【商人】生活始まりました
「いや、流石はユーリ・ユーベル。まさか二号店の開店に本当にこの数のポーションを間に合わせてみせるとは思わなかったよ」
バルバラ商店二号店の開店日。店頭にずらりと並んだ色とりどりのポーションを眺め、バルバラ商店のオーナーであるミレイユ・バルバラは恍惚の表情を浮かべていた。
バルバラ商店は様々な道具を取り扱う総合商店であり、他店に決して劣らない高水準の道具を各種取り揃えている。しかしそのウリはなんと言ってもバルバラ商店印の高品質ポーション―――味良し効果良し保存性良し即効性良しのユーリ・ユーベル謹製のそれらだった。
「まあ、元々卸してたのは翼で使う用に作ったやつの余りだったからねぇ。ポーションだけ作ってれば良くて、その上で完全に全部売る用に作るならこのくらいの数は揃えられるよ」
「とは言え一号店の在庫も用意してくれた上でこの量は流石に見事と言わざるを得ないさ。途中で何度か素材収集と称して何処かへ行った時には大丈夫かと正直気を揉んだものだが、最高の【アイテム使】の名に偽りはなかったということだね」
ウキウキのミレイユと打って変わってユーリは緊張に顔を青くしていた。ポーションや要らなくなった道具を道具屋に売り払うこと自体は幾らでも経験があったが、道具屋の側に立って一般客相手に物を売るというのは考えてみれば初めての経験だったのである。
「ははは、そう心配することはないさ店長殿。商売に不慣れなキミの補助はこのミレイユ・バルバラが立派に勤めてみせるとも」
「……オーナー。やっぱり何かおかしいと思うんだよね俺」
鷹揚に笑ってみせるミレイユに、ユーリはジト目で返した。
ユーリがバルバラ商店二号店の名目上の店長に据えられるというのは、当初の約束通りだった。勿論ユーリとて商売に関しては門外漢。ミレイユが誰か補助をつけてくれるという話でことを進めてくれたからこその立場ではある。
しかしまさかその誰かがバルバラ商店のトップだなどとは流石にユーリも想定していなかった。一号店のスタッフの誰か、信頼出来るミレイユの部下が指南役としてついてくれるものと思い込んでいたのだ。
「嫌だなぁ。この二号店は私肝いりの新店舗だよ?それを商売初心者に任せるなんて暴挙に出るなら、当然私が一番信頼出来るスタッフ。即ちこのミレイユ・バルバラ自身が補助に入るのは当然じゃないか」
確かにミレイユの言う通り、出来たばかりの新店舗店長に商売未経験者を据えるなど暴挙も暴挙である。勿論店長というのは名目上でほぼ見習いの立場だということくらいユーリも分かっていたし、むしろそれそのもの自体はありがたいことですらあった。
「まあそもそも、元々一号店の運営をスタッフたちに任せてこちらは私がしばらく直接面倒を見る予定だったんだ。だからこそ店長予定のスタッフというのも存在しなくてキミを簡単に店長に据えられたというのもある。流石に既に店長予定のスタッフがいて【アイテム使】を店長に据えるからキミを店長にする話なしで!などと言ったら、いくらなんでも反感を買ってしまうさ」
「そうですよぉユーベル店長。ぶっちゃけ【商人】舐めてるだろと今でも思ってますからねあたしとか」
ミレイユの発言に肯定の意を示したのはバルバラ商店二号店に配属された店員、メリル・リードだった。小柄でスタイルもほぼ子供な栗色の髪の彼女は、しかしその見た目に似合わぬ優秀さでミレイユの右腕として知られる敏腕店員である。
ユーリがバルバラ商店にポーション卸す時は基本的にミレイユが自身で窓口を担当していたのだが、ミレイユとて常に店にいるわけではない。そういった場合代わりの窓口担当としてよく顔を出すのがメリルであり、その関係もあってユーリも決して知らない仲ではなかった。
開店してしばらくは一号店から数人のヘルプが入るが、基本的にはユーリとミレイユ、そしてこのメリルがメインで店舗を回す予定だ。商売初心者のユーリがほぼ確実に戦力にならないことを考えれば実に心許ない人数だが、少数精鋭と言うならまさにこれ以上ない人選でもあった。
「まあ聞き分けのいいメリルですらこんな感じなのだから仕方ないし、実際今のキミは私の目から見ても明らかに【商人】を舐めている状態ではある。なので今日というこの日は失敗失敗失敗の連続になるとは思うが、せいぜいめげずに頑張って貰いたい」
「えぇ……」
「安心してくださいよぉ店長!店長が立派な【商人】になってショウバイタノシイデスが口癖になるまであたしたちがたーっぷり可愛がってあげますから!えぇ!絶対見捨てたりなんてしませんとも!」
「えぇー……」
「さぁ!バルバラ商店念願の二号店!堂々の開店だ!」
熟練【商人】たちの気迫に飲まれたまま、ユーリの【商人】生活初日の幕が開けたのだった。
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ユーリ・ユーベルは【アイテム使】である。そうである以上、ポーションのみならず道具屋に置いてある大半のアイテムに関する知識は網羅している。その知識量は道具屋という商売にとっては確実にアドバンテージになるであろう。
なるほどそう考えたユーリは間違ってはおらず、事実として彼のアイテム知識は接客に大きく役立った。
