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因縁

 「あれはそう―――、俺が梶原一騎先生の漫画に影響されて鹿賀流空手を立ち上げた頃の話だ」


 ドタドタッ‼


 近くで話を聞いていた姫子とシュザンヌが続けざまにコケてしまった。


 「大丈夫ですかっ‼」


 鉄男はすぐさま姫子とシュザンヌのもとに駆け寄る。


 「ああ。・・・我々なら問題はない」


 シュザンヌは助け起こそうとする鉄男に無事を伝える。


 「とてもユニークな理由で鹿賀流空手って出来たのね…」


 音の島にある唯一の理容院…というか床屋には新タイガーマスクと空手バカ一代が山のように置いてあった。散髪には自分で切るか床屋を頼るしかない姫子とシュザンヌは自然に梶原一騎やあだち充に詳しくなっていたのである。


 「話を続けてもいいか?」


 二人は多少の精神的なダメージを残しながらも何とか立ち上がった。

 「どうぞ」


 シュザンヌは衣服についた埃を払いながら答える。


 「当時、生まれたばかりの鉄也(※鉄男の父)の為に街へ粉ミルクを買いに行った時の話だ。街の雑貨屋で目的の物を手に入れた俺は近道をしようと廃トンネルを通ろうとした…」


 鉄男の住む町には確かに戦後まもなく作られた土砂の搬送用の運搬車を動かす為の線路とトンネルが存在した。数年前の震災で埋まってしまったが、鉄男も小学校の公民の授業で自分の住む町にそういった施設があった事を習っている。


 「トンネルを出た先に妙な気配がしたかと思えば刀を持った怖そうな男たちが待ち構えおった。俺は家に帰って早くプロレスの試合が見たかったから完無視をしようと思ったのだが、――向こうから誘いを受けてな‥」


 姫子がふと気になった事を尋ねる。


 「あの…日本の話ですよね。刀を持った人が待ち伏せしてるとか普通に考えてありませんよ?」


 シュザンヌも首を縦に振って同意である事を伝える。鉄人はあっけらかんとした様子で笑いながら答えた。


 「まあ、ヒメちゃんとスーちゃんにはわからんかもしれんが一流派を立ち上げればそういう事もあると言う事だな。はっはっは。で、話を続けるぞ?待ち伏せをしていた連中の中で一番背の高い男が俺の行く手に立ちはだかったのだ。名前は確か糟谷五郎丸と言っておったな」


 果たしてどこが笑うタイミングなのか姫子とシュザンヌには理解できない。孫の鉄男ですら頭を抱える始末である。


 「んで糟谷某は、俺が田浦道場で甲冑の試割りを実行した事を知っていてな。『一手指南のほどを…』と言ってスラリと刀を抜いてきたわけだ。いやあ、いい時代だったなあ」


 そこでまた鉄人は呵々大笑する。…その場にいる鉄人以外の誰も笑わなかった。


 「相手は見るからに玄人の神道無念流の使い手。アントニオ猪木先生の試合があったのだがぐっと堪えて立ち合いに臨んだ…」


 鉄人は情感たっぷりに目を閉じる。

 糟谷はま見紛う事なき強者だった。彼の呼吸、気勢、佇まい、今も尚瞼の内側に残っている。


 「結果はまあ聞くまでもないだろう。俺がここにいる。そして糟谷はいない。一合で決着はついたな」


 (一合…。”北神”を太刀相手に使ったのか…)


 鉄男は口内に溜まった唾をゴクリと飲み込む。鹿賀流第一の奥義”北神”の正体は焦点を一点に絞り込んだリードジャブであり、武器を持った相手に通用するような代物ではない。


 (戦いにおける向き不向きを捉えるセンスが違い過ぎる。これが鹿賀鉄人か‥)


 鉄男はこれが祖父と己の間にある決して埋まらぬ差である事を痛感した。


 「彼奴の最速の奥義”籠手落とし”を電王北神で打ち負かしてやった。頭蓋の内に入り、脳を砕いた感触は居間でも忘れんわい」


 鉄人は凄みのある笑みを浮かべる。法律。倫理的にかなりアウトな話になっていた。


 「鉄男、電王北神とはどのような技なんだ?」


 シュザンヌは聞き慣れない技の名前が気になって鉄男に聞く事にした。鉄男は祖父に一旦、話を中止するよう目配せをしてから”北神”の応用技である”電王北神”について自分なりの説明をする。


