表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/32

そうして一件落着しました

 よし、決まった。それがアリス・エデンがゴーレムを下した時に思っていたことの全てだった。


 アリスはその前日、夜分から王城に呼ばれていた。王城にて行われていたフェスタ記念祭のイベントゲストとして国王直々に召集されては、彼女にも断りようがないというものである。


 そしてありがたくも王宮で一泊することを許されていた彼女を明け方に叩き起こしたのはマリス街で何やら暴徒が暴れているというざわめきだった。


 王国兵の人たちもお祭り明けにいきなり動員されて大変だなぁと思って二度寝を決め込もうとした彼女の目を再び覚醒させたのは、侍女たちの小さくない噂話だった。


「なんでもほら、例のユーリ・ユーベル様。あの方の焼けた家の辺りのことらしいわよ?」


 その名が出ればアリスは黙ってはいられなかった。どうやらユーリの焼けた家の辺りで暴徒が暴れているらしい。即ちそこはユーリにとって愛着のある一帯にほかならない。家が焼けた上その近辺まで妙な被害に遭えば、彼が心痛めてしまうこともあり得るのではなかろうか。


 勿論王国兵たちに任せても暴徒の類など簡単に鎮圧出来るだろうが、その場に駆け付けて活躍出来ればその雷名が轟き巡り巡ってユーリの耳にも届くのではないか。もしかしたら何かの間違いで青年からのイメージアップに繋がるのではないかと寝起きの胡乱な頭で考えたのである。


 寝ぼけ眼のまま私欲全開で武装し、駆け付けたマリス街でアリスが見たのはそれどころではない美味しい状況だった。耳に届くどころかなんと件の【アイテム使】自身が王国兵たちと肩を並べて巨大なゴーレムと戦っているではないか。しかも劣勢。ここでかっこ良いところを見せれば彼からの評価もうなぎ登り。感情に任せて強引に追放した件も帳消しになるというものだろう。


 そうしてアリスは最高のタイミングで颯爽と駆け付け、巨大ゴーレムを一蹴してみせたのである。彼女自身、最高の見せ場だったと思わずにはいられない働きだった。


 あまりに圧倒的なアリスの戦闘能力に、遠巻きに見守っていた王国兵たちは皆静まり返っていた。彼らは【勇者】が実際戦う場面などほぼ見たことがないのだから当然である。しかし、その王国兵たちを掻き分けて一人彼女に近付いて来る青年がいた。


「……やっぱり、凄いねアリスは」


「ユーリ……」


 振り返って久しぶりに見た彼の顔は、やはり素敵だった。実はちょこちょこバルバラ商店に出向いて影から青年の仕事風景を眺めていたりしたのだが、面と向かって語り合うのはあの日彼を放逐して以来である。


「その……」


 解雇してごめんなさい。実は戻って来て欲しいの。ローズはお料理苦手だし、レインは素材の味とか言って焼いた肉と野菜味付けもせず出すし、私も苦手じゃないけど、上手く作ってるけど、レシピ通りに作るのが何かちょっとこう、駄目で。あとお掃除とお洗濯もローズとレインは苦手なの。いや私は頑張ってるけど。あとあと、朝起きた時やっぱりユーリがいないとその、寂しいと言うか、その、うん。


 そんな風に言えればどれほど幸せだったろうかと本心から思いつつ、しかしアリスは言えなかった。追放された件をユーリが一切恨んでいないなどと都合良く思い込める面の皮の厚さは少女にはなかったし、何より想い人の前ではかっこ良い自分でいたいという思いが本心を吐露することを許さなかった。


 俯きながらチラチラと顔を覗き見る少女を前に、ユーリはしかし何か意を決したように一つ大きな息を吸うとその両肩をがっしりと掴んだ。


「アリス!」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 急に肩を掴まれアリスはビクンとその身体を跳ね上がらせた。胸が早鐘を打ち顔面が真っ赤になっていることが嫌でも分かるが、そんなこと知らぬとばかりにユーリは彼女の顔を覗き込んで来た。


