表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/32

調査は難航していました

 パラディーア王国において黒髪というのはとても目立つ。少なくともユーリ自身染めているのではなく地毛で黒髪であるという人間を生まれてこの方自分以外一人たりとも目にしたことがないし、また染めているにしてもわざわざ凶兆の証と言われる黒に染めるなどだいぶ酔狂者である。


 そういう事情があり、王都イルタリアでは黒髪を見ると大体の者がユーリ・ユーベルの名を連想する。勿論髪色だけで人をユーリ・ユーベルであると断定すれば早計の謗りを受けるものだが、黒髪の有名人というのがまずユーリ以外いないのだ。


 だからと言うべきかユーリは潜入だの隠密だの正体の隠匿だの、そういったことが極めて苦手だった。家と共に焼失したアイテムの中には髪色を偽装する薬剤や姿を隠す隠密用のマントなども存在したのだが、現状青年の手元にはそういった手段は残っていない。


 故に青年がバルバラ商店の店先に立つことになった後ユーリ・ユーベルがバルバラ商店に雇われたという話は一気に王都内に広まったし、そのユーリがフリード商会に立ち入れば店員がバルバラ商店新店舗の店長が何用かと訝しがるのも当然だった。


「まあそりゃ追い返されるわなぁ」


「いや、丁寧なもんだったよ。流石はフリード商会だけあってしっかり接客はしてくれたし」


 バルバラ商店二号店の店員休憩室、ユーリはライオと向かい合って話していた。


 ユーリは真っ向からフリード商会の店舗に乗り込んで帰ってきた後だった。競合他店の店長が予告もなく出向いたというのになかなかどうして店員の対応も素晴らしく、同業者として参考にせねばと噛み締めざるを得ない接客態度だった。


「ただまあ、フリードにポーションを卸している人間の素性は教えて貰えなかったけどね」


 バルバラ商店にとってのユーリにも言えることだが、一般的に【商人】は良質な商品を卸してくれる存在を独占したいと考える。優秀な技術者を独占出来るというのは他店にない独自の武器を持つことに繋がるためである。


 だが、独占するにしても店の強みである優れたアイテムは誰から買い付けているのかという情報が市場に出回ってしまえば、他店がより好条件でその作成者を口説き落とす可能性が出て来る。その事態を避けるため、商店は基本商品の仕入れ先を公言しないものだ。バルバラ商店のポーションが【アイテム使】作のものだと知れ渡ったのも、ユーリが店長として店に出るようになってからである。


 だからこそ、ユーリがフリード商会に赴きポーションの仕入れ先を聞いた結果にべもなく断られたのも当然のことと言えた。


「……駄目で元々と言うか教えて貰えるとは最初から思ってなかったんだけどさ」


「じゃあなんでわざわざ行ったんだよ?」


「……俺だってこんな火事場泥棒捜しなんてやったことないからやり方分からないからだよ!」


 ライオが門外漢であるなら冒険者から商売人に転向しただけのユーリもまた門外漢だった。ライオと似たような思考で焼け跡に出向いてみたり取り敢えずフリード商会に出向いてみたりと思いつくことをしてみてはいるものの、成果に結びつく気配は見られなかった。


「大体手札が少なすぎるんだよ。結局まともに大手を振って調査出来るの俺だけじゃないか」


 ミレイユもメリルもユーリ以上にフリード商会に警戒されているため、商会へ出向けば無用な疑心を招く。そしてライオは王国兵に見つかってはいけない手前、警戒の厳しいところを出歩けない。


 つまりライオを仲間に加えてみたは良いものの本格的に調査要員として動けるのは依然変わらずユーリだけであり、そのユーリが不慣れであるため調査は遅々として進んでいなかった。


「せめてローズがいてくれれば……」


 『大いなる翼』の【魔法使】はことの次第だけ伝えた後、自分も独自に調べてはみると言って帰って行った。果たして進捗がどうなっているかは不明だが、現状特に報告らしきものは届いていなかった。


 二人の間に重たい空気が流れる。勿論組んだからといって一気に状況が好転するとは両者共に考えてはいなかったが、それにしても進展がほぼ見られないというのは心にくるものがあった。


「……お前、良く見てみると靴デケェな。重くねぇのか?」


「ああ、これは【アイテム使】特有と言うか……」


「いや何を雑談に興じてるんだねキミらは」


 当て所もなく下らない話を始めようとしたところに立ち行って来たのはミレイユ・バルバラだった。火事場泥棒捜索のための作戦会議をしていた筈の二人を呆れたような視線で眺めると、バルバラ商店の主は休憩室の出入り口を指し示した。


