Chapter.4 / An Earnest Desire (second) [ 願い(中編) ]
「ところで、白亜様。エフェメラルに関してはどの程度ご存じですか?」
本題に戻されたところで、俺は気を取り直した。
「うーん、生徒同士が戦って八聖珠を目指すってことと、勝ち残れるのは何千分の八ってこと。あと、負けたら記憶を失うってこと……かな。あと、エフェメラルに入れば報奨金をもらって望みを叶えてもらえて、八聖珠になれば富と名声が約束される、とか」
戦うってのも中身が分からないから何とも言えないが、記憶を失うってのはのっぴきならない。さっき、イリスは俺をエフェメラルに導くって言ったよな。ってことは、俺をそんな危ない場所へ引き込もうとしてるってことか? 冗談じゃないぞ。
「ええ、そうですね。重要な部分はおおよそ白亜様が仰った通りです。間違いはございません」
言って、ハーブティーに口を付ける。
「いくつか質問が……っていうか分からないことだらけなんだが、聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
「まず、付き人ってどういうことなんだ? エフェメラルに入ることと何か関係があるのか?」
突然現れて「私が付き人です」なんて言われても、正直困ってしまう。いや、全てを理解した上でこんな美人さんが付き添ってくれるならそりゃ三つ指ついてお願いしたくもなるのだが、状況が分からないままそれに従ってしまうほど楽天的ではない。
「基本的に、エフェメラルに入る生徒には全員に付き人が付けられます。まずエフェメラルへと導き、その後は私生活の面でサポートを行うのがつとめです。そうですね、絶対服従の召使いとでも思っていただければよろしいかと」
ぜ、絶対服従の召使い!?
穏やかじゃねえな。俺が何かとんでもない命令を下したとしても従わなきゃいけないってことだろ? そんなの、いいのかよ。その……あれだ。うーむ、いやらしい妄想が真っ先に浮かんでくる辺り、俺はダメな人間なのかもしれない。
しかしまあ、それ以外は見たまんまのメイドさん、ってところなのかな。
メイドがいるなら執事がいたっていいような気がする。いや、俺にそんな趣味はないけどさ。
「付き人って、女の人って決まってるのか?」
「原則的にはそうですね。男性であれば女性の付き人の方が喜ばれますし、女性ですと男性の付き人は避けられる方も少なくありませんので。一応、その後の希望で変更することはございます。ただ……」
イリスが言いよどむ。
「申し訳ございませんが、白亜様の付き人は私と決められておりまして、変更することはできません。どうか、ご了承を」
なんだ、なんで俺には選択権がないのだ。差別か、この野郎。
ま、別にいいけどさ。仮にイリスが付き人になってくれるとするなら、不満なぞあろうはずもない。これで料理が核地雷級とか、掃除の度に家具をぶっ壊すとか、そんなスキルがあったりしたら――うん、まあ、それもチャームポイントか。
……やばい、猿に毒されてる。
「ま、変更したいなんて全然思わないけどさ」
「チェンジ」なんて言われた日には、絶対軽くドン凹みするよな。間違いなく。
言わないけど。
「ありがとうございます」
イリスが微笑む。うん、笑顔はまた飛び抜けて輝いている。メイドさんは歯が命。
……いや、輝いてるのは歯だけじゃないけど。
「じゃ次の質問。戦うっていうのは、具体的に何をするんだ? まさかスポーツやゲームで、ってことも無いだろうし」
「半分はゲームに近いものですね。ただゲーム形式の"実戦"なので、相応の危険は伴うのですが……」
「実戦?」
「はい。唱術を使っての戦いです。生徒には"ゼスト"と呼ばれるライフポイントが与えられ、戦闘に敗北するとこれを1つ失います。ゼストを全て失うとゲームオーバーとなります」
「唱術、ね……」
その言葉にも記憶があった。ほとんど魔法みたいなシロモノで、呪文を唱えて超自然的現象を引き起こす。実際にお目にかかったことはほとんどないのだが。
そんなことを思っていると、イリスが皿を横にどけてテーブルにスペースを作る。すると、その場所に赤色のキーボードが浮かび上がった。
「バーチャルキーボード?」
「はい」
光源はどこだ?
イリスが慣れた手つきでキーを叩く。何というか、例えるならエアピアノをやってるようにもみえる。そんな指もほっそりと長くて、透き通るように白い。
「白亜様、左手を出していただけますか?」
俺は言われたとおりに左手を差し出す。するとイリスは俺の手を両手で包み込み、瞳を閉じた。
「少し痛いですけど我慢してくださいね」
ぽわぁ、とイリスの両手から淡い光が放たれる。それに伴ってほのかな暖かさが感じ取れ――ん?
いて。
いてて。
いてててててててて。いだだだだだだだ。痛い痛い痛い。ちょ、ちょっとイリスさん、痛いってば!
