表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

Chapter.5 / An Earnest Desire (latter) [ 願い(後編) ]

「戦う、ってのは分かった。あとは一番気になってることでもあるんだが……負けたら記憶を失う、っていうのはどういうことだ?」


 聞くと、イリスの顔から笑みが消えた。笑って話せるようなことじゃないってことなんだろう。


「文字通りの意味です。ゼストを全て失いゲームオーバーとなれば、これまでに生きてきた全ての記憶を失ってしまいます」

「……何のために?」


 例えばバトルロワイヤルでは戦闘シミュレーションと冠して殺し合いが行われていた。もしエフェメラルでの戦いの結果記憶を失うのなら、それはきっと意味や理由があるはずだ。


「白亜様は"蟲毒こどく"というものをご存じですか?」

「ああ。虫を一つの場所に詰め込んで食い合いをさせて、最後に生き残ったやつを呪術か何かに使うってやつだろ」

「ええ。エフェメラルはその"蟲毒"なのです」


 エフェメラルが、蟲毒?


「戦いに敗れた者は、その魔力を結晶に換えて勝者に差し出します。勝者はそれを受け取り、より強大な魔力を得ていきます。こうして、八人の"強大な術者"を生み出すことが、エフェメラルの存在意義なのです」


 なるほどね、そういうことか。だから蟲毒、か。


「だけど、どうして魔力を差し出すことと記憶を失うことが結びつくんだ?」

「魔力とは想いの力。想いはエピソードからつづられるもの。両者は不可分であり、魔力を差し出すことは同時に生きてきた記憶を差し出すことにもなるのです」


 ふーん、そういうものなのか。


「失礼ながら、きっと白亜様はご自身が負けることを恐れていることと思います。しかし、ご心配には及びません。先ほど示しましたように、白亜様の魔力は桁外れなのです。負ける理由がございません」


 イリスの言うとおりなら俺は負けることなく、恐らくは安全に富と栄光を手にすることができるのだろう。しかし話は将来に関わること、会ったばかりの人間の話を鵜呑みにするほど、俺はお人好しではない。


「でも、俺みたいに強大な魔力を持った人間が他にもいるかもしれないんじゃ?」

「それはございません」


 イリスが言い切った。


「エフェメラルには多くの世界から生徒が集められます。レイルード、フィーアル、エルモなど……そして、ここノギア。世界によって魔力傾向は大分異なりますが、ノギアの人だけは魔力が桁外れなのです。ですが同時に、ノギアの人で魔力形質を持つ者は極めて稀でもあります。確認されている限り、現在ノギアで魔力形質を持っているのは白亜様ただ一人です」


 ただ一人、ねえ。それが真実なら、俺は宝くじよりも圧倒的に低い確率に当選してしまったってわけか。一生分の運を使い果たしてるとか、無いだろうな。


「ですから、白亜様に並ぶ者が存在する道理はございません。白亜様には生まれながらにして八聖珠の座が約束されているのです」

「……なんだか、なあ」


 富と栄光、かあ。イリスには悪いけど、正直そういうものに興味は無いんだよな。今の生活に特別不満を感じてるわけでもないし、俺は野心溢れる人間ってわけでもない。普通に生きて、欲を言えばちょっぴり贅沢ができれば十分だと考えているからだ。


 俺にはわざわざ今の生活を捨てて戦いに身を投じる理由なんて見あたらなかった。強いて言うならば、リルカだ。エフェメラルに行けば彼女に会えるのかもしれない。しかし、会ってどうする? 同じ生徒が戦う相手であるのなら、この手でリルカを傷つけてしまう可能性もあるってことだろう?


 そんなのはまっぴらゴメンだ。


「悪いけど……ちょっと、興味を持つことはできないかな」


 俺はやんわりと拒絶の言葉を口にする。それでイリスとの縁が切れてしまうとしたら仕方がない。もの凄く惜しいとは思うが……。俺にも譲りたくない部分というものがある。


「エフェメラルでも俺の身は安全ってことは分かった。だけど、エフェメラルでやることってのは、他人と戦って、記憶を奪うってことなんだろう? 正直なところ、俺はそんなことをしたくない」


 それが一番大きな理由だった。臆病者とののしられても、安易に人を傷つけるような真似はしたくなかった。


「というわけで、まあ、その、なんだ。悪いけど、他を当たってくれないか」


 イリスは深く息を吐いて、少しうつむいた。


「……薄々、想像はしておりました」


 イリスが静かに呟いた。


「きっと白亜様は覚えておいででは無いでしょうけれど、私、一度お会いしたことがあるんです」


 イリスが俺に?


