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第37話 僕より強いかもしれない奴


「ぐ……は……っ」


 腹部に風穴を空けられたギルベルトは、真っ赤な鮮血をボタボタと垂らしながらよろめく。


 それは、一目で重傷だとわかるほどの刺創。

 彼が着る鎧など、薄紙に針を通すように容易く貫かれてしまった。


 だが――それでも即死には至らなかったらしく、意識も保たれている。

 そんなギルベルトを見たアスモデウス(マリア)は少し意外そうな顔をした。


『あらあら、一撃で仕留めたと思いましたのに……』


「な、舐めるなよ……。お前の攻撃なんて、急所を避けるくらいワケないさ……っ」


『ウフフ、流石はギルベルト様ですわ。……でもその傷では、もう動くこともままならないでしょう?』


 腹部からは血を、額からは滝のように冷や汗を流すギルベルトの姿は、どう見ても虫の息。

 まだ立っていられるのが不思議なくらいだったが――


「ク、クソが……!」


 遂に、地面に片膝を落とす。

 激痛と失血により意識が朦朧とし、剣で上半身を支えるのが精一杯だった。


『ああ、凄いですわ。全く本気を出していませんのに、あのギルベルト様を簡単に倒してしまいました。これが悪魔の力なのですわね』


 もはや虫の息となったギルベルトに、アスモデウス(マリア)はうっとりと笑う。


『憐れな人……。でも恥じることはありませんわ。人間なんて、悪魔の前ではゴミクズ同然なのですから』


 そう言い捨てると、アスモデウス(マリア)は夜空を見上げた。

 輝く星々が見える、人間にとってはありふれた光景を。


『ウフ……ウフフ……アスモデウスの魂が、歓喜に震えているのがわかります。幾万年ぶりの地上――今度こそ人間を蹂躙し尽くし、悪魔が支配する世界を築くのだと!』


 マリアの意識に、アスモデウスの感情と記憶が流れ込む。

 それは果てしない喜びと、殺意。

 かつて人間に敗れ、勇者によって魔界に封印された、マリアが知り得るはずのない記憶。


 ――その時、アスモデウス(マリア)はふと気付いた。

 そう遠くない場所に、自分以外の悪魔が現れたことを。


『あら? この気配は……アンドロマリウスかしら? ということは、あのアベルとかいうハナクソ魔術師が死ん――』


 ――言い終えるよりも早く、彼女は視界の端で捉える。

 死に体のギルベルトの腕、いや剣が――動いた。


 空中に飛び上がり、緊急回避するアスモデウス(マリア)

 直後、視えない刃が空を斬った。


『……ギルベルト様ってば、もう死んでいいのに』


「そうはいくかよ。僕は執着心が強いんだ」


 ギルベルトは立ち上がる。

 すると――さっきまで彼の腹部に空いていた風穴は、いつの間にか塞がっていた。


『! 傷が……まさか【リジェネ】!?』


「僕は〝魔剣士〟だぞ? 魔術の心得くらいあるに決まってるだろ」


『……ふぅん。私と別れた後に覚えたのは、剣術だけじゃなかったんですのね』


 気丈に振る舞うギルベルトに対し、アスモデウス(マリア)はすぐに勘付く。

 彼の魔力が、もう残り少ないことに。


 腹に穴が空くほどの大怪我を治癒したとなれば、膨大な魔力を必要とする。

 加えてギルベルトは治癒師(ヒーラー)ではない。

 慣れていない魔術に魔力が割かれれば、【不可視の蛇剣(インヴィジブル・ギャリエント)】の斬れ味と攻撃範囲が減少するのは必須。

 やはり状況に変わりなし――


『でも無意味ですわよ。どうせ私には勝てませんし、たった今、『ジークリンデ要塞』周辺に他の悪魔の転生も確認致しました』


 アスモデウス(マリア)は肉の塊のような剣を持ち直し、ギルベルトへ向ける。


『今頃は鏖殺が繰り広げられていることでしょう。この戦、『ヴァイラント征服騎士団』の負けですわ』


 ――もっとも、アシャール帝国軍も甚大な被害が出るでしょうけれど。


 そう思っても口には出さないアスモデウス(マリア)

 それは、できるだけギルベルトに絶望を感じてほしかったためだが――


「――へぇ……『ジークリンデ要塞』に、ね」


 ギルベルトは、不敵な笑みを浮かべる。

 

「そのもう一体の悪魔(・・・・・・・)ってのは、お前より強いのか?」


『……? いいえ、強さは私の半分以下でしょうね』


「そうかい、それを聞いて安心したよ」


 ギルベルトは――剣を構える。

 そして残りの魔力を全て【不可視の蛇剣(インヴィジブル・ギャリエント)】に注いだ。


「あそこには今――僕より強いかもしれない(・・・・・・)奴がいるからね」



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