【錬金術師】と戦いになりました
ゴーレムにも二種類ある。【錬金術師】や【魔法使】が使役するゴーレムと野生で魔物化しているゴーレムである。前者は術者の魔力で生成され自動もしくは手動で術者の望みに沿って動く土塊の人形であり、後者は古に生成されたそれらが自然からの魔力を取り込み野生化した存在だ。
野生化したゴーレムは自意識を持っている場合もあり、古の文明特有の超能力を有している場合もないではない。しかしながらそういった個体は極めて稀であり、そうでない限り野生化したゴーレムは基本動きが単調で鈍重。質量が大きいため攻撃に当たれば一撃は大きいし倒すのも一苦労ではあるが、熟練の冒険者がそうそう苦戦する相手ではない。
では同様に【錬金術師】たちが操るゴーレムも御しやすい相手なのかと問えば、冒険者たちは皆首を横に振るだろう。
ゴーレムは人が操ると途端に強敵になる。理性の下操られるゴーレムの動作は機敏で緻密であり、そして何より一度に複数体出現させるのが基本であるためだ。
数というのは何より厄介である。物語の主人公であれば高火力の魔法で一網打尽にする離れ業も実現してみせようが、現実にそんなことが出来るのはごく一握りの天才【魔法使】くらいである。加えてゴーレムの強靭さを考えてみれば、その相手をするのが同数の人間を相手にするより遥かに難しいのは自明の理である。
つまるところ、複数のゴーレムに一斉に襲いかかられたユーリとライオは劣勢を強いられていた。
硬いもの同士がぶつかり合う音が月明かりに照らされた深夜のマリス街に響き渡る。ライオが大剣を盾代わりにしてゴーレムの拳を受けてみせたのだ。その衝撃を物語るようにライオの足下、煉瓦敷きの地面にひびが入り轟音を巻き起こした。
あまりの衝撃に骨が軋み歯噛みをするがそこは第一級パーティーの【剣士】である。そのまま剣を滑らせるように土塊の腕の下を潜り抜け、斬撃一閃ゴーレムの胴を斬り裂いてみせる。
勢いのままゴーレムと交錯したライオを待ち受けていたのはもう一体のゴーレムだった。大剣を振り抜いた後の隙を狙い振り下ろされんとする巨腕。
それを迎え撃ったのはライオではなく横あいから投げられた液体爆弾。振り下ろす直前に爆発に見舞われた土塊の巨拳はたまらず崩落し、その隙にライオは態勢を立て直す。
「……っ!ライオッ!あの人が一度に使えるゴーレム何体まで!?」
「ウチにいた頃は三体出して自立行動させるのが限界だった!つまり今は分からん!」
真正面からゴーレムを相手にしてみせる【剣士】の剛力に内心舌を巻きつつ、ユーリはひたすら逃げ回っていた。
【剣士】であるライオはゴーレムと戦えるフィジカルがあるだろうが、ユーリにはそんなものはない。ライオにゴーレムが襲い掛かろうとする度爆弾を投げてその行動を妨害するのだが、飽くまでサポートというだけで大した有効打にはなっていなかった。
一応有事に備えて持てるだけの戦闘用アイテム類はポーチに詰め込んで来たユーリではあったが、ゴーレムへの対抗策になり得るものは残念ながら手持ちにはほんの僅かしかなかった。
そもそも最近は商売のためにポーションばかり作っていた毎日である。ゴーレム使いと戦闘になる可能性があるからと言われて即万全の準備を整えられるほどユーリも万能ではなかった。
なけなしの対魔物用ネットを投げてゴーレムを転ばせるくらいのことは出来るものの、そんなものは決定打にはなり得ない。爆弾を投げ今のように一部を破壊するほどのダメージを稼いでみせたところで、術者が残っている以上即座に修復されてしまう。
その修復能力もまた、人が操るゴーレムの厄介なところだった。野生のゴーレムも時たま損傷部分を修復することもありはすれど、こうまで損壊したそばから何事もなかったかのように全快するものではない。