「……ごめん、全く記憶に無い」


 イリスがクスリと笑う。


「だって、私、黒のかつらとカラーコンタクトをしてましたもの。それに、もう五年以上前の話です」


 ああ、なるほどね。面影はあっても、イメージが全然違ってるってわけか。記憶にはあるのかもしれないけど、思い出せないんだろうな。


「その時、私、困ってたんです。白亜様にお会いして、どんな方なのかを知らなければならなかった。でも……勇気がなかったんです」


 静かな声で、イリスが話す。


「そんなとき、白亜様が話しかけてくださったんですよ? どうしたの? 泣いてるの? って。きっと私、悲しそうな顔をしてたんでしょうね」

「……あ!」


 思い出した。小学生の頃、公園で悲しそうな顔をしてる女の子に話しかけたことがあった。記憶に焼き付いてる限りでも凄く可愛い女の子で、確かにイリスにその子の面影が見て取れる。


「覚えていらっしゃいますか?」

「ああ。確かに覚えてるよ」


 まさか、こんなところで繋がってたなんてな。


「でも、会ったのはその日だけだった。少し気になってたんだけど、どうしてたんだ?」

「元の世界へ帰ったんです。世界と世界を繋ぐゲート"ヴェルテンター"が開くのはわずか数日で、それを逃すと再び開くのは数ヶ月後なんです。だから、その次の日には帰らなければなりませんでした」

「そうだったのか」


 世界と世界を繋ぐゲート、か。

 つまり、イリスは異世界の人間ってところなんだろうか。何だか実感ないな。


「ですが……その数時間の出会いで、私は白亜様の優しさに触れることができました。それだけで、十分でした」


 うーむ、優しさ、かあ。どっちかっていうと単に臆病なだけって気もするんだが。臆病で人から嫌われるのが嫌だから、誰にでも愛想を振りまくし、好かれるような行動を取る……というか、取りたいと思う。それは、端から見れば優しさと区別がつかないんじゃないだろうか。でも根っこの部分でそれは優しさとは違う。


「だからきっと、白亜様は他人を傷つけることを恐れ、エフェメラルに来ることを拒否されてしまうのだろうと思っていました」


 まさしく、その通りになってしまったわけか。

 イリスが天を仰ぐ。その姿はまるで泣くのをこらえているかのようだった。


「そして……私にとって、他などございません。私は生まれたときから白亜様の付き人となるために育てられてきました。どうして、他の人の付き人となることができましょうか」


 生まれたときから、か……


 だとするなら、さっき話してた"修行"ってのも、全部俺の付き人になるためってことなんだろうか。俺のために、そんな血反吐を吐くような修行をしてたのか。


 そう考えると、イリスは一体どんな思いで俺に接してきたのだろうか。もし自分がイリスの立場だったら、きっと胸が張り裂けそうになってしまうと思う。それをイリスはおくびにも出さず、ずっと笑顔を浮かべたままでいた。


 そんな笑顔の奥に秘めた感情があったのかと思うと、胸が熱くなる。


「なあ、イリス」

「何です?」

「今、他の人の付き人になるなんて、って言ったけど、もし俺がエフェメラルに行かなかったらイリスはどうするんだ?」


 付き人が本来の役割を果たせないというのなら、その先は一体どうなってしまうんだろうか。俺は不安に思って聞いてみると、イリスは少し戸惑ったような表情を見せた。


「詳しくは分かりません。が……噂だと、王侯貴族の妾として差し出されたり、娼館に売られたりすると聞いたことがあります」

「……なんだって?」


 のっぴきならない回答に、俺は眉根をひそめる。


「一度"刷り込み"が行われた付き人は、別の主には忠義を尽くせなくなります。ですから、"女"としての価値のみが、存在できる理由になるのです」


 反吐が出そうな話だった。


「……ふざけろよ。価値だの存在できる理由だの、まるで人をモノか何かみたいに考えやがって」


 俺は怒りの言葉を口にしていた。全く、胸くそ悪い話だった。

 だが、イリスの返事は俺の予想外のものだった。


「白亜様、私は"モノ"なのです。今はまだファイアーテ・フェーダーで管理されている"商品"です。ですが……もし白亜様が認めてくだされば、私は白亜様だけの"モノ"になることができます」


