虹色の鳥が飛び立ちました
第一級パーティーと言えば、一般的には上澄みも上澄みのトップクラスに分類される冒険者パーティーである。
その上に真のトップである特級パーティーという区分もあるが、そこに分類されるのは歴史上でも突出して優れたパーティーのみだ。どれだけ努力しようと生涯で第三級パーティーどまりで終わるケースも多いことを考えれば、第一級に至れただけでも並外れた実力を誇るパーティーであることの証左になると言えるだろう。
そんな第一級パーティーの中に『月光戦団』というパーティーがある。緑の長髪が特徴的な優雅な青年【槍兵】アルトリウス・ブレイズをリーダーとした八人ほどのパーティーで、若干金にがめつい面はあるものの『紅の獅子』などと並ぶ実力確かな一団である。
彼らはその日、国外から訪れていた商隊を王都から遠く離れた国境付近の村まで護衛する遠征任務に就いていた。
商隊というのは【商人】が商品を遠方から買い入れるため、もしくは遠方に売り出すため隊列を成して遠征する手法である。当然最低限の人数で行軍する方がコストはかからずに済むため、道中の野盗や魔物対策のため必要な人数だけ現地の冒険者を雇うのが基本パターンだった。
今回の商隊は一ヶ月以上パラディーア王国の王都イルタリアに滞在していたため、往路の護衛として雇っていた自国の冒険者は滞在費のコストカットのため既に帰国させられていた。帰路の護衛として今回雇われたのが『月光戦団』の面々であり、国境で護衛を相手国の冒険者パーティーに引き継ぐ算段となっていた。
依頼完遂証明書をギルドに提出することで報酬受け取りとなるパターンの依頼である。でっぷりと肥え太ったにこやかな商隊長からその証明書を受け取り、『月光戦団』としての今回の依頼は無事完遂した。
だからこそ、別れた直後に商隊が突如として現れたドラゴンに襲われても『月光戦団』としては特に困りはしなかった。
勿論『月光戦団』としてもそれなりに旅を一緒にした義理もあるし、見殺しにしたとなれば今後の評判にもかかわりかねない。必死にドラゴンを止めようと試みたのだが何せ戦闘準備も整っていない突然のことである。結果的に商隊はその荷を食い荒らされ、壊滅状態に陥った。
そしてそうなると、今度はドラゴン対『月光戦団』の構図のみが残る。商隊は壊滅してしまったが、『月光戦団』の背後には村が存在するのだ。それを守らず自分たちだけ逃げられるほど件の第一級パーティーは恥知らずではなかった。
一般的にドラゴンは極めて強大な魔物ではあるが、突出して強い個体でもなければ第一級パーティーが万全なら現実的に狩れる相手でもある。『月光戦団』も苦戦しながらではあるが過去に幾度か戦い、そして勝利して来た実績がある。加えて今回現れたドラゴンは比較的小柄。油断さえしなければ勝てると信じ、彼らはドラゴンに挑みかかったのである。
しかし、そのドラゴンは今まで彼らが相手にして来たどの個体よりも強かった。巨体に似合わぬ凄まじい速度で飛行し、【魔法使】の防護壁すら破る高威力のブレスで圧倒する。淡い不思議な虹色の光を放つその身体には一切の攻撃が通じず、『月光戦団』のメンバーたちに絶望を植え付けていた。
もはや第一級パーティーの手に負える相手ではない。特級パーティーが相手をするべきレベルの強敵であるそのドラゴンを前にして、『月光戦団』全滅の危機に見舞われるのも無理からぬことだった。
(そんな、馬鹿な……)
蹴散らされた『月光戦団』のメンバーたちの呻き声が聞こえる中で、仰向けに倒れたアルトリウスはそのドラゴンの巨体を力なく眺めていた。
アルトリウスとて第一級パーティーの長として腕には自信がある。かの剛力自慢のライオ・バルステンに並ぶ力自慢でもあり、鋼鉄すら難なく粉砕する妙技を幾つも習得している。そしてパーティーメンバーもまた、そんな彼が自分と肩を並べるに相応しいと判断した豪傑揃いである。
それなのにこうも一方的に敗北するという事態が、彼には文字通り信じられなかった。悪い夢でも見ているのではないかという青年の思いを嘲笑うかのようにその身にドラゴンの牙が迫る。
