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第58話 どれ、おっさんが行ってやりますかねぇ①


 ――『メルスバーグ山』に入って、既に二週間近くが経過した。

 騎士団の皆もここでの生活に慣れ始め、鍛冶師たちとも良好な関係を築いている。


 実戦経験豊富な騎士は、武器防具を忖度なく評価できる貴重な存在。

 鍛冶師が自ら作った物を試させるには丁度いいのだ。


 実際毎日のように試し切りや試着が行われ、騎士と鍛冶師があーでもないこーでもないと議論を重ねる様子は、今や日常風景である。

 

 俺はそんな彼らを横目に、駐屯地訓練場へ向かっていたのだが――


「ホラ、踏み込みが甘いわよヤーナ」


「ぐぬぬ! こ、これでどうですの!?」


「全然ダメ。もっと相手の懐に滑り込む勢いで!」


 そこでは、ラウハさんの実妹であるヤーナに稽古をつけるリーゼロッテの姿があった。

 それと彼女たちを見守るローガン騎士団長とデニスさんの姿も。


「お疲れ様ですローガン騎士団長、それにデニスさんも。あの二人は今日もやってるみたいですね」


「ええ、もうかれこれ二時間はああしております。若いとはこういうことですな」


「いやはや羨ましいねぇ。デニスさんもああいう青春が欲しかったよ」


「デニスさんの青春時代って、なんだか想像できませんね……」


「お、聞いちゃう? そりゃ俺の青春はモテまくり暴れまくりの風来坊で、カミソリのデニスなんて呼ばれたくらい――」


「聞くに堪えんぞ、デニスよ」


 煙管を吹かしながら、バッサリと彼の話を遮るローガン騎士団長。

 どうにもデニスさんの若い頃を知っているような口ぶりだ。


 なるほど……本当は全然モテなくて暴れることもできなかった、そんな切ない青春時代だったんですね……。

 うんうん……わかりますよ……。

 俺も屋敷で半ば幽閉されているような青春を過ごしましたから……。


「ねぇお坊ちゃん、なんか失礼なこと考えてなーい?」


「デニスさん……どんな人にだって、残念な過去くらいありますから……! 深くは追及しないであげますね……!」


「やっぱスゲー失礼なこと考えてるわね? そうなのね?」


 口を覆って涙を堪える俺と、何故か真顔になるデニスさん。

 そんな折、ローガン騎士団長が懐から一枚の手紙を取り出す。


「そういえばオスカー殿、王都のルティス殿から手紙が届いておりましてな」


「! ルティスさんから……?」


 レーネさんの上司?であり、エレオノーラ女王の使用人であり、俺を彼女へ謁見させた謎の強者――ルティス・ラドリー。

 未だに、あの笑顔のまま繰り出された怪力パンチのことは忘れられない。

 今思い出しても腕が痛むよ……。


 しかしあの人からの手紙だなんて、一体なんだろう……?