「ユーリ。応接室に可愛いお客さんがいらしているよ。早く行ってあげると良い」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「もう、二人とも!恥ずかしいからあんまりきょろきょろしないでよ!」


「仕方ないだろ商店の応接室なんて入れること滅多にないんだから。俺んちお前みたいに金持ちじゃねーし!」


「そうそう!ってうわすっご!見てよアレ!宝石めっちゃついてる!高そー!」


 ユーリが応接室に入室するとそこには見慣れない少年少女が一人ずつと、見覚えのある少女が一人ソファに座って騒いでいた。一同は突如入って来た黒髪の男を見て一様に凍り付く。


「……フィオレ?」


「………………っ!」


 声をかけると、硬直していた少年少女たちははじかれたように立ち上がった。


「は、はいっ!お久しぶりですユーリさん!その節はどうも、お世話になりましたっ!」


 結んだ桃色の髪をたなびかせてぺこりとお辞儀したのは、先日ダイナディア原生林で出会った駆け出し【剣士】の少女だった。その両隣の二人も追随するように頭を下げる。


「初めましてっ!俺『雷鳴斬魔団』団長のグスタフ・シーレットと言いますっ!お噂はかねがね、その、ファンです!サインくださいっ!」


「ちょっ!違うっしょグスタフ!初めましてユーリ・ユーベルさん。あたしは副団長のマルチナ・セドウィッグです。先日、パーティーメンバーのフィオレを助けていただきありがとうございました。本当にもう、感謝してもしきれません!」


 金髪のやんちゃそうな少年グスタフと茶髪の利発そうな少女マルチナはフィオレと同じ『雷鳴斬魔団』とやらのメンバーらしかった。恐らくフィオレと同年代―――成人を迎えたくらいの年齢だろう彼らは、年若いユーリからしてもなお若さに溢れているように見えた。


「これはこれはどうもご丁寧に。わたくし当店の店主を任されておりますユーリ・ユーベルと申します」


 取り敢えず深々と頭を下げ、ユーリは敬語で返した。この店にいる内は【商人】の頭でいなければという使命感からの行動を、しかし少年少女たちはきょとんとした顔で見つめていた。


「いや、いやいやいやユーリさん!ダイナディアではため口だったじゃないですか!やめてくださいよなんかその……居心地が悪い!」


「や、一応あの時と違って今は【商人】の端くれだから……まあ居心地が悪いと言うならじゃあやめようか。ようこそ『雷鳴斬魔団』の皆さん。お座りくださいな」


 促すと二人の少女たちはスムーズに、残った少年は何やら妙にぎこちなく座った。首を傾げるユーリにマルチナがくすりと笑う。


「こいつ、『大いなる翼』の大ファンなんです。いつか俺たちも『大いなる雷鳴斬魔団』になってやるー!とか本当にいつも言ってるんですよ?」


「ちょっ!ばらすなマルチナ!ご本人を前にしてそんな、恥ずかしいだろ!?」


「へぇ、嬉しいな。まあ俺はクビにされたクチだけど」


「いえ!いえいえいえそんなことは関係ないです!俺の知ってる『大いなる翼』と言えばユーリ・ユーベル含む四人組って決まってるんです!俺、絶対ユーリさんは復帰するって信じてますから!だから頑張ってください!」


 即座にユーリの脳内では熱弁するグスタフの評価が急上昇した。『大いなる翼』のファンでしかもユーリの復帰を祈ってくれる少年がいい子でない筈がない。それがユーリの導き出した答えだった。


