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家をなくしてしまいました

「ユーリ……流石に酔い過ぎじゃないかしら……」


「酔わなきゃやってられないよクーラさんっ!」


 冒険者たちももはや宿に帰った夜中の酒場ラ・クーラで黒髪の青年が酒に溺れていた。ユーリ・ユーベルである。つい先日見たばかりの光景の焼き直しに、店主のクーラ・イソラはため息をついた。


「昨日パーティークビになって、今日は家が焼けて、災難ねぇキミも」


「…………なんか悪いことしたかなぁ」


 結局ユーリの家は完全に燃え尽きていた。不幸中の幸いと言うべきだろうか彼が住んでいた国営集合住宅は安価な割に中央へのアクセスが極めて悪かったため、彼以外に現在入居している人間は皆無だった。


 だからと言って、ユーリにとって不幸だったことに変わりはない。ユーリは基本これまでパーティーの共有ハウスで寝泊まりしていた。冒険者として稼いでいるくせに安普請の集合住宅を家に選んでいたのは倉庫としてだけ活用していたから家の造りにこだわりがなかったという理由があったのだ。


 そして倉庫として使っていた家が全焼したということは、即ち蓄え―――金銭のみならず研究道具一式や手塩にかけて作ったアイテムの類も全損したということにほかならない。耐火性のポーションなどもあったのである程度の回収は出来るかもしれないが、建物の倒壊に本格的に巻き込まれていたとしたら望み薄かもしれない。どちらにせよ王国兵の皆さんの事後処理報告待ちで、一朝一夕に財産の安否確認が出来る状況ではなかった。


 爆発物含む危険物も少なからず混じっていたため勿論ユーリとて最初は自分のアイテムが何か想定外の反応をして出火に繋がったのではないかと心配したが、王国兵の話からするに外部からの放火の線が強いということだった。


 その言葉に胸を撫で下ろしたのは確かだが、同時にこれでユーリの尻に火がついたのも確かだった。パーティーをクビになっても最悪大量にあるアイテム類の蓄えを道具屋に売ってある程度の期間生活していけるなと考えていた彼の計画は根底から覆されたことになる。


「ん~放火の線が濃厚ってことは狙われてるのかもねぇ?昨日のライオみたいにキミのこと羨ましがってた人も少なくないだろうし」


 今まではそれこそ『大いなる翼』の存在がユーリの後ろ盾になっていた。大っぴらにユーリに喧嘩を売ればそれは『大いなる翼』に喧嘩を売ったことになり、最悪【勇者】を敵に回す可能性すらあったのだ。


 しかし今のユーリはまさにその【勇者】に見限られ放逐された存在。つまり昨日のライオ同様今までのユーリに―――強い女に守られてふんぞり返っていた【アイテム使】に対し鬱憤を抱えていた層がいるのならば、殴っても殴り返される可能性の低い憂さ晴らしにうってつけの存在なのだ。


「にしたって俺の家国営住宅だよ?火なんて放てば翼以上に国を怒らせると思うんだけど……」


「そうねぇ……そんなことにも考えが行かないお馬鹿さんの犯行か、もしくは本当に偶然無差別に燃やしたのが偶然キミの家だったのか」


 だとしたら運悪いわね。ゆったりとした金髪をかき上げてクーラはそう苦笑した。


「はぁ……今日から宿どうしよ……」


「んー?ウチでよければ家賃ツケでしばらく泊めてあげてもいいけど、ユーリ的には刺激が強いかもしれないわねえ」


「え!?ホント!?クーラさんありがとう!」


「うん、恥じらいも躊躇いもなく受け入れる辺り見事に女として見られてなくて私も安心していいのか悲しんでいいのかよく分からないわ」


 好意に素直に甘えてみせた年頃の青年に、クーラは笑顔のまま首を傾げた。クーラとて美人で色気溢れる女店主で売っている身であり、彼女に恋い焦がれて身を持ち崩した男は数知れない。店として料理の味や酒の品揃えにも勿論自信はあるが、同時に自分目当てに集まる男が多いことも自覚はしていた。


