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厄介なお客様が来店しました

 基本ポーション作りというのは【錬金術師】の仕事とされる。【アイテム使】の数がそもそも少ないというのもあるが、腰を落ち着けて工房でポーションを作るのが常の【錬金術師】と戦場でもポーションを作る【アイテム使】とではその品質に対する意識が変わってくるのだ。


 前者にとってポーションとは細心の注意を払って常に最高の品質で作り上げるのが前提の代物。一方で後者にとっては咄嗟の緊急に作ることも多々ある消耗品でしかない。【アイテム使】も工房で高品質のポーションを作ることが出来ないわけではないが、戦場で雑に作る機会の方が遥かに多い。


 そういった意識の違いは、出来上がるポーションの品質に影響を及ぼす。同格のものであるなら【錬金術師】の作ったポーションの方が【アイテム使】のそれより高品質であるという認識は、人々に根付いた常識だった。


「クビにされた【アイテム使】を雇うとは、バルバラ商店も評判の割に人を見る目はないと見える」


 故に開店以降、バルバラ商店二号店で一日に一度はその文句を聞くことになるのも当然と言えた。元『大いなる翼』というブランドも【アイテム使】という職業のマイナスイメージを覆すには至らなかったのである。


「まあ、バルバラ商店さんのイメージ戦略がお上手ってことだよねェ?【アイテム使】が作ったポーションなんかの品質が優れてるわけないのにさ。バルバラ商店のポーションは質が良いだの高くても買う価値があるだの、みんな情報に踊らされちゃってるってコト!」


 しかし、今日店内で騒ぎ立てているのは明らかに悪意を持った類の客だった。運悪くミレイユが不在にしておりメリルも席を外している真昼の時間帯に現れた茶髪の青年は、ポーションをちらりと見聞するや即座に罵詈雑言を並べ立て始めたのである。


「お客様……あまり騒がれると他のお客様の迷惑になりますので……」


「迷惑なのはこっちさ!高品質ポーションだとか言うから見に来てみれば、なんだよこの値段!【錬金術師】の作ったポーションには遠く及ばない粗悪品の癖にバエル商会やドミア商会より高いって、客舐め過ぎだよこんなの!」


 周辺の客に白眼視されていることなど気にも留めず喚き立てる青年に、ユーリは慌てることしか出来ない。それこそミレイユなら強引につまみ出していただろうが、残念ながら駆け出し【商人】に過ぎないユーリにそれを即決するだけの判断力はまだ存在しなかった。


 しかし、逆に考えればこの面倒くさそうな客を言いくるめてみせてこそ商人としての成長に繋がるというものではなかろうか。そう考えるに至ったのは、開店数日経ってユーリが少しずつ商売に順応して来た証と言えたかもしれない。


「あの、お客様……」


「なんだい?元『大いなる翼』の【アイテム使】殿?ちょっとはお値段下げる気になった?」


「いえ、ただお客様は勘違いしておられるようだと思いまして」


「は?勘違い!?何がだよ!?お客様の意見に文句でもつける気!?一店員風情が!?」


 名目上は一応店長なんだけどなぁと内心苦笑しながら顔だけは真面目に青年へと向き合う。遠巻きに見守っている周囲のお客様方には申し訳ない気持ちでいっぱいだが、これもまた商売について回る試練の一つだろう。


「文句ではありません。正しい認識を持っていただきたいというだけです。当店のポーションは確かに私が手掛けたものではありますが、そのどれもが並の【錬金術師】では及びもしない高品質のものであるという、正しい認識を」


「は……ぁっ!?」


 青年が鼻白んだのも無理からぬことだったろう。ユーリはこともあろうに、【錬金術師】のポーションよりも【アイテム使】である自分の作ったそれの方が優れていると言い放ったのだ。一般常識に喧嘩を売るかの如きあまりに傲慢な物言いに、青年のみならず客たちも皆若き店長に視線を向けざるを得なかった。


