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組んでみることにしました

「……で、人様の家の焼け跡周辺をうろついていた。と?」


「……まあ、な」


 両手両足を縛られ、黒髪の【アイテム使】に木の枝でつつかれながらライオは大きなため息をついた。


 リハルトに焚きつけられてから、まず何をすれば良いのか分からないなりにライオはマリス街に出向いていた。取り敢えず当の焼けたユーリ宅とやらを見てみないことには話が始まらないと思ったのだ。


 荒事や冒険に関しては熟練者だが、こういった調査に関してはライオは完全に門外漢である。故にその焼け跡が捜査対象となり、王国兵が付近を巡回しているなどとは実際に見てみるまで想像もつかなかった。


 リハルトの機転によりしばらく依頼で王都外に出向いていることになっているライオである。勿論王国兵に見つかってしまえば捕縛されることは必定。火災現場にこそ辿り着けなかったが、王国兵たちの目を逃れなんとか路地裏に逃げ込めたのは彼にとって僥倖と言うほかなかっただろう。


 しかし、その後の展開は果たして幸運だったのか不運だったのか。その入り込んだ路地裏には、ちょうど先客がいたのである。


 その先客―――ちょうど逆に火災跡へ向かう途中だったユーリ・ユーベルは巨漢の顔を見るや否やポーチから妙な縄を取り出し、即座に彼を捕縛してみせた。ライオの脳裏に王国兵に突き出される絶望の未来が思い浮かんだのも無理からぬことだったろう。


 そのまま一人表通りに出て案の定王国兵と話し始めたユーリの姿を、ライオは物陰から泣きたい気持ちで見ていた。が、結局彼が予見した未来は訪れなかった。戻って来たユーリは肩で息をしながら必死に巨漢を路地の奥に放り込むと、その眼前に座って言い放ったのである。


「本当にライオが放火犯?」


 勿論ライオは泡を食って否定した。そこまでの恨みは抱いていないことから、ユーリの家の所在地など噂を知るまで気にしたこともなかったことから、その件で自分が困っていることから、全てを全て洗いざらい喋り尽くして、そして今に至るというわけである。


「まあ、正直ライオがそんな陰湿な真似するとは思ってなかったけどさ」


「……っ!信じてくれるのか!?」


 ユーリの言葉はライオにとっては救いの光にも等しかった。何せ相手はまさに件の放火事件の数少ない被害者である。勿論味方にしたとて国営住宅に火をつけた容疑自体にはなんの変わりもないが、さりとて唯一の元住人に無実を証言して貰えれば幾らか疑いも晴れるというものではなかろうか。


「いやだってライオ、酒癖は悪いけどイラついたら直に殴り掛かって来るタイプでしょ。家燃やして苦しめてやるとかそんなことそもそも思いつかないだろうなって」


「……褒められてんのかそれ?」


「褒めてるさ。正々堂々だって言ってるんだよ。……酒癖は悪いけど」


 ユーリとしても実のところこの先輩冒険者のことは嫌いではなかった。酒に酔って失敗することは多々あるし、その流れで過去『大いなる翼』のメンバーにセクハラまがいの発言をした時は真面目に殴り倒してやろうと思った時もあったが、少なくとも素面の時はどちらかと言えば好漢の部類に入るのが彼である。


「ただ、完全に信じるかって言ったら俺もはいとは言わないよ。ライオが放火したと言われて信じられない気分はあるけど、それ以外に疑わしいのがいないのも事実なんだ。……ライオあの日何やってたの?」


「……腹いせに家で一人酒かっくらって寝てたんだよ」


「うわぁ最悪。アリバイないどころか酔っぱらって勢いで放火しててもおかしくないじゃないか」


 返す言葉もなくライオは俯いた。ライオ自身は深酒しても記憶は克明に残るタイプの人間であり、加えてユーリの家の場所など知りようがないのだから自分がやったわけではないと胸を張って言えるが、事実として彼の無罪を証明出来る人間というのは存在しないのである。


