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フィオレと知り合いになりました

「じゃ、じゃあ本当に、本物のユーリ・ユーベル!?」


「うん、まあ……」


「あの当代最高の【アイテム使】っていう!?」


「そんな風にも言われるね……」


「基本的に女性三人に守られてばかりで後方支援しかしてなくて……」


「うん?」


「愛想尽かされたのか最強のパーティーと名高い『大いなる翼』を追い出されて……」


「うぐっ!」


「挙句の果てには酔っぱらって『紅の獅子』のライオ・バルステンに喧嘩を売って……」


「………………うん」


「相手は酔っぱらってるのに自分だけは酔いをさっさと覚まして騙し討ちみたいな形で勝ったっていうあのユーリ・ユーベルなんですか!?」


「………………はい、そのユーリ・ユーベルですごめんなさい」


「わ、わわわっ!感激!感激ですっ!お、お噂はかねがねっ!ボクのパーティーの中にもいつか『大いなる翼』みたいになりたいって冒険者になった子いて、それでっ!」


 一気にテンションが上がったフィオレと、その無意識からの口撃によって撃沈したユーリは焚火を前にして語らっていた。


 結局ユーリは自身の正体を白状せざるを得なかった。そもそも黒髪の男である時点で気付かれなかったことこそ幸運というもので、加えて【アイテム使】というヒントまで与えてしまったならそれはもうユーリが迂闊だったと言うほかない。黒い髪というのはそれほどパラディーア王国では稀少なのである。


「その……【アイテム使】ってお一人で素材採集までするんですね!味方がいないと戦えないイメージが強かったので、なんて言うか意外です」


「いや、普通の【アイテム使】は仲間と一緒に素材集めに来るよ。実際一人じゃ弱いし、俺だって可能なら仲間と話しでもしながら素材集めしてた方が楽しいし……」


「え、じゃあなんで……って、あっ!す、すみません!本当にすみませんっ!」


 そもそも今のユーリに頼れる冒険者仲間などいないということに気付いてフィオレは必死に謝った。むしろそうやって気遣われる方が惨めな気持ちになるもので、ユーリは泣きそうになりながら新たに淹れた薬湯をすすった。


「……ユーリさんってその、どうして翼をクビになっちゃったんですか?」


 ふと発せられた質問はユーリの胸を深く抉った。もしもこの世に言葉の刃で人を殺す剣技が存在するのならフィオレはその技を知らぬ間に習得していたと言っても差し支えなかっただろう。


 薬湯をすする姿勢のまま遠い目をして硬直したユーリに、しかし少女は容赦しなかった。青年は突然の追撃に放心一歩手前になっているだけだったが、どうやら無言で続きを促しているものと勘違いしたらしかった。


「だって、だってユーリさん凄い【アイテム使】じゃないですか。さっきのポーションだって不味かったけど……ううん、すっごく不味かったけど効果は十分でしたし、あんなの片手間に作れるなんてどんなパーティーでも引く手数多だと思うんですっ!」


「……そうでもないさ。【アイテム使】は不人気だからね。【アイテム使】なんか採用するならその枠で【魔法使】を増やすとか、前衛職の層を厚くするとか有用な選択肢は幾らでもある」


「でも……でもっ!ユーリさんの有能さを知らない他のパーティーならそうかもしれませんけど、翼の皆さんはユーリさんの有能さを知っていてそれでずっと一緒にやって来たんでしょう?なのに急に放り出すなんて変じゃないですか!」


 訴えかけるフィオレに、しかしユーリは不可解なものを感じた。少女の語気はやけにヒートアップしていると言うか、他人事の筈なのに何処か憤りを秘めているようにすら感じられたのだ。しかし、その理由はすぐさま開示された。


「……魔猪を倒すことすら出来ない、弱い【剣士】ってわけでもないのに……っ」


 顔をくしゃりと歪め絞り出すように吐き出した少女の言葉にユーリは納得した。彼女は放逐された有名な【アイテム使】とパーティーメンバーに置き去りにされた自身の境遇を重ねているのだ。


 勿論両者の状況は全く違う。未熟なパーティーの逃亡過程で一人が取り残された話など冒険者界隈では枚挙にいとまがない一方で、『大いなる』の称号を与えられたパーティーから突発的に解雇者が出たなどという話は少なくともユーリは自分以外に聞いたことがない。