「随分と思い上がってるじゃないか……いくら『大いなる翼』にいたからと言っても、それはパーティーが凄いだけでお前自身が凄いわけじゃない。パーティーにとって不要である証拠としてクビを切られたんだから、そのくらい理解してると思ったけどね」


「はは、私自身も知らないクビを切られた理由を良くご存じですね。しかし仮にそうだったとしても、私のポーションが優れているという真実は揺るぎませんとも」


 大口を叩きながら、しかしユーリは内心滝の如き冷汗をかいていた。自分のポーションの品質に特に不安があるわけではないし、事実【錬金術師】のそれに品質で勝っている確信はある。しかし同時に、まかり間違って今の自分の発言が【錬金術師】の耳に入ったら殴られても文句は言えないという自覚も持っていた。


「はっ!口ではなんとでも言えるさ。立証する方法がないんだから。それとも何かい?今から怪我でもして来て、この店のポーションと他所で買ったポーションどっちの効きが良いか比べる芸でも見せてくれるってのかい?」


「失礼ながら、立証する方法がないと仰るならお客様も同様に立証出来ないものを固定観念で語っていらっしゃるだけかと。それともお客様は私の作ったポーションと【錬金術師】の作られたポーションを使い比べてみたという奇特な経験でもおありなのでしょうか?」


「僕の方は比べてみせるまでもないさ!【アイテム使】の作ったポーションが何故【錬金術師】の作ったものより劣るとされているかと言えば、それは数々の過去の実績からイメージが作られているからだ!事実として【アイテム使】の薬が【錬金術師】の作った薬に劣っていた過去さえなければ、そんなイメージにはならないんだよ!」


「えぇ、それはお客様の仰る通り……」


 もはやただの口喧嘩になりつつある中、ユーリは相手の言葉を敢えて肯定してみせた。実際茶髪の青年の言葉の通り、【アイテム使】の作ったポーションが【錬金術師】の作ったそれより低品質になりがちというのはまごうことなき事実ではあるのだ。


 慣れない言い合いをしてバクバク跳ねる心臓を必死に抑えながら、ユーリは意識して一つ息を吸い込んだ。覚悟を決めないといけない。これまで以上に傲慢な台詞を吐くために。


「『大いなる翼』に属したこともなければ王宮お抱えの【アイテム使】の誘いを受けたこともない凡百の【アイテム使】のポーションであれば、そんなものでしょうね」


 もはや【錬金術師】どころか数少ない同業者すら敵に回しかねない発言をしたユーリに、店内は今度こそ完璧に静まり返った。


「は……?王宮お抱え……何?」


「王宮お抱えの【アイテム使】ですよ。私は国王様に認められた『大いなる翼』の【アイテム使】だった男。解雇されたとは言え王国にその手腕が正しく認められているのならば、王族の方が私を召し抱えたいと考えたところでなんの不思議もないとは思いませんか?」


 シルヴィー夫人の言っていたことをそのまま反芻するユーリに、一度静まり返った店内はにわかにざわつき出した。その中でも一番困惑していたのが件の茶髪の青年である。


「そ、そんなことがあるわけないだろう!?大体【アイテム使】の王宮勤めなんて聞いたこともない!良いのか!?王族の名前を勝手に出して自分に都合の良い噂を吹聴するとか、罪に問われても知らないぞ!」


「罪に問われることはあり得ませんよ真実ですので。お客様方の中にも先日、王妃様が当店のポーションの詰め合わせを持って徒歩でお帰りになった姿をご覧になられた方がいらっしゃるかと思います。その際に勧誘を受けまして」


 我ながらよくもまあこんなに都合の良い言葉が湧き出て来るものだとユーリ自身感心していた。幸いあの馬車も使わず徒歩で出歩く仮面の王妃の姿を目撃していた客が店内にいたらしく、ユーリの発言を肯定する呟きが少なからず聞こえた。