「その、お礼に来るのが遅くなっちゃってすみません。色々ありまして……あとユーリさんがバルバラ商店で働いてるってのも知らなくて……」


「いやそんなお礼だなんて律儀だなぁ。お礼を求めて助けたり偉そうなこと言ったわけじゃないよ。……結局仲直りは出来たかい?」


 ユーリの言葉にフィオレはグスタフやマルチナと顔を見合わせ苦笑し、頷いた。


「はい。あの後、喧嘩しました。泣き喚いてグスタフ殴って、マルチナ蹴って、他の子も罵って……ちょっと凄いことになっちゃいました」


「喧嘩って言うか一方的だったけどね。こっち弁明の余地なかったし」


「まあ、フィオレ置いて逃げちまったのは事実だしな。ええ、甘んじてぶん殴られてやりましたよ!クソ痛かったっすけど!」


 言葉の割に、三人とも表情は晴れやかだった。一切のわだかまりが残っていないことを感じさせる爽やかな面持ちが三つ、ユーリの前に並んでいた。


「でも、本音を言って、みんなから怖かったんだごめんって聞いたら、怒るの疲れちゃって……結局すぐ許しちゃいました」


「冒険者の才能ある勇敢なボクが選んだみんななんだから許してあげる!ってね」


「ちょっとマルチナ!ああもう口が軽いんだから!……その、あの時の受け売りです。ボク、そのスタイルで今後は行こうかなって」


「良いんじゃないかい?問題ないと思うよ?」


 真っ赤になったフィオレを微笑ましく眺めながらユーリは頷いた。フィオレを才能あると称したのはユーリ自身だし、嘘偽りを言ったつもりもない。フィオレがその文言を支えにしてくれるなら先輩冒険者である身としても誇らしいというものである。


「その、本当にありがとうございましたユーリさん!ユーリさんがいなければボク野垂れ死んでいたかもしれませんし、みんなを許すことも出来なかったかもしれません。ユーリさんはボクの命と、冒険者生命の恩人です!」


「俺たちからも、本当にありがとうございました!多分フィオレが死んでたら俺たち、きっと立ち直れなかったと思います。仲間を見捨てて、自分たちだけ生き残ってなんて……!散々後悔して、散々泣いて、生きて帰って来てくれた時は天の聖女様に感謝したくらいです!」


「グスタフの言う通りです!だから、あたしたちお礼したいんです!その、何をお礼したら良いのか分からないのでむしろなんでも言ってください!恩返しをさせて欲しいんです!」


 キラキラと眩しい三人の瞳に詰め寄られユーリは気圧される思いだった。駆け出し冒険者とは斯くも眩しいものだっただろうか。


 しかしお礼と言われても彼らにして貰いたいことなど特にないのである。【商人】としてはじゃあウチの店をご贔屓にとでも言えばいいのかもしれないが、バルバラ商店のウリであるポーションは品質がいいのと同時に他店より割高である。駆け出し冒険者の経済力で贔屓にしていれば彼らにとって少なくない負担になることは請け合いだろう。


 他にユーリが誰かに助けて欲しいことと言えば火事場泥棒の件だが、こちらもなかなか面倒くさい案件ではある。彼らの善意に付け込んで調査の人手として好き勝手使うのも気が引けるし、何よりいざ頼むにしてもどう使えばいいのかパッとは思い浮かばないのが現実だった。


 困った顔で凍り付いたユーリに、しかし対する少年少女たちも反応がなく困り果てたのだろう。慌てたようにフィオレが切り出した。


「その……【商人】としても多分お助け出来ると思います!本当はあまりこういうの良くないとも思いますし、ボクもあまり好きじゃないんですけど、命の恩人のためならええもう任せてください!」


「は?【商人】として?」


「そっか、そうですよ!フィオレの家ならきっと商売の助けになりますってユーリさん!」


「え?ちょっと待って?フィオレの家って、なんのことだい?」


 首を傾げるユーリと、同期するように首を傾げる『雷鳴斬魔団』のメンバーたち。そんな中、ふとマルチナが何かに気付いたように声を上げた。


「フィオレさ……ユーリさんにフルネーム名乗った?」


「う……?うん、助けて貰った時に名乗った……と思う。ですよねユーリさん?」


「や、ごめん……ちょっと、記憶にない。かな?」


 あの後ユーリとしても色々あったため記憶が薄れているだけかもしれないが、少なくともユーリ自身の頭には少女の名前はただフィオレとだけ刻まれていた。申し訳なさそうな青年に、対するフィオレは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。


「もしかしたら言ってなかったかもしれません。その、ボクあんまりフルネーム言いたくないんです。どうしても目立っちゃうし、人によってはひけらかしてるみたいに取られかねないので……」


「いやこいつの実家凄いんですよ!なんで冒険者なんかやってんのお前一生遊んで暮らせるじゃん?って感じの!」


「だーかーらー!そういうのが嫌だって言ってんの!グスタフのバカチン!デリカシーなし!非モテ!」


 一通り同僚を罵ると、フィオレはユーリに向き合いコホンと一つ咳払いをする。それから頬を若干赤らめて、告げたのだった。


「改めまして、ボクの名前はフィオレ・フリード。フリード商会オーナーであるベノン・フリードの実の娘です」


もしお手間でなければご意見、ご感想等頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