「今回も助けて貰っちゃって、かっこ悪いところ見せちゃったのは分かってる。もしかしたらその俺の弱さが翼を追放された理由なのかもしれない」


「いや……それは、違くて……」


 別にユーリの戦闘能力に不満を感じたことはアリスにはなかった。そもそも彼は補助職なのだから前線に出て戦うのが苦手なのは当たり前なのである。ただ同時に追放した理由を克明に語って聞かせることもアリスには躊躇われた。


「でも、やっぱり俺離れてみて分かったんだ。俺にはアリス、キミがいなくちゃ駄目だ!俺は本当に駄目な奴で、キミなしじゃ生きていけないって良く分かったんだ!」


「なっ!ユーリは駄目な奴なんかじゃない!頼れるしその……そんなことない」


 私の好きな人を否定しないで。そう続けようとして結局言葉に出せなかった少女は、しかしユーリの言葉に違和感を覚えて彼の顔を凝視した。


「え?私なしじゃ生きていけないって……?」


「……全部言わせないでも分かって欲しい」


「……ううん。分からない」


 アリスは顔を赤く染めたまま、同じく顔を赤くしている青年の両頬に今度はアリスの方からそっと手を添えた。【勇者】のくせにそんなことにすら渾身の勇気が必要な自分がおかしくなる、狼狽した雰囲気が手のひらを通して通じるが、しかしユーリは決して逃げはしなかった。


「しっかり言って?……その、絶対に受け入れるから」


「~~~っ!」


 羞恥に身をよじらせる青年の姿は、アリスには愉快に見えた。思えば幼少期から彼はアリスにとって兄のような存在だった。弟のように思ったこともないではないが比率的には兄だったことの方が圧倒的に多く、だからこそ彼の未熟な面を見るのはアリスには楽しく感じられた。


 散々懊悩した末、ユーリは遂にその言葉を口にした。


「その、キミが好きだってことだよ!追放された奴が言うのも烏滸がましいかもしれないけど!」


 その瞬間の多幸感と言ったら。思わずアリスはユーリの頬に添えていた両手を自身の口に添えて涙ぐんだ。


 思えばアリスは≪エデンの森≫で物心ついた頃からずっとユーリを目で追っていた気がする。その頃からの長きに渡る想いが、まさに今ここに結実した気分だった。


 王国兵たちが見ていることなどもはや関係ない。アリスは一も二もなくユーリの首に両手を回しかたく抱き着いた。


「嬉しい!……私も!私もユーリのことが大好きっ!」


 至福の時間の中、ちくりと胸が痛むのを感じた。『大いなる翼』のメンバーであり幼馴染の親友たちであるローズとレイン。彼女たちもユーリを想っていることを知っているアリスはどうしても若干の心苦しさを感じざるを得なかった。


 そんな時だった。パチパチと気のない拍手の音が響いたのは。


「あーもう全く、ご馳走様ご馳走様。やっぱりアリスに先越されちゃったかぁ」


「……残念。私がユーリを落とす算段だったのに」


「ローズ、レイン……」


 拍手の音に導かれ目を向けた先にいたのは件のパーティーメンバーたちだった。両者とも僅かに辛そうではあるものの、その顔に浮かんでいるのは祝福の表情にほかならなかった。


「その、二人共……ごめん」


「謝らないでよこっちが惨めになるじゃない。それにずっとアリスとユーリはお似合いだと思ってたわ。悔しいけど、親友と好きな人のカップル成立だもの。祝福するわよ」


「……うん。ちゃんと幸せになったら認めてあげる」


 真面目に祝福してくれるローズと、冗談めかすレイン。二人が友誼に厚い好人物であることはアリスも重々承知していたが、しかし恋破れた直後に恋敵を祝福してくれるほどとは。二人の素晴らしい人間性にアリス自身感動せざるを得なかった。


 こんなに世界が優しくて良いものだろうか。大袈裟かもしれないがアリスはこの世界に生を受けたことを感謝したい気持ちでいっぱいだった。


「ありがとう!私……私絶対ユーリと幸せになってみせる!」


【勇者】はそう言って、心底幸せそうな笑顔を振りまいたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「その……【勇者】様?……大丈夫ですか?」


