第61話 殺し屋三兄弟
――ノルシール・オーヴ連邦共和国・国境線近くの森の中。
夜の暗闇に溶け込むように、息を殺して潜む者たちがいた。
アシャール帝国軍の兵士二万。
ノルシール・オーヴ連邦共和国の兵士三万。
それを率いるのは二人の男。
一人は騎士ゲルシム・バクーニン。
そしてもう一人は、ヘンリ・カルライネンという恰幅のいい壮年の男だ。
ヘンリは体型こそ少しばかりふくよかだが、その顔つきは精悍。
目つきに至っては歴戦軍人のそれだ。
「……ゲルシム殿、我らはいつまでこうしているつもりだ?」
「クヒヒ……時が訪れるまで」
「では、その時はいつ訪れる?」
「さあな、斥候からの吉報を待て。それとも、北の将軍殿は待てもできない猪武者なのか?」
「……」
ヘンリは、ゲルシムという若造の態度がどうにもいけ好かなかった。
人を舐め腐った目と言葉遣い、おまけに年上に対する敬意というのが微塵もない。
確かに、立場上はヘンリよりゲルシムの方が上だ。
如何に同盟関係と言えども、軍事力のパワーバランスは圧倒的にアシャール帝国が優勢。
さらにノルシール・オーヴ連邦共和国は未だ国内情勢が不安定であり、国境線も突破できず、こうして援軍に来てもらっているという有様。
アシャール帝国だって、東部戦線に自軍を送らねばならないのに。
それらの理由が絡み合い、面と向かってゲルシムを批難する資格はヘンリにはないのだ。
もしコイツが同盟軍の将官でなかったら、既に鉄拳制裁を加えているのに……とヘンリは苦虫を嚙み潰す思いに耐える。
――ただ、言っていること自体は間違っていない。
合流した両軍の戦力を掛け合わせ、機会を伺って『メルスバーグ山』に総攻撃を仕掛ける。
作戦自体は至極真っ当と言えるだろう。
とは言え、その機会を伺い始めてから既に一週間が経過している。
両軍が合流してからというもの、ゲルシムは森の中での徹底待機を指示。
とにかく敵に見つかるなと命令していた。
――北部の夜はとても寒く、容赦なく体温を奪っていく。
ロクに焚火すらできない状況で、兵士たちの士気が日に日に下がっているのは明白だった。
それは当然アシャール帝国軍とて同じだったが、ゲルシムは自分の部下のことなどまるで気にも留めない。
どうせ兵など駒で、何人死のうが知ったことかと思っているからだ。
そういう部分が透けて見えるのも、ヘンリには許し難かった。
「――まあまあ、焦らないでくださいなヘンリ様。ここはゲルシム様を信じましょう」
険悪な雰囲気な彼らの下に、フードを被った妖しい女がやって来る。
マリア・ルエーガーだ。
彼女もまた、ゲルシムと共に北部へ出向していた。
「……わかっているとも」
「あらあら、そんな目で見ないでくださいな。本当、私って何処に行っても信用ないのですわね」
「何を言うかマリア。俺はお前をいたく信用しているぞぉ? クヒヒ……」
「……それは嬉しいお言葉ですわ」
どことなく湿度を帯びた笑みを浮かべるゲルシム。
そんな彼に対し、マリアはほんの少しだけ顔を逸らした。
「――ゲルシム様! 斥候班、帰還致しました!」
その時、彼らの下に一人の兵士がやって来る。
偵察に出ていた斥候が戻ってきたのだ。
「おう。報告しろ」
「『メルスバーグ山』に僅かですが動きがあった模様。十名ほどの騎乗騎士が駐屯地から出発し、ここから5キロ南の場所で現在戦闘を行っております」
「戦闘だと? おいおい、まさかウチの兵士とじゃなかろうな?」
「いえ、どうやら相手は盗賊の模様。先日、ルーベンス王国軍の補給部隊が襲撃されたことと関係あるかと」
「……」
報告を聞いたゲルシムは、顎に手を当ててしばし考える。
「なあヘンリ殿、どう思う?」
「陽動とは思えませんな。それと僅か十騎で動いたとなると、率いているのは幹部クラスかと」
「今『メルスバーグ山』にいるのは『ヴァイラント征服騎士団』だ。そこの幹部は手練れ揃いらしいが、一人欠けたとすれば――――いよいよ、機会がやって来たかもなぁ」
ニィッと邪悪な笑みを浮かべるゲルシム。
同時に兵士たちが待機している背後へと振り向き、
「ゲルシム軍団! 来い!」