 幼少期からの短くない付き合いとは言え、そんな自身と一つ屋根の下で寝るという男であれば例外なく垂涎ものである筈の提案に垂涎しない例外がまさに目の前にいたことは、流石の女店主にも予想外だった。


「何だったら店も手伝うよ?勿論【商人】としての仕事の準備もしなくちゃいけないからその、時間は限られちゃうかもしれないけど給料よこせなんて言わないし」


「あら、それもいいわね。特に給料よこせなんて言わないの辺りが好印象。お願いしちゃおっかな」


「いや、それは困るな」


 クーラとユーリ以外いない筈の酒場での与太話に、ふと第三者からの待ったがかかった。凛とした声に振り向けば、店の入り口に紫髪の長身の人影があった。


 胸元がガバリと開いた煽情的な燕尾服に身を包んだおおよそ冒険者とは思えないその人影は、事実冒険者ではなかった。これからユーリの同業者になる【商人】。その中でもユーリと最も付き合いの深い人物だった。


「あら、ミレイユ。お店に顔を出すのは久しぶりね」


「久しぶりクーラ。ユーリは久しぶりでもないけど、いや、色々災難だったようだね」


 ミレイユ・バルバラ。高品質なポーションの取り扱いで近頃話題の道具屋バルバラ商店を営む敏腕【商人】。クーラに負けず劣らずの美貌を持つ彼女は苦笑しながらユーリのすぐ隣のカウンター席に腰を下ろした。今日一日仕事に精を出しただろうに汗臭さの類は一切なく、代わりにふわりと爽やかな香りの香水が青年の鼻をくすぐった。


「ごめんミレイユさん……在庫燃えちゃったよ。薬品作成道具もどうか分からないし、しばらく納品は待って貰えるかなぁ」


「あぁ、こちらだけの都合を言うなら勿論困るが、まあ分かってるさ。何せこちらもキミのポーションは割かし生命線なんでね。作成者さんの機嫌を損ねるようなことは出来得る限りしたくはない」


 慰めるように青年の肩を叩くと、ミレイユは軽食をクーラに注文する。ラ・クーラサンド。白身魚とアバレウシ肉の香草焼きを特製ソースと共にパンに挟んだ酒場ラ・クーラ自慢の一品である。


 件のバルバラ商店のウリである高品質ポーション。その正体はユーリ謹製の各種ポーションにほかならなかった。ユーリとしては元々買ってくれるならどの商店に納品してもよかったのだが、いち早く彼のポーションに目をつけたミレイユが半ば買い占めるような形で常に青年から買い付けていたのである。


「キミのポーションは群を抜いて質がいい。他の【アイテム使】と比べてなら勿論のこと、腰を据えて作っている筈の【錬金術師】のそれより安定して高品質なのは流石当代最高の呼び声高い【アイテム使】ユーリ・ユーベルだけのことはあるね」


「よかったじゃないユーリ。バルバラ商店の店主さんに褒めて貰えるなんて」


 目の前に差し出されたラ・クーラサンドを一つ掴むとミレイユは優雅な仕草で口に運んだ。【商人】は下品な金の亡者という印象を持たれがちだがこの男装の麗人の挙動は逐一上品であり、サンドイッチにかぶりつく仕草すら貴族のそれのようだった。


「冒険者界隈だと【アイテム使】は軽視されがちだと聞くが【商人】の世界ではそうじゃない。むしろ【商人】にとっては【剣士】や【武闘家】なんかよりよほど重要なのがキミ達モノづくりの人間だ。売る物品がなければこちらも商売あがったりなんでね」


