第56話 リハビリ? いいえ喧嘩です②
再び飛び込んでくるラウハさん。
驚異的な身体能力から叩き込まれる連撃は、まさに圧倒的。
俺は完全に防戦一方となっていた。
――――〝違和感〟。
強い。彼女は間違いなく。
圧倒的に強いんだけど――やっぱり妙な感覚がある。
この違和感の正体は、一体――?
「……っ」
俺は一旦体勢を低くし、ラウハさんの右側面へと素早く回り込む。
隻眼の彼女にとって、右側の視野はかなり制限されるはずだ。
事実、ラウハさんの動きが一瞬遅くなる。
「へぇ、あたし死角に入り込むかい。でもそんなの――」
隙を見逃さず斬り込む。
完全に見えない位置からの攻撃、これなら――!
「見えないなら、感じりゃいいだけさ」
本来であれば防御不可能。
しかし彼女は右手の木剣を逆手に持ち――俺の斬撃を的確に防いでしまった。
「なっ……!」
「へへ、こちとら見えない位置からの攻撃なんて、慣れっこなんだよ――っとぉ!」
続けざまに、左手の木剣で俺を弾き飛ばす。
なんとか防御が間に合い、ラウハさんと間合いを離すが――ここで薄っすらと気付いた。
もしかすると、この人――
「……試してみるか」
俺は改めて剣を構えた。
しかしその構えは普段と違う。
身体の前に剣を置き、先端を相手の目に向ける正眼の構え。
ゆっくり息を吐き、肩の力を抜いて、鋭い切っ先に全神経を集中させる。
それを見たラウハさんは、
「ふぅん……そろそろ決めに入ろうってか。いいね」
両手の剣を持ち直す。
互いに目線を逸らさず、タイミングを見計らい――
「行くよ!」
――飛び込んでくる。
さっきと変わらぬ瞬足。
「――――」
それを見た俺は、彼女が間合いに入る刹那――構えを変えた。
剣を正面から左腰に移し、〝居合い〟の体勢をとる。
「なっ……!?」
我流の構えでも正眼の構えでもない、初めて見せる新たな構え。
まさか俺が抜刀術を使うとは夢にも思わなかったのであろう。
ラウハさんは、驚きの表情を隠せない。
しかもこの構えは、真正面から見ると刃のほとんどが身体で隠される。
隻眼では咄嗟に攻撃範囲を測れないはず。
「こンのッ――!」
回避するにももう遅い。
彼女は攻撃姿勢のまま、こちらの間合いに入ってしまったのだから。
故に――迷わず斬撃。
右腕、大振り、振り下ろし。
ああ――やっぱり〝違和感〟の正体は――。
俺は僅かに身体を後退させ、鼻先ギリギリで斬撃を回避。
そして腰から木剣を抜き放ち――刃を首へあてがった。
居合いなんて初めてやったけど、どうにか上手くできたな。
「あ……あちゃ~……」
ラウハさんは両手から木剣を離し、その場に尻餅を突く。
同時に、張り詰めていた空気が消失した。
「参った参った、参りました! まさかこのあたしが一本取られるたぁ……もう歳なのかねぇ」
「ラウハさん、どう見たってまだお若いですけど」
「ハッハッハ、あんちゃん世辞が上手いじゃないか。しっかし、あたしもギルベルトたちを笑えないね。リハビリでやられてちゃ、騎士団第一位も形無しだ」
惨敗を喫しても笑って済ませる、謙遜の心。
これは出会った当初のギルベルトやリーゼロッテに、やや欠けていた部分かもしれない。
器の大きさ、というか。
きっとローガン騎士団長も、彼女のこういう部分も評価しているんだと思う。
もっともあの二人も、今やそういう心が備わったと感じるけど。
特にリーゼロッテなんかは謙虚になった気がするなぁ。
むしろ――今回は、俺の心の方がモヤモヤしてしまっている。
「……いえ、この勝負は俺の勝ちなんかじゃありません」
「ん? なんでさ?」
「だって――ラウハさん、剣士じゃありませんよね」
戦闘中にずっと感じていた〝違和感〟。
最後の最後に彼女が反射的にとった行動で、その正体がわかった。
「確かにあなたの剣捌きは凄まじかった。でも……双剣は本来の武器ではないはずです」
「……」
「ラウハさんの戦い方や立ち回りには〝違和感〟があった。まるで、もっと別に使い慣れた得物があるような……。そして最後、意表を突かれたて咄嗟に出たあの挙動――。たぶん、ラウハさんが最も得意とする武器は――」
「ストップ。そこで止めときな」
立ち上がってお尻の砂を払うラウハさん。
彼女は朗らかな笑顔のまま俺を見て、
「よく見抜いたモンだ。確かにあたしゃ双剣が専売特許ってワケじゃない。でも、相棒をあんちゃん相手に使う気はないよ」
「それは、どうして……」
「わかるだろ? あんちゃんとあたしが本気で闘り合ったら……もう喧嘩じゃ済まなくなっちまう」
「――!」
「あんちゃんと殺し合いなんてまっぴらゴメンだね。あたしゃガキみてーな喧嘩が好きなのさ」
「そう……そうですよね……。すみませんでした」
「おいおい、別に説教したつもりはないってば。それよりさ、腹減ったろ? 奢ってあげるから飯行こうよ! 喧嘩の後は酒が進むってね!」
「え? い、いや、俺はまだ未成年で……! っていうか〝霞虹砥〟の手配をしなきゃなんじゃ……!?」
「ンなの明日やりゃいーの! さあ、今夜は飲もうじゃないか〝ダチ公〟!」
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