第40話 それぞれの戦いの終わり
「陣形を崩すな! 気圧されては敵の思う壺だぞ!」
前線へと加勢したクロードは、徐々にだが戦況を覆し始めていた。
予定通り、第二派攻撃を仕掛けた『ヴァイラント征服騎士団』の騎兵たち。
しかしギルベルトという主力を欠いたことと、司令官であるクロードが前線に馳せ参じ指揮系統を一本化したことで事態が変化。
連携の取れた数千数万の歩兵たちによって包囲網はより強固となり、騎兵突撃による強襲戦術が封じられかけていたのだ。
電撃的な速度を殺された騎兵たちは一騎、また一騎と槍衾や弓矢によって命を落としていき、このままならアシャール帝国軍の優勢は確実であった。
「よし……〝魔剣士〟とやらの姿がないのを見るに、あの女が上手くやってくれているらしいな。このままならば――」
クロードは自軍の勝利を確信する。
だがしかし、まさにその瞬間だった。
『ジークリンデ要塞』の上空に閃光が立ち昇り、夜闇の中で要塞全体が照らされる。
「! なっ、なんだ……!?」
クロードを始め、戦場にいる全兵士の視線が要塞へと向けられる。
そして彼らの目に映ったのは――城壁の上に〝ルーベンス王国の国旗〟が立てられる光景だった。
「あ、あれはルーベンス王国の国旗だ……!」
「まさか、要塞が取り返されたのか……!?」
「要塞には大勢の捕虜が……! こ、このままじゃ挟み撃ちに合うぞ……!」
アシャール帝国軍の中で一気に動揺が広がる。
逆に――
「おお……! 味方が要塞を奪還したぞ!」
「オスカー様たちがやってくれたんだ!」
「勝機は我らにあり! 怯むな! 押し返せッ!」
『ヴァイラント征服騎士団』の騎兵たちに士気が戻る。
勢いづいた彼らはここぞとばかりに突撃を敢行。
動揺と混乱で統率が乱れたアシャール帝国軍を、再び蹂躙していく。
「バ、バカな……アベル殿は……!?」
流石に呆気に取られるクロード。
そんな彼の下に、オスカーの下から逃げ出してきた護衛の一人が走ってきた。
「ク、クロード様! アベル様が、あの剣士に――!」
「っ!」
その瞬間、クロードは全て理解した。
此度の戦は――――自分たちが負けたのだと。
彼は悔しさでギリッと歯軋りするが、
「………………ク、ククク……そうか、やってくれたな――あの若造め」
僅かに笑みを浮かべ、心の中でオスカーを称賛する。
クロードには直感的にわかったのだ。
この戦いの結果は、彼がもたらしたものであると。
クロードは跨る馬の手綱を引き、
「――聞け、アシャール帝国の兵たちよ! 我らはこれより戦域より撤退する! 一兵たりとも命を無駄にするな! 全速力で逃げるのだ!」
「は……え……? し、しかし殿は……!?」
「バカ者、奴らの狙いは要塞だぞ? 数で勝るこちらを追撃する道理はなかろうが。要塞内の生き残りは……人道的に扱ってくれることを祈るより他あるまい」
部下の兵士に対し、苦笑気味に言ってのける。
そんな彼の指示を受けたアシャール帝国軍は――まるで雪崩のような敗走を始めたのであった。
「……あの若造、オスカーとか言ったな。この屈辱、墓まで持っていこうぞ」
✞ ✟ ✞
『しぶといですわね、ギルベルト様』
アスモデウスは、感心と苛立ちを綯い交ぜに言った。
彼女の視線の先には、未だ剣を手放していないギルベルトの姿。
しかし――その全身は血に塗れズタズタで、傷だらけだった。
もはや【リジェネ】に使う魔力も【不可視の蛇剣】に回す魔力も残ってはおらず、どう見ても戦闘を続けることなど不可能。
それどころか立っていられるのが――いや、まだ生きていられるのが不思議なほど凄惨な有様だった。
「い……言っただろ……僕は執着心が強いんだよ……」
額から鮮血を流して顔半分を真っ赤に染め、傷のせいで片目も開けていられない。
まるで歩く死体のような姿なのに、それでもギルベルトは倒れないのだ。
アスモデウスは呆れ果てて、
『ダっサいですわね。それに惨めですわ。負けを認められない騎士なんて』
「…………ハ、ハハハ……」
『? なにがおかしいんですの?』
「ああ、そうだな……惨めだよ、僕は……」
ギルベルトは自嘲気味に笑う。
今にも途絶えそうな息を切らしながら。
「お前に裏切られ、騎士団第一位にもなれず、挙句こうして殺されかけてる……。最悪だな、僕の人生は……。クソッタレだよ……」
『……』
「だけどな……それでも僕は諦めないぞ……。騎士という誇り、そして夢がある限り……」
ギルベルトは、一歩大地を踏み締める。
一歩、そしてまた一歩、ボタボタと血を垂らしながら。
「ハハハ……笑いたきゃ笑えばいいさ。でもな、こんな惨めな僕でも……全てを捨てたお前なんかより、ずっとマシさ……!」
『――ッ! 貴――様――ッ!!!』
ギルベルトの言葉に神経を逆撫でされたアスモデウスは、剣を握り締めて今度こそトドメを刺そうとする。
だが、まさにその刹那――
『――――!? アンドロマリウスの気配が……!』
彼女は感じ取った。
自分と同じく現界した悪魔の気配が消失したことを。
さらに、『ジークリンデ要塞』の方角で閃光が打ち上がる。
それによって照らされた光景の中には――ルーベンス王国の国旗があった。
『そんなバカな――! どうして――!』
「……やるじゃないか、オスカーの奴。悔しいけど……流石だよ」
その言葉を聞いたアスモデウスはハッとする。
ギルベルトは私怨に駆られて一騎討ちしていただけではない。
アスモデウスを戦場に行かせないため、時間稼ぎをしていたのだと気付いたのだ。
そうすれば仮に自分が死んでも、戦に勝機があると知って――。
――趨勢は決した。
この戦はアシャール帝国軍の負け。
ルーベンス王国――いや、『ヴァイラント征服騎士団』の勝利である。
おそらく今頃は、クロードが兵を率いて撤退を始めているだろう。
『……』
全て悟ったアスモデウスは、瀕死のギルベルトに背を向けて歩き出す。
「おい……どこへ行く……。まだ僕は……」
『これ以上は時間の無駄ですわ。どうせアシャール帝国軍の負けですもの。運がよかったですわね、ギルベルト様』
つまらなそうに言って、去って行こうとするアスモデウス。
そんな彼女の背中を見て、
「……マリア……! お前は、必ず僕が倒すからな……必ずだ……!」
『……』
ギルベルトの恨み節になにも答えず、アスモデウスはその場から消え去る。
彼女の姿が見えなくなった直後にギルベルトは崩れ落ち、気を失ったのだった。
✞ ✟ ✞
「うっ……! おぇ……ッ!」
戦場を離れたマリアは悪魔化を解き、人間の姿に戻った。
しかしその直後――猛烈な痛みが身体の内部に走り、血反吐をぶちまける。
「あ、あらあら……これが悪魔の力を借りた代償なのかしら……。古代魔術って、可愛くないですわ……」
まるで内臓を鋸挽きされたような感触。
それはマリアがこれまで味わったことのない激痛だった。
ヒュー、ヒューと息を切らし、彼女は痛みを堪えて笑みを浮かべる。
『フフフ……必ず倒す、ですって……? モテる女はつらいですわね……』
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