【商人】ギルドに顔を出してみました
「で?翼をクビになったから冒険者辞めて【商人】に鞍替えしたいって?」
「うん」
「あんた【商人】舐めてるだろ」
『紅の獅子』の【剣士】ライオ・バルステンが元『大いなる翼』の【アイテム使】ユーリ・ユーベルに打ち負かされたその翌日のこと。商人ギルドの茶色いくせ毛の名物受付嬢、マリィ・コールは呆れたような面持ちで眼前の青年を軽く睨んだ。
ギルドというのは要は同職業間の業務斡旋及び互助組織である。パラディーア王国の冒険者ギルドは巨大だが、それ以外にも【農家】ギルドや【鍛冶師】ギルドなど多種多様な職業のギルドも勿論存在する。その中の【商人】ギルドに、ユーリは顔を出していた。
ユーリはパーティーを放逐されたとは言え一応籍自体は冒険者ギルドに残っている。それこそ採用して貰えるのであれば新しいパーティーに加入することも出来るし、危険さ故に歓迎はされないだろうが単独で冒険者稼業を続けることも決して許されないわけではない。
しかし『大いなる翼』を放逐された以上、ユーリには冒険者稼業にそこまで大きなこだわりは残っていなかった。仮に冒険者を続けるにしても仕事の受注にはギルドに出向かなければならず、そこで古巣のメンバーと鉢合わせでもしたらどう接していいか分からないというのもあった。
とは言え冒険者を辞めるなり休むなりするにしたところで、彼自身食い扶持は稼がなければならない。冒険者は実入りがいい稼業の代表格でありユーリもそれなり以上の貯蓄は持っているにせよ、だからと言って遊んで暮らすことを是とするほど彼も豪胆でも自堕落でもなかった。
そこでユーリが冒険者以外の稼業として選んだのが【商人】だった。幸い【アイテム使】になるために【商人】の知識をかじった経験もあるし、作成したアイテムを道具屋に卸していた関係上【商人】ギルドとは決して浅くはないコネがあった。
「やっぱり、いきなりすぎるかな……?」
「や、まぁいきなりすぎるってゆーか、もしそこらで商売してる【商人】が今日から冒険者に転向するからよろしく!って言い出したらあんたどう思うよ?」
「……いや【商人】で冒険者やってるの山ほどいるし頑張れとしか思わないけど」
「……そうだな。あたしが悪かったよそれはあんたの言う通りだ」
冒険者稼業には様々な職業の人間がついている。それこそ【商人】の冒険者は【商人】ギルドに籍を置きながら冒険者ギルドにも籍を置いているのが常だし、【錬金術師】や【歌い手】【踊り手】辺りにもまた独自のギルドがある。
不人気職の【アイテム使】にはギルドなどというご立派な互助組織は存在しないが、ユーリの視点から見れば冒険者稼業を営みながら店を経営している【商人】という存在は決して珍しいものではなかった。
「でもな、逆の立場であるあたしの視点からすればそんなん【商人】舐めんなって話になるのよ。【商人】のいろはも知らないような奴が、冒険者クビになったから商売やらせてくださーいなんてのはな。そもそもあんた、【商人】にとって一番大事なものって何か分かってる?」
「商機を逃さない嗅覚……とか?」
「残念。信用だよ」
如何にもつまらなそうに、フンとマリィは鼻を鳴らした。
「【商人】は何より信用を重視する。例えばアイテムを安く仕入れ、安く売る手腕に長けていたとしてもそれで売りつけるのは実は粗悪品でしたじゃその店は早晩閑古鳥が鳴く羽目になるさ。特に冒険者相手に商売する場合なんか、一個の粗悪品の存在がそのまま彼らが命を落とすか拾うかの分岐点になりかねない」
流石ギルドの受付嬢。よほど【商人】という職業に対するプライドが高いのだろう。くせ毛の少女は饒舌に語り出した。
「だが装備品ならいざ知らず、消耗品に限っちゃ店頭で実際に使って試してみてから貰うってのも難しい。じゃあどうするか?粗悪品を一切取り扱わず……なんてのはどんな目利きでも難しいもんだが極力減らし、この店のものなら安心だとお客さんから信用を勝ち取るしかない。そうやってコツコツと信用を積み重ねることで店のブランド価値を高めるのが【商人】の基本だ。最近で言えばバルバラ商店みたいにね」
