第53話 白昼夢
「なっ……!?」
それは、あまりにも突然だった。
目の前に巨大な悪魔が出現したのである。
なんだ――!?
どうして急に悪魔が――!?
俺は驚いて臨戦態勢を取ろうとする。
しかし――身体が動かない。
いや、違う。
身体自体は動いているのだ。
でも俺の意思とは異なる動きをする。
まるで、肉体の主導権が他の誰かにあるかのように。
『忌々しい勇者め……。お前さえ……いなければ……!』
目の前の悪魔が、弱った声で恨めしそうに言う。
蜘蛛から人間の上半身が生えたような姿。
蜘蛛の身体には蠢く無数の眼があり、後ろに伸びる腹部には歪な卵を幾つも抱えている。
見ているだけで吐き気を覚えるほど醜悪だ。
それなのに――そこから生える男性の裸体は、見惚れてしまうほど美しい。
理想の造形と思える筋肉。
絹のように扇情的な肌。
そして顔を隠せるほど長い青緑色の髪。
完璧な美男子という偶像が、そのまま現れたかのようである。
そんな醜美が繋ぎ合わされた悪魔は、全身に傷を負って血を流している。
もはや虫の息らしい。
『必ず……必ずや我々は、またこの世界に現れる……。何千年、何万年先になろうと、必ず……! その時が、貴様らの最期だ……!』
「……人間を滅ぼさせはしない。お前たち悪魔は、全て僕が倒す」
俺の身体が喋り、剣を構えた。
その刃には見たこともない文字が浮かび上がり、脈打つように紅く光っている。
さらに鍔には七芒星の図形があしらわれていて、どこか神々しい。
――何故だろう、ハッキリとわかる。
これは間違いなく――あの折れた剣の、本来の姿だと。
『クク……ああ、見える、見えるぞ……! 我ら悪魔が人間を喰い尽くし、この地上から葬り去るその未来が……! ククク……クハハハハハッ!』
高笑いを上げる悪魔。
そんな彼に、剣は振り下ろされる。
その一撃で――――悪魔の巨体は、跡形もなく吹き飛んだ。
「――おい、おいあんちゃん! しっかりしなって!」
「え……?」
気が付くと、目の前にラウハさんがいた。
彼女は心配した様子で俺の両肩を掴み、揺さぶってくる。
「大丈夫かい? どうしたのさ、いきなり放心しちまって……」
「あ、あれ……? 俺、今なにを……悪魔は……?」
「悪魔ぁ? んなもんどこにもいやしないよ」
怪訝そうな顔の彼女に言われ、俺は周囲を見渡す。
……確かに、どこにも悪魔の姿なんてない。
さっきまでいた鍛冶場に戻って来ている。
そして……手にはまだ、あの折れた剣を握っていた。
まるで白昼夢でも見てしまった気分だが、
「……坊主よ、なにを見た?」
フリッツさんが聞いてくる。
彼はさっきと同じように煙管を吹かし、
「もしかすると、その剣がお前さんになにかを見せてくれたんじゃねえのか? 遠慮しないで言ってみな」
「えっと……その……悪魔が見えました。それと、たぶんこの剣の本来の姿を……」
俺は今しがた見た光景を、記憶を頼りに事細かに話す。
勿論、剣のことも。
どんな形状だったか、どんな特徴を持っていたか、わかったことは全て。
話を聞き終えたフリッツさんは、
「ふぅむ、紅く脈打つ文字に七芒星……テスタロッサ家には伝わってねぇ形だな」
「あの、フリッツさん。この剣は元に戻せないんですか?」
「無理だ」
バッサリと言い切る。
さらにラウハさんが加わり、
「あんまり知られちゃいないがね、折れた剣を完璧に修復するってのは至難の業なんだよ。仮に鍛え直して形を整えても、熱を入れた時点でほとんど別物になっちまうのさ」
「それだけじゃねえ。実はな、そいつを直そうとする鍛冶師は、これまで何人かいたらしいんだ。使われてる鋼は『メルスバーグ山』から採れた物で間違いないからな。だが……一度も上手くいかなかった」
「それは、何故です?」
「火が通らねぇんだよ。その剣は、どれだけ熱しても温度が変わらねぇんだ。試した中じゃ丸一年火床で沸かしたご先祖様もいたらしいが、しまいにゃ火床の方が溶けちまったなんて話もある」
「そ……そんなのあり得るんですか……?」
「あり得るワケないでしょーが。それが普通だったら商売上がったりだよ」
プンスコと怒るラウハさん。
まあ、そりゃそうだよな。
熱を加えて形を変えないと、武器なんて作れっこないし。
でも、だったら――
「気付いたろ? その剣は、どうやって作られたのかすら不明なんだ。テスタロッサ家の鍛冶師にとっちゃ、永遠の謎なのさ」
フリッツさんは、吸い終えた煙管をテーブルに置く。
そして椅子から立ち上がると、
「だが……コイツは持ち主を見つけちまった。だったら、せめて渡せる状態くらいには仕上げてやらねぇとな」
「持ち主って……ま、まさか俺ですか!?」
「他に誰がいんだよ」
「で、でもこんな貴重な物……お金なんて払えな――」
……あれ?
待てよ、もしかすると払えるか?
一応、俺ってベルグマイスター家の当主なんだし。
財産はそのまま譲渡されたんだよな。
だったらワンチャン……。
で、でも今は戦時中だし大きな出費は……!
っていうか実家で冷遇されてたせいで、どうしても貧乏性が……!
どうしよう……どうすれば……ぐぬぬ……!
「……なにを葛藤してるのか知らんが、金ならいらんぞ」
「え? いや、そういうワケにはいきませんよ!」
「いいから、取っとけ! それでいいんだよ! おいラウハ、〝霞虹砥〟の手配しろ」
「! おいおい、本気かい叔父さん? 折れた剣のためにそこまでする?」
「ったりめぇよ。鈍のまま渡したとあっちゃ、それこそ鍛冶師の名折れだろうが」
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