【剣士】との喧嘩に勝ってみました
特殊薬。それは体力回復、負傷回復、解毒や鎮痛のような回復効果のみならず、身体能力活性から集中力向上に至るまで様々な効果を持つ多種多様な種類の薬液の総称である。
基本【錬金術師】か【アイテム使】の手によって作成されるそれらは、ものによっては市場に流され薬草の比ではない高値で販売される。つまり【錬金術師】や【アイテム使】をパーティーに抱え込んでおくということは、そのままパーティー単位でのコストカットと金儲けを両立出来る妙手なのである。
そして【錬金術師】は基本アイテム作成に関しては釜を用意して腰を据えてやる必要があるのに対し、【アイテム使】は必要に応じて戦闘中に合成しその場で使うことが出来る。
勿論材料がなければ作れないことにはどちらも変わりないが、それでもアイテムに対する感覚は変わってくる。【アイテム使】という職業の人間があらゆる職業の中で最もアイテムを手軽に用意出来ることは紛れもない事実であり、そしてそれ故に彼らが貴重なアイテムも惜しまず使う性格になるのは必然だった。
ユーリの足元を転がる赤い瓶を目撃して思わずライオは目を剥いた。
「赤のポーション……ってキングポーション使ったのかお前っ!?」
赤い薬瓶のポーションと言えばキングポーションというのは冒険者の常識である。取り扱う店にもよるがセール中でも一本10万ジュエルはかたい最高級品。定価で買えば装備一式を新調してもなおお釣りが来るその価格に相応しく、全体力回復にあらゆる負傷の回復、加えて身体能力の大幅な向上も見込める最高のポーションである。
なるほど確かに骨折を治すならキングポーションを使えば一瞬だろう。身体能力向上も合わせてこの喧嘩の勝利を目的とするなら最善の選択と言えるかもしれない。その貴重なポーションはまかり間違ってもこんな酔っぱらい同士の喧嘩で使っていいものではないという一点を度外視するのであれば、だが。
「本当は使って不意打ちするつもりだったんだけど、いや本当に『紅の獅子』の【剣士】は流石だね。まさか勘で避けられるとは思わなかった」
あっけらかんと言ってのけるユーリを前に、ライオは思わず叫んだ。
「な、何考えてんだテメェッ!よりにもよってこんな喧嘩でキングポーションだとっ!?大体、剣の勝負にアイテム持ち込むとか卑怯だろうがっ!」
「いや卑怯なことはないでしょ。そっちがアイテム使っても俺は責めないし好きに使えばいい。それにさ……」
ユーリは腰のポーチから別の薬瓶を取り出した。コポコポと妙な水泡を絶えず発生させているその緑の薬液に、ライオは見覚えがあった。
「剣を使う【剣士】を相手にしてるのに【アイテム使】がアイテム使っちゃいけないってのも変な話だろっ!」
躊躇いなく緑の薬―――低レベルな液体爆弾の原液を、ユーリはライオに向けて投げつけた。
危険物を投げつけられて、しかしライオは恐れなかった。緑の液体爆弾なら彼も知っている。それが大した威力を持たず、軽鎧とは言え武装しているその身に大きなダメージなど決して与え得ないことを。
それこそ爆弾に自ら突っ込んで突破したところで自分には大したダメージがないだろう。そう考え、【剣士】は再び眼前の敵に痛い目を見せるべく突撃した。
もし彼が【アイテム使】という職を軽視してさえいなければ気付き得たかもしれない。アイテム効果ブーストという【アイテム使】固有のスキルの存在に。
巻き起こった予想外の規模の爆発に、ライオは為す術なく吹き飛んだ。軽鎧が破損する嫌な音が響き、空中にその身を置きながらライオは器用に青ざめてみせた。
鍛え上げられた身体能力の賜物としてなんとか足から着地してみせたライオだったが、その胸中は混乱で満ちていた。あの緑の液体爆弾が自分の巨体を吹き飛ばすほどの威力を有しているわけがない。だと言うのにもかかわらず吹き飛ばされたということは、自分が想定したものとは別物だったのだろうか。一人前の冒険者である自分すら知らない得体の知れないそんなアイテムを眼前の【アイテム使】は持っているというのだろうか。
木刀を掲げて迫り来るユーリを前に、混乱の渦中にありながらそれでもライオは構えねばと立ち上がった。否、立ち上がろうとした。
そこにユーリがポーチから取り出し片手で投げつけた対魔物用の捕獲ネットが襲い掛かった。【アイテム使】―――即ちアイテムを使うことを極めた者ならではの卓越した投擲技術でもって投げられたそのネットは過たず標的たる【剣士】に直撃し、その巨体を絡め取った。
「はい、以上。俺の勝ちってことで」
強靭極まるネットに雁字搦めにされて完全に身動きが取れなくなった巨漢の頭をコンと木刀で軽く叩き、青年は勝利を宣言した。
「俺について言ったことはどうでもいいんだけど、彼女たちへの暴言は取り消してくれるかな?ライオ・バルステン」
当然、喧嘩の勝ち負けなど曖昧なものだ。それこそ先ほどユーリはライオにボコボコにのされていたわけで、それをもって決着とならなかったのはユーリが再起し歯向かってみせたからである。ライオがこの状況下でも先ほどのユーリ同様歯向かう術を持っているのなら、ユーリの一方的な勝利宣言を無視して更に続行することが可能だろう。
しかし対魔物用のネットなど、本来人に向けて使うような代物ではない。魔物のフィジカルを無力化するために設計されたその強力な捕獲アイテムは、如何な熟練の【剣士】と言えど容易に破ることは叶わないのが現実だった。
歯も砕けそうなほど凄まじい歯ぎしりと鬼の形相で悔しさを前面に押し出しつつ、ライオには既に他の選択肢が存在しなかった。
