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仇討ち

 とりあえず現時点ではおふざけ無しで。


鵺使い。


古の昔現世と幽世の境が曖昧だった頃、二つの世界の狭間に生まれた混沌の申し子「鵺」。それらを「祭器さいき)」と呼ばれる特別な道具に封じ込め、意のままに操る者たちがいた。彼ら「鵺使い」の力は始祖の生誕から千年以上経過しても健在であり、神にも等しい悪魔の如き権能を振るっていた。ある者は世界の秩序安寧の為に。またある者は世界を手に入れる為に。鵺使いたちが必ずしも善人ではないというのは嘆きべき使い手が人間である以上仕方ない事のなのかもしれない。


 今宵、初冬の満月を頭上に掲げながら向かい合う二人の鵺使いたちもまた人類の良からぬ習俗に従って対峙していた。

 一方はロングコートの下に着流しという姿の壮年の男、もう一人は冬物のコートの下にセーラー服といういでたちの少女だった。

 男は鬼気迫る表情の少女を見て失望と怒りを覚えていた。なぜならその少女の剣の技量は稚拙であり、天地が逆さになったとしても男の命を奪うことなど出来はしないだろう。まして大願成就の瞬間を前にしてはこの運命のめぐり合わせを厭う他はない。


 (せめて小娘が祖父の雷蔵ほど強ければ…)


 男は朋友、寒川雷蔵の面影を持つ少女を見てため息をつく。寒川雷蔵とは同じ師匠のもとで剣を学んだ仲で終生の友と呼んでも過言ではない。

 三年前に彼の息子である寒川重勝とその息子である崇勝を斬ったのは雷蔵との因縁に決着をつける為だった。

 無論、重勝の妻と娘を見逃したのは彼の信条に従ったまでの話である。大願成就の妨げになるのであれば即刻首を刎ねるつもりだった。


 警告の意味をめて男は口を開く。


 「居ね。おれは女は斬らぬ」


 男は言葉を発すると同時に殺気を放つ。彼の流儀ではない姑息な手口だがこの程度の相手ならば十分に通用する。その証拠に少女は一歩分、後退った。

 かつてない殺気を前に少女は冷や汗を流していた。

 家族を奪われたから三年の間、復讐の為に身を削る思いで修行を続けてきたはずだが今は恐怖でこの場から一刻も早く立ち去りたい気持ちでいっぱいになっている。

 心臓の鼓動は早まり足元もおぼつかない。誰も見ていなければ己の無力に涙を流していたことだろう。


 「かがみ与四郎、この顔を忘れたとは言わんぞ。私の名前は寒川リョウ。お前が殺した寒川重勝の娘であり宝刀『氷龍ひりゅう』の継承者だ」


 リョウは震えを気取らせないよう細心の注意を払いながら言い放った。

 だが当の鑑はどこ吹く風といった様相で聞き流している。

 むしろ彼の苛立ちは増していた。

 二人には天地ほどの力の差があるのだから仇討を成功させたければ何も言わずに切りかかってくるべきだと鏡は考えていた。彼にとって弱者の尊厳など唾棄すべきものでしかない、


 「三度目はないぞ、小娘。居ね」


 鑑はリョウの肩口から腰を斬るイメージを込めて殺気を放った。


 斬。


 次の瞬間リョウは自分の身体が両断される光景を幻視して気を失いかける。この時、リョウが意識を失わずにすんだのは厳しい修行の成果だった。


 「ここで逃げ出すくらいなら死んだ方がましだ!」


 寒川リョウは腰にさした氷龍を鞘から抜いて中段に構える。


 一方、鑑は獲物を出さずに奮闘するリョウの姿を値踏みしていた。宝刀『氷龍』はかつて山河を氷漬けにした魔物を封じ込めたという伝説を持つ祭器である。彼女の祖父寒川雷蔵はかの祭器を息子には継承させずにどこぞの神社に奉納させたはずだった。


 (小娘の技量は雷蔵には遠く及ばぬが心力は同程度という事か)


 鑑は雷蔵との死闘共闘に想いを馳せながら舌を舐めずる。

 鵺使いとしては無名の鑑与四郎が、神代からその名を轟かせる寒川の命脈を断つ。彼にとって最早それは暇つぶしとは言えぬ至上の娯楽だった。


 「興が乗った。褒美に我が剣を見せてやろう。火申かしん‼」


 鑑は左手を腰に添えて何処から刀を召喚する。煌めきと共に火炎を象った一振りの刀が現れた。


 ぼわっ‼


 突風のような殺気がリョウに吹きつけられる。身体はおろか骨身まで凍りついてしまいそう熱気だった。

 しかしリョウはどうにか氷龍を支えにして立っていた。リョウの姿があまりにも滑稽で鏡は口の端を歪める。


 (父よ、母よ、兄よ。今だけでいい、私に力をお貸しください)