 しかし、全員での逃亡に失敗したならパーティーメンバーが危険を承知ではぐれた一人の捜索を行うべきではないかと考えるのもまた人情というもの。その気配がない以上、フィオレもまたユーリ同様パーティーから見捨てられた存在であると言えなくもなかった。そして恐らく、今まさに少女の心を傷付けているのはその一点なのである。


「……辛いかい?」


「っ!……そりゃ、辛いですよ。ユーリさんは辛くないんですか?」


「俺もまあ辛くはあるけど、意味不明な気持ちの方が勝るかな。キミと違って俺の方は自分でもなんで放り出されたのかよく分かってないんだ」


 むしろ何故見捨てられたか想像がつくフィオレの方がダメージは大きいのではないだろうか。彼女の場合、恐らく駆け出し冒険者仲間たちは魔猪の恐怖に怯えて助けに来れないのだ。意地悪く見ればフィオレの命と自分たちの安全を天秤にかけて後者を取ったと考えることも出来る。ユーリとしては彼らの気持ちも理解出来ないではないが、見捨てられた当事者の少女に仕方ないことだから割り切れと言うのも酷というものだろう。


「ボクはみんなのこと信じて……信じてました。怖かったけど猪をボクが引きつけて、みんなから引き離して、その間に何か手を打ってくれるって。みんなならなんとかしてくれるって無我夢中で……でも、気付いたらみんなはいつの間にかいなくなってた。ボクは囮で、死んじゃってもいいって……そういうことだったんでしょうか?」


 握り締めた少女の拳に、ぽつりと水滴が落ちた。安心して、腹を満たして、そして冷静になった彼女の胸には再び深い悲しみが到来しているようだった。


「みんな、良い人だと思ってたのに……強くて、ボクに出来ないことが出来て、どんなピンチでもきっと助けてくれるって……信じてたのに……っ!ボクが期待し過ぎただけで本当はそんなことなかったのかなぁって、実はみんな自分さえ助かれば良い人だったのかなって思ったら……そんな風に考える自分自身がなんだかすっごく、惨めになって……」


 裏切られ、見捨てられたこと以上に仲間の善良さを疑う自分の浅ましさが惨めだと、フィオレはこぼす。それは何より、フィオレ自身の善良さの表れではなかったろうか。


 善良で、そして随分勇敢な【剣士】だとユーリはむしろ感心していた。実力が至らないのは仕方ないが、そんなものは鍛えれば後から幾らでもついて来る。むしろ鍛えて経験を重ねて実力をつけるのに重要なのは、恐怖に立ち向かってみせるその勇敢さなのだ。


 だからこそ、そんな将来有望な【剣士】が悲嘆に暮れているのをユーリは見過ごせなかった。


「俺もさ、駆け出しの頃それはもう色々やらかしたよ」


「………………え?」


「まあ聞きなって。素材の採集中に危険な領域に踏み入って、アリスに助けて貰ったことも沢山ある。変な呪いを受けて、耐性のあるローズに連れ添って貰って二人で解呪の洞窟にこもったこともあった。後ろからの襲撃に気付かず、レインに咄嗟に救われたことなんて日常茶飯事だったさ」


 まるで自慢話みたいだなと思いつつ、ユーリは事実誰にだって自慢出来る古巣の仲間たちのことを語り出した。突如として脈絡のない話を始める【アイテム使】にフィオレは怪訝そうな眼差しを向ける。


「でも、そんな駄目駄目だった俺を彼女たちが戦場に置き去りにして逃げようとしたことは一度もなかった」


 勿論『大いなる翼』にもその名を拝領する前、確かに未熟な時期はあったのだ。しかし人生で初めて今回のような巨大な魔猪と相対した時も、ゴーレムとの激闘の時も、ドラゴンとの死闘の時も彼女たちは決して仲間を置いて逃げるようなことはしなかった。一切逃げなかったわけではなく、逃げる時は絶対全員一緒で逃げるという意識を全員が共有していたのだ。