「確かに腕の良い【錬金術師】だね……修復が早くて、手際が良い」
「ああ。ウチにいた時より随分上達してやがるが、飛ばし過ぎだな。活路は見えたぜ」
ゴーレムを生み出すにも操るにもそして修復するためにも必要となるのが魔力だった。【魔法使】ほどではないにせよ【錬金術師】も大概魔力を要する職業ではある。が、人の魔力量には限界がある。ゴーレムを自立行動に任せず逐一操った上でこうも修復を重ねていれば、如何な元『紅の獅子』の【錬金術師】とは言え魔力が尽きるのはそう遠いことではあるまい。
「魔力切れ狙い……とにかくひたすら耐えて、斬れる時は斬って、で、動きが鈍くなったら……」
「捕縛するなり逃げるなり……ってとこかな」
小声で相談し、ユーリとライオは頷き合った。ジェイルを無力化し捕縛出来ればそうするのが最善ではあるが、最悪彼ら二人は無事この場を脱することが出来ればそれで勝利条件が揃うのである。
物的証拠と言えるものこそないがユーリが王国兵に放火の容疑者は彼ですとジェイルの名を挙げれば、何せ唯一の被害者の証言である。ただ薄い根拠で噂されているだけの巨漢のことなど忘れられるほどの嫌疑の目がジェイルに向くのは確実だろうし、ユーリがそれを街で喧伝すれば人々もライオの無実を信じるだろう。
そしてポーションの方はもっと簡単で、フィオレ経由でその父親であるフリード商会の会長に真実を話してしまえばことは済む。【商人】は信用が第一。まさかフリード商会も商売敵であるバルバラ商店の店長にそうと知られた上で盗品を販売するほど肝は据わっていないだろう。今後売らなければ表沙汰にはしないとでも言っておけば要求は飲ませられる筈である。
現状戦力的にはユーリたちの方が不利だが、ジェイルもまた状況的には綱渡り。それを分かっているのだろう、ジェイルの出現させた四体のゴーレムの内二体は早々に戦闘から離脱し、二人の逃走を阻止するべく道路を塞ぐ壁と化していた。
しばし、膠着状態となった。とにかくユーリの補助を受けたライオがゴーレムの攻撃をかいくぐっては攻撃を叩き込み、それが修復され、そしてまた壊され、修復されるという一連の流れが続く。
驚嘆すべきは何よりライオの強さだった。以前の喧嘩の時と違い酔っているでもないライオは二体のゴーレムを相手取り、劣勢ながらも決して引けを取らない戦闘能力を見せつけたのである。流石は『紅の獅子』にその人ありと謳われた大看板。第一級パーティーの主力として立つ男だけのことはある奮闘ぶりだった。
「……っ!このっ!いい加減にィっ!」
その時が来るのは存外早かった。ジェイルが怒りに任せて振り下ろそうとしたゴーレムの拳の動きが目に見えて鈍ったのである。見ればジェイルは苦しそうに肩で息をし、消耗しているのが一目瞭然だった。
「今っ!」
「おお!逃げっぞ!」
そうと分かれば二人の決断は早かった。勿論相手は【錬金術師】。魔力回復のポーションの備えくらいあるのだろうが、それを飲み回復する前に逃げおおせてしまえばこちらのものである。両者は即座に【錬金術師】に背を向け、道を塞いでいるゴーレム目掛けて一目散に駆け寄る。
ゴーレムは腕を振り上げ迎撃しようとしたが、やはり遅い。それが振り下ろされるより遥かに早く、すれ違いざまのライオの大剣がゴーレムの片足を切断した。魔力が足りず脆くなっているのだろう。大した抵抗もなくバランスを崩したゴーレムは二人の逃走を阻むことなくその場に倒れ伏す。
「じゃあなジェイル!後のことを楽しみにしとけ!」
勝ちを確信して、ライオが大笑しながらジェイルに捨て台詞を吐いた。が、それと同時にあり得ないものを見たユーリは思わず前を行くライオの鎧を引っ掴んだ。
「ライオ待った!」
「うおぉっ!?どうしたおい逃げるんじゃ……って何ぃ!?」
