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森の中で出会いました

「はい、じゃあこれでおしまいっと」


 爆音が鳴り響き、直後後を追うように巨体が倒れる音が森にこだました。


 【アイテム使】というのはアイテムを作り、使うことを主とする職業である。しかし勿論アイテムを作ると言っても無から作れるわけではない。当然材料も要ればアイテムを作るための道具も必要になる。


 そのため【アイテム使】がいるパーティーは素材収集と称して仕事以外で様々な場所に赴くことがある。素材収集任務としてギルドに依頼し別の冒険者パーティーに素材を集めて来て貰う場合もあるが、当然依頼料はかかるしその時欲しい素材が手に入るまでにも時間がかかる。何より【アイテム使】本人が目利き出来ないまま低品質の素材を納品されても困るため、『大いなる翼』では自分たちで素材を収集するのが常だった。


 勿論、パーティーを組んでいる前提のことである。基本的に【アイテム使】は本体が貧弱であり、単身で森や草原に立ち行って素材収集に勤しむようなことはしない。一人では持ち運べる量に限りがあるし、素材集めのために一人で魔物の巣窟に立ち行って戦闘のためにアイテムを大量消費しましたでは仮に最終収支がプラスになったとしても微々たるものだろう。


 つまり大量に消費しなければいいじゃないか。そう考えたのがパラディーア王国屈指の【アイテム使】である黒髪の青年だった。


 バルバラ商店二号店の名目上の店長職が内定した後、ユーリは王都近くの森にこもっていた。下級の魔物の住処として駆け出し冒険者たちの仕事場として選ばれがちなここ、ダイナディア原生林は各種ポーションの原材料を仕入れるにはうってつけの場所だった。


 結局あの後、想像した通りユーリの家の焼け跡からはろくにアイテム類は回収出来なかった。王国兵によれば大半のアイテムが焼けるか倒壊に巻き込まれて破損するかしており、ある程度無事に済んだ研究道具も新しく作り直した方がマシという有様だった。


 ポーション台を含め各種アイテム作成用の道具は取り急ぎミレイユに取り寄せて貰った。最終的には自分のやりやすいように専用の設備を自作する予定ではあるが、バルバラ商店二号店のオープンまでに自分用の道具を作ってそれから売るためのアイテムを作って……とやるには流石に時間が足りなかったのだ。


 そして作成道具の心配がなくなったのなら次に必要になるのが素材である。魔物の死骸から採った骨やら体液やら原生しているキノコやら稀少な毒虫やら、既にユーリのバックパックには彼自身が目利きした最高品質の素材が山のように詰まっていた。


「このくらいでちょっと一休み、するかぁ」


 自身の倍以上の体躯を誇る巨大な魔猪。その爆殺した死骸を手際良く捌き必要な素材をバックパックに収めると、ユーリは一人ため息をついた。


 通常、【アイテム使】がこのサイズの魔猪を爆殺するためには爆弾の類が二桁数近く必要になるだろう。勿論相手とて止まってただ爆弾を放り投げるこちらを待ってくれるわけではないので、その行動疎外のため捕縛ネットなどの罠も必要になってくる。


 しかしながら今回ユーリがこの魔猪を倒すために用いたのはそこら辺の木で作った即興の罠と三つの低レベル液体爆弾のみだった。元々家が焼けて自由になるアイテムの手持ちがろくにないという事情もあったにせよ、単純に【アイテム使】の戦果として見るなら破格も破格のコストの低さである。アイテム効果ブーストと的確な急所への投擲が上手くハマった形ではあるが、王国屈指の【アイテム使】の面目躍如と言える活躍ぶりだった。


 魔物除けの粉末を周囲にばらまいた後、魔猪から採った脂を活用して火支度を整えるとユーリはその死骸から肉を削ぎ取った。厚く切り取った猪肉に香草をまぶして吊るし焼くと、しばらくしてパチパチという音と共に肉の焼ける香しい匂いが辺りに溢れた。


 冒険者稼業においてサバイバル技術は必修科目である。たとえパーティーを組んでいたとしても時と場合によっては一人はぐれることもあり、その上で味方と合流出来なければ餓死するしか道は残っていませんでは話にならない。そして、その冒険者たちの中でも特に【アイテム使】という職業は自然の構造物を流用してサバイバルする術に長けていた。


 肉を焼いている片手間にユーリは即興で作った木製の器の中に採集した素材の幾つかを放り込んだ。次いで小枝を用いて雑多に放り込まれた素材をすり潰し、燃えない程度の絶妙な加減で器を熱しながら攪拌していく。


 そうしてちょうど肉の焼き加減がいい塩梅になった頃、ユーリは一人頷くと器の中身を持参したガラス瓶の中に注ぎ込んだ。渾然一体となりどろりと流れ落ちた紫の液体は、こぽこぽと自ら気泡を発し不穏な空気を醸し出している。