 「ス0ちゃん先輩には以前、北神については説明しましたよね?」


 「ふむ。敵の攻撃の”機”を狙って動き出す起点となる部分にパンチを当てる技だったか?」


 鉄男はコクリと頷く。だが隣にいる鉄人は不満そうな顔をしている。今の説明では合格どころか及第点にも達していないとばかりに。


 「おいおい、鉄男君。それでは君のような出来損ないの出涸らしが”後の先”や”先の先”といった高等技術を使えるということになりやせんかね?俺は君のそういうカッコイイところ見たことないなあ~」


 鉄人は皮肉たっぷりに笑う。


 (このクソジジイ…ッッ‼‼いっそボケた事にして老人ホームに入れてやろうか⁉)


 鉄男はひたいに太い血管を浮かべながら我慢をした。


 「ジジイの言う通り、俺に敵の行動を先読みするような力はない。せいぜい経験則で大体のあたりをつけるのが限界だ。だから俺が北神を使う時には観察に徹する時間が必要になる。相手のクセとかを見抜いて…んでまずは歩法を封じるところから始まるんだ」


 鉄男は鑑と戦う時にも彼の足音を中止て聞いていた。これは相手が手練れの武術家になればなるほどに一定のリズムで動くという習性を知っているからである。整った旋律に合わせて動く武術家の動きは洗練されていて美しいものだ。


 「敵の動きを抑制し、特定の状況かに追い込む事でこちらの想定した状況シチュエーションを作り出す。後は…演武とかと同じで来るべき場所に来るべきものが来たのを狙って…打つ」


 鉄男がゆっくりと鉄人に向って拳を打つと鉄人はその拳を容易く受け止めた。


 「え?今のでいいの?鉄男君のパンチ、防がれちゃったんじゃない?」


 姫子は納得できなかったのか何度も鉄男と鉄人の姿を見ている。


 「ふむ。これでようやく及第点だな、鉄男。ヒメちゃんや、北神は当たらんでもいいのだ。そういうパンチを持っていると警戒させるだけでいい」


 姫子は呆然としながら鉄人の話を聞いている。一応、天戒衆の別動隊の一員として格闘技の指導を受けている姫子だが今の説明では全く理解できないようだ。


 「なるほど。ガードを固めればさらに機先を制する条件が整う。逆に敵の間合いにある事を嫌って距離を取ろうとすれば‥ずっと鉄男のターンが続くというわけか」


 逆に技の骨子を大体理解した珠算右派会心の笑みを浮かべる。


 「流石はスーちゃんだな。合格点をやろう。これが鹿賀流第二の奥義”回天”に繋がるわけだが劣等生の鉄男君にはまだ使えん」


 鹿賀鉄人は自分の孫を路上のゴミよろしく見下す。


 (テメエの教え方がヘボだからだ‼)


 このわずかな間に鉄男の体温は五度くらい上昇していた。


 「では電王北神とはどういう技か説明をしよう。電王北神はその名の通り、稲妻の如き速さで北神を撃つ。だが人間がどれほど努力しようと光の速度で動く事は不可能だ。黄金ゴールド聖闘士セイントにでもならない限り…」


 ぐっと拳を握り締める。鉄人は実に悔しそうな顔をしていた。これが120%の本気である事を孫の鉄男は知っている。


 「だが光の速さを再現出来なくとも相手にそう錯覚させる事は可能だ。視界を抑える事が出来れば…」


 シュザンヌと姫子は頭の上に”?”のマークが浮かんでいた。


 「つまり目隠した状態にしてから視界を解放してやれば次に目に映る物を限定出来る…目潰しジャブだよ」


 「おい、鉄男。ネタバラしが早過ぎる。このセコイ奥義を如何にさもすごい技として紹介するかが鹿賀流の新規門下生をふやすキーポイントだろうが」


 鉄男の横槍に鉄人は露骨に機嫌を悪くする。この二人、孫(16歳)と祖父(68歳)という関係だが精神年齢は鉄男の方が高かい。


 「あの…鉄人お爺ちゃん。糟谷さんという人は結局どうなったの?」


 鉄男と鉄人が火花を散らす中、姫子が場の雰囲気を少しでも良くしようと別の質問をした。だがその質問を聞いた鉄男は顔色を変えて黙ってしまう。


 「どうなったってそりゃあ…死んだだろうよ」


 とこともなげに言ってのめる。鹿賀鉄人の倫理観はかなり破綻していた。

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