「無駄を嫌う王妃様がわざわざ大量に購入なさるほどの逸品が当店の、私の作ったポーションであるということです。他店は基本【錬金術師】から仕入れているものと思いますが、果たしてこれほど王家の信頼を勝ち得ているポーションが他店にあるでしょうか?」


「王妃様が買ったんじゃなく一方的に手土産に渡したってオチじゃないのか!王族にゴマをすろうとしてっ!」


「ははは、ご冗談を。いくら王族の方相手とは言え流石に手土産と称してキングポーションを十本も渡していたら、開店したばかりの当店には大打撃もいいところです」


「~~~っ!そ、それならなんでお前受けてないんだよ王宮勤めの話っ!そんな光栄な話があったならここで働いてるわけがないだろ普通っ!」


「私も流石にそこまで不義理極まる人間ではありません。翼を追い出され、バルバラ商店に拾っていただいた恩。そう簡単に裏切れるものではありません」


 結局品質の良さを証明してみせられたわけでもなく、卑怯な論法で言いくるめようとしているだけではある。王妃の、しかも内々の話でしかない勧誘を盾にせざるを得ない情けなさにユーリは内心泣きたくなっていたが、そもそも消耗品の品質争いなどどうすればいいと言うのだろうか。未熟な【商人】であるユーリにその方法は思いつかなかった。


 しかしながら、現実として王妃の名の効果は抜群だった。お抱えの話が嘘であれ真であれ、王妃がバルバラ商店でポーションを買ったという話は青年には分が悪い。そもそも王族は宮廷【錬金術師】に作らせれば市井に出回っているポーションを買う必要などないのだ。


 その上でなおわざわざ王妃がバルバラ商店のポーションを買って行ったという事実は、そのポーションが国内最高峰の【錬金術師】作のポーションに比肩する質のものであると王妃が認めたと捉えることも出来る。


 恥じ入ってもう口論を続けたくないユーリと次にどんな論理を展開するべきか攻めあぐねる青年の膠着した状況は、しかし唐突に終わりを告げた。席を外していたメリルが帰って来たのである。


「店長すみませーん、ただいま戻りましたー!……おや?おやおや?何ですかこの変な雰囲気は……って、あぁーっ!フリード商会っ!」


「え?フリード商会?」


「……チッ!」


 指差された茶髪の青年はそれまでの威勢は何処へやら、まさに脱兎の如しという勢いで店から走り去った。結局いちゃもんをつけるだけつけて何も買わずに逃げ去った形である。呆気に取られるユーリの顔をメリルは心配そうに覗き込んだ。


「だいじょぶですか店長?お一人で厄介なの相手にしてたみたいですけど」


「メリルの知り合いかい?あの人」


「知り合いってほどでもないですけど。あの人フリード商会にポーション卸してる【錬金術師】ですよ。元々はなんとかって冒険者パーティーに所属してたそうですけど、辞めただかクビになっただかで今は冒険者やってないって聞きますね」


「………………へえ、【錬金術師】」


 ユーリの頬がピクリと引きつった。それはつまり、まさに面と向かってユーリは【錬金術師】にお前のポーションは自分のものに及ばないと豪語してしまったことになるのではなかろうか。もはや直球の煽り行為とすら言えるそれには相手も当然反発するし、ムキにもなるだろう。


「多分オーナーもあたしも不在になるタイミング狙ってたんでしょうねぇ。商品や値段に文句言って、少しでもこっちが折れるようなこと言っちゃったら言質取って営業妨害。同業他店の基本戦法ですよ」


 店内の微妙な雰囲気も厄介者が消えたことで霧消していた。一通り客対応を済ませると、メリルはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「でもポーションを卸しているだけなら商会と直接の雇用関係にあるわけじゃないんだろう?その程度の間柄なのにわざわざ営業妨害しに来るものかい?」