 ちょっとした隙間時間に作ったそれもまた、ポーションの一種だった。ほぼ調味の類はしていないため味は最悪で決して商品として出せるものではない自分用のものだが、効果は市場に出回っている回復ポーションに引けを取らない逸品である。


 通常、ポーションの作成は細心の注意を払い専用の道具を用いて行われるものだ。作成の過程で異物が混入し想定より遥かに効力の劣るポーションを作ってしまうというのは【アイテム使】、【錬金術師】の代表的なポーション作りの失敗パターンである。


 【アイテム使】の場合は戦闘中にもアイテムを作成するため腰を落ち着けて作れるだけ状況的にはマシではあると言えるかもしれないが、それでも即興で作った木の器と拾った小枝でこの水準のポーションを作るなどというのは【アイテム使】界隈にあってもなお離れ業と言わざるを得ない。


 しかし、その離れ業を実現出来る身であるからこそユーリ・ユーベルは当代最高だの歴代でも類を見ないだのという大仰な言葉をつけて語られる。彼を称える数々の語句が存在するのは、決して【アイテム使】の絶対数が少ないからというだけの理由ではないのである。


 作ったばかりの薬剤をバックパックに放り込むと、ユーリは脂滴る猪肉に手を伸ばした。申し訳程度に振りかけた香草がいい仕事をしており、独特の臭みを覆い隠し青年の食欲を刺激する。


 そんな時、ふと近場の茂みががさりと大きく揺れ動いた。


 猪肉に手を伸ばした姿勢のままユーリは硬直した。魔物除けの粉末はまいておいたため魔物が寄って来たということはなかろうが、それにしては何か大きな物体が動いた気配がしたのだ。


 この森に出たという話はあまり聞いたことがないが野盗の類という可能性もあるかもしれない。いつでも投げられるように片手に液体爆弾の瓶を用意し、ユーリはそろりと茂みに歩み寄った。


 意を決して茂みを超えてその先に目をやるとそこには一人、桃色の髪の少女がいた。ユーリより若干年下だろうか、額に脂汗を浮かべ青ざめた顔で仰向けに倒れている。


 背負った立派な剣を見るに【剣士】だろう。にしては腕が細いように見えるが、如何にも新品でございますという風な軽鎧を身に纏っているところから推察するに駆け出しなのかもしれない。しかし、仮に駆け出しだったとしたらむしろしっかりパーティーを組んでから森に訪れるのがセオリーというものだ。単身倒れ込んでいるのは不自然極まりない。


 少年少女を囮にして気を引いたところで周囲から野党が襲い掛かって来るというのも良く聞く手法ではある。ユーリは周辺の警戒を十分しながら少女に声をかけた。


「キミ、大丈夫かい?」


「……う、……く……い」


「え……?」


「……お肉の、匂い」


 その言葉を最後に、少女は気絶したのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ちょうど素材集めに来ていて良かった。ありあわせの素材で即興で作った気付け用の―――当然味は最悪に近いポーションを強引に飲ませ、無理矢理起こした少女を見据えつつ青年は嘆息した。


「その、助けて下さってありがとうございます……ボクはその、フィオレって言います。冒険者になったばかりで、パーティーのみんなとお仕事に来ていて……その」


 フィオレが言うには、彼女は新参冒険者のみで組んだパーティーの【剣士】だった。安ポーションの素材として使う薬草の納品。そんな実に駆け出しの冒険者らしい依頼の達成のため、彼女のパーティーはこのダイナディア原生林に足を運び薬草を集めていたとのことだった。


 薬草集め自体はスムーズに進んだらしい。そしてそろそろ集め終わるかという時に突如現れた巨大な魔猪に全てが狂わされた。


 スライムやゴブリンなどの弱小魔物相手にすらいい勝負をしてしまうような彼らに、巨大魔猪の相手は荷が勝ちすぎた。パーティーを組んだばかりでは個の力が及ばないならコンビネーションでという考え方も出来なかったのだろう。即座にパーティーは瓦解し、メンバーは次から次へと一目散に逃げ出し、


「それで……その、ボクだけ、置いて……っ行かれちゃって……っ」


 思い出して魔猪の恐怖にあてられたのか、それとも仲間に置いて行かれた自分を再認識して惨めな気分に襲われたのか、フィオレは下唇を噛んですすり泣いていた。


 一方ユーリはなんと声をかけたものかと悩みながら新たな肉を焼いていた。恐らく件の魔猪というのは彼が爆殺し今こうして食料にしようとしているこの元魔猪のことだろうが、なんだか駆け出し冒険者を前に手柄をひけらかすかのような気分になってそれを口にするのは憚られた。


 ユーリは【アイテム使】という誰もが認める立派な不人気職の人間ではあるが、同時に誰もが認める立派な実績を持つパーティーに所属していた冒険者でもある。駆け出し冒険者たちが蹴散らされる魔猪をアイテム頼りとは言え一人で軽く屠ってみせる程度の実力はあって当然。それをわざわざ語って聞かせる方がむしろ恥ずかしいというものである。


