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ユーリのポーションが売っていました

「いや、それは大変困るんだこちらとしても」


 ユーリとローズの密談現場。突如そこに現れたミレイユの発した開口一番の言葉がそれだった。


「チッ……店長とお客様の商談現場に挨拶もなく立ち入るとか、バルバラ商店というのは店員の教育がなってないようね」


「商談は商談でもキミのしていたのは人身売買の商談じゃないか。流石に金で店員を売買するような商売はウチもやっていないさ」


 珍しくその顔に怒りを浮かべたバルバラ商店のオーナーを、しかし流石は『大いなる翼』の【魔法使】と言うべきかローズは一歩も退かず迎え撃った。


「良いじゃない。ユーリの人生、方向性を決めるべきはユーリ自身よ?お前にとやかく言われることでもないと思うけれど?」


「悪いとは言っていない。困ると言っているんだ。彼の力はこのバルバラ商店に必要不可欠なんでね。残念ながら手放す気はないし、横から掻っ攫って行くと言うなら私も徹底抗戦せざるを得ない」


「へぇ……ただの一冒険者に対してならいざ知らず、このローズ・ファティマを前に良くもまあそこまで言えるものね。ただの【商人】風情が」


 視線と視線が交錯し、バチバチと火花を散らす。店内で魔法を使うことにも躊躇いのないローズに対し単独での戦闘能力には乏しい【商人】。権力的に見てもファティマ家のそれは絶大で、その気になればバルバラ商店を如何様にでも出来るだろう。総じてローズはミレイユがこの場でどうこう出来得る存在ではなかった。


 しかし、剣呑な視線の鍔迫り合いは唐突に終わりを迎えた。ローズがふと矛を収め興醒めと言わんばかりに大きく嘆息したのである。


「……まあ、いいわ。ユーリの前でこれ以上やり合うとまた態度が悪いって叱られてしまうもの。今回は手を引いてあげる。下らない任務の方もあるしね」


「……えっ」


「ん?どうしたのユーリ?やっぱりうち来たい?」


「そこ、残念そうにしない!……賢明な判断で助かるよ!」


 結局ローズ自身も本気ではなかったようである。毒気が抜かれたミレイユの様子も含め、これでお開きということなのだろう。何やら胸を高鳴らせていたユーリは自分が馬鹿だったような気分になり肩を丸くした。


「全くもう……帰って来たら翼の【魔法使】が来てるって言うから急いで正解だったよ……。あぁそうだユーリ。前々から言われてたこれ、あったから買ってきたよ」


「おっ。ありがとミレイユさん。良く売ってたね」


 ミレイユが取り出したのはアイテム作成のための素材である。ことりとテーブルの上に置かれたその拳大の赤い宝玉にはローズも見覚えがあった。


「ドラゴンクライ……?」


 ドラゴンの死骸から採れる素材はその大半が高値で取引される。ドラゴンの肉や血液などは数多の【錬金術師】が欲する多様な薬品の原材料であり、その鱗や爪、角なども高級武器や防具の生成に役立つ。死骸に捨てるところがないとその存在を指して空飛ぶ金鉱脈などと称されるのがドラゴンという魔物だった。


 そのドラゴンの死骸から採れる素材の中には宝玉の形として採集されるものも多種存在する。しかし今ミレイユが取り出したそのドラゴンクライという宝玉は稀少な割に安価であり、同時に使い道が極めて少ないことで知られる代物だった。


「え?何ユーリ?ユーベルポーションでも作るの?」


「まさしく。道具類殆どなくしちゃったからね。冒険に出ることは現実的になくなるにせよ、備えはしとかないと」


「その暇があるなら売り物になるポーションでもエンチャント石でも作っていて欲しいのがオーナーとしての本音だが、まあ在庫量には問題はないから無理強いは出来ないってものさ」


 呆れたように言うと、ミレイユはローズを見やった。


「で、いつまでお客様はいるつもりだい?用が終わったのであればこちらも少々店長に話があるのでお暇願いたいんだが」


「つくづく無礼な【商人】ね。お生憎様だけど、もう一つつまらない用事があるのよ。ちょうど良いからお前も付き合いなさい」


 年長者に対してすらもお前呼ばわりしてみせる豪胆さに呆れ半分感心半分でローズを見つめるユーリ。一方でその隣に腰掛けたバルバラ商店の主は【商人】である以上貴族から舐められるのは慣れっこといった風情で気にした様子もなかった。


