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第52話 折れた剣


「ククク……なぁに、鍛冶屋にゃよくあることよ。焼いた鋼を槌で叩いて、その拍子に欠片が――ってな。気にすんねぇ」


 フリッツさんは笑って、事もなげに言う。


 事実、彼の瞳は白く濁って俺の姿を映さない。

 完全に視力を失っている証拠だ。


「それよりホレ、手ぇ出しな」


「え? は、はい……」


「どれ……ああ、ここか」


 催促されるまま、俺は手を差し出す。

 すると彼は手探りで俺の手の平の位置を探り当て、執拗に感触を確かめてくる。


 手の平全体、親指、人差し指、中指――そうして隅々まで触り終えると、


「ふぅむ……紛れもない剣士の手だ。何十年も剣と苦楽を共にした、熟達の……。お前さん、剣を握ってどのくらいになる?」


「えっと、10年も経たないくらいですけど……」


「嘘吐くな。毎日朝から晩まで剣を振るったとしても、10年そこらでこんな手相になるワケねぇ。だいたい、お前さん歳は幾つだ?」


「今年で18歳になりますね」


「…………ラウハ」


「嘘じゃないよ。そのあんちゃん、まだまだ若造だ」


「……」


 フリッツさんは俺から手を離し、傍にあった椅子へと腰掛ける。

 「ふ~……」と長いため息を漏らして、顔を手で拭う。


「いやはや、こいつはたまげた……」


「あ、あの……? 手相でなにかわかるんですか?」


「わかる。手にはそいつの全てが出るからな」


 彼は自分の手の平を擦り、


「昔から〝いい鍛冶師は槌に愛された手相になる〟なんて言われ方をしてな。得物に魂を込められる鍛冶師は、どんな槌でも自分から手に馴染んでくれるんだと」


「槌が、自分から……?」


「どんな物にも魂は宿る。その魂に認められた人間の手は、普通じゃなくなるんだ。お前さんは、そういう手をしてる」


「俺の手が、ですか?」


「まさに〝剣に愛された手〟だ。もう数え切れないほど剣士の手を触ってきたが、そんな手相には覚えがねぇ」


 フリッツさんは傍に置いてあった煙管を手に取り、火を点けて一服する。

 見えていないはずなのに、とても器用な手捌きだ。


「……ちょいと興味が湧いた。おいラウハ、あの古剣(・・・・)持ってこい」


「は? 古剣って……まさか、あの柄のないヤツ?」


「そうだ。早くしろ」


 そう言われて、ラウハさんは一度鍛冶場から出て行く。

 しばらくして戻ってくると――その手には細い木箱が握られていた。


「坊主、ソイツ(・・・)を見てみな」


 木箱が開けられる。

 すると――――中には、握り(グリップ)のない直剣が収められていた。


 しかしその剣には、刃の半分がない。

 途中で折れて消失しているのだ。

 オマケにかなり古い代物らしく、かなり長い間保管されていたのが一目でわかる。


 だが――そんな骨董品のはずなのに、少しの錆びもない。

 それどころか、つい今しがた鍛え終えたばかりのような妖しい光沢を放っている。


「これは……」

 

テスタロッサ家(ウチ)に代々伝わる一振りだ。もう正確な記録は残っちゃいないんだが、なんでも大昔に活躍した凄腕の剣士が使ってたモノらしい」


「錆び一つなくて綺麗なモンだろう? でも途中で折れちまってるし、残りの部分もどういうワケか刃引きしてある。今じゃ使い物にならない(なまくら)さね」


 説明してくれるフリッツさんとラウハさん。


 そういえば、ローガン騎士団長が言ってたな。

 〝メルスバーグの鋼は千年経てども錆を知らず〟って。

 まさか本当に錆びない剣があるなんて……。

 

 でも――なんだろう?

 この折れた剣を見てると、なんだか不思議と懐かしいような――


「触ってみな、遠慮はいらねぇ」


「え? い、いや、悪いですよ! こんな貴重そうなモノ……!」


「いいからいいから。ほら!」


 ラウハさんは半ば無理矢理に剣を持たせてくる。

 仕方なく俺は剥き出しの(タング)を握り、眼前に掲げてみた。


 ――その時である。


 俺の両目に――――〝悪魔〟が映った。




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