ユーリの視線の先、逃走経路となる予定の道に目をやったライオもまた驚愕のあまり石化した。あまりに非常識な光景がそこには広がっていたのである。
「あーあ、折角三文芝居まで打ったのに気付かれちゃうんだもんなァ。もっと余裕ぶっこいて前も見ずに走ってくれれば何が起きたかも分からずゴーレムにぶっ潰される滑稽なアホ共を見れたのにさァ!」
けらけらと笑うジェイルの言葉通り、道はいつの間にかゴーレムに埋め尽くされていた。一目で逃げるのは不可能だと思わされるその数たるや、無数という言葉がこれ以上似合うものはないのではないかと思えるほどの無数。ゴーレムの大軍勢がそこに生み出されていた。
先ほどまでその道は確かに門番代わりのゴーレム越しに見えていた。人っ子一人おらず逃走経路に相応しい道だった。だと言うのにこの数と来たらどうだ。まさか一瞬でジェイルがこの無数のゴーレムを生成したというのだろうか。
なるほどジェイルの言葉の通り先ほどまでの魔力切れの様子が三文芝居だったとしよう。実はまだ魔力にまだゴーレムを生み出せるだけの余裕があって虚を突くためのブラフを演じただけだったとしよう。
しかしだからと言ってこれはあり得ない。この数はあり得ない。それこそ膨大な魔力量を誇ることが前提の【魔法使】ですら一瞬でこれほどのゴーレムを生成することは出来まい。否、仮に歴史に名を残すほどの天才大【魔法使】であったとて、単身でこの数を用意するのは不可能なのではなかろうか。
ジェイルに向き直った二人は、更に目を疑うこととなった。茶髪の【錬金術師】の背後から湯水の如くゴーレムが湧き出ているのを目撃したのだ。にやにやといやらしく笑うジェイルは、唖然とした二人の顔に実に満足げに頷いた。
「ははっ!はははっ!いーよその顔ォ!僕が見たかった吠え面そのものだ!不思議かい?不可解かい?僕がこんなに膨大な魔力を持っているその理由が!ああいいよ?ムカつくけど、こんなもんが頼りだなんて本当にムカつくけど、でも別にネタバラししたって痛くも痒くもないんだ!教えてやるよ!」
ジェイルは見せつけるようにその右手を天に掲げた。その中指には月明かりを受けてではなく自ら虹色に発光する不思議な宝石のはまった指輪が輝いていた。
「………………っ!」
それを見て思わず目を疑ったのがユーリだった。すぐ横でなんだありゃと眉をひそめるライオのことなど知らぬとばかりに顔を真っ青に染め、陸に上がった魚のようにパクパクと口を無言で開閉させる。
「いやあアイテムって良いよねェ?世の中大半のアイテムってのは手元にさえあれば誰でも平等に使うことが出来るんだからさァ。しかもこいつは使用者のことを考えてご丁寧に詳細な説明書付きと来たもんだ。……見覚えあるだろうユーリ・ユーベルゥ?だってこれは」
「ドロボーーーーーーーーーーーッ!」
勝ち誇った顔で何かを言おうとしたジェイルを、ユーリの絶叫が遮った。
「あ……あんた盗んだのポーションだけじゃなかったのか!そんなものまで盗んで!ああクソそうだ!それだって火事と建屋の倒壊程度で壊れるとは思ってなかった!でも兵士の皆さんが見つからなかったって……!ああもう、一体何を幾つ盗んだんだこの犯罪者ぁ!」
「お、おいユーリ落ち着け!ありゃなんだ?お前知ってんのか?」
我を失って感情のまま罵るユーリ・ユーベルという生き物を初めて見て、すぐ横のライオも困惑を隠せない様子だった。状況も考えずとにかくなだめようとするライオに答えを与えたのは、ユーリではなく敵手の方だった。
「くくくっ……僕から教えてやるよライオ」
ライオが反応すると同時、ジェイルの右手が炎に包まれた。それは即座にゴーレムの背丈よりも巨大な火球となり、挙句には紫の雷を纏ってまるで小型の太陽の如く夜闇を照らし出す。
