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交戦

「来るぞ‼」


シュザンヌは豪華な装飾が施された鞘から西洋剣サーベルを抜き放つ。

天井の照明から沸いた炎の腕を瞬く間に刺し貫いた。


「ふう。どうやら鈍ってはいないようだな」


そう言って氷の如き美貌に余裕の笑みをたたえ、未だ燃ゆる怪異の炎の残滓を一息で消し去った。


「お見事です…」


鉄男は見事な技量とシュザンヌの美しさに心を奪われ、思わす照れてしまう。


「いよっ‼スーちゃん、千両役者ッ‼憎いね‼」


 姫子はシュザンヌの活躍をはやし立てた。しかし彼女の言い回しが古すぎていつの時代の人間かはよくわからないのが玉に瑕だった。


 「この辺に目立った霊場は無かったはずだが…」


 この場合、霊場とは過去に不幸な事故や墓場ないし祭事場の事である。”鵺”は基本的に実体や存在の因果関係を持たない為に他の事物の持つ概念そのものに依存する傾向が強いのである。鉄男の”岩鉄”などはその典型例で鉄男の持つ変身ヒーローへの強い憧れがブラスターガイトの姿となったのだ。


 「うん。ここに来た時にカツお姉ちゃん、そう言ってたね」


 姫子は幼い頃から何かと面倒を見てくれた田丸香津美の言葉を思い出しながら言う。彼女は現在、本部との連絡の為に岩手市に向っている。「自動車と免許は持っていない」と言っていたので帰るのは夕方になるだろう。


 「鉄男、結界を張るからそれまでは変身を控えていてくれ…って早過ぎるぞ」


 「…あ、すいません」


 シュザンヌが言うよりも早く鉄男はブラスターガイトに変身していた。周囲の人々は手持ちのスマートフォンでしっかりと撮影している。


 「ヒメ、すぐに白檀で結界を作れ。これでは何かと戦いにくい」


 シュザンヌは瞬時に武器を透明させて周囲に気を配る。


 「さっきの化け物は顕現したばかりだから被害を出さずに済んだ。だが、あれが大衆の前で姿を現す事になればパニックは避けられないだろう。だが今一つ、納得がいかない。こんな人の多い場所で果たして鵺が姿を現すものなのか?」


 シュザンヌは自身の経験を踏まえた上で思考を張り巡らす。通常、よほど強い想念から生じた鵺でもない限り自ら進んで人を襲うような事は無い。それが鵺という物だ。

 予想の範疇ではでは鵺を使役する者がどこかにいて人を襲わせているというものだがこのような人が多く集まる場所で鵺を遠隔操作するには精神の消耗が激しく、かなりのリスクを背負うことになるし何より思ったような効果を上げること自体が難しい。


 「スーちゃん先輩?」


 気がつくとシュザンヌの傍らにはブラスターガイトの変身を解除した鉄男がいた。

 鉄男は鵺使いの家系ではないので祭器を介して鵺と繋がっているわけではない、鵺と共存関係にある。ゆえに精神集中や呪文の詠唱といった複雑な手順無しでいつでも出し入れが可能なのだ。


 「鉄男、気を抜くな。今のは運よく遭遇できただけだ。これから結界を張るからお前は私と一緒に迎撃に徹するんだ。いいな?」


 鉄男は返事をする代わりに頭を縦に振る。

 姫子はいくつかの印を結んで”結界”を張っていた。鵺を御する鵺使い秘伝の法術において姫子はシュザンヌよりも使いこなしている。その分野のエキスパートと名乗っても良いだろう。


 「こっちは終わったよ、スーちゃん。持続時間は保って三十分ってところかな?」


 いつの間にか姫子の足元から生えた白い木から白い蔓のようなものが蜘蛛の巣よろしく広がっている。鉄男は以前に姫子から白檀を介して”術”の効果範囲を広げる事も出来ると聞いていた。これはその応用だろう。


 「あの白い糸状の霊器(※物理的な鵺の触媒を祭器と呼ぶのに対して、霊的な触媒をレイれいきと呼ぶ)はの柵になっていて通り抜けようとしたものを押し戻す効用がある。階位ランクの低い化生ならば通り抜ける事は出来ないだろう。だがその分だけヒメの負担は重い。出来るだけ手早く仕留めるぞ、鉄男」


 シュザンヌは白い汁をかき分けて結界の内側に入り込む。

 霊的な存在を視える者でなければ白檀の姿は見えないように他の客たちは何が起こっているかさえわからないといった様子だった。

 鉄男は慎重にシュザンヌの後をついて行く。自然にその後ろを姫子がついて歩くという形になった。


 「寒いね、スーちゃん。なんだか冷凍庫の中を歩いているみたいだよう」


 姫子は自分の身体を抱いてガタガタと肩を震わせている。


 (これはまさか‥氷龍が関係しているのか?)