「本来ワシ宛てに書かれたモノですが、オスカー殿にはお見せしておいた方がいいかと思いまして」


「……拝見します」


 ローガン騎士団長から手紙を受け取り、中の紙を開く。

 すると、中にはこう書かれてあった。




〝拝啓、『ヴァイラント征服騎士団』騎士団長ローガン・フリッツ様。

 アシャール帝国、及び諸国連合との戦争が始まって幾時が経過致しました。

 現在、北部・東部・南部共に我らルーベンス王国が優勢。

 これもローガン騎士団長旗下の精鋭騎士団が、東の要塞二つを守り抜いたためだと女王陛下もお喜びになっておいでです。


 ですがこの度、王国諜報機関がよからぬ情報を入手致しました。

 アシャール帝国軍が北のノルシール・オーヴ連邦共和国へ兵を動かし、大攻勢を計画していると。

 まだ詳細は不明ですが、もしも防衛線が破られれば『メルスバーグ山』が真っ先に狙われるでしょう。

 再び戦場に悪魔が投入されることも考えられます。

 十二分に警戒し、戦いに備えられますよう。


 事の運びによっては、私もそちらにお伺いするかもしれません。

 その時は何卒、お取り計らいのほどを……。

 敬具 ルティス・ラドリー〟




「これは……!」


「お静かに。まだここの鍛冶師たちには伝えておりません故」


 あくまで冷静なローガン騎士団長。

 その隣のデニスさんも焦った様子はない。


「ま、ここはルーベンス王国の武力を支える大兵廠(だいへいしょう)。遅かれ早かれ……ってね」


「デ、デニスさんは驚かないんですか……?」


「うんにゃ、別に。だって手紙届く前から知ってた(・・・・)し」


「え……? それどういう――」


 そんな話をしていると――ギィンッという甲高い金属音が訓練場に響く。

 リーゼロッテがヤーナの剣を弾き飛ばしたらしい。

 俺が彼女たちへ目を向けると同時に、ヤーナが地面に尻餅をつく。


「きゃあ! うぅ、痛ったいですわぁ……」


「ゴ、ゴメン! 大丈夫?」


「んもう、私に優しくしないでくださいまし! あなたは私のライバルですのよ!? 〝ふっ、雑魚め。さあこの靴を舐めろフハハ!〟と顔を踏みつけて嘲笑なさい! さあ!」


「アタシ、そんなキャラじゃないんだけど……」


 辟易するリーゼロッテ。

 結局ヤーナは彼女の手を借りて立ち上がる。


 ちなみにヤーナは、リーゼロッテとのやり取りを〝決闘〟だと思い込んでいる。

 が、さっきも言ったように実際はリーゼロッテが稽古をつけてあげている状態。


 二人の実力には天と地ほどの差があるからな。

 今みたく剣を弾き飛ばされる光景だけでも、ここに来てからもう何度見たことか。


 それでも、ヤーナは毎日リーゼロッテの下へやって来る。

 何度も何度も果敢に挑み、ボロボロにやられては「明日こそ勝ちますわ!」と笑って帰っていく。

 本当に見上げた根性だ。


 言葉にこそ出さないが、おそらく心からリーゼロッテを尊敬しているのだろう。

 その証拠に、ヤーナは事あるごとに彼女を賞賛する。


 流石は私のライバルだ――

 それでこそ私のライバルに相応しい――

 こんなにも私を苦戦させるのは、あなただけですわ――


 憎しみや妬みの言葉ではなく、賞賛。

 真に高潔な心を持っていなければ、出てこない言葉だと思う。

 まあ、かなり拗らせてはいるが。


 それにリーゼロッテと稽古を初めてから、少しずつだが確実に剣術が上達している。

 ラウハさんと同じ血が流れているだけあって、やはり筋がいい。


 個人的には――彼女がいずれ本当に『ヴァイラント征服騎士団』の一員になってくれたらな、と思う。

 あの子こそ、〝騎士〟の称号を背負うに相応しいような気がするのだ。


「丁度いいから、一旦休憩にしましょう。五分後にまた再開、いいわね?」


「望むところです! 逃げも隠れもしませんから、恐怖してお待ちなさい!」


「はいはい、水分採るの忘れんじゃないわよ」


 稽古が中断。

 すると剣を拾ったヤーナがこちらに歩いてくる。

 ローガン騎士団長は革製水筒を差し出し、


「お疲れ様でした、妹君。さ、お水ですぞ」


「流石はリーゼロッテの親玉、気が利きますわね! 敵に水を送るとはまさにこのこと! 喉がカラカラなので、ありがたく頂戴致します!」


 受け取るや否やンゴゴゴゴグビグビグビ!という品性の欠片もない喉音を鳴らし、水を一気飲みするヤーナ。


 どうでもいいが〝敵に水を送る〟は誤りで、正確には〝敵に塩を送る〟である。

 だがつっこむのも野暮なので黙っておこう。


 彼女は「ブハァー!」と水を飲み終えると、ようやく俺の存在に気付く。


「あら、誰かと思えばイケメンさんではありませんか! ごきげんよう、相変わらずイケメンですのね!」


「ど、どうも、ごきげんよう……」


 なんだろう、もしかして俺って未だに名前覚えられてないんだろうか……?

