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Chapter.3 / An Earnest Desire (first) [ 願い(前編) ]

 否応なしに好奇の視線が矢となって降り注いでくる。


 昼下がりの繁華街は交通量も少なく、人影もまばらだった。PCバッグを持ったサラリーマンや着飾った主婦、制服姿の女子高生なんかをちらほらと見ることができる。なんだ、あいつらもサボりかよ。


 道路に沿って洋服店や飲食店が並ぶこの通りはデートコースとして有名だった。休日なんかにはカップルで溢れかえり、そんなところを一人で歩けば「俺、何やってんだろ……」と落ち込むこと請け合いになれる場所である。


 しかし今、俺の隣には金髪メイドさんが並んでいる。それも超絶美人の、だ。そういう意味では今の俺は天文学的に勝ち組なんだろうな。実際、すげぇ気分がいい。


 なるほど、可愛い彼女を持った男の気持ちってこんな感じだったんだ。いや、彼女じゃないけどさ。


 だけど、元々俺は目立たないことを主義として生きてきた。表舞台に立つこともなく、槍玉に上がることもなく、平々凡々と学生生活を送っていた。ぬるま湯に浸かるがごとく、だ。そしてそれは概ね正解であったと記憶している。


 それが、今はなんだ。クラスでは思いっきり注目の的となり、道を歩いては視線が突き刺さる。俺の主義とは真逆を行くではないか。出る杭は打たれるのが日本という国。うーむ、後が怖い……


 ついでに言うと、視線の半分には殺気が混じっているような気がする。こえぇぞ、おい。


「どこかお勧めのお店はございますか?」


 イリスが聞いてきた。お勧めのお店、ねえ……


 本音を言うと、さっぱり分からなかった。女の子とスイーツ巡りに出るような気概でもあったなら分かったのかもしれないが、何せ相方がエロゲオタクのエロ猿だ。原色風味の女の子が並んでいるような店しか知らない。


 メイドカフェにリアルメイドを連れて行くか? それもまた一興。

 ……いや、止めておこう。


 どっか女の子を多く見かけるような店でも探すか。女の子の客が多いって事は、それだけスイーツなんかも充実してるって事だろうし。


 思っていると、一件の店が目にとまった。茶色のレンガを基調としたオシャレな店だ。しかし、客の半分以上が制服姿の女子高生ってどうなのよ。サボりすぎだろあんたら。警察が来たりしたら大捕物になりそうだな。


「ここなんかどう?」

「素敵ですね」


 それを肯定の言葉と受け取り、そこに入ることにした。

 ……考えてみりゃ俺も制服姿か。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、予想通りにいくつもの視線が俺たちの方を向いた。しかし、今度の好奇の対象はどうやらイリスであるようだった。


「わぁ、すっごーい。ねえねえ、かわいー」

「メイドさん? ってことは、ツレの男ってどっかの御曹司だったり?」

「きれー。お人形さんみたい」

「見て見て、あの髪。サラサラだよー」

「北欧美人ってやつ? ありえないっしょ」


 好き勝手言ってくれちゃってまあ。だけど、取りあえず俺の悪口はそんなになさそうで一安心。「なにあの男。美女と野獣ってやつ? キャハハハ」とか言われるのを覚悟してたんだけどな。


 いやまあ、野獣というようなツラじゃあないと自負はしてるが。

 ……多分。


 イリスを窓際のソファー席に座らせ、俺もその対面に座る。そして間を置かずしてウェイトレスの女性が水とメニューを出しにくる。


 さて、どうしようか。俺はあんまり甘ったるいのは好きじゃない。となると無難にレアチーズケーキか。いや、ヨーグルトマンゴーパフェなんてのも捨てがたいな。


 イリスの方を見てみると、優雅な仕草でページをめくるところだった。うーむ、絵になる。


「――あ」


 イリスが声を漏らした。


「ん?」

「ごめんなさい、長々と」

「いや、ゆっくり選んでいいよ」

「いえ、いいです。決めました」


 うーむ、せかしてしまったか。


 俺はテーブルの注文ボタンを押した。程なくして、ウェイトレスが注文を取りにくる。


「ご注文はよろしいですか?」

「あ、はい。えーと、ヨーグルトマンゴーパフェとオリジナルブレンド」

「私は苺とクランベリーのミルフィーユ・グラッセとローズヒップ&レモングラスを」

「かしこまりました」


 ……なんか注文した品で生活レベルが割れてるぞ。すみませんね、風情のない奴で。


 さて、と。これで準備は整った。


「それでは……何からお話致しましょうか」

「正直、何が分からないんだか分からないってレベルなんだが」


 あまりに非日常すぎて何を聞けばいいもんだか。手がかりが無さすぎる。


「そうですね……では、改めまして自己紹介させていただきます」


 イリスが静かに言った。


わたくしは従者養成機構"ファイアーテ・フェーダー"から派遣され、白亜様の付き人となるためにここノギアへと参りました。年齢は15歳で身長155cm、体重は……秘密です」


 言って、ぺろっと舌を出す。

 秘密にするような体型かなあ。すっごいスタイル良さそうに見えるんだが。……まあ、女性の体重を気にする奴は馬に蹴られろとも言うからして。しかし、俺と同い年だったとは。


 うーむ、ファイアーテ・フェーダーにノギア、か。自慢するつもりはないがさっぱり分からん。


「好きなものは白亜様と苺、嫌いなものは虫です」


 好きなもの……って、俺!?


