喧嘩を売られたので買ってみました
「ユーリ……流石に酔い過ぎじゃないかしら……」
「酔わなきゃやってられないよクーラさんっ!」
冒険者たちが集う酒場ラ・クーラで黒髪の青年が酒に溺れていた。ユーリ・ユーベルである。
「うぅ……なんで……どうして……俺、何か悪いことしたかなぁ……?嫌われるようなことしたかなぁ……?」
酔っているからというだけではないだろう。テーブルに突っ伏し、青年はさめざめと泣いていた。愛着ある大事なパーティーから説明もなく強引に叩き出されたのだから当然である。
そもそも『大いなる翼』とは幼馴染4人で立ち上げた仲良しパーティーである。時には喧嘩もし衝突することもないではなかったが、それでも一日も経たずに仲直りし一緒に食卓を囲むのが常のアットホームなパーティーだった。
だからユーリが放り出された直後しばらくほとぼりを冷まして帰れば問題ないだろうと考えたのも無理からぬ話であり、その後ふらりとギルドに足を運んだら本当にパーティー除籍の申請が受理されていることを知って愕然としたのもまた無理からぬ話だった。
「いやぁしかしまさかあのユーベルが『大いなる翼』追い出されるとはなぁ……」
「どうして追い出されたのあいつ?やっぱ【アイテム使】なんかいらないってことなのかな」
ただでさえ目立つ黒髪が飲んだくれている姿は、同業者の興味を引かずにはいなかった。当然話題は何故彼がそんなことになっているのかというところに波及し、既にラ・クーラの店内で彼の現状を知らない者はいないほどだった。
【アイテム使】なんかいらない。ふと耳に入ったその言葉がユーリの心を大きく抉る。ユーリは大陸でも指折りの【アイテム使】だった。
年若い身でありながら何故彼が大陸でも指折りなどという大層な評価を受けているかと言えば、それは彼の腕が特筆して優れているから。というだけではなく、【アイテム使】という職の性質にも理由があった。単純にこの職、誰もなろうとしない程度には不人気なのである。
例えば【剣士】や【槍兵】、【武闘家】などは前線を張りパーティーの花形となる職である。【魔法使】は攻防に限らずサポートや移動にも有用な分かりやすい万能職で、単に味方の補助特化の職なら比較的手軽になれる【商人】や【錬金術師】、大人気職の【踊り手】、【歌い手】などがある。
一方で【アイテム使】はまずなるのに相当な研鑽と知識量が必要になる。加えてそれだけ研鑽を重ねていざなったとしても戦闘時の前線ではあまり役に立たず、目玉の特殊技能であるところのアイテム作成は【錬金術師】でほぼ代替が効く。
縁の下の力持ちとしていれば心強くはあるが、いなければいないで他の職業でもある程度代わりになるのが【アイテム使】という職業だった。
「しかしなんて言うか、よくその量でそんなに酔えるものねぇキミも」
「【アイテム使】だからね……」
呆れているのか感心しているのかよく分からない女店主の視線をものともせず、ユーリは再び酒をあおった。
【アイテム使】の特殊技能にはアイテム作成の他にアイテム効果ブーストというものがある。同じアイテムを使っても【アイテム使】が使うのとそれ以外の職の者が使うのとでは効果に大きな差が出るのだ。
そしてそれは飲食の効果にも影響する。腹を満たすことを目的で食事をすれば極めて少量の食糧で満腹になり、酔うことを目的としてアルコールを摂取した場合常人の比ではない少量で完璧に酔うことが出来るのが【アイテム使】の特権だった。
「いようユーリぃ!聞いたぜ!お前遂に翼追い出されたんだって!?」
そんな風にぐだぐだと泣きながら酒に浸っていたユーリのすぐ横に、軽鎧を纏った大柄の男がドスンと無遠慮に腰を下ろした。筋骨隆々。見るからに手練れですと言わんばかりのスカーフェイスには下卑た笑みが浮かんでいる。
「うるさいよライオ……今の俺は機嫌が悪いんだ」
億劫そうにちらりと睨み付けるユーリを気にした様子もなく、巨漢―――ライオ・バルステンは既に出来上がっているのだろう。酒臭い息のまま馴れ馴れしくその肩に手を回した。
「いやあ俺も常々おかしいと思ってたんだよ!お前みたいなひょろい【アイテム使】如きがどうしてあの翼に居座ってるんだろうなって!だっておかしいだろ?【勇者】サマ、【武闘家】、【魔法使】、あぁここまでは王道だ!何もおかしくはねぇ!しかしあと一人が【アイテム使】!?そりゃ通らんだろ!補助職を入れるにしても【歌い手】辺りがベストってもんじゃねぇの!?」
「ちょっとライオ……やめなさいよ」
「だはは!いーのいーの!ま、オトモダチでいつまでもパーティー組んでられる期間はオシマイってこったな!あんだけの上玉たちだ!きっとお前さんが心配しなくても新しい立派なメンバー見つけて穴を補填するに決まってるさ!」
よほどユーリが『大いなる翼』にいたことに思うところがあったのだろうか、ライオの口は止まることがなかった。
「……いや、むしろもう既に穴は埋まっちまってて、代わりにお前さんが邪魔だから放り出されただけかも知れねぇぜ?今頃下の穴も埋められて3人揃ってアンアン喘ぎ倒してるかもなぁ?他は元より【勇者】サマだって所詮は女だ!男に媚びへつらってぶち込まれてヒイヒイ言ってるのがお似合いってな!ゲハハハハハハ!ん?おい聞いてんのか?ひょろっちい【アイテム使】さん、よお!」