冒険者などという危険な稼業に身を置いていれば、魔物の餌になって終わるというのは容易に予想出来た最期ではある。実際そういう最期を迎えた同業者の話も枚挙に暇がないし、そういった噂を聞く度にいつか自分もそうなるのかもしれないと漠然とした不安を感じなかったわけでもない。
とは言えいざ我が身に迫ると恐怖に身が竦むというものである。アルトリウスは力の入らない腕を必死に動かしなんとか転がった愛槍を握り込もうとして、
「あん♡もう間一髪ね♡」
突如割り込んだ影が轟音と共に迫る牙を防いでみせたことに目を見開いた。
「はぁいアルトリウスちゃん。おひさ♡」
その人物をアルトリウスは知っていた。否、恐らくパラディーアの王都周辺に住む者に知らない者はいないであろう。それほどの有名人物であるその男は、特級パーティーに所属する冒険者の一人だった。
陽光を反射し輝く頭には誇張なく頭髪が一本も存在しない。筋骨隆々のその肉体は頑強そうな鎧に包まれながらもその存在感を雄々しく主張し、大剣で真正面からドラゴンの牙を押し留めるその膂力に説得力を持たせている。
「あ、貴方は……」
「ムリに喋らなくて良いわよん。あたしたちに全部任せて?」
掠れた声で語り掛けるアルトリウスに件の巨漢は優しくウインクすると、ドラゴンに向き直りその大剣を力任せに振り回した。
「うおおおおおっ!どっせいぃっ!」
次の瞬間、アルトリウスは凄まじい光景を目にすることとなった。巨漢の身体が瞬間的に膨張したかと思うと、ドラゴンの体躯が冗談のように上空に吹き飛んだのだ。
確かに今回の相手は若干小柄ではあるが、如何に豪傑とは言えドラゴンを一人で投げ飛ばすなど聞いたことがない。目を丸くするアルトリウスに巨漢が見せつけたのはポーションの空き瓶だった。
「んふ、ハイブーストポーション♡ほんと素敵ねコレ。作った【アイテム使】の腕も確かだし。ハイコレ、アルトリウスちゃんにも美味しいポーションあげちゃう♡」
どうやら既にハイブーストポーションを飲んでいたらしい。巨漢はアルトリウスの頭を支え起こすと、その口に回復用のハイポーションを注ぎ込んだ。
「ぷぁっ、済まないガレス殿。助かった……」
「いーのよぉ。通りすがりだけれど、助けられる同業は助けるってもんでしょ?」
そう言って笑いかけた禿頭の巨漢の背後を見てアルトリウスは目を剝いた。放り投げられ滞空していたドラゴンが今まさにブレスを二人に放とうとしているのが視界に入ったからである。
「危な……!」
「あら?大丈夫よぉ」
呑気とも思える巨漢の言葉に泡を食ったのはアルトリウスの方である。件のドラゴンのブレスの強大さを骨身にしみて理解している彼は巨漢に思わず食ってかかろうとして、
「あたしがここにいるってことは、【勇者】サマだって当然いるんだから♡」
その次の瞬間、背後から立ち上った圧倒的な熱気に思わず振り向いた。
アルトリウスの背後、自身の燃えるような金髪に比肩するかの如く煌々しい輝きを放つ長剣を振りかぶり一人の青年がドラゴンを睥睨していた。その剣が宿すのは炎の権能。凄まじい熱波はまるでそれそのものが攻撃ですらあるかのように周辺の大気を歪めていた。
「炎の断罪」
一言呟いたその言葉は、果たして罪人を断ずる死の決裁にほかならなかった。超高火力を宿して振り抜かれた光の一閃は過たずドラゴンの強靭な首を薙ぎ払った。
如何に全生物の中でも最高峰の強靭さと耐熱性を併せ持つドラゴンと言えど、直に胴と首の接続を消滅させられてしまえば絶命するよりほかない。結局狙ったブレスを吐き出すこと叶わず、ドラゴンは墜落しその巨体を大地に横たわらせた。
呆気なくと言うならこれ以上呆気ない終わりというものもないだろうが【勇者】の戦いとは得てしてそういうものである。呆然とその雄姿を眺めるしかないアルトリウスを前に、金髪の【勇者】はふうと一息吐いた。
「すまない。遅くなった。立てるかアルトリウス・ブレイズ?」
爽やかな微笑みで手を差し伸べた【勇者】は、まるで物語に語られる英雄のようだった。おずおずと手を差し伸べるアルトリウスを、その痩躯からは想像も出来ない力強さでもって立ち上がらせる。