 何なんだよ、モノ、モノって。


 だけど、そう思ってるのはイリスのせいじゃない。全部、ファイアーテ・フェーダーとやらが吹き込んだことなのだろう。全く、ふざけやがって。


「イリス」

「はい」

「自分をモノ扱いするのはやめろ」

「……ですが」


 イリスが納得できないような表情を浮かべる。無理もないのか、ずっとそう教え込まれてきたのだろうから。


「分かった。じゃあ、せめて俺のモノになれ。イリスがそのファイアーテ・フェーダーとやらにいいようにされてるなんて、我慢がならない」


 自分でも乱暴な物言いだったとは思うが、それは素直な気持ちだった。どんな組織なのかは知らないが、このままじゃファイアーテ・フェーダーはきっとイリスを不幸にする。ただでさえ、いたいけな少女に過酷な修行を強いるような組織なんだ。妾や娼婦なんて言うに及ばず、だ。


 それだったら――少なくとも、俺はイリスを不幸にはしないと思う。


「……ですが、そのためには白亜様がエフェメラルに――」

「行ってやるさ。エフェメラルだろうが何だろうが」


 俺は心を決めていた。


 仮に俺がエフェメラルに行ったって、他の奴が倒すか俺が倒すかの違いが生じるだけだ。結果にはほとんど差はないのだろう。だったら、それくらいの泥水はすすってやる。イリスが悲しまなくて済むのなら、な。


「八聖珠にでも何でも、なってやるさ」


 俺は言うが、イリスは黙ってうつむいていた。しばらくして顔を上げ、静かにその口が開く。


「白亜様」

「なんだ?」


 イリスの頬をひとしずくの涙が伝う。しかし、つとめて笑顔を浮かべようとする。


「お気持ちは……嬉しいです。ですが、もう一度、ゆっくりお考え下さい。私は、白亜様に後悔はしていただきたくないのです」


 凛とした口調で言った。


「このまま何もしないでいる方が、後悔するに決まってる」


 考えるまでも無かった。俺が何もしないせいで、イリスが苦しむ。そうと分かっていて、黙っていられるわけがない。


「そう、ですか……」


 イリスが静かに呟く。


「分かり、ました。ですが……一日、時間を置きましょう。きっと今の白亜様は冷静な判断ができなくなっています。もし冷静になって、考えが変わらなければ、その時は――」


 そこまで言いかけて、言葉を切る。


 確かに、今の俺は冷静じゃないかもしれない。未知の出来事に遭遇して、イリスの置かれた立場を聞いて、これで冷静でいろという方が無理だというものだ。


 しかし、冷静になったからといって考えが変わるとは思えなかった。きっと俺は明日も同じ選択をするだろう。そして、エフェメラルへと行く。もし自分に力が無かったとしても、多分気持ちに変わりはない。


「分かった。明日、か。どこで会えばいい?」

「どこでも結構です。私の方からお伺いしますので」

「どこでも、って、場所分かるのか?」

「ええ。この世界で魔力反応を持つのはただ一つですから、すぐに分かります」


 はは、居場所が分かる、ねえ。

 ……間違ってもエロ関係の店には行かないようにしよう。うん。


「けど、今日みたいなのは勘弁してくれよ」

「今日みたいなの、とは?」

「教室への乱入さ。おかげで注目されまくって、すげぇ恥ずかしかった」

「注目されてた、んですか?」


 おいおい、気付いてなかったのかよ。道理で平然とした顔でいると思った。


 最初は何というかパーフェクトなメイドさんっていう印象だったけど、段々と印象が変わるなあ。ちょっと抜けた面もあるというか。まぁ、そんくらいの方が可愛くていいけどさ。


「ま、いいか。じゃあ明日の午後一時くらいでいいか?」


 それくらいなら、午前の授業が終わって場所を移す程度の時間が持てる。


「はい、かしこまりました」


 この期に及んで学校に行く意味があるのかって話もあるが、行かないという理由が別段あるわけでもない。だから行くことにするわけで。もっとも、明日何を言われるかって意味じゃ"行きたくない"理由は十二分にあるのだが。


「それでは、『Document』フォルダにエフェメラルに関する説明がありますので、よろしければご覧になってください。面倒でしたら、私の方から説明いたしますが……」

「ああ、ありがとう。取りあえず読んでみるよ」


 残り、二十三時間。


 それが、俺に残された最後の"日常"だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