「~~~~~っ!……すまなかった。俺が、悪かった」
それは明確な敗北宣言だった。途端、観戦していた野次馬たちから喝采が巻き起こった。皆信じられないものを見たとばかりに興奮して叫び散らかす。
「おい……おいおい!マジかよおい!【アイテム使】のユーリがあのライオに勝っちまったぞ!」
「え?いや、いやいや卑怯じゃんあんなの!大体ユーベルの奴は一度ボコボコにやられて、バルステンは一度もアイテム使わなかったんだよ!?フェアじゃないだろあんなの!」
「いや別に禁止されてないしライオだって使えばよかったのよアイテムでも何でも。でもケチったのかプライドが許さなかったのかライオはそれをしなかった。本人の選択なんだから敗北は敗北として認めないとダメっしょ」
「うぇーマジかよー!ユーリの勝ちに賭ける奴いねえから成立しなかったのにー!こんなんなるなら俺がユーリに賭けとけば総取りだったじゃねぇかよー!」
好き勝手宣う冒険者たちに、いつしかライオは顔を真っ赤に染め上げていた。
確かに観衆の言う通りアイテムを使わず敗北したのは自分のせいだ。剣で食っている自分がアイテムの使用などという小手先の技術に頼ること。それがプライドにかけて許せなかったというのもある。そもそも【アイテム使】を相手取った経験が皆無だったため相手のアイテムに何を返せばカウンターになるのか分からなかったというのもある。そして何より対魔物用のアイテムを人間に向かって躊躇なく使ってくる危険人物に面食らったというのもあるが、敗北したことそれ自体に言い訳の余地はない。
「なんでだ……なんでお前、俺以上に酔っぱらってる筈なのに、なんでそんな的確にアイテムを使えるんだよ……」
勿論、【アイテム使】とはそういうものだ、酔っぱらっていても的確なアイテムの使用が出来るものなのだと言われればライオも納得するしかない。しかしながら、どうしてもライオは明確に説明されるまでそれを認めたくなかった。何か納得出来る理由づけが欲しかった。
よりにもよって【アイテム使】に、しかも酔っぱらいに負けたという現実が何よりライオのプライドを傷つけていたのだ。
巨体に絡むネットを器用に外していた手を止め、それからユーリは不思議そうに首を傾げた。
「……………………酔っぱらったまま【剣士】からの喧嘩買うほど無謀じゃないが」
「……………………なんだと?」
ユーリはごそごそとポーチから一錠の錠剤を取り出した。ライオも何度も世話になったことがある、酔い覚ましの薬だった。
「酔いなんか酒場出た時に覚ましてるよ。【アイテム使】なんだから」
あっけらかんとした物言いに、今度こそライオはぽかんと放心した。
とことんアイテム頼り。都合のいいアイテムを都合のいいタイミングで用いてひたすら相手の裏をかく。正々堂々とはまるで縁遠いそのやり方こそが、不人気職【アイテム使】が不人気たる由縁だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………………ふう」
様子を物陰から注視していた銀髪の少女、アリスは安心に肩を落とした。ユーリにクビを告げた後街を歩いていたら偶然喧嘩現場に居合わせて陰ながら観戦していた。というわけでもなく、そもそもユーリが行きそうなところに当たりをつけて彼が入店する前から酒場を張っていたのである。
酔っぱらって正体をなくしている青年の姿を眺めながら心底ハラハラしたし、よりにもよって【剣士】に喧嘩を売った時は正体を隠して代わりに自分が戦おうかとすら思った。それをしなかったのは、ユーリの実力を彼女が知っていたからというのも勿論ある。しかしそれ以外にも理由があった。
酔っていたからというのもあるだろうが、ユーリが怒るというのはレアだ。幼馴染として長らく一緒にいた彼女でも数えるほどしか見たことがない。基本温厚な性格でアリスのわがままも大体笑って受け入れてくれる懐の広い男だ。
その彼が今回自分から【剣士】に殴り掛かった理由を思い、少女は顔を赤らめた。ユーリの逆鱗に触れたのは煽られたことより何よりアリスたちを愚弄されたことだったのだ。
それが嬉しくて、手を出す機会を見失った。負けそうになったところで偶然を装ってかっこよく助ける手もあったのだが、キングポーションを使ってまで立ち上がり彼女たちの名誉を守るべく戦ったユーリを見てそれは無粋だと考え直さざるを得なかった。
キングポーションに爆弾、そして捕獲ネット。【アイテム使】なら自前で作成出来るため店で仕入れるより遥かにコストはかからないものの、それでも喧嘩に使うアイテムのラインナップではない。それが分からないユーリでもなかろうが、要はそれだけのアイテムを投入してもなおこの喧嘩に勝たなければならないと考えていたこと。その証左とも言える。
結果的にユーリはアリスの助けなど一切なしに勝利してみせた。人によっては卑賎な【アイテム使】のやり口と馬鹿にするかもしれないその戦いを、アリスはまるで物語のヒロイックな主人公を見るかのような面持ちで凝視していたものだ。
「………………よし!」
アリスは自身の両頬を叩き改めて覚悟を決めた。折角パーティーから放逐してみせたのだから、手をこまねいている必要はない。レインやローズに申し訳ない気持ちがないわけではないが、あちらだって抜け駆けの常習犯。気を遣う必要はあるまい。
色恋に頭を汚染された【勇者】は、そうして想い人にアプローチするべく策を練り始めるのだった。
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