狭間
「マクシミリアン‼」
シュザンヌは呼びかけると目の前に豪華な装飾が施された箱が出現する。箱の蓋が自動的に開くとこれまた豪華な装飾が施された拳銃が現れた。
「銃は嫌いかな?」
シュザンヌは片目を閉じて狙いを引き絞る。どこぞの神社のような”境界”から現れた骸骨武者はボロボロになった槍を捨て腰に差した鈍ら刀を抜いてシュザンヌに斬りかかる。
ダンッ‼
シュザンヌは引き金を引いて弾丸を射出した。骸骨武者の灯具が一瞬で爆ぜ散る。
「失礼。アポの無い来客とは会わない性格だ」
ふうと銃口に向って息を吹きかける。彼女の極寒の地に降る雪の如きシルバーブロンドとアイスブルーの瞳、真珠の如き白い肌と相まって艶美ささえ感じる。
(すごい…。俺がやったら顰蹙物のアクションもスーちゃん先輩がやったらそれなりの説得力があるな‥)
鉄男はややナルシスト気味のシュザンヌに畏敬の念を抱いていた。
「さてと…。これから境界の奥にあるであろう”院”を目指すわけだが…鉄男、何か聞いておきたい事はあるか?」
院とは鵺使い太刀の間では霊的な現象の発生源となる事物の事である。この場合、”院”とは突如として出現した通り道の奥に或る建物の事である事は鉄男でも容易に推測できた。そこに疑問の余地は無い。
「もしかしてここの”院”の奥には寒川さんのお父さんとお兄さんの仇の鑑与四郎がいるんですか?」
鉄男の懸念は鑑との遭遇にこそあった。シュザンヌと姫子の実力ではあの百戦錬磨の凶剣士の相手は辛い。もしも予想通りに鑑があの奥で待ち構えているなら鉄男は一人であの奥に突入するつもりだった。
「いや、その可能性は低い。鑑という男がどれほどの法術の使い手かは知らないが、単独で”院”を召喚できるほどの実力者ならば天戒衆が黙ってはいまい」
シュザンヌは細身の西洋剣と拳銃を空間に生じた穴に放り込むとわずかに乱れてしまった前髪を整える。
シュザンヌの使役する”鵺”ノイシュヴァンシュタインは複数の武器を保管しておく武器庫のような能力を持ち、一種類につき一度のの戦闘では一回しか使えないらしい。
「はいはい。スーちゃん、私からも質問です。そろそろ結界を解除してもいいですか?」
「いいわけがなかろうが、怠け者め。”院”をどうにかしなければ先ほどのような化生がまたイオンの中を徘徊することになるんだぞ」
「うう…。それは困るよ。鉄男君に粉のコーンスープを買ってもらおうと思っていたのに…」
シュザンヌの説教を食らって姫子は気落ちしてしまう。
(そうか.粉のコーンスープ買わないと駄目なのか…)
鉄男は頭の中でこっそりと買い物リストを更新する。肉の値段によっては姫子には諦めてもらわなければならないがやはり可能な限りは容貌に答えてあげたいと鉄男は考える。結局、姫子は結界を維持しながら同行することになった。
術の効果もあってか例の骸骨武者と遭遇する事は無い、後方支援担当といえども姫子の実力は侮れない。
「鉄男。一応聞いておくがこの建物の近辺に妙な噂が出ている建物はないだろうな?」
「例えばどんな建物ですか?」
「…」シュザンヌは一度、神妙な面持ちで考えてみせる。本人に直接言うとは気を悪くするのだろうが年端の行かぬ童女が迷っているようで可愛らしく見えた。
「悩んでいるスーちゃんも可愛いよね…」
姫子が微笑みながらシュザンヌの姿を見ている。
がんっ‼
すぐにそのひれに対する鉄拳制裁が入った。
「同い年のお前に言われるとは甚だ心外だな。例え思っていても黙っているのがマナーというものだ。なあ、鉄男?」
シュザンヌは鉄男の邪心もお見通しのようでしっかりと釘を刺してくる。
鉄男は無言で頷くしか無かった。
「話を戻すが、例えば人が訪れなくなった神社とか処刑場だな。そういう因縁深い場所にはあの手の化生が発生するのだ。全くを持って度し難い…」
しかし鉄男の知る限りでは今シュザンヌの一手ような場所は心当たりがなかった。
「そういう場所は無かったと思いますね。けどさっき遭遇した化粧とは寒川さんと出会った場所で戦いました」
山中腕で寒川リョウを守りながら戦っていた時はあまりよく観察していたわけでは無いので自身はないが、骸骨武者の身に着けている刀剣や鎧のデザインは同じ物だったかもしれない。
同時に果たして寒川リョウの世話を祖父母だけに任せても良かったものかと鉄男は今さらのように自身の不用心さを後悔する。祖父が人間相手に後れを取るような事は滅多にないが相手は霊的な存在であり、祖母は一般人、リョウは怪我人なのだ。
「そう浮かない顔をするな、鉄音。後悔後先に断たずだ。まずは目の前の難事を一つ一つ解決してから先に進むとしよう」