バルバラ商店。ここ、パラディーア王国王都イルタリアに店を構える装備品もアイテムも取り扱う総合商店である。立地こそよくはないがここ最近店構えが豪華になったと冒険者の間でも語り草になっている店で、目玉は高品質売り切れ必至のバルバラ印の各種ポーションだった。
「そのバルバラだって【商人】の勉強をしっかり積んで、他所にはない高品質な品を揃えて、その上で地道に地道に努力を積み重ねてようやく今の位置にいるんだ。少し知識を聞きかじっただけの冒険者が俺でもギルドに所属すれば真似出来るぜと気軽に入って来ていいような甘い世界じゃないんだよ」
ユーリとしても別に【商人】を舐めているつもりはなかった。しかし信用と言われるとなるほど、今のユーリには極めて遠いものにほかならない。
フラットに知名度皆無の状態で参入出来た方がまだマシだったかもしれない。ユーリの古巣である『大いなる翼』は国内有数の知名度を誇る冒険者パーティーであり、必然ユーリの存在もその目立つ黒髪と共に広く知られている。勿論ユーリが古巣を追い出されたということも噂の広がりが早い王都では即座に知れ渡るに違いない。
そうなった場合、ユーリを指してかの有名な『大いなる翼』の【アイテム使】であった以上有能である筈と捉える者もいるだろう。しかし同時に、『大いなる翼』の求める水準に達していなかったからクビを切られた無能な【アイテム使】であると捉える者もまた少なくない筈だ。
こと信用を得るにはクビを切られてパーティーを放逐されたという経緯が決して軽くない足枷になるのは目に見えていた。
「大体、舐めてるってのはそれだけじゃない。あんた自分が【アイテム使】だから自分でアイテム作って自分で売れば安上がりでいいじゃん!とか思ってるだろ?」
「思ってるけど、駄目かい?」
「悪びれないでやんの……別に駄目って法はないが、暗黙の了解ってやつさ。いきなり参入してきた奴が【商人】の不文律を侵して急に法外な安値でアイテムを売り出したりしたら他は商売あがったりだし、まぁ嫌われるだろうね。お客さんだって訝しむさ。このアイテムがこんなに安いわけがない。何か裏があるに違いないって」
「訝しむお客さんに関しては俺が【アイテム使】だって喧伝して売れば解決するんじゃないか?」
「あんただけの話ならね。ただ、あんたが俺【アイテム使】だから安値でアイテム取り扱えるんですよと言ってアイテム売ればお客さんはどう考えると思う?あたしはね、こう考えると思うよ。この値段で商売が成り立つほど原価は安く済んでるのに他の【商人】どもは一体どれだけふっかけて今まで売ってやがったんだ~ってね。言いたかないけど、お客さんってのは勝手だから」
容易に想像出来る話だった。そもそもユーリ自身『大いなる翼』時代消耗品を道具屋で買ったためしがない。自分で作る方が遥かに安価で、品質も保証出来るのだから買う必要がなかったのだ。
「そしたら困るのはあんたの新しい同業者たちだ。さっきも言った通り信用が大事な稼業。実際に不当かどうかは関係なく、不当に大きな利益を得ていたという悪印象がつくのはそりゃ痛手さ。あんたがぶっ壊した価格帯に合わせてアイテムを売り出すくらいしか道はないが、あっちは【アイテム使】じゃないんだから原材料や技術料、人件費諸々込みの仕入れコストも当然かかる。ある程度ふっかけて売らなくちゃ儲けは出ない」
勿論ユーリも【商人】には【商人】の都合があることは理解しているし、原価より遥かに高い値段をつけて売ることを悪いとは欠片も思わない。金稼ぎは浅ましいことのように取られがちではあるが、作って使うだけの自分と違い流通を担っている商人がその対価として金銭を得るのは当然のことと言えるだろう。
しかしながら同時に、そう聞き分けがいい客ばかりではないというのも当然察せられた。確かにユーリが自分の好き勝手に安値でアイテムを取り扱えば客はそちらに殺到するだろうし、実際ユーリ自身それをアドバンテージだと思っていたのは確かだった。
