第34話 クっっっソ面倒ですわ
「ぐ――――が――――っ」
身体から血飛沫を上げ、アベルが倒れる。
完全に勝負あった。
「ア、アベル殿! 貴様――!」
「死んでないよ」
アベルの敗北を目の当たりにした護衛二人に対し、俺は言う。
「失神する程度のダメージは与えたけど、致命傷にはしてない。縫合すればすぐくっ付くように加減しておいたから、安心しろ」
「なっ……そ、そんな器用なことできるワケ……」
「? できるだろ、アンタたちだって剣士なんだし」
「っ……!」
何故か怯えるように引く二人。
そんなに難しいことはしてないんだけどなぁ……。
こう、クイッとやってズバッと斬るだけだし……。
まあ、そんなの今はどうでもいいか。
「――」
「アベル……」
白目を向いて地面に横たわる兄の姿に、俺はなんとも言えない気持ちとなる。
この傲慢な兄に一矢報いてやったぞ、という気持ちはないでもない。
だが保身のために売国奴となった彼の姿など、決して見たくはなかった。
……これで名実共に、ベルグマイスター家は終わりだな。
貴族の席からも抹消されることだろう。
もっとも、追放された俺にはもう関係ないことか――。
「……もうすぐ仲間が捕虜を救出し、要塞を取り戻す。投降しろ。でなきゃアンタらも――」
護衛二人に向かって言い放とうとした――その時、
「う……が……ぁ……」
気絶しているアベルの身体が、まるで痙攣するようにビクビクと震え始める。
さらに――首から下げていた見覚えのないタリスマンに、怪しげな光が灯った。
「ぎ――ぎゃあああああああああああああああああッッッ!!!」
直後、絶叫。
そしてタリスマンからヘドロのような魔力が噴出し、身体を覆っていく。
その光景は、まるで身体が魔力に喰われているようでさえあった。
アベルも途方もない激痛を感じているらしく、擦り切れるような悲鳴が木霊する。
魔力は瞬く間にアベルの全身を覆い尽くすと――そこに立っていたモノは――
「こ――こいつは――ッ!?」
✞ ✟ ✞
オスカーとアベルたちの状況が急変していた、丁度同じ頃――
「きゃあ!」
ギルベルトの攻撃を受けたマリアが弾き飛ばされ、地面にお尻を叩きつける。
「……ほら頑張れよ、この裏切り者」
湧き上がり続ける怒りと殺意のまま、ギルベルトは剣を揺らしながらマリアへと近づいていく。
「どうした、あぁ? もっと本気でやれよ。腕が鈍ったか?」
「いやですわ、ギルベルト様ったら。私ではなく、あなた様がお強くなられたのではなくて?」
「それはそうだ。あれから一年、ずっとお前のことを考えて修行してきたんだからな」
ユラリ、とギルベルトの剣が揺らめく。
月光が反射する刃から、マリアは片時も目を離さない。
「なるほど……。通りで、一年前より挙動のバリエーションが増えているワケですわ」
「お前は僕の魔剣をよく知ってるからな。対策するのは当然」
ギルベルトが軽く剣を振るう。
すると彼の周囲に生えていた木々が、まとめて斬り刻まれた。
「この〝魔剣士〟ギルベルトの魔術【不可視の蛇剣】は、魔力を剣にまとい変幻自在に斬り刻む。その攻撃範囲は最大4メートル。つまりお前は今も僕の間合いにいるんだよ」
「……けれど鞭状の魔剣を操るには予備動作が必要であり、動きが読まれやすく隙も大きい――それが私の知ってるあなた様でしたのに」
マリアはどこか懐かしみつつも、やれやれと肩をすくめる。
しかしすぐに目つきを鋭くさせ、
「今は刺突かと思えば斬撃が飛び、また似たような予備動作をとった時はさらに異なる攻撃が飛んでくる。しかもそれは、どこからくるのかわからない――。予備動作に一