 北国育ちの鉄男はそれが自然の引き起こした現象ではなく何者かの仕業である事をいち早く察知する。


 「鉄男君…カイロとか持ってない?」


 姫子は寒さで唇を紫色にしながら尋ねる。彼女の故郷、音乃島は詳しい位置は不明だが南国育ちなので寒さには滅法弱い。


 「どうぞ」


 鉄男はいざという時の為に携帯していた使い捨てのカイロを姫子に渡す。


 「あうあうっ‼こんなんじゃ敵と戦う前に寒くて死んじゃうよお‼」


 姫子はコートの前を開けて、そn下のセーラー服をたくし上げてカイロを突っ込む。その際に下着の一部と白い肌が見えてしまった事は不可抗力以外の何物でも無いだろう。鉄男は咄嗟に目隠しして見ないようにしたが間に合わなかった。


 「あれれ、どうしたの?私なんか変な事をした?」


 「俺がしたというかされたというか…」


 姫子の白い素肌(下腹部)と緑色の下着を見てしまった事を思い出して鉄男は赤面する。


 「???」


 「たわけ。お前の太鼓腹を見て鉄男は面食らっているのだ。ここは音乃島ではないのだぞ?」


 シュザンヌは最前列で敵の気配に注意しながら姫子を窘める。幼い頃から周囲に同棲が多かった事、顔見知りばかりしかいない環境で育った為に姫子はこういうところで緩い部分がある。

 実際、鉄男の子とも近所の年下の幼なじみくらいに考えているのだろう。


 「あっ⁉…ごめんね、見苦しいものを見せちゃって…」


 自分の落ち度に気がついた姫子がすぐに頭を下げて来る。


 (いやむしろこちらが眼福でしたとお礼を言いたいところだがそういうわけにはいかないか…)


 鉄男は雑念を振り払うと「これからはお互い気をつけましょう」と声をかけた。


 「ヒメ、近くに鵺の気配はあるか?」


 食品売り場を半周したところで不意にシュザンヌが尋ねる。あの”炎の腕”と接触してから敵らしい敵と遭遇する事は無かった。だが依然として鉄男たちの操る鵺は敵の存在を察知していたのである。


 「うーん。結界の外に逃げた化生はいないと思うけど反応は薄いかな…。というか段々と気配が薄まってるとか…」


 「おかしいな。あの類型タイプの化生は大物に随行しているのが定石だ。必ず近くにいるはずなんだが…」


 シュザンヌはそう言いながら剣を出現させる。

 次の刹那、アイスブルーの瞳が冷たく輝くと頭上かに向って放たれた矢を切って落とした。


 「惜しいな。相手が私でなければうまく言っていたかもしれんぞ?」


 シュザンヌは不敵に笑うと矢が飛んできた方向を見る。その一点から商品が並んでいる棚が消えて薄暗い空間と”道”は出現していた。


 「嘘ッ!?スーちゃんこれって境界なの?」


 姫子は仄暗い空間に目を凝らしてみる、それはどこまでも続いているようでいて、されどどこ行く先の閉ざされたある種の窮屈さを感じさせる感覚だった。


 「…らしいな。まさか音乃島こきょう以外でこのようなものを見せられるとは…」


 シュザンヌは音乃島にある「緑鳳御堂」という場所を思い出す。そこは鵺使いの始祖「矢萩伊作」に仕えた鵺”緑鳳”が封印された場所でここと同じく元の場所の面積からは想像できないほど広大な空間が存在するのだ。


 「この感覚は緑鳳御堂のそれに似ているな。すると先ほどの敵は…」


 シュザンヌが言い終わる前に十字槍が彼女の鼻先をかすめた。当たらなかったのは鉄男が彼女を抱いて跳び退ったからである。


 「大丈夫ですかですか、スーちゃん先輩⁉」


 鉄男はシュザンヌの小柄な体を抱きながら安否を尋ねる。余裕を持って躱したつもりだが万が一という事も有り得る。


 「やれやれ、新しい後輩は遠慮というものを知らんな。女性はもっと慎重に扱うものだぞ?」


 と言うや否や珠算右派鉄男の手から離れ、骸骨武者の身体をいともたやすく両断した。


 「お見事…」


 その華麗な斬撃を目の当たりにした鉄男は再び称賛する。


 「わー!すごいー!さっすがスーちゃんッ‼」


 姫子も手を叩いて親友の活躍を喜んでいた。


 「フッ。敵の手の内は大体理解した。それでは反撃と行こうか…」

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