 圧倒的な武力の差を痛切なまでに感じながら恐怖の関を超えてリョウは突き進む。如何なる逆風に見舞われようとも肉親を全て失った彼女にはそうするしかなかった。


 「やあっ‼」


 そして文字通り命を削った猛攻が始まる。結晶化した冷気を纏わせながらリョウは鏡に向かって剣を振るい続ける。しかし鑑はそれらを容易に躱しながら一手また一手とリョウを追い詰めた。

 やがて氷龍の切っ先から冷気が失われる。


 鏡は頃合いを見計らかったかのように対場を返してリョウの手首を打ちつけた。


 「ぐっ‼」


 それはまさに神妙の一言に尽きる一撃だった。手首から先の感覚が消失してリョウは己の命綱を手放してしまう。しかし血統の契約によって結ばれた氷龍がリョウから晴れる事は無かった。

 糸のような霊気が彼女と氷龍を未だに繋いでいる。

 リョウは丹田に力を込めて一時的に痛覚をシャットアウトして剣を握り直した。そこに鑑の第二撃が襲いかかる。

 雷鳴の如き太刀筋を正面から受け止めてリョウは後方に追いやられた。

 鏡はそこでつばぜり合いに持ち込んでリョウを圧倒する。


 「無様だな。お前も、お前の父と兄も。このまま死んだ方が恥の上塗りをせずに済むというものだぞ?」


 鑑は邪悪な笑みを浮かべながらさらに一歩前進する。

 剣を無理矢理握らされたリョウの手が悲鳴をあげた。


 「黙れ、悪党。もしも恥という言葉があるならばそれは私が自分の意志で復讐を諦めた時だけだ‼」」


 手をねじ切られそうな痛みに耐えながらリョウは鏡を睨んだ。


 鏡は一度首を後ろに引くとそのまま自分の額をリョウの頭にぶつけた。


 「どうした、小娘。おれはまだ鵺を使っていないぞ?冥途の土産に俺に本気を出させてみろ。あの世でお前の腰抜けの親父に褒めてもらえるかもしれん」


 そう言って鑑はリョウの額に頭突きをかました後、腹に蹴りを入れる。次の刹那リョウはあまりの痛み内臓が裏返って反吐を吐きそうな気分になってしまう。

 鏡とリョウの実力差は想定を遥かに超えていた。


 「私の父は腰抜けではないっっ‼‼‼」


 寒川リョウは起き上がると同時に横薙ぎの一戦を放った。


 鑑は余裕をもって是を避けて距離を取る。偶然にしては上々な反撃だったが児戯の域は出ていない。

 そのままリョウが刀を支えにして立ち上がるのを待っていた。


 「どうした、父兄の仇はここにいるぞ?されは怖気づいたか、小娘」


 鑑は手を招いてリョウの追撃を促す。


 「舐めやがるな‼」


 リョウは怒りのままに剣を振るった。だが思いの丈とは裏腹にリョウの剣は空回りするばかり、鑑は雲霞の如くリョウの剣をかい潜る。

 そしてリョウの真下に顕れて剣の柄で腹を打った。


 「ごうっ⁉」


 今度の一撃は文字通りの決定打だった。リョウはバランスを崩して前のめりに倒れ込む。気力は完全に失われ、宝刀「氷龍」までも手放してしまった。


 「つまらんな。実につまらぬ決着だ。小娘、お前の遊びにつき合うのもこれまで。そろそろ死んでもらうぞ」


 鑑は己の剣に気を奔らせて刃を炎に変える。


 (これが真の鵺使いの実力か…)


 自分のような紛い物ではない本当の実力を目の当たりにしたリョウは悔恨の涙を流す。何故自分は男に生まれなかったのか、非力な女に生まれてしまったのか。何故自分には呪いを扱う才能に恵まれなかったのか。

 橙色の炎を纏った刃がリョウの頭上を照らす。

 

「言い残す事はあるか、小娘」


 「このような理不尽、悪逆無道が罷り通るような世の中ならばいっそ滅んでしまえ…」


 リョウは血がにじみ出るほどに拳を握り締める。無念の涙を流す少女の憐れな姿を見て鑑与四郎は嗤った。


 だが二人は気がつかない、リョウの持っていた宝刀「氷龍」を包む淡い青の光が黒ずんでいる事を。


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