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第54話 今じゃすっかり腐れ縁


 ――〝霞虹砥(かこうど)〟。

 それは鍛冶師たちが扱う砥石の中でも、とりわけ珍しい逸品。


 鍛冶師という人々は、一振りの剣を作るだけでも実に多くの砥石を使い分けるとフリッツさんが教えてくれた。

 その数、最低でも六種。


 〝蒼金剛砥(あおこんごうど)

 〝備泥砥(びんでいど)

 〝灰簾砥(かいれんど)

 〝曹灰硼砥(そうかいど)

 〝灰天藍砥(はいてんらんど)

 〝淵曇砥(えんくもりど)


 しかもこれは、下地研ぎと呼ばれる作業だけで使うのだとか。

 〝蒼金剛砥(あおこんごうど)〟が最も目が粗く、〝淵曇砥(えんくもりど)〟が最も目が細かい。

 これらを順番に使い、徐々に剣身を整えていくそうな。


 当然この後さらに仕上げ研ぎという作業が待っていて、さらに他にも、他にも――。


 ……ぶっちゃけ、聞いていて耳が痛くなる話だったよ。

 剣一振り作るのに、それだけの工程が必要だったなんて……。


 実際に剣を振るう俺たちは、砥石なんて目が荒い物と細い物の二種類しか使わない。

 切れ味なんてそれで十分に出せちゃうからな。


 恥ずかしながら、俺は砥石に色んな名前があることすら知らなかったレベルだ。

 もっとも、そこまで工程を踏んで作る剣は王家や貴族に納品する物くらいらしいけど。


 で――フリッツさん曰く、ルーベンス王国にはそれら六種類の砥石の他に、もう一つ特別な砥石が存在するという。


 それが〝霞虹砥(かこうど)〟。

 〝淵曇砥(えんくもりど)〟よりも遥かに目が細かい砥石で、ルーベンス王国北西部の小さな採掘場でのみ採れる極めて希少な砥石。


 フリッツさんは、とある言い伝えを教えてくれた。

 〝霞虹砥(かこうど)〟によって研がれた剣は風を斬り、海を割り、太陽を欠けさせる――と。


 「もっとも、そりゃ流石に言い過ぎだがな」と彼は笑っていたが、それでも〝霞虹砥(かこうど)〟で研いだ剣の切れ味は凄まじいらしい。


 しばらく前、どこにでもある量産品の剣を〝霞虹砥(かこうど)〟で研いで試し切りを行った結果、重ねられた七つのプレートメイルを容易く両断。

 あまりに鋭すぎる刃は、地面にまでめり込んだのだという。


 だが直後、剣が突然ボロボロに風化。

 どういう理屈なのか、二度と使い物にならなくなってしまったらしいのだ。

 まるで、たった一撃で剣が寿命を迎えたかのように。


 ――異常なまでの切れ味と引き換えに、剣自身を殺してしまう。

 そんな〝諸刃の剣を生み出す砥石〟が並の剣に使えるはずもなく、〝霞虹砥(かこうど)〟を扱おうとする鍛冶師はフリッツさんを含め皆無だった。


 しかし彼は「どうしてもこの剣に使ってみたくなった」と言って、北西部から遥々取り寄せる――そんな流れとなったのである。




「……鍛冶の世界って、本当に深いんですねぇ」


 フリッツさんの鍛冶場を後にした俺とラウハさんは、駐屯地へと向かって一緒に歩いていた。

 俺がなんとも感嘆とした感じで言うと、


「なんだい、浅い世界だとでも思ってたのかい?」


「い、いえ! 決してそういうワケじゃ……!」


「ハハ、冗談だよ冗談」


「……ラウハさん、質問してもいいですか?」


「ん~? なんだい、改まって」


「ラウハさんは――どうして『ヴァイラント征服騎士団』に入ったんです?」


 ずっと不思議だったことを、俺は思い切って聞いてみる。

 いや、聞かずにいられなかった。


「話を聞いているとわかります。ラウハさんは自分が鍛冶師の家系に生まれ、鍛冶師として育ったことに誇りを感じているんだなって。それなのにどうして――」


「簡単な話さ、ローガン騎士団長にスカウトされたから」


 なんともあっけらかんとした様子で答える。

 彼女は続けて、


「もう十年くらい前になるかねー、最初に口説かれたのは。〝相当な実力者とお見受けする。ぜひ我が騎士団に来てほしい〟なんて突然言ってきて」


 ローガン騎士団長が……。

 そうか、彼もラウハさんの強さを見抜いたんだな。

 貴族出身の俺を快く騎士団に迎え入れたことといい、あの人は本当に立場や生まれを気にしないらしい。


 しかしそんなに前から有望な人材を集めていたとは、本当に凄い人だなぁと感心してしまうよ。

 ……十年も前に戦争を予期していたと考えると、その慧眼が恐ろしくもあるけど。


 ラウハさんは話を続け、

 

「ま、当然その時は断ってやったんだけど」


「へ? こ、断ったんですか……?」


「そりゃそうさ。確かに腕っぷしには自信があったけど、鍛冶師として故郷(ここ)で必要とされてたし、フリッツ叔父さんの世話だってしたかった」


 彼女は頭をポリポリと掻き、


「でも、あのじーさん諦めなくてさ。結局〝一年の半分は故郷で過ごす〟って条件でこっちが折れたんだよ」


「ああ……だから『ベッケラート要塞』を留守にしてたんですね」


「そーいうこと。小競り合い程度の喧嘩なら、ギルベルトやリーゼロッテが入ってからはどうとでもなったし」


 それはなんとなくわかる気もするな。

 あの二人が揃っていれば、要塞が簡単に落とされることもないだろう。


 でも、それはそれとして――


「気が付きゃ、ローガン騎士団長とはすっかり腐れ縁ってね。あの人にはあたしなんてさっさと見限って、ギルベルトを第一位(ナンバーワン)兼副団長にしてやれって言ってんだけど」


「それは……やっぱり後継者の問題があるから、ですか?」


「……ああ。お人好しが過ぎるんだよ、部下に対してさ」


 以前、デニスさんが俺に話してくれた。

 ローガン騎士団長が、自分の後継者を誰にするか悩んでるって。


 順当に第一位(ナンバーワン)を据えてあげればいいのに、とその時は思ったけど――なんだか納得した。

 これはラウハさんとギルベルトの二択で悩むワケだ。


 本業が別にあって、半年間も騎士団を留守にする第一位(ナンバーワン)

 誇り高く責任感も強いが、実力の劣る第二位(ナンバーツー)。 

 そりゃ決められないよなぁ……。


「……大変なんですね、ローガン騎士団長もラウハさんも」


「おや、貶さないんだね。騎士団に新しく入った奴は、大抵面白くなさそうな顔するもんだけど」


「貶すワケないです。ラウハさんが『ヴァイラント征服騎士団』を大事にしてるのは、やっぱり話を聞いてればわかりますから」


「言うじゃないか、若造のくせに」


 ラウハさんはそう言うと、俺の前へと身を乗り出してくる。

 進行を妨げられて俺が足を止めると、彼女はニヤリと笑った。


「あんちゃんいい奴だね、気に入った。ちょいとリハビリ(・・・・)に付き合っておくれよ」



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