 彼女たちだって強力な魔物と対峙するのは怖かっただろうし恐ろしかっただろう。しかしそれでも一人逃げるようなことをしなかったのは、ひとえに勇敢さの発露と言うべきものだったのではないか。


「それは……『大いなる翼』のメンバーならそうですよ。ボクなんかのパーティーとは意識が違って当然です」


「そう、クビにされた俺はともかく彼女たちは『大いなる』の称号に相応しい素晴らしい冒険者だったから、最初から強い心が備わっていた。でも、決してそれが普通なわけじゃない。キミの仲間たちが特別劣ってるわけじゃなく、彼女たちが特別優れていただけだ」


 『大いなる翼』を褒め称えるなら、万語費やしてもユーリはまだまだ語り明かせるだろう。しかし今はそれが本題ではない。古巣を褒め称えたくなる気持ちを必死に抑えながらユーリは語る。


「そして、今回仲間を信じて一人逃げ出さなかったキミは、その俺の古巣の仲間たちと同じ強い心を持っている人種ってことになる」


 いじけつつあったフィオレがユーリの言葉にハッと目を見開いた。目を腫らし頬を涙で濡らしながら、少女は青年の顔をまじまじと見据える。


「駆け出しの頃なんてみんな精神的に未熟で当然なんだよ。仲間を見捨てて逃げてしまう冒険者だって別に最初の内は珍しいわけでもないし、成長すればみんなそんなことはしなくなる。どうしようもないような失敗を積み重ねてみんな成長していくんだ。でも、最初から逃げない強い心を持っているならそれは才能。立派な冒険者になり得るための大切なギフトだよ」


「ボクは、強い心とかそういうんじゃなくて……ただ必死だっただけで……」


「その必死さで恐怖心を乗り越えられることを指して、心が強いって言ってるんだよ俺は」


 仲間たちがフィオレを置いて逃げたというのであれば、フィオレ自身も一人逃げる選択肢を取ることが出来た筈だ。しかし彼女はそれをしなかった。恐怖に飲まれていたならまず一番に思いつく筈の選択肢であるにもかかわらず。


「キミは、自分を見捨てて逃げ出したメンバーが憎いかい?」


「憎くは……ないです。短い付き合いだけど、みんな良い人たちだと思ってたのは本当だから、憎めません。でも、失望はしてると思います」


「俺はキミのパーティーメンバーのことは知らないけど、彼らはキミを囮にして逃げて、一切の心配もせず今頃宿で安堵の溜息をついてると思うかい?キミが死んだと思い込んで、あんな奴いなくなってせいせいしたと笑っている。そんな風に思うかい?」


「それは……そんなことは、ないと思います。思い……たいです」


「じゃあ、そう思いたいなら、冒険者の才能ある【剣士】が選んだ仲間たちをもう一度だけ信じてあげてもいいんじゃないかな。今は未熟で仲間を見捨てて逃げる臆病者だったとしても、才能あるキミが一緒に冒険する仲間として選んだんだ。どうしようもない駄目冒険者ばかりってこともないと思うよ?」


 言いたいことを言うだけ言うと、ユーリは残りの薬湯をあおった。柄にもなく偉そうなことを言った気恥ずかしさを隠したい気持ちでいっぱいだった。


 見限られて、放逐された。でも信じたい。なら信じてもいいじゃないか。フィオレを励ます意図に嘘偽りはないが、その気持ちは何よりパーティーに放逐されたユーリ自身の本音だった。フィオレがユーリに自分を重ねて見ていたように、ユーリもまた少女の境遇にいつの間にか共感していたのだろう。


「さて、先輩冒険者らしく良いことも言ったしそろそろ帰ろうか。一休みのつもりだったけど、今日はもういいや。王都までご一緒するよ」


 食べ切れなかった猪肉を綺麗に解体し、高価な部位だけ換金用の別袋に詰め込むとユーリはフィオレに手を差し伸べた。


 未熟な【剣士】はまだ迷いが残っている顔だった。当然だ。ユーリはギルドの相談担当でも何でもない一介の【アイテム使】。冒険者のメンタルケアなど能力の範囲外であるし、加えて言えば駆け出しの頃置き去りにされた経験がないユーリには今のフィオレの気持ちなど完全には察し切れない。