「あ、ああ……いや、こちらこそすまない。ありがとう助かったよディスト」
「こちらは遠征帰りで偶然も偶然だ。礼は受け取っておくが、褒め称えるなら自分の運の良さを褒め称えると良い」
その言葉に嘘偽りはないのだろう。【勇者】ディスト・アルバーン―――最強『大いなる翼』と並び最優と称される特級パーティー『大いなる剣』のリーダーの性分が正直者であることはアルトリウスも重々承知していた。
「いや、しかし運が良いと言うには少々災難だったか。このドラゴンは『月光戦団』の討伐対象……というわけでもなさそうだが?」
「ああ。こちらが依頼を終えたタイミングでいきなり現れた。不幸中の幸いと言うかこちらの依頼自体は終えているのだが、護衛対象だった商隊は全滅してしまった……かな」
沈痛な面持ちで見やれば商隊の食い荒らされた荷物が目に入る。逃げ延びた【商人】もいるかもしれないが、どちらにせよもはや商隊としての仕事は果たせまい。
「彼らは一体何を運んでいたんだ?ドラゴンに狙われるようなものと言えば金銀財宝の類と相場が決まっているが……」
「実際そういった装飾品や骨董品の類と聞いているよ。なんでも露天商をやっていた【錬金術師】からいくつか掘り出し物を手に入れたと大喜びだったのだが、まさかこんなことになるとはな」
口元に手を当て、ディストはふいとドラゴンの死骸に目をやった。死んだにもかかわらずその灰色の肉体は未だに謎の淡い光を放ち続けている。
「……あんな風にドラゴンが光る理由に心当たりは?」
「いや、ないな。ただ現れた時には光っていなかったように思うがね」
「商隊が持っていたブーストポーションでも飲んだ……とかかしら?」
アルトリウスを守った巨漢、『大いなる剣』の【剣士】であるガレス・ウォークルも不審に思ったのだろう。慎重に、されど怯える様子もなくドラゴンの死骸に歩み寄る。
そんな時だった。切り離されたドラゴンの胴体の断面から、虹色の液体がドロリと流れ出したのは。
「っ!?」
ディストとガレスが同時に臨戦態勢に移る。その液体はスライムか何かのように自立してぐにょぐにょとその身をくねらせると、大して時をかけずそのまま一つの動物を象ってみせた。
「……虹の、ワシ?」
それは虹色に光り輝く金属の猛禽だった。大きさとしてはアルトリウスの膝下くらいまでの背丈だろうか。全体的な形はワシのようだが、生物としてのそれよりもシャープでどこか芸術品じみた造形美を宿している。
その金属鳥は【勇者】たちをちらりと一瞥すると、興味なさげに羽ばたき空に飛び立った。向かったのは王都イルタリアの方角。一方でその金属鳥が腹にいたことが原因だとでも言わんばかりに、ドラゴンの身体に宿っていた光は掻き消えていた。
「なんなのだアレは……?」
呆然と見送るしか出来ずアルトリウスは呟いた。彼とて『月光戦団』のトップであり歴戦の冒険者である。当然冒険者としての見識には長けているし、様々な魔物の知識も備えている。
しかしそんな彼をしてなお、虹色の金属スライムなど聞いたことがなかった。しかもドラゴンの体内から出て来た以上食われていたのだろうが、その上でなお一切のダメージを受けた様子もなく飛び立ってみせたその強靭さは生物だとしたら異常と言うほかない。
一方そんなアルトリウスの困惑を他所に『大いなる剣』の二人の反応は微妙だった。ディストは頭痛を抑えるかのように頭を掴んでため息をつき、ガレスは呆れたように苦笑していた。
「ねえディスト?アレ……」
「ああ……」
先ほどの爽やかそうな好青年の顔は何処へやら、ディストは猛禽が飛び立った方角をじっと睨みつけながら静かに呟いた。
「ユーベルシリーズ……。どういうことだユーリ?」
こういう点が良かった、こういう点が悪かったなど忌憚ない意見をいただけると今後の話作りの参考になるので大変助かります。
また、そういった具体的なものでなくても感想をいただけると励みになりますので是非ともよろしくお願いいたします。