「で、そんな未来が想定出来ないほど【商人】たちだって馬鹿ばかりじゃないし、みんな市場調査だって欠かさない。あんたがそういうやり方で商売を始めれば同業者たちはすぐ気付いてその名が広まる前にあんたを市場から追い出そうとするだろう。大きいとこの怒りを買えば最悪殺されるかもね」
スパン。と首を切るようなジェスチャーをするマリィにユーリは震えた。【商人】は本人こそ大きな武力を保有しないが、店舗警備員と称し財力にあかせて私兵のようなものを持つ者もいる。屈強な彼らに群れだって襲撃などされようものなら、非力な【アイテム使】には勝ち目がないだろう。
「ま、大陸有数の【アイテム使】さんだかなんだか知らないけど、【商人】舐めんなってこと。勿論それでも【商人】ギルドに登録したいってならあたしは構わないよ?止める権利もないし。ただ、せいぜい身の振り方は考えな」
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結局【商人】ギルドに登録だけはしたものの、ユーリは肩を落としとぼとぼと大通りを歩いていた。マリィの言葉が重くのしかかる。まぁ行けるだろうと舐めてかかった自分の見通しが甘かったことを痛感せざるを得ない。
そもそも【商人】ギルドに登録したとて、それではい今日から【商人】として商売出来ます。というものでもない。露店でも屋台でも何でも店を持つのが普通だし、行商人をやるにしても最低限荷車は必要になる。
一軒家の店を作るのは流石に難しいし金もないが、テントなり荷車なりが必要なら作ればいいと考えるのは【アイテム使】故か。荷車を引きながらポーションいかがですかーと街を練り歩く自分の姿を想像してあまりの似合わなさにユーリは苦笑した。
十五の歳を数えて成人し孤児院を出てから三年ほど経つが、その間の生活は刺激の連続だった。死にかけたことも何度もあるし、失敗して後悔の涙で頬を濡らしたことも何度もある。その度にアリスに救われ、ローズに激励され、レインに助けられた。勿論ユーリが彼女たちを助けたことも多々あったし、手前味噌かもしれないがいいパーティーだと自信を持って言えるパーティーだった。
そして一昨日まではごく普通にそのまま続くと思っていたそのいいパーティーの冒険者生活が急に終わり、突如平和な日常に放り出されたのはある意味彼にとっては新鮮な経験だった。よりにもよって信頼していた仲間の手によって放逐されたのはショックだったしその理不尽さに困惑もしたが、そのことについて彼自身不思議なことに大した怒りは抱いていなかった。
むしろ自分がいなくてあの子たちは大丈夫だろうかという心配が勝る。普段使う各種アイテムの用立てから日々の食卓の準備、掃除洗濯に至るまで彼が一手に担っていたのが『大いなる翼』というパーティーだった。
『大いなる翼』のメンバーたちはユーリにとって頼れる姉のようであり同時に手のかかる妹のようなものだった。全員が全員幼い頃からの知己で、お互い駄目なところもいいところも知り尽くしていると言っていい。だからこそ、果たして家事適性の低い彼女たちが自分無しでやっていけているのか心配だった。
実際に放逐された以上自意識過剰と言えるかもしれないが、それでもまたパーティーの共有ハウスにこっそり顔を出してみるのもいいのではないかと思う。アリスは難色を示すかもしれないが、ローズやレインにこっそり料理やポーションのおすそ分けをするくらいしても罰は当たるまい。そもそもパーティーで使うために用意したポーションは大量に家に眠っているのだ。一人では消費し切るまでにどれほどの時間がかかることか。
そんなことを夢想しながら路地裏に入り、ユーリはその視界に我が家を捉えた。
全焼し、焼け跡となったその集合住宅を。
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