「ライオはさ、フリード商会に馴染みある?」


「あぁ?なんだ藪から棒に」


 脈絡なく飛び出た名前に巨漢は首を傾げた。フリード商会と言えばパラディーアでも指折りの豪商だ。中心都市ロザリディアの目立つところにも出店しており、桃色の髪をしたダンディな会長が名物となっていた。


「そういやお前バルバラ商店に雇われたんだったか。噂聞いたよ。商売敵のリサーチか?精が出るねぇ」


「そういうわけでもないけど。どう?馴染みあるの?」


「悪いな。残念だが俺は二、三度しか入ったことがねぇ。『紅の獅子』は最近大体バエル商会で買い物してっからな。フリードもそれなりに安いとは聞くが、あっちは品揃えがピカイチだしお得意様割引も効くんでね」


 バエル商会は誰もが認めるパラディーア最大の商社だった。それこそ【アイテム使】を抱えているパーティーでもなければ大半のパーティーが一度は世話になっているのではなかろうかという規模の総合商店を数多く出店している。第一級パーティーである『紅の獅子』がそこを贔屓にしていると言うのなら、なるほど特段不自然でもない話だった。


「だがそういや最近、一日だけフリードでえらく安いポーション売ってたとは聞くな。なんだ?【商人】的にはやっぱその辺の動向は気になるってもんか?」


「それ、何処で聞いた?」


「あん?何処でってこともねぇが、結構冒険者ギルドじゃ噂になってたぜ?リハルトの奴も言ってたな。奴が嗅ぎつけた時にはもう売り切れててあり付けなかったっつって、珍しく落ち込んでたぜ」


 その時のことを思い出して、ライオはくつくつと笑った。かの頼れるリーダーは実力もパーティーの運営能力も申し分なく滅多に隙など見せないのだが、本当にたまに見せる僅かな隙がむしろ人間味を感じて彼は好きだった。


「リハルトさんか……」


「前々から思ってたけどよ、お前なんで俺は呼び捨てでリハルトはさん付けなんだ?俺だって一応あいつと同い年の年長者なんだが?」


「尊敬出来る人には敬意を払うし、尊敬出来ない飲んだくれには敬意を払わないってだけだね。あんまり気にすることじゃないよ」


「このガキ……」


 青筋を立てる巨漢を横目に、【アイテム使】は口に手を当て何か悩んでいる様子だった。


「実はフリード商会のその安ポーション、俺のポーションだったらしいんだよね」


「……お前バルバラ商店に雇われたくせにフリードにもポーション流してんのか?【商人】の決まりは知らんが良いのかそれ?」


「俺が流したわけじゃないし、良くないから俺が今ここにいるの」


 火事場泥棒にポーションを盗まれた線が濃厚で、それを追うことで放火犯に行きつけるかもしれない。そんなユーリの説明した事情にライオは目を丸くした。


「偶然ポーションの味と匂いと効果量が合致する。ってことはねーのか?」


「ライオ今まで別のとこで買ったポーションが全く同じだったことある?」


「……ねぇな。ウチにいた【錬金術師】が作ったのも市販品とは随分違ったぜ」


「ポーション作りには作り手の色が思い切り出るからね。完全に同じレシピで作っても、素材の質や撹拌の仕方、加熱の加減なんかで結構目に見えて変わるものだよ。商店は複数の【錬金術師】からポーションを仕入れるのが一般的だけどその辺の品質バランスを取るのに結構苦労してるみたい……と言うか『紅の獅子』って【錬金術師】いたんだ?」


「だいぶ前だがな」


 『紅の獅子』は総数二桁の冒険者が所属しているそれなりの大所帯である。しかし人数が増えればその分人間関係の軋轢も増えるというもので、あまりに拗れた結果解雇された者も少なからず存在する。件の【錬金術師】もまたその一人だった。


「ふーん。まあいいや。ライオが犯人じゃないらしいということが分かっただけでも収穫だよ。俺は行くから、そっちも無実の証明頑張って」


 ユーリは言うと、どうやったのか一手でライオの手足を拘束していた縄を解いてみせた。何かコツがあるのだろうが、【剣士】であるライオには想像もつかない【アイテム使】ならではの手際の良さと言えた。