「えぇ!?この投げ槍の下取りが五十ジュエル!?出来たばっかの店の割に随分安く買い叩いてくれるじゃねぇか?おお!?」
「バルバラ商店さんのポーション、質が良いのは分かるのだけどもうちょっとお値段なんとかなりません?他所ならスカイポーションなんて千ジュエルで買えるわよ?開店一番でこのお値段はちょっと……」
「その黒髪が気に食わん。客商売ってもん舐めてんじゃないのかお前」
「ねーねーユーリくぅん?冒険者辞めてバルバラ商店で物売りってマジ?マジぃ?プッハハハハハ!落ちたもんだねェ翼の【アイテム使】さんも!ほら、リトルポーション買ってやるよ。ありがたく受け取れよ二百ジュエル」
だが、接客業というのは知識だけでどうにかなるものではない。客のわがままへの対応力や忍耐力、丁寧な接客態度など必要なものは多岐に渡る。
新店舗オープン初日の客入りは凄まじいもので、それに比例してユーリのストレスもまた凄まじいものだった。下取り価格がどうのと言われても店の規定に従ってやっているだけだしポーションの値段も然りだ。髪の色に対する文句はいちゃもんでしかないし煽りに来た冒険者の存在と共に耐えるしかない。朝に開店してから昼と呼べる時間帯にようやく差し掛かった辺りで、既にユーリは疲労困憊だった。
加えて、冒険者時代と違って自分のペースで休憩を入れることもままならないのが接客業だった。とにかく客の動向次第。一息つこうと店の奥に引っ込もうとしたところで客に呼ばれれば出向かなければならないし、そうこうしている内にまた店が混み出せば結局休みを入れる暇すら失われる。
ユーリは荒事で生計を立てていた元冒険者の身でありながら、だいぶ温厚な気質である。地雷さえ踏まなければ怒りを露わにすることはないし、表面上人当たりも悪くはないが決してフラストレーションを一切貯めないわけではない。
肉体的にはそれほどでもないが、何より精神的に疲れる。単純なストレスなら命のやり取りをしている冒険者の比ではない筈なのに、平和な日常で人間の相手をするのがこんなにも疲れるものなのかとユーリは愕然とした。
ユーリがなんとか一通り接客を終え這う這うの体でバックヤードに戻ったのは既に夕刻に差し掛かろうかという時刻だった。流石バルバラ商店の新店舗というだけあり話題性も抜群と言うべきか、店内では引き続きミレイユやメリルが客を相手ににこやかなセールストークを繰り広げている。
【魔法使】が使う精神安定・集中用のメンタルポーションをあおり、一息つく。オープン初日の今日が特別なのかもしれないが、これからは接客の合間に飲めるようにアイテムポーチを持ち歩きながら接客した方がいいかもしれない。
「ユーリ、少しいいかい?」
折角の休憩も、しかし長くは続かなかった。ユーリ以上に勤労に励んでいる筈なのに大して疲れた様子も見せないミレイユがひょっこり顔を出し、青年を呼びつけたのである。
「ごめんミレイユさん。勝手に休憩してた」
「構わないさ。自分のペースで取れる時に休憩を取れるのも大事なことだ。むしろ休憩中にすまないね。キミをご指名のお客様がいらしたから……」
「指名……?」
道具屋に指名制度など存在するのだろうか。首を傾げつつ店内に足を運ぶと、瞬間謎のプレッシャーがユーリの全身を襲った。
まるで物理的に抑え付けられているかのようなその凶悪な圧を感じているのはユーリだけではないのだろう。一般客も何処か息苦しそうで、ミレイユすら珍しいことに冷や汗を流しつつ一点―――プレッシャーの発生源を見つめていた。
そこにいたのは一人の女性だった。口から上を豪奢な仮面で覆い隠し最低限正体を隠す努力をしているようだったが、彼女がその程度で正体を隠せる程度の知名度ではないことをユーリもミレイユも客たちも皆等しく知っていた。
本来であればそうそう一国民が触れ合う機会がない筈のその金髪の女性は、しかしユーリにとっては確かに知り合いの一人だった。知り合いという表現が果たして正確なのかどうかは分からないが、少なくともユーリは相手のことを知っていたし、相手もまた然りである。
「来たわね。ユーリ・ユーベル」
「………………どうなさったんですか?その恰好」
あからさまに偉そうにふんぞり返った仮面の上からでもその美しさが見て取れる彼女は、事実このパラディーア王国で最も偉い女性と言って差し支えない存在だった。仮面で顔を隠しつつ持ち前の苛烈さを隠し切れていないため、遠巻きに見つめている一般客からすらその正体はバレバレである。
「今の私は仮面の淑女、シルヴィー夫人。そう覚えておきなさい」
「………………本日はどのようなご用件ですか?シルヴィー夫人」
「ふふっ、いい子ね。貴方は飲み込みが早くて嬉しいわ。後はそのあからさまに不審者を見る目をなんとか出来れば駆け出し【商人】としての及第点をあげられるというものよ」
精進しなさい。シルヴィー夫人を名乗る不審者―――パラディーア王国王妃シルヴィア・バルドール・パラディーアは、そういって満足げに微笑んだのだった。
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