 なんか悲しくなるな……。


 ま、それはそれとして――


「……なあヤーナ、キミはどうしてそんなにリーゼロッテに挑もうとするんだ?」


 前々から疑問だった。

 どうしてここまで彼女に執着するのか、と。


 俺が尋ねると、


「決まっているでしょう! あの人がライバルだからです!」


「じゃあ、どうしてライバルになったのかな?」


「最初に出会った時、目つきが気に入らなかったからですわ!」


「……」


 うわーお、えらいしょうもない理由だったな。

 まるで街で喧嘩を吹っ掛けるチンピラみたいな。


 ある意味驚きを隠せない俺だったが、ヤーナは自慢気に話を続ける。


「ですが、それはあくまで馴れ初めの馴れ初め……。真の理由は、お姉様があの人を認めているからですのよ!」


「ラウハさんが?」


「お姉様は仰いました、〝あたしを超えたきゃまずこいつを倒せ〟と! ですから、リーゼロッテをぶっ倒さなきゃいけないのですわ! お姉様へ挑むために!」


「! 挑むって……。キミは、その、お姉さんが好きなんじゃなかったのか?」


「大好きです! 尊敬しております! 優しくて最強で、世界で一番――いえ、宇宙で一番のお姉様です!」


 そこまで叫んだヤーナは――初めて、ちょっとだけ悲しそうに俯く。


「でも……私がお姉様を倒さなきゃ、お姉様はずっと悩んだままになってしまうのです。故郷(ここ)にいるべきか、騎士団にいるべきかって……。どっちも愛してるのにって……」


 初めて聞いた、彼女の小さな声。

 しかしすぐにヤーナは剣を空高くに突き上げ、


「ですから! 私! 決めたのです! 私がお姉様を倒して、『ヴァイラント征服騎士団』の第一位(ナンバーワン)になると! そうすれば、お姉様は堂々と故郷(ここ)にいられるようになる! そして私がお姉様の分まで騎士団を愛してあげればいい! 完璧ですわ!」


「そ……それじゃヤーナ、キミは全部ラウハさんのために……」


「勘違いなさらないで! お姉様のためは私のため! そして私のためは私のため! 全ては私が最強・天下無双になる道程に過ぎませんのよ! オーッホッホッホ!」


 口元に手を当て、高笑いを上げるヤーナ。


 ――言ってることは滅茶苦茶だが、一つハッキリとわかった。

 どうしてこの子が、こんなにも泥臭くリーゼロッテへ挑み続けているのか。


 全ては大好きなラウハさんのため。

 才多きが故に葛藤し、故郷と騎士団どちらを選ぶか決められずにいる姉のため。


 〝お姉様に自由になってほしい〟


 ヤーナの行動は、その一言に集約されているのだ。

 彼女は――この子は、なんて―


「ほら、ヤーナ! 休憩終わり! 続き始めるわよ!」


 遠くでリーゼロッテが声を上げる。

 それを聞いたヤーナは革製水筒をローガン騎士団長へ返し、


「ええ、やってやりますわ! 今度こそ吠え面かかせて差し上げましてよ!」


 ズカズカと大股で戻っていく。


 ――が、一度立ち止まると、


「あ、でも一つ訂正してよろしくて?」


「……?」


「あの人の目つきが気に入らなかったと言いましたけれど、今は違います。以前の彼女はとっても怖かったですけど……なんだか優しい目をするようになりました。もしかしたらイケメンさんのお陰かしら?」


「え? い、いやぁ……どうなのかな……?」


「まあ、どうでもいいですが! 剣技だけでなく心まで成長するとは、流石は私のライバル! ってなワケで行きますわよ、オラアアア!」


 盛大にリーゼロッテへ斬りかかっていくヤーナ。

 そんな彼女を見て、ローガン騎士団長は笑みをこぼす。


「ホッホッホ、相変わらず表六玉(ひょうろくだま)なようで鋭い子だ。姉そっくりですな」


「末恐ろしいって言うべきですかね、ああいうのは。お~こわ」


 おどけた感じでデニスさんも言う。

 ついでに何故か俺の方をチラチラ見てくる。


 鋭い……末恐ろしい……?

 うーん、まあ確かに思ったよりずっとリーゼロッテのことを見ていた。

 それには驚いたけど。

 でもなんか、二人の言葉には違う意味が含まれているような……?

 

 俺が首を傾げた――その時、



「……頭領(ボス)。〝頭領(ボス)デニス〟、至急お伝えしたいことがあります」

 


 突然、聞いたことのない声が聞こえる。

 そして――建物の陰から、全身を黒装束で覆い隠した男が現れた。




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