「ま、待ってくれユーリ!」


 そのまま用は済んだとばかりに立ち去ろうとしたユーリをライオは呼び留めた。


「お前にこんなこと頼めた義理じゃねぇってのは分かってる!百も承知だ!だがそれを承知で頼む!俺もそのポーションの火事場泥棒調査に同行させちゃくれねぇか!」


 巨漢の物言いに青年は不思議なものを見る顔で返した。まさかライオがそんなことを申し出て来るとは夢にも思わなかったのである。


「さっきお前も言っただろ?その火事場泥棒野郎と放火野郎は同一人物かもしれねぇって!それなら、俺が探してるのもそいつってことになる!そうだろ!?」


「……かもしれない止まりだよ?俺としては商売の邪魔になるから火事場泥棒の方はどうにかしたいと思ってるけど正直放火犯の方自体は王国兵さんに丸投げしてるくらいには割とどうでも良いし、別人だったらライオは無駄足になる」


「それでも、なんの足掛かりもない今よりはよっぽどマシだ!もし別人だったとしたって、運良く火事場泥棒が放火野郎の姿見てる可能性だってある!」


 開放された両手を眼前でぴたりと合わせ、巨漢は頭を下げた。彼がユーリにここまで下手に出たことなど出会ってからこれまでの間に果たして一度でもあっただろうか。


「俺は一日でも早く『紅の獅子』に戻りてぇんだ!いざ離れてみて分かったが、やっぱりあいつらといねぇと俺ぁ駄目だ!張り合いがねぇ!それにちんたらしてたら俺のために必死に踏ん張ってくれてるリハルトの奴にも申し訳が立たねぇ!だから、身の潔白を証明するために出来ることはなんでもしてぇんだよ!頼む!この通りだ!」


 ライオはパラディーア王国生まれではなく別の小国出身だった。腕っぷしに自慢のあった彼が冒険者を志してパラディーアに訪れ、そこで出会ったリハルトら数人と意気投合し、そうして生まれたのが『紅の獅子』というパーティーだった。


 冒険者稼業で死にそうになったことも何度もあるし、創設メンバーである仲間を不意の過ちで喪ったこともある。今も顔面に刻まれた大きな傷も『紅の獅子』としての任務で追った名誉の負傷だ。


 しかし、どれだけ辛い思いをしても彼には『紅の獅子』を離れる発想は生まれなかった。気の合う仲間たちと刺激的な冒険をし、終わったら酒を浴びるように飲んで寝る。その人生のなんと幸福だったことか。少なくとも田舎で畑を耕しているままではこんな痛快な人生にはならなかっただろう。


 要するに彼は心底『紅の獅子』というパーティーを愛しているのだ。そこに戻るためなら恥を忍んで年下の【アイテム使】に協力を頼み込むほどに。


「……じゃあ、取り敢えず協力体制組みますか」


 その熱い思いを汲み取れないユーリではなかった。青年の言葉に、ライオの顔は花が咲いたように明るくなった。


「マジか!?ありがてぇ!本当に助かるぜ!」


「こっちだって人手はあればあるに越したことはないんだ。何せ俺が調査に奔走してると【商人】としての勉強が疎かになるんだから」


 それは事実だった。ミレイユにある程度許可されているとは言え、ユーリ自身の今の立場は飽くまで駆け出し【商人】。こんな調査ごっこをやっている暇があるのならもっと商売の勉強に勤しむべきではないかという思いはユーリの胸中にも確かにあった。


 しかし、ユーリが協力を許諾した理由はそれだけではなかった。


「それに……パーティーから放り出されて早く帰りたいって気持ちはまあ、分かるしね」


「ユーリ……」


 恥ずかしいこと言っちゃったかな。そんなことを思いながら微笑みかける青年に、しかし巨漢は感動するでもなく訝しげに首を傾げた。


「俺はお前と違ってまだクビ切られたわけじゃねぇぞ?」


「……早くも新しい仲間と上手くやって行けるか不安になって来たよ俺」


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