下品に大爆笑する男がバシンと背を叩いたのがスイッチになったのだろうか。直後、その頬に青年の拳が突き刺さった。巨体が椅子から転げ落ち、店内の喧騒すら抑え込むほどの轟音が鳴り響く。
「…………悪い。手が出た。クーラさん、今日の分ツケでお願い」
何事もなかったかのようにユーリは席を立つと、ライオには一瞥もくれず店を出た。
「待ちやがれぇっ!」
勿論それを逃すライオではない。咄嗟に青年を追って店を出ると、出てすぐそこの道に彼は佇んでいた。
「てめぇ、一方的に人様のことぶん殴ってさっさと逃げおおせられると思ってんじゃねぇだろうなぁコラァッ!」
「酔っぱらい煽り倒す方が悪いだろ?俺だけならまだしも彼女らまでバカにしたら、いくらひ弱な【アイテム使】だって喧嘩買ってやろうって気にもなるさ」
「はっ!買うだぁ?売ったの間違いだろうが!まあいいぜ、逃げる気はねぇ。と、そこだけは褒めてやるよ」
野次馬たちが一斉にラ・クーラから顔を覗かせる中、二人の冒険者が対峙した。
しかし、野次馬たちも別に白熱のバトルを期待して顔を出したわけではない。彼らの顔に浮かぶのは残酷な虐殺ショーを期待する表情か、黒髪の青年を心配する表情かのどちらかだった。
当然である。片や非力な【アイテム使】。一方で対するライオはパーティーの花形【剣士】である。喧嘩したところで現実的に前者が勝てる見込みは一つもなく、むしろ売られて買う方が愚かと言って差し支えないレベルの力量差があるのだ。
ライオが持ち出したのは本来の得物である大剣ではなく、2本の木刀だった。片方をユーリに投げてよこし、構える。
「くれてやるから、構えな。流石に死なせちまったらバツが悪ぃからな。今日のとこはこいつでぶちのめすだけで勘弁してやるぜ」
言われるがまま木刀を構えたユーリに、ライオは猛然と挑みかかった。ユーリは見事一撃目を防いでみせるが、その振り抜きの重さに歯噛みする。
「ったく、前々から気に食わなかったんだよお前!自分じゃろくな剣腕すら持ってねぇくせにあんな上玉にばっか囲まれて、ハーレムの主にでもなったつもりかよっ!」
「……っ!羨ましいなら羨ましいって素直に言えよライオッ!そこで言えないからお前女の子にモテないんだぞっ!」
「プレイボーイは言うことがちげぇな勉強になるぜ!あぁなら言ってやるよ!羨ましかったぜ、今日お前がクビになったって話を聞くまではなぁっ!」
ガキン!と硬い音がしてユーリの木刀がはじかれた。倒れかけたその顔の間一髪のところをライオの剣先が掠める。
「だが今となってはざまあみろの感情しかねぇなっ!さんざっぱら強い女に担がれて自分を鍛えもしねぇ雑魚が痛い目見たんだ!あぁもう最高の気分さっ!」
流石は【剣士】と言うべきか、酔いも覚めていない筈なのにライオの攻撃は正確だった。ひたすら防御に注力するしかないユーリの木刀をはじき、躱し、的確に体力と精神力を削って来る。
【アイテム使】にしてはむしろ粘った方だったと言えるだろう。しかし、ユーリの右腕に木刀が叩き込まれ、その骨がへし折られるまでにそう長い時間はかからなかった。
「ぐっ……あぁああああっ!」
「はははっ!いい感触がしたなぁっ!折れたか?折れたよなぁ!?女に甘えてないで日頃から鍛えてりゃこんなことにはならなかったかもしれんが、なぁっ!」
そこから始まったのは、もはや決闘でも喧嘩でもなく一方的な蹂躙だった。五体満足な時点ですら防戦一方だったユーリが一度深手を負ってしまえば防戦すら続けられる筈もない。間もなくユーリはずたぼろになり、道に倒れ伏した。
「くっははははっ!いやぁ悲惨悲惨!昨日までのユーリ・ユーベルはまさか次の日パーティークビにされて、その足でこの俺にボコられるなんて想定もしてなかっただろうぜ!」
【アイテム使】が【剣士】に剣で勝てる道理はない。誰もが想像した結末は、果たして想像した通りに現実となったのである。
「あースッキリした。これに懲りたら二度とこのライオ・バルステンに逆らおうとか考えるんじゃねーぞ?哀れで惨めな【アイテム使】さんよぉ!」
もはや勝負はついた。そう考えてライオがユーリに背を向けた。その直後だった。
「っ!?」
歴戦の【剣士】の面目躍如と言うべきか、殺気を感じたライオは咄嗟に地面を転げ距離を取った。先ほどまで彼の胴があった場所には振り下ろされた木刀の姿があった。
「ちぇっ。流石に勘がいいなぁライオ」
無論振り下ろしたのは倒れていた筈のユーリだった。へし折られた筈の右手でしっかり木刀を握っているその姿からは、先ほどライオが与えたダメージは一片も見て取れなかった。
「な、なんでだっ!?なんでてめぇ立てるんだよっ!?折ってやった筈だっ!ボコボコにして、立てないようにしてやった筈だっ!なのにどうしてっ!なんでっ!?」
ライオが得体のしれないものを見るような顔で叫び散らかす。当然だ。いくらなんでもおかしい。最高峰の【魔法使】であれば無詠唱で骨折を含めた負傷の治療くらいしてみせるかもしれないが、ユーリは【アイテム使】だ。そんな高等な魔法行使が出来るわけがない。
「なんでって……だってそれは」
この国では極めて珍しい黒髪をかき乱しながら、ユーリはなんでもないことのように返す。
「俺、【アイテム使】だし」
その足元にはコロコロと、赤い特殊薬の瓶が転がっていた。
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