「むしろ雇われじゃないからですねぇ。実際のところフリード商会に指示されてやるのか自発的にやっているのかは知りませんし、自白剤でも使わなければ知る方法がありません。商会に文句言ってもあいつが勝手にやった。フリード商会は関与していないで済まされますし、その場合むしろこっちが商売敵の根も葉もない悪評流したって負のイメージを貰う羽目になりかねません」


 つまり、どれだけ嫌がらせをされようと確たる証拠がない限りは耐えるしかないということである。メリルも慣れっこなのだろう、その顔には隠す意図など微塵もなく億劫そうな表情が浮かんでいた。


 国内でも上位五指に入ると言われるフリード商会とバルバラ商店の規模には大きな差があるが、飛ぶ鳥を落とす勢いのバルバラ商店がこのまま成長すればいずれフリード商会にとっても邪魔な商売敵になるのは明白である。そしてライバルの登場によりフリード商会の売上が落ちれば、バルバラ商店の強みであるポーションでの勝負をあちらが捨てる可能性はある。


 そうなると割を食うのはフリード商会にポーションを卸している先ほどの青年やその同業者たちである。商店である以上フリード商会がポーションを一切取り扱わなくなるということもなかろうが、それでも無駄な在庫を抱えないために仕入れ量を絞るのは現実的な流れ。そしてそうなれば【錬金術師】たちの収入も当然目減りする。


 勿論ポーションの卸し先となり得るのはフリード商会のみではないが、新たな販路を開拓し、値段の交渉をし、双方納得の元卸し売りの契約を結ぶのはなかなかに手間だ。しかもそうなった場合あちらはフリード商会に切り捨てられた【錬金術師】という看板を背負うことになる。そんな悪評を抱えた【錬金術師】がフリード商会以上の条件を提示する卸し先に出会うことは難しいと言えるだろう。


 そして、だからこそそうなる前に出る杭は打っておこうとバルバラ商店の営業妨害を行う者が現れるのは、なるほどそこまで不思議な話でもなかった。


「ふぅん?モノを売るっていうのもなかなか面倒なしがらみがあるものなのね」


「ね。でも確かに俺もポーション卸してた時にもしバルバラ商店が仕入れ量絞るようなことがあったら困ってたかも。他所に目星つけてまた値段交渉しに行かなきゃならないのは面倒くさかっただろうなぁ」


「ユーリのポーションなら何処でも売れたでしょう?売りに行かなかっただけで、品質としては最大手のバエル商会にだって通用した筈よ」


「はは、持ち上げ過ぎだよローズ。それに通用するにしたってミレイユさんほどこっちに甘い条件飲んでくれたとも限らないし、まあバルバラ商店が商売上手で良かった……って」


 ふと、ユーリの身体が凍り付いた。ギギギと安い玩具のようなぎこちない動きで彼はいつの間にか妙な重みを感じるようになっていた右腕の方に目をやる。


 一体いつからだろうか、そこには一人の美少女がいた。両腕でユーリの右腕をぎゅっとかき抱き、その細身からは想像も出来ない豊満な胸のふくらみを二の腕に押し付けてくる彼女。その流れる赤い髪も、悪戯そうな目も、ユーリは知っている。物心ついた頃から、良く知っている。


「どうしたのユーリ?人の顔を見ただけでそんなにかたくなってしまって、もっと自然体の方がキミらしくて素敵よ?」


 ぷに、と親しげにユーリの頬を指で押し込んでみせるのは彼女が良くやる仕草だ。ユーリが思考停止している時そうして彼の思考を強引に再起させるのがいつもの彼女だった。


「………………なんでいるの?ローズ」


「あら、ご挨拶ね。バルバラ商店二号店の店主さん」


 ローズ。ローズ・ファティマ。パラディーア王国が誇る冒険者グループ『大いなる翼』の【魔法使】は、楽しそうに嫣然と微笑んだ。


「ただの厄介なお客様よ。接客しなさい」


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