「す、少しどころじゃ――」
「終わりました」
イリスが手を離す。あー痛かった。
俺は痛かった手の甲を見てみると、そこには魔法陣のような文様が描かれ、色は赤とオレンジの間をゆっくりと移ろっていた。
「これは?」
「紋章珠と呼ばれるものです。唱術のアクセスユニットになるとともに、情報やステータス管理なども行うことができます」
ちょっと待て。俺はまだエフェメラルに入学するなんていってないぞ。まさか、入学するって前提でそんなものを取り付けたりしてるんじゃないだろうな。
「試しに、右手で中心の円に触れてみてください」
「……こうか?」
多少不安に思いながら、俺は右手で左手の甲に触れる。
すると、目の前の空中にディスプレイが浮かび上がった。
「うぉう!」
すげぇ。SFですよSF。映画やアニメでよく見かける空中スクリーンだ。かっけぇ。
だけど、俺はちょっと疑問に思うことがあった。
「こんな魔法みたいなもの、見られたら大騒ぎになるんじゃないか?」
「大丈夫です。画面は操作者にしか見えないようになってますから。現に今、私の目の前にもスクリーンがあります。でも、見えていませんよね?」
「ふーん……」
何とも不思議な技術だ。
「では白亜様、左のメニューから『Data』→『Personal』→『Status』を開いてみてください」
「どうやって?」
「触れれば開いていきます」
言われたとおり、俺はメニューを辿っていく。その画面効果はまさしくSFで、俺はちょっとばかりウキウキとしていた。
いや、いかんいかん。まだエフェメラルに入るって決めたわけじゃないんだ。しっかりしろ、俺。
「何か出てきたな」
『Now Scanning. Please wait a moment...』
画面表示に従い、俺はそのまま待った。三十秒ぐらいして、画面に何やらデータのようなものが表示された。
ユーザー名:未設定
魔力効果 1172(S--)
魔力防御 998(A++)
火 135(A)
水 76(B++)
土 52(B-)
風 241(S-)
雷 236(S--)
時 110(A-)
光 48(B-)
闇 319(S)
属性合計 1217(S--)
何だこりゃ。まるでRPGのステータス画面だ。
「いかがですか?」
「いかがですか、って……これ、何?」
「白亜様の魔力ステータスです。今お持ちの能力をあらわしたものです」
ふーむ、能力、ねえ。
基準が分からないから、これが凄いのかゴミなのかさっぱり分からん。
しかし能力が数値化されるなんて、ちょっと面白いかも。あれだ、体力測定なんかで自分の身体能力がデータになると妙にウキウキしたくなるのと同じだ。
「もしよろしければ、私にも見せていただけませんか?」
「いいけど、どうやって?」
「右下の『Send』から、私の名前を選んでください」
Sendを押してみる。すると、メニューにイリスの名前が出てきた。それを押すと一瞬『Now Transferring...』と表示され、すぐに『Transfer Complete』と変わる。
しかし、端から見たらこれってかなり危ない奴なんじゃないか? なんかわけのわからない阿波踊りみたいなものを踊ってるようにしか見えないだろう。
一方でイリスは手元のバーチャルキーボードを叩いている。なんだろ、俺のにもあんな機能あるのかな。
そういや、コンピュータもマウスで操作するのは素人、キーボードで操作するのは玄人だったりするよな。ってことは、イリスは玄人に分類される人間なんだろうか。
「……凄いです、白亜様」
イリスが目を丸くして感嘆の声を漏らす。
「凄いのか? これって」
「ええ。全くの未経験でSクラスの魔力を持つなんて聞いたことがありません。知る限りでは、過去に上条祐一のA+が最高値だったと記憶しています。前代未聞ですよ」
ぜ、前代未聞なのか!?
うーむ、そう言われると悪い気はしない。
「そうか、俺って凄かったのか」
半分冗談っぽく言ってみる。
「凄い中でも特に凄いです。例えるなら、苺における紅あやねみたいなものです」
「……いや、その例え、マニアックすぎて分からん。そんな品種、はじめて聞いた」
「……すみません」
「取りあえず、君には苺マニアの称号を与えようか」
これにはイリスも苦笑い。
「参考までに、私のデータをお送りしますね」
イリスが軽快な手つきでキーボードを叩くと、俺の画面に『Now Receiving Data』と表示された。そして画面が切り替わる。
ユーザー名:イリス=デア=ラングート
魔力効果 236(C++)
魔力防御 330(B-)
火 7(E-)
水 30(C-)
土 24(D++)
風 6(E--)
雷 53(B-)
時 12(E+)
光 77(B++)
闇 4(F)
属性合計 213(C+)
全体的に見て、俺のステータスよりも一桁近く低いな。属性で一番数値が高いのは光か。何となく、イリスのイメージにぴったりだ。
そう言えば、俺の属性で一番高いのは闇? おいおい、俺そんなにダーク属性持ってねえぞ。何か納得いかねえなこん畜生。
「これでも、死ぬ気で修行したんですよ」
「例えば、どんな?」
「厳冬のなか滝業をしたり、火渡りをしてみたり……」
「イリスって、可愛い顔してさらりと冗談言うのな」
「……はい」
照れたようにうつむいた。可愛いってこと自分で認めやがったな。こんにゃろう。
まあ、これで可愛くないなんて主張されても困るか。
「けど、申し訳ありません。正直申しますと……あまりに辛かったので、思い出したくないんです」
「……そっか。ごめん、変なこと聞いて」
「いえ、いいんです」
思い出したくもないほどの修行、か。
万年ぬるま湯につかってきた俺には想像もつかない世界だった。俺と同い年の、それも儚げな感じの少女が死ぬほどの修行をしている、か。
「白亜様が凄いこと、少しはおわかりいただけましたか?」
「うーん……まだ全く実感は無いけど」
「きっと、すぐに実感されますよ」
まあ、エフェメラルに入ったら、の話なんだけどな。