シュザンヌは先頭を勇往邁進する。彼女のこういった前向きな姿勢は何かと後ろ向きに考えがちな鉄男には頼もしく感じられた。
「そうそう。早く帰ってリョウちゃんの看病もしなきゃね」姫子が鉄男の背中を叩いてくれる。「鉄男、そろそろ変身してくれ。お客さんだ」
場が和やかになったところでシュザンヌは真剣身を帯びた声を発する。流石は先輩と言うべきか彼女は既に新しい武器を用意していた。
「やれやれ、サーベルか。苦手というほどではないが実戦では今一つ心もとない…」
シュザンヌは”武器庫”から取り出した自分の武器を見てぐちを溢す。
彼女の所有する武器の数は大体把握しているがたまに”外れ”があると以前にシュザンヌから聞いている。
鉄男は首を縦に振ると左右の腕を曲げて腰の位置を低くして構えた。
「装…ッ‼神ッッ‼‼」
さらに羅り上がりながら両腕を同寺に振る。
「おおっ‼」
鉄男の腰にゴツゴツとした装飾のベルトが出現した。
「とうっ‼」
鉄男はその場で前方宙返りを決めると同時に裾の長いコートを身に着けたブラスターガイトの姿に変わった。
「おおー。すごいねー」
姫子は素直に感心して手を叩いてくれた。だがシュザンヌの方はは心底呆れたような顔をしてブラスターガイトの姿を見ている。
「…気は済んだか、鉄男?さっさと行くぞ」
シュザンヌは吐き捨てるように言うと一人で奥に進んで行った。
(やはり女子には理解してもらえないのか…)
鉄男は最初からそうとわかっていながらも落胆してしまう。
「あはは…。鉄男君、ドンマイドンマイ」
姫子は気落ちしている鉄男を気遣って肩を叩いてくれる。
鉄男たちが仄暗いトンネルのような空間を抜けると竹林に出た。残雪に覆われた竹からは独特の臭いが感じられたが寒さのようなものは一切感じられない。
空を見上げようにも書き割りのような灰色の雲が広がるだけで鉄男の不安を誘う。
「そう身構えるな、鉄男。お前には縁のない代物かもしれないが、これが鵺の心象風景というヤツだ」
シュザンヌは側面に広がる竹林に向って軽くノックをする。案の定、空振りではなく「コン、コン」と壁を叩いたような音が聞こえてきた。やはり此処は鵺の作り出した仮初の世界なのだと鉄男も理解する。
「鉄男君にとっては不慣れな場所なのかもね。私たちはホラ音乃島の人間だからこういう場所に慣れているから」
「はあ…。そういうものですか」
シュザンヌと姫子のフォローを受けて鉄男は一応の冷静さを取り戻す。これが”鵺”の作り出した仮初の世界ならば寒川リョウの持つ”氷龍”が関わっている事には違いないだろう。
だが、だとすればあの時に現れた骸骨武者たちは何故リョウにも敵意を向けてきたのかという謎が残る。
「どうした、鉄男?まだ何か不安に思う事がるのか?」
鉄男の歩みが遅くなっている事に気がついたシュザンヌが問いかけてきた。
「え⁉いや後で氷龍に前に襲って来た敵の事を聞かなきゃって…」
「???…氷龍に?名の話だ?」
シュザンヌは怪訝な表情で鉄男を見つめてくる。
「いや、だから帰ったら氷龍に今ここで会った事を尋ねようかという話なんですが…俺、変な事を言いましたか?」
「ヒメ、どう思う?」
「ええっ⁉私にはわかんないよー」
シュザンヌと姫子は顔を見合わせてさらに訝しむような表情になっていた。
「スーちゃん先輩と姫子先輩も偶に自分の”鵺”と話したりするんでしょう?」
鉄男は少し心配になって前々から気になっていた事を尋ねる。彼女たちほどの使い手ともなれば普段は自分の鵺と世間話などをしているのだろうと思っていたのだ。
「は?…何お話だ?」
「鉄男君、それじゃまるで鉄男君がリョウちゃんの鵺とお話できるみたいじゃない」
二人は未だに鉄男の言い分に納得が行かないようである。
「あの…俺さっき家で氷龍から聞いたって言いましたよね?」
「ああ。寒川さんから聞いたのだろう?それくらいは覚えているぞ」
シュザンヌに同意するように姫子はうんうんと頷いている。
「いやそうじゃなくておれは直接、氷龍から聞いたんですけど…」
「なッ‼馬鹿な‼そんな事があるわけがないッ‼”鵺”が自分から語り始めるなど…」
「鉄男君、ずるいよー‼私、十歳ごろから白檀使うようになったけどお話し事なんか一度も無いんだよー‼」
二人は鉄男に向って物凄い勢いで抗議を始める。鵺使いの始祖の血を引くという姫鬼もそんな経験はないのだから当然と言えば当然の仕打ちなのだろう。
実際に思い返してみると氷龍自身もも人間と会話したのは鵺使いの始祖”矢萩伊作”以来だと言っていたような気がする
。その後、姫子とシュザンヌの質問攻めを食らいながら鉄男は藪蛇という言葉の意味を嫌という程思い知らされた。