 えええ、まさか可愛い顔してストーカーってことは無いだろうなあ。そりゃこんな美人に「好きです」なんて言われたら喜ぶべきところなのかもしれないが……なんかフクザツ。


「そして、私の目的は白亜様を"八聖珠"へとお導きすることです」


 ん……八聖珠!?


 その言葉には確かに聞き覚えがあった。夢の中、リルカが思っていたこと。エフェメラルの勝者がたどり着く地、八聖珠――


 どうして、夢と現実が繋がるんだ。そして、それは何を意味する?


「……エフェメラル?」


 俺は疑問を確かめるため、核となっているであろうワードを口にした。

 すると、イリスが露骨に驚いたような表情を見せ、目を丸くする。


「なぜ、それを……。ノギアの人が知っているはずは――」

「夢で見たんだ」

「夢?」


 俺は一瞬、説明したものかどうか迷ったが、笑われるかもしれないとつまらないことを気にしていても仕方がないと思った。手がかりになることは全て話すべきなのだろう。


「ああ。変な夢でさ、俺はリルカって女の子になって、その思考をなぞるんだ。三年くらい前から、頻繁に見る夢でさ。んで今日、そんな言葉が出てきた」


 説明すると、イリスが少し考えるような素振りを見せる。


「……そう、ですか。ひょっとしたら、"ハーモナイズ"という現象かもしれません」

「ハーモナイズ?」

「ええ。"運命因子"が近しい場合に稀に発生する現象です。睡眠時、遠く離れた人に同調して、その思考をたどるんです」


 運命因子? なんじゃそら。

 まあ、置いておくか。本題から逸れるし。


 だけど、イリスの言うことが本当なのだとしたら――


「それじゃあ、リルカって子は実在するのか?」

「ええ、間違いないでしょう」


 驚くと同時に、俺は何とはなしに嬉しさを覚えていた。リルカが虚構の存在ではなく、実在していたわけなのだから。


 同時に、一つの疑問が浮かぶ。


「んじゃ、リルカが夢で俺のことを見ていたりもするってこと?」


 正直、これはちょっと想像したくない。俺にだって見られたくないシーンの一つや二つはあるわけで。まあ「散々見ておいて何抜かすか!」てなことにもなるわけだが。


「いえ。その可能性は相当に低いです。運命因子の他に同調率の関係もありますので、互いが互いの夢を見るということは滅多にありません。もっとも、ハーモナイズ自体が極めて稀な現象なのではありますが……」

「そっか」


 ほっ、よかった。

 胸をなでおろしていると、店員が注文した品を持ってきた。テーブルに品々が並ぶ。


「俺もミルフィーユにすれば良かったかなあ」


 隣の芝は青く見える。カラフルなのも見た目すごく美味しそうに感じるのだ。


「交換いたしましょうか?」

「いや、いいよ」


 変な気を遣わせちゃったかな。俺が認めたかどうかは別として、イリスは俺の"付き人"だと主張してる。ってことは、俺に気を遣うのはおよそ当然の帰結なわけで。


 少し、言動に注意しよう。


「んじゃ、いただきまーす」

「いただきます」


 俺とイリスはそれぞれスイーツに口を付ける。

 うん、美味い。まろやかな甘みがヨーグルトの酸味と絡んで口の中に広がる。


「あ、おいしい」


 イリスの顔がほころぶ。

 うん、事情はどうであれ、やっぱり女の子の笑顔を見るのは気持ちがいいな。


「白亜様も召し上がってみますか?」


 うーむ、いいのかなぁ。けど遠慮するのも何だし、ちょっといただくか。


「ああ」


 俺は自分のスプーンで、イリスのミルフィーユに手をつけようとした、のだが――


 それより早く、イリスがフォークで一欠片取って俺の目の前に差し出してきた。左手はこぼしてもいいようにとその下に添えられている。


 こ、これはひょっとして――


「はい、どうぞ」


 微笑んで言ってくる。俺は一瞬躊躇したが、笑顔には逆らえずそれを口にする。


「いかがですか?」

「……うん、美味しい」


 美味しいのだが、それはミルフィーユの持つ味だけじゃなく、別の精神的な何かが調味料として加わっているような気がした。なんだなんだ、周りの俺たちを見る微笑ましげな視線は!


「ですよね」


 そして、イリスがまたミルフィーユに口をつける。


 ……完璧に恋人同士ですることだろ、おい。周りの視線が更に痛く感じる。みんなこっち見てるってば。勘弁してくれイリスさん。

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