「まあ、取り敢えず体力回復のためにポーションでも飲みなって。はいこれ」


「うぅ……ありがどうございまずお兄ざあん……って、うえっまずっ!にがっ!な、なんですかこのポーション……!こんな不味いポーション初めて飲んだんですけど!?」


「はい口直しのお水。……そりゃまあ素材の味しかついてないからね。元はと言えば他人に飲ませる用に作った代物でもないし。でも元気にはなると思うし、傷も癒えただろう?」


「え?あ……ほんとだ、痛くない……」


 件の魔猪の突進でもまともにくらったのだろう、擦り傷に打ち身にと全身怪我だらけだったフィオレの身体はポーションを飲むや否や回復していた。全快とは行かないまでも痛みも消え、僅かな気怠さは残しつつ戦闘行為がまともに出来る程度には復調している。


 しかしそうなってくると、フィオレもまた気にせざるを得なかった。味こそ酷かったがこの水準の効果のポーションは中堅冒険者が常用するような、店頭で買えば一つ一万ジュエルは下らない代物ではなかろうか。五百ジュエルの安ポーションやその辺で摘んだ薬草を愛用している駆け出し冒険者にはとても手が出ない高級品である。


「そ、その……勢いで飲んじゃいましたけど、すみません……あの、ボク今持ち合わせが、その……」


「んー?あぁ、お代はいいよ。どうせ売り物に出来るようなものじゃないし、自分で使う用にせよ半分手慰みに作ったようなものだしねソレ」


「そ、そうですか……!すみません本当は多分お代を払うべき……って、手慰みに作った!?今のポーションを!?」


「うん、まあ。ほいお肉焼けたよ。遠慮せずにお食べ」


「あ、はい……ありがとうございます……んむっ!?」


 焼き猪肉を一口口に入れたフィオレは即座に目を輝かせると、夢中で貪り出した。殺した直後の新鮮な猪肉だから特別美味ということもあったろうが、決してそれだけが理由ではなかった。


 ユーリも一口齧り、その味に満足して頷いた。人様にご馳走するということで流石に香草だけでなく塩をふりかけちゃんと味付けもしたのだが、脂の甘味と塩味が相まって料理とも呼べないような単純料理の割になかなか深みのある味わいになっていた。


 【アイテム使】の能力であるアイテム効果のブーストはあらゆるアイテムに作用する。例えばポーションを回復目的のアイテムとして使用すれば回復効果が向上するし、爆弾を爆発目的のアイテムとして使用すればその爆発威力が向上する。そして調味料や焚火を料理目的のアイテムとして使用すれば、他の者が普通に調理するのとは段違いの絶妙な味付け及び火加減の元とても美味な料理が出来上がるのだ。


 結局フィオレは一人前の冒険者もかくやという量の猪肉とサイドメニューとして用意した野草のサラダを完食した。満足げに食後の挨拶をしつつ、しかしフィオレは何か不可解なものを見る目でユーリを見つめていた。


「その、本当に助かったんですけど……お兄さん何者なんですか?冒険者の同業者さん?そう言えばお名前も聞いていませんでしたし」


「あー……ね」


 出来ればありがとう助かりましたでお別れになってくれた方がユーリとしても嬉しかったのだが、残念ながらフィオレは思ったより律儀な性格らしかった。


 ユーリ・ユーベルと言えば今パラディーア王国では極めてホットな噂の渦中にある人物である。あの『大いなる翼』から追い出された【アイテム使】という衆目を引く噂は案の定王都では話題沸騰中と言えたし、王都以外の街や村にも既に広まっているという話すら聞いていた。ユーリ自身としてもあまり今初対面の人間に話して気分のいい正体ではない。


「まあ、一人で来てる通りすがりの【アイテム使】ってことで……」


「あ、【アイテム使】……!?すごい、初めて見ました【アイテム使】なんてマイナー職の人!……うん?すみません今ボクだいぶ失礼なこと言いました?」


 悪気はないのだろうフィオレにユーリは苦笑した。面と向かって堂々と口に出した人物は確かにあまり記憶にないが、初対面でああそう思っているんだろうなと察せた経験は多々あるため今更特に怒るようなことでもなかった。


「そっかぁ【アイテム使】って本当にいるんだ……あ、だからポーションも手慰みで作れ……え?いくら【アイテム使】でもそんなこと出来る……?ごめんなさい、それこそ有名どころはユーリ・ユーベルくらいしか聞いたことがなか……」


 物珍しそうに青年をじろじろ見ていたフィオレの視線が一点でぴたりと止まった。顔面の少し上の位置。青年の特徴的な、パラディーア王国内でも滅多に見ない黒髪の位置で。


「………………黒髪の、【アイテム使】……。え?ユーリ・ユーベル……?」


 恐る恐るという風に、フィオレはその名を口にする。


 曖昧な微笑みを張り付けたユーリの頬を、一条の汗が伝った。


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