 だが、自身を励まそうとしたユーリの気持ちは伝わったのだろう。涙の跡の残る顔で、しかし確かに微笑みながらフィオレは差し伸べられた手をかたく握り締めたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おやユーリ、今お帰りかね」


「んあ?あぁ、アルトリウスか。うん、ダイナディア行って来た」


「ふむ?パーティーも連れずに?」


「ははは、黙りなよ」


 ユーリが王都に入ると、今まさに出立しようとしている冒険者の一団と出くわした。『紅の獅子』と並ぶ上級冒険者パーティーである『月光戦団』。『大いなる翼』時代には何度か共同仕事を受けたこともある実力確かなパーティーだった。


「しかし、ダイナディアとはすれ違いだったね。我らも今からダイナディアに出向くところなのだよ」


「へぇ、それはまた。『月光戦団』がダイナディアに用なんて、何か珍しいお仕事でも受けたのかい?」


「珍しいということもないがね。ほら、人捜しだ」


 リーダーである緑の長髪の優雅な青年、アルトリウス・ブレイズがピラリと見せた紙には殴り書きの依頼文があった。依頼者は『雷鳴斬魔団』。聞いたことがないが、新興の冒険者パーティーだろうか。


「ちょうどギルドで次の依頼を探していたら泡を食って駆け込んで来た少年たちがいてね。なんでもダイナディアで魔猪に襲われパーティーメンバーを一人見捨てて逃げて来てしまったと言うじゃないか。まあ未熟者には良くある失敗だが、どれだけ高額な依頼料でも借金してでも絶対払うから一番早く出向けるパーティーを頼むなどと宣うものでね。それならば『月光戦団(われわれ)』が出向いて少年たちから大金巻き上げ……もとい社会の厳しさというものを教えてやろうという話になったわけだ」


「………………あれまあ」


 それこそ泡を食って急いで書いたせいか字が汚すぎて依頼文の全ては判読出来ないが、随分と聞き覚えのあるエピソードだった。加えてその捜索対象の名前にフィオレという文字が見え、ユーリは後ろの少女を振り返った。


 未熟な【剣士】は、両手で口を覆い隠し既に両目に涙をたたえていた。少しつつけばこぼれそうだなとユーリが思った矢先、そんな暇もなく件の捜索対象の少女は滂沱の涙を流し始める。


 結局フィオレのパーティーは彼女を見捨ていち早くダイナディア原生林から帰還していたのだ。そして自分たちでは手に負えないという認識の元冒険者ギルドに駆け込み、熟練のパーティーの助力を乞うたということなのだろう。


 一度恐怖に駆られパーティーメンバーを見捨てたことは紛れもない事実で、しかし同時に決して見捨て切ってはいなかった。姿も知らない少年少女が僅かな希望の糸口として冒険者ギルドの窓口に縋りついたその光景が、ユーリにはまるで目の前の出来事として幻視出来るかのようだった。


「で?その依頼者さんたちは何処に?」


「ふむ?妙なこと聞くね。ついてくるなどと散々喚いてはいたが、足手まといになられても困るのでギルドで休ませているよ。まあ仲間を置き去りにして逃げて来たとあれば無理もないが、殆ど半狂乱だったものでね。私にも経験がある。ああいう時はとにかく自責と心配とで冒険に出てもろくに仕事にならないものだ」


 聞くが早いか、フィオレは一目散に駆け出した。向かう先は決まっている。冒険者ギルドの方向である。


「……?なんだねあの少女は?見覚えがないが、まさか貴公……もう新しい女性をひっかけたのではあるまいね?」


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。まあ今日に関しては折角の冒険準備が空振りに終わってご愁傷様だから笑って済ませてあげるけど」


「ふむ?……いや待ちたまえ。冒険準備が空振り?どういうことか詳しく聞かせて貰おうじゃないか?」


 気色ばむアルトリウスにユーリは一人苦笑した。次の瞬間、ギルドの方向からその名の通り雷鳴のような歓声が巻き上がった。夜に差し掛かろうかという夕刻の街の喧騒すら掻き消す、それはもう凄まじい心からの叫び声だった。


「まあ、パーティーに見放された冒険者が結局一人で済んで良かったねって。そういう話だよ」


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