「………………?」


 ふと気付くと、アリスは後ろから王国兵に声をかけられたところだった。


「あ、申し訳ありません。何か物思いにふけってらっしゃるようなところお声がけしてしまって」


「物思い……?え?」


 思わず周囲を見渡すとアリスはゴーレムを倒し一息ついた位置から一歩動くことすらなく佇んでいた。脳裏に疑問符を浮かべながら首を傾げる少女に、王国兵たちが皆一斉に頭を下げる。


「この度はお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでしたっ!」


「本来であれば我らが鎮圧するべきだったのですが、どうにも手に負えず……汗顔の至りでございます!」


「や、その……お気になさらず。私は自分に出来ることをやっただけですので」


 そもそも駆け付けたのだって何かの間違いで名を上げてユーリの好印象に繋がれば良いなと思ったからである。別に王国兵たちを助けようとしたわけでも、王国の平和を案じたわけでもないのだから頭など下げられた方が居心地が悪いというものである。


「流石は【勇者】様だ……手柄を声高に主張しない謙虚さ。他の冒険者たちにも見習わせたいものですな」


「仕方あるまい。一般の冒険者たちは名を上げて覚えを良くしなければ仕事に差し支えるのだ。対する【勇者】様は特級パーティーのお方。彼ら冒険者が異様に功名心に逸っているのではなく【勇者】様が優れていらっしゃるだけよ!」


「は、はぁ……いや、まあその……」


 何も返すことが出来ずただただ称賛の嵐に圧倒されるしかないアリスは、しかし時を経てようやく現実を認識した。


 先ほどまでのユーリとのやり取り。あれは都合の良い妄想だったのだ。実際には自分はまだゴーレムを倒した直後で、瞬間的に脳裏に勝手な妄想を繰り広げてそれを現実と誤認して一人悦に入っていたということになる。


 そうと分かれば自身の醜態に恥じ入っている暇などありはしなかった。アリスは王国兵たちの姿など見えもしないといったような風情で周囲を見渡しユーリの姿を探す。


 まだゴーレムを倒して大して時間が経ってないのであれば付近に青年もいる筈である。とにかく自分が窮地を救ってみせたのは間違いないのだから、多少恩着せがましくても面と向かえばある程度都合良く話が転がるのではなかろうか。


 しかし、いくら探しても青年の特徴的な黒髪は視界に入らない。諦めず路地裏を覗き込んだり周辺倉庫の影を探したりと突如として奇妙な行動をし始めた【勇者】に王国兵たちの方こそ困惑しようというものである。


「その……【勇者】様?如何なされましたか?」


「あ、その……すみません。先ほど『大いなる翼』を、その、解雇したメンバーの顔が見えたもので、挨拶くらいはしておこうかなと」


 勿論方便だが、そう言っておけば彼らもユーリ探しを手伝ってくれるかもしれない。そう考えたアリスに、しかしある程度年の行った王国兵があっけらかんと告げた。


「ああ、ユーリ・ユーベル殿でしたら気を失っていましたので先ほどライオ・バルステンと共に病院に運ばせましたぞ」


「………………は?」


「いや、【勇者】様が到着なされる直前にゴーレムの拳の余波で吹き飛ばされましてな。命に別状はないとは思いますが昏倒し放っておくわけにも行かず、【勇者】様が到着なされた段階で数人の兵に運ばせました」


 つまりアリスの奮戦などユーリは一瞬たりとも目撃していないということである。ユーリの前でかっこ良いところを見せつけてやったなどと悦に入っていた彼女の一連の行動は、全て虚しいひとり相撲だったということになる。


「いやしかし、流石ですな【勇者】様。勿論我々も目撃者として国王に褒章を賜して下さるよう掛け合いはしますが、ギルドの依頼でもないのに通りすがりでここまでの滅私奉公の精神を見せつけられるとは、そのパラディーア王国の平和を愛する気高き精神。我らも勉強させていただかねば」


「は、ははは……はぁ」


 私欲を優先して駆け付けただけとは到底言い出せないアリスは、泣きそうになりながらその後も賞賛という名の針のむしろに晒され続けるのだった。


もしよろしければこういう点が良かった、こういう点が悪かったなどご意見をいただけると今後の話作りの参考になるので大変助かります。


また、そういった具体的なものでなくても感想をいただけると励みになりますので是非ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