呼ぶ。

 次の刹那、刃に黄金きん色の炎が疾走はしった。

 シュザンヌは剣の持ち方を西洋式の剣術から日本式のそれに変える。状況に応じて最も適した戦術を選択する事のがシュザンヌの真骨頂だった。


 「いざ勝負…」


 シュザンヌは中段の構えで敵を待ち受ける。だが敵は定石などお構いなしに巨大なナギナタを天高く掲げ、踏み込みと同時に振り下ろしてきた。


 ガギンッ‼


 シュザンヌはナギナタを受け止める。

 西洋人形のように端正な顔立ちは歪む事無く涼やかなままだった。


 ぎぎ‥っ‼


 刃と刃は重なったまま動かない。否、シュザンヌの剣技で止められているのだ。


 「九朗判官ほどではないが私にも多少の剣術の心得はある。筧迅雷流”伏虎とらぶせ”…効くだろう?」


 シュザンヌは口元を歪ませると手首を傾ける。ただそれだけだというのに…。


 がしゃっ‼


 僧兵はナギナタを手放してしまった。


 「籠手固めを剣で…しかも薙刀相手にやるとは‼」


 戦闘中は武器をしっかりと握らなければならないという心理を逆手に取って相手の握り手を手持ちの武器の柄に絡めて自由を奪う古流剣術の技、籠手固め。

 下手をすれば自分の武器を失ってしまう荒業だがシュザンヌはそれを実戦でやってのけたのだ。見事という他ない。


 「チェックメイトみだ。次はもっとうまくやれ」


 シュザンヌは冷酷に言い放つと僧兵の眉間を西洋剣サーベルで貫く。

 刃はすぐさま頭蓋の中にある”核”をは飽き仕手僧兵の肉体は崩れ落ちた。


 「さて前菜は片付いたが…敵さんはまだま元気そうだな。少しは先輩らしいところを見せておくか…」

 

 シュザンヌは西洋剣ヘイムレンを何処から現れた扉の中に放り込むと別の武器を取り出す。


 「槍か…。あまり得意ではないが贅沢は言ってられないな」


 そう言ってシュザンヌは目の前で背丈の倍以上はある長柄の槍を振り回す。骸骨武者たちは間髪入れずにシュザンヌに斬りかかった。


 「ユリウス、グスタフ」


 シュザンヌは自身の祭器”霊剣ノイシュヴァンシュタイン”に内蔵されている武武器庫から素早く二本の剣を取り出してこれに対応する。

 ノイシュヴァンシュタインはひと際目立つ異能を持っていないが詠唱や儀式無しでいつでも実体を持たない相手にも有効な武器を取り出せる極めて実戦的な”鵺”だった。


 「来い、三下」


 シュザンヌは骸骨武者の群れを睥睨しながらゆっくりと距離を詰める。


 かっ‼


 最初に斬りかかってきた骸骨武者をすれ違いざまに切り払うと次に控える亡者の軍勢の間を一気に駆け抜けた。


 がっ‼がっ‼ざっ‼がッッ‼


 瞬く間に、、華麗に、間断の隙も無く骸骨武者は白菊のように散って行った。

 最後の骸骨武者ががしゃりと音を立てながら地に伏した時、シュザンヌはようやく一息をつく。


 「これが第一線で戦う鵺使いの実力だ。理解したか、新入ルーキーり?」


 シュザンヌは微笑む。息も乱さず、また汗を流した素振りさえ見せない。鉄男は頼もしい先輩の姿にただ感服するしかなかった。


 「ただし、見た目チビッ子だけどね」


 この後、姫子がシュザンヌに拳骨をもらった事は言うまでもない。


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