ライオは愕然とした。その現象を彼は知っていたのだ。曰く、魔法。それも通常であれば大規模詠唱を必要とするレベル―――ライオの友であるリハルトですら短縮詠唱を要するほどの高等術式。一般に大魔法と呼ばれる類の代物だった。
だが、それはおかしい。【錬金術師】も低レベルな魔法なら使えても不思議はないものだが、大魔法と来ればそれは長年魔法の行使を専門として修行した【魔法使】たちの領域である。ほんの三年かそこら見なかっただけの【錬金術師】が軽々に、しかも無詠唱で使えていいものでは決してない筈だ。
ゴーレムの大群と突然の【錬金術師】による大魔法の無詠唱行使。呆気に取られるライオを、悦に入ったように傲然とジェイルは見据えた。
「指輪の名はね、ユーベルコア。そこの当代最高の【アイテム使】さんが滅茶苦茶頑張って努力して作り上げた至宝。ユーリ・ユーベル渾身のアイテム群の内の一つさ!その効果は……」
問答無用。容赦なくジェイル右手が振り下ろされ、深夜のマリス街に太陽が着弾した。ユーリとライオの姿を瞬時に食らい尽くした火球は、次いで火柱となって対象を焼き尽くさんと荒れ狂った。
「魔法行使能力の補助と無限に近い超魔力の供給……って、聞こえてないか」
ほくそ笑みながらジェイルは勝利の美酒に酔っていた。ユーベルコアの存在に動揺していたユーリと、ジェイルが大魔法を行使したことに動揺していたライオ。彼ら二人はまともな防御を取ることも出来ず大炎熱魔法インティラーヴァの直撃を受けたのだ。命があったとしても後遺症確実の大火傷は免れまい。
そうだ、どうせなら死んでいない方が楽しい。大火傷を負って死にたくないと泣く半死人の前でポーションをぶらつかせ、必死に命乞いさせてやるのも一興だろう。ユーリ・ユーベルには思いつく限りの美辞麗句でこのジェイル・ドレイダードを称賛するように仕向け、ライオ・バルステンにはこれまでの非礼と追放の件を詫びさせて奴隷になる宣言でもして貰おうか。
勿論それだけさせてポーションを与えてなどやらない。いやどうだ?地面に叩き付けて踏みにじったポーションを犬のように舐めすすらせるのも面白いか。それでまかり間違って生存したとしても、今度はこの無駄に見せびらかしただけになったゴーレム共で圧殺すれば良いだけなのだから。
火柱が搔き消えるまでの実に数十秒の間、ジェイルは恍惚と妄想に浸っていた。しかし、いざ火柱が消えた後の焼け焦げた地面を見て【錬金術師】は愕然とした。
そこには消し炭すら欠片も残っていなかった。骨までも完全に焼き消えてしまったのかとも思ったが、ユーリ・ユーベルはともかくライオの鎧には対魔法の刻印が少なからず彫られていた。如何なインティラーヴァとてあの鎧ごと巨漢を完全に消滅させるのは不可能な筈だ。
次の瞬間だった。ゴーレムの大群。その一角がなんの前触れもなく粉微塵に消し飛んだのは。
瓦礫状に崩れ落ちたのでもなく、文字通り粉。砂状に粉砕されたゴーレムたちのその向こう側に、彼らはいた。
「いやでも助かった。本当に助かったよ……死ぬかと思った」
「つーかよくよく考えるとよぉ!てめぇ一体なんつーあぶねーもん作ってんだよ!いやでもまあそうだな、助かったわ。恩に着るぜ」
無傷の、欠片の火傷すら負った風に見えないユーリ・ユーベルとライオ・バルステン。そしてその二人の前に立つ、拳を突き出した姿勢で青い髪をたなびかせた小柄な少女。
「ん。助けた。だから後でご褒美ちょうだいユーリ。久しぶりだからハグとか、添い寝とかだとレインは嬉しい」
「はは、了解。この案件が終わったらねレイン」
レイン・クロシェット。『大いなる翼』の【武闘家】が気怠そうな瞳でジェイルを見据えていた。
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