 二つあるサンドの片方を完食すると、ミレイユは残りを皿ごとユーリによこした。奢りだよの言葉に甘え口に運ぶと、香しい風味がユーリの鼻腔をくすぐった。


「で、ここからが本題なんだよユーリ。キミ、商人ギルドに登録したそうだが商売を始めるアテはあるのかい?」


「……登録した時点ではまあ、あったんだけどね。屋台引いて在庫売ったりとかしようかなぁって」


「はははっ甘いねぇ。マリィにも言われなかったかい?キミみたいなのが参入したら同業者に絶対やっかまれるって」


「言われたけど、でもやってみれば何とかなるかなって。最初からそこまで俺の動向に注目する【商人】さんもいないでしょ」


「私がいるじゃないか」


 意地悪な表情でとんでもないことを言い出したミレイユの顔を思わずユーリはまじまじと凝視した。にやにや笑いつつ、その目の奥には冗談で言っているのではないぞという意志が感じ取れた。


「私はキミが店を持ってキミのポーションを売るようになったら全力で妨害工作やるよ?それにポーションだけじゃない。キミならそれ以外にも多種多様な高品質アイテムを作って材料費はともかく仕入れ値なしで売り払う筈だ。通常の【アイテム使】ならアイテム作りと商売なんて時間的にも体力的にも並行出来ないかもしれないが、キミの作業速度と冒険者稼業で培った体力なら実際やってのけるだろうしね」


「……邪魔しないで」


「やだよ。だってそれはうちにキミがポーション卸してくれなくなるってことだろう?仮に卸して貰えるにしてもうちより安値でうちと同じ品質のポーション売られるのはちょっと看過出来ないなぁ」


 飽くまで友好的な姿勢を崩さず、しかし曲げる気のなさそうなミレイユにユーリは頭を抱えた。仮にバルバラ商店の財力を動員して邪魔されたら商売のいろはも分かっていないユーリには何も対処出来ず潰される未来しかないだろう。


「だからこそ提案だ。ユーリ、うちに来ないかい?」


 そんな青年にとって、ミレイユの提案は予想外極まるものだった。


「……どゆこと?」


「前から話してたろ?ポーションの仕入れ量を増やしたいって。既に店も構えて開店を待つだけのバルバラ商店二号店。そこを含めた我が商店お抱えの【アイテム使】としてキミを迎え入れたいのさ」


 飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を遂げているバルバラ商店に新たな店舗が出来るという噂は実際ユーリも聞いてはいた。加えてミレイユから直に仕入れ量増加の要請があったこともあり、あの噂は本当なんだなと薄々ではあるが察したことも覚えている。しかしながらあまりにいきなりの提案に、青年は呆然と男装の麗人を見つめた。


「予定外だけど、キミが【商人】になると言うなら補佐をつけて店長職をやって貰ってもいいし、報酬も勿論優遇するさ。新人【商人】には商売の基本なんて分からないだろうが、キミを縛り付けられるならそのくらいのリスクは負ってみせるとも」


「……いきなりすぎるし、破格すぎない?」


「いきなりなのは詫びるが、実は随分前からキミを翼から引き抜けないかとは考えていたんだ。それに条件は破格と言うほどのことでもない。それで元翼の【アイテム使】を独占出来るなら悪い話じゃないんでね。加えて、未熟ではあるがキミに【商人】としての才がないわけでもないとも私は見てもいるよ。うちにポーション卸す時結構足元見たいい値段でふっかけてくれてたしね」


 確かにバルバラ商店にポーションを売る時だいぶ強気な価格設定をした記憶はある。別に売れないなら売れないでパーティーで使うだけなので特に困らないと思っていたのもあるが、それでも他所ではこの値段では買い取ってくれないだろうなと思っていたからこそほぼ専売のような形でバルバラ商店に卸していたのだ。


 自身で口にした通り、確かに破格の条件であるとユーリは感じていた。補佐をつけると言った以上【商人】としての修行もさせてくれるということだし、バルバラ商店の看板を掲げられるのなら他所の【商人】からの妨害も自分単独で店を持つより遥かに少なく済むに違いない。


 しかし、だからこそユーリにとってはそれは飲めない話だった。


「……ごめんミレイユさん。ありがたい話だけど遠慮しとくよ」


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