叫んだ。
しかし――返ってくるのはシーンという静寂。
誰も現れる気配はない。
「……三兄弟! トレモロ三兄弟、出て来いッ!」
呼び方を変え、改めて叫ぶ。
すると――今度は、三人の不格好な兵士が現れた。
長男、イカレた目をしたオールバックヘアー、ダヴィンチ・トレモロ。
次男、イカレたギョロ目と背の低い坊主頭、ジブスー・トレモロ。
三男、イカレた目とバカでかい図体とそびえ立つモヒカン、レスタ・トレモロ。
この三人は容姿外見が全く似ていないが、完全に目がイッてしまっているのだけはハッキリと共通している。
絶対に関わってはいけないと、一目でわかるトリオだ。
「「「…………」」」
呼び出されたトレモロ三兄弟は、返事するでもなくボーっと突っ立っている。
だが、ふと三男レスタが歩き出した。
向かう先にいるのは、手綱を木に固定された一頭の軍馬。
レスタはその後ろに立つとズボンを下げ、軍馬の後ろ脚目掛けて――
シャ~
放出した。
おもむろに、とある液体を。
『ヒヒィーン!』
突然の出来事に驚いた軍馬は暴れ出し、液体を掛けられた後ろ脚をレスタの顔面に叩き込む。
「うぎゃあッ!」
「ウオオオオオオオオオオッ!」
軍馬に蹴られて吹っ飛ばされたレスタを見て、長男ダヴィンチが奇声を上げる。
するとそのままレスタに覆い被さり、彼の顔面をぶん殴り始めた。
「レスタぁテメェ! 俺の可愛い子ちゃんになにしやがる!」
「ポ、ポーツマス、ポーツマス! う〇こちん〇ん! 死ねクソ兄貴!」
「ギャハハハ! イヒヒヒ!」
殺す気でレスタを殴るダヴィンチ。
意味不明なワードを叫びながら応戦するレスタ。
そんな二人を見て大爆笑しながら飛び跳ねる次男ジブスー。
この兄弟は――明らかに狂っていた。
「おい……やめろ。やめろっつってるだろ! やめないとぶっ殺すぞッ!」
ぶちギレるゲルシム。
周囲に響き渡るほどの憤怒の声を聞かされたトレモロ三兄弟は、ようやくピタリと動きを止めて彼の方を見る。
「ハァ……ハァ……。いいかトレモロ三兄弟、ここから南に進んだ先で敵の騎士共が盗賊狩りをやってる。お前ら、そいつら全員殺してのリーダーの首も取ってこい」
「首……」
「しくじるなよ。お前らは誇り高きゲルシム軍団――いや、〝アシャール帝国最強の殺し屋兄弟〟なんだからなぁ」
「「「!」」」
ダヴィンチの質問にゲルシムが答えると、トレモロ三兄弟は顔を見合わせて歓喜。
置いてあった各々の武器を手に取る。
ダヴィンチは大量の手投げ斧を全身に装備し、
ジブスーは両手に小型クロスボウを装備し、
レスタはチェーンに刃が取り付けられた回し手付大型ノコギリを装備。
殺る気全開だ。
「それでいいんだよ。それと、全員アレは着けたろうな?」
「勿論っすよ、大将ォ!」
ダヴィンチは胸元から――〝紋様が描かれたタリスマン〟を出して見せる。
それは、アベル・ベルグマイスターを悪魔へと変えた物と同じだった。
無論、この三兄弟がそれを知る由もないが。
「ヒャッハー! おぉ仕事楽しいぃなァーッ!」
トレモロ三兄弟は軍馬に跨り、待ち切れないとばかりに駆けていった。
それを見たヘンリは唖然として、
「ア、アレが戦士だと……? まるで野蛮人ではないか……!」
「そうだ、だが腕は立つ。それと……ヘンリ殿も忘れず身に着けているよなぁ?」
「……勿論。しかし、コレになんの意味が?」
ヘンリも首から下げたタリスマンを掲げて見せる。
それを見て、
「アシャール帝国が指揮官たちに配るお守りだ。それがヘンリ殿の身を守ってくれるだろうよ、クヒヒ――なあ、マリア?」
「……」
笑って問いかけたゲルシムに対し、無表情かつ無言で答えるマリア。
そんな彼女に「やれやれ、つれないねぇ」とため息を漏らしたゲルシムは――
「全軍に通達! これより――俺たちは『メルスバーグ山』を攻めるぞッ!」
連載の始まったコミカライズですが、『マンガPark』でも近日中に掲載させていただける予定です。
楽しみ~。
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