 ローズが取り出したのは青と紫の薬瓶に入った二本のポーションだった。青は駆け出しを卒業したくらいの低級冒険者が愛用するスカイポーションで紫は上級冒険者御用達、キングポーションに次ぐ高級品のクインポーションである。部屋の照明を反射しキラキラと輝くそれらはどこぞの商店の市販品だろうか。


「あれ?もしかして翼のポーション在庫もうなくなってる?」


「いいえ?だってこの間のドラゴン退治からウチ遠征してないもの。ポーション使う機会もないから王国屈指の【アイテム使】さんのポーションは余りに余ってるわよ?これはとあるルートで手に入れたものだけど、まあ飲んでみなさいユーリ」


「……クインポーションまで?」


「えぇ。後で代金請求したりとかしないから、グビッと」


 ローズは悪戯好きだがユーリが本当に困る真似はしない。その信頼があったため、ユーリは言われるがままにまずスカイポーションの瓶を開けその中身をあおった。瞬間、爽やかな味に洗い流されるかのように肉体の疲労が解消され思考がスッキリする。


 良く知るスカイポーションの効果に、しかしユーリは若干驚愕していた。市販のスカイポーションにしてはやけに質が良いと言うか、自身が作ったそれに決して劣らない効果を彼は実感していたのである。味もユーリ製のそれと同系統で遜色ない。これを市販品として売られたのではバルバラ商店の良質なポーションというアドバンテージが揺るがされてしまうのではないかと思わされる水準である。


「どう?」


「……凄いな。本当に市販品?良いポーションだよ。あまり認めたくないけど、俺のポーションに引けを取らない質だと思う」


「……そう?なら次はクインポーションの方をどうぞ」


 何処か笑いをかみ殺しているかのようなローズを不思議に思いながら、ユーリは紫のポーションに手を伸ばした。瓶を開けると高貴さすら感じさせる独特の香りが部屋に流出する。


「……っ!?」


 その香気を嗅いだ直後、ユーリが眉をひそめた。疑わしいものを検分するかのように注意深くポーションの匂いを嗅ぐと、次いで僅かに薬液を口に含み舌の上で転がしてみせる。その表情が驚愕から困惑に移り変わるまで、そう大した時間はかからなかった。


「……どういう、ことだ?」


 ポーションの質というのは僅かな効果の良し悪しもさることながら香りや味などといった飲みやすさも重要な要素だ。如何に効果を高めつつそれを減衰させないバランスで緻密な調味を施すかがポーション作成の腕の見せ所と言って差し支えなく、レシピと手先の技術の共有でもしていない限り別の者が作成したポーションでそれらの要素が完全に一致することはまずあり得ない。


 先ほどのスカイポーションは元より、今しがた口にしたクインポーションもその点では文句のつけようがなかった。後者は僅かに口に含んだだけなので効果のほどは完全には計り得ないものの、それでも随分身体が元気になった気がする。少量でこの効果であるならば、最上級と言って問題ないだろう。


 最上級の効果に、この匂いと味付け。あまりに覚えがあり過ぎるそのポーションの瓶をユーリはまじまじと見つめた。


「え?これ、俺のポーションじゃないの?」


「まあ、そういう結論になるわよねぇ?」


 同じくユーリのポーションを幾度も口にしている筈の【魔法使】は我が意を得たりという顔で頷いた。


「それはついこの間バルバラとは別の商店で売られていたらしいポーションよ。瓶の形でどこの店のものか判別出来るようにしているという話だけどその形、違うでしょう?」


「……違うね」


「ミレイユ・バルバラ。【商人】は情報が命という話は聞くけれど、お前もまたコレのことは既に嗅ぎつけているんじゃないの?」


「……逆に私はキミが嗅ぎつけていたことにビックリだよ。何処で知ったんだい?」


「そこにビックリということは、お前はファティマ家の情報網を舐めているということよ。【商人】ほどではないにせよ【魔法使】にもある程度情報は大事だもの。市場に希少な魔導書が出ていないか調べる手段くらい持っているし、その過程で妙な情報が引っかかることも良くあることよ」


 ふんと鼻を鳴らすと、敵意のようなものを込めてローズはミレイユを睨み付けた。


「このポーションの存在を知った時お前はこう思ったんじゃないかしら?もしかしてユーリが雇われている身でありながら秘密裏に他所にポーションを卸しているのではないか?って」


 思わぬ流れに、ユーリは泡を食ってすぐ隣の雇用主を振り返った。彼女は悪びれることもなく青年の視線に微笑みで返した。


「それが一番自然な理屈だからね。尤も、今の反応でそうではないことが証明されたようなものだが。……もう一つはキミたち翼のメンバーが彼の残した在庫を売り払っているんじゃないかという説だが、そちらは正直弱い。キミたちにとっても彼のポーションは金銭に代え難い大事な財産の筈だ」


「えぇ。残念ながら色んな意味で私たちがユーリのポーションを売り払う道理はないわね。とすると、このポーションがバルバラ商店以外で市場に流れた理由は限られる。ちょうど、つい最近大量のポーション置き場になっていたどこぞの家が燃えたばかりだものね」


「………………ローズが考えてるのはつまり火事場泥棒。ってことかい?」


 青年の問いに、出来の良い生徒を見るように【魔法使】は笑ってみせた。


「スカイポーションは八百ジュエル。クインポーションは五万ジュエルで取引されていた。スカイの方はともかくクインは通常価格でも七万から八万ジュエルが相場だ。正規のルートで仕入れているならあまりに非現実的な安値。しかし盗品であるなら卸した人間はボロ儲けだっただろうね」


 引き継いだのはミレイユだった。確かにユーリ自身、如何に建物全焼の火事場とは言えもう少し無事なアイテムが残っていてもいいのではないかと思ってはいたのだ。確証はなかったし諦めもついたからこそ王国兵の報告に異議を唱えることはしなかったが、特にポーションなど魔物と相対するような鉄火場でこそ使うような代物。その瓶の頑丈さは並大抵のものではない。


「正直、ウチとしては引き続きその値段でこの品質のポーションを売られたのでは非常に困る。既に第一陣として売られた分は売り切れているようだし今回だけの突発セール扱いで終わるならともかく、いつまた在庫復活を謳って売り出されるか分かったものじゃないというのは心臓に悪いね」


「……俺が最初にそれやろうとした時は絶対妨害するって言ってたもんね」


「駆け出し【商人】相手なら幾らでも叩き潰してやるさ。だが今回は相手が悪い。このポーションを取り扱っていたのはフリード商会だ。妨害工作をしようにもうちとは少し地力が違い過ぎる」


「また随分とタイミングが良い……」


 先ほど散々商売の邪魔をしてくれた茶髪の青年を思い出す。彼もまたフリード商会にポーションを卸している【錬金術師】だった筈だ。勿論彼のように【錬金術師】としてのポーションにプライドがありそうな人間が火事場泥棒を働くとは思わないが、このタイミングで名前が出れば連想してしまうのは仕方ないことと言えた。


「この周り、詰めていけばもしかしたら放火犯の正体にも至れるかもしれないわよ」


「え?」


「だってそうでしょう?火事が起きてから偶然通りかかった人間が侵入し建物が崩れるまでの間に物盗りを行うのと、事前に計画して物盗りを行ってから証拠隠滅のために火をつけるの、どっちの方が難易度が高いと思う?」


 言われてみればそうだ。火事場泥棒をするなら最初からポーションを盗むつもりで火をつけた可能性の方が遥かに高い。無論確実とは言えないまでも、放火犯とポーションを横流ししている人間は同一人物の可能性が高いとは言えるだろう。


「放火犯の正体……と言うなら、一応街で噂になってる容疑者はいるな」


 ふと漏れたミレイユの言葉に、ユーリとローズの視線が同時に集中した。飽くまで噂だが、と付け加えつつ、バルバラ商店の主はその名前を口にした。


「『紅の獅子』の【剣士】ライオ・バルステン……彼が有力な容疑者という話だよ」


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