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宿縁

 「まあまあ。スーちゃんもそう怒らないで」


 森川姫子の治療の術も終盤にさしかかっていた。

 彼女の使役する鵺”白檀”は傷ついたリョウの腕を元の状態に戻しつつある。今や鏡に打たれて腫れ上がった右の手の甲と腕はすっかり元の状態に戻っていた。


 「すごい…」


 この状況に慣れていない寒川リョウは驚きを隠す事が出来ない。骨身を蝕む痛みと熱から解放されて今や眠気さえ覚えていた。


 「ふわ…」


 思えばここ数日間、リョウはまともに眠る事さえ出来なかった。心身の疲れがどっと覆いかぶさり意識を保っているのが困難になってくる。


 「あらら…。リョウちゃん、眠っちゃったか…」


 姫子が注意を促そうとした時には既にリョウは静かな寝息を立てていた。リョウの腕に纏わりついた”白檀”の蔓は現実の白檀よろしく花を咲かせ、樹皮は白くなっている。後は白檀が勝手に枯れて消え失せてしまう、それは治療が終わったという証拠でもあった。

 

 「なかなか図太い神経の持ち主だな、寒川さんは。ヒメの鵺は治療の際に人間の体内に寄生するのだぞ?…私ではこうはいかん」


 シュザンヌはリョウに布団をかけながら呟く。


 「確かに…よく考えると怖いですね」


 鉄男もつい最近に逸れの鵺と戦った時に重傷を負った経験がある。その際には姫子の鵺の能力と岩鉄自身が持つ回復能力によって事なきを得た。全快した当初は疑問を抱く事も無かったが、時間が経過すると体のどこかに白檀が残っているような気がして気分が悪くなる事もある。


 「ふーん…。二人ともそういう事を言うんだね。うん、わかった。次に怪我をした時は私の力は必要ないとそういう話だね」


 二人に散々な事を言われた姫子は明らかに気分を悪くしていた。


 「ああ、いや…そういうワケではなくて、ですね…」


 鉄男は姫子に機嫌を直してもらおうと必死に説得しようとする。だが姫子は口をへの字にして耳を塞いでしまった。


 「感謝の籠っていない謝罪は聞こえませーん」


 鉄男は姫子の機嫌を直す方法はないかとシュザンヌに助けを求める。


 「放っておけ、鉄男。それより今後はどうするつもりだ?寒川さんの仇敵かたきはまだこの近くに潜伏しているのだろう」


 シュザンヌにそう指摘されて鉄男は鑑の事を思い出す。

 結局、鑑があの場所にいたのかを寒川リョウから聞き出す事は出来なかった。詳しい事情や経緯は後日リョウに問いただすとしても鑑はリョウよりも鉄男に興味を持ったらしく去り際には再戦の予告めいたセリフを吐いていたのである。

 最悪リョウを人質に取って鉄男と戦おうとする可能性もある。


 「スーちゃん先輩。天戒衆の方で寒川さんの保護をお願いできませんか?」


 リョウの実家と天戒衆の間には何かわだかまりがあるのかもしれない。だが鉄男の知る限りでは鑑与四郎という男は戦闘欲を満たす為なら非道の振る舞いも辞さない男だ。もしもの時の保険は必要だろう。


 「いや、それは無理だ。今の天戒衆は昔に比べれば真っ当な組織に生まれ変わったが寒川さんの祭器が伝説の宝刀”氷龍”となれば話は別だ。是が非でも保護と引き換えに祭器そのものを譲渡するように言って来るだろう」


 シュザンヌは目を閉じて首を横に振る。”氷龍”に封印されている”鵺”の力は凄まじく口伝のみの伝承では東北地方の地形を変えたとされている。かつての権力の座に未練を持っている天戒衆の上層部の一部は必ず欲するだろう。


 「ウチも一応は長老会のメンバーなんだけどねー。お父さんもお祖父ちゃんも権力とか興味ないから…」


 姫子の実家、森川家も始祖に連なる御三家の一つに数えられるが数十年前の身内同士の争いから権力の座から距離を置いている。

 音乃島にリョウを連れて行けば保護する事も可能だが、現状ではかなり厳しい。


 「だが我らとて人の子。親御の形見を遺児から取り上げるような非道の行いは避けたい。鑑与四郎との戦いに決着がつくまでは喜んで協力しよう。これでどうだ、鉄男?」


 シュザンヌは両腕を組みながら皮肉っぽく笑う。

 その隣では「素直に協力してあげるって言えばいいのに・・」と姫子が笑いを堪えながら漏らしていた。


 「わかりました。それでは寒川さんの事件が終わるまで遠慮なくご協力お願いします」


 鉄男は姫子とシュザンヌに向って勢い良く頭を下げる。三人は居間に戻ってへの鑑対策について話し合う事にした。


 「鉄男、貴様という男は…。つい最近までぼっちオーラを全身から放ちまくっていたようなおっさん面の童貞のクセに…今は美少女二人を侍らせてハーレム三昧か⁉貴様のような軟弱者に鹿賀流を名乗るなど許さんッ‼その変身スーツを賭けていざ尋常に俺と勝負するがいい‼」

 

 炬燵に入ったまま鉄男の祖父、鹿賀鉄人は威嚇する。

 鉄人は鉄男を遥かに超える実力を持った格闘家だったが手足を完全に炬燵の中に入れている姿からは威厳の一切が感じられなかった。


 「うるせえよ。祖母ちゃん一人残して外に出かけやがって。今までどこに行ってたんだよ、祖父ちゃん」


 鉄男は祖父の衣服を軽くチェックする。上には祖母が作ってくれた綿入れ、下はしまむらで購入したであろう厚手のセーター。下は鉄男が体育の時には履いているジャージをちゃっかり身に着けている。


 (クソッ‼臭いがつくから止めてくれってあれほど頼んだのに…。いや、むしろベジータの戦闘服のコスプレしてないからまだマシか…)


 鉄男の祖父は大の破壊王子ベジータのファンでいつもベジータのコスプレ姿のまま外を歩くので鉄男の悩みの種となっていた。


 「ああ。イオンでレジを打っていた。パートの日だからな。この辺は爺さん婆さんが多いからセルフよりも友人のレジカウンターが喜ばれるからな。ついでに鹿賀流の勧誘もしておいたがこっちは方は露骨に無視されたな…」


 鉄人は両手を放り出して肩をすくめる。


 (この…野郎…ッッ‼‼)


 鉄男の中で祖父に対する日々蓄積しつつある殺意が増した。

 祖父の客の中にはクラスメートがいれば即クレームが鉄男のもとに届くだろう。やはりこの不良老人クソジジイとは近いうちに決着をつけた方がいいかもしれない。


 「ところで祖父ちゃん。鑑与四郎って言う名前の剣を使う奴、知ってる?…年齢は祖父ちゃんと同じかもう少し上の男」


 鑑与四郎は以前戦った時に鉄男の祖父の名と不名誉な二つ名である「甲冑割り」を知っていた。

 しかし鉄男は祖父から鏡の名を聞いた事はないが過去に面識のある人物である可能性も考えられた。

 正味、祖父の性格から考えて友好的な関係にあった人種とも考え難い。鹿賀鉄人は身内から見てもでたらめな男だが礼節や人道を軽んじる輩を特に嫌うのだ。


 「ふむ。鑑、鑑とな…。知らん。全く知らん。何流だ?俺と同じくらいの年齢ならそれくらいは名乗るだろう」


 鉄男は似たような質問を鑑から聞いた事を思い出す。祖父の年代ではやはり出自というものは大切らしい。そこで多少の疑問が浮かび上がったが今は黙っておくことにした。


 「…冷泉流、だったかな?構えは行流っぽい感じの」


 「冷泉流…。心当たりはないが行流のような構えというのには心当たりがある。ロングコートの下に着物の男か?トラのような狼のような佇まいの」


 鉄人は口の端を吊り上げながら語る。鉄男の記憶に或る鏡の姿と見事に合致した。


 「ああ、そういう感じのヤツだ。いつ出会ったんだ?」


 鉄人は両腕を組みながら鉄男の父、鉄也が乳飲み子の頃を思い出す。それは忘れもしない、鉄人が鹿賀流空手を立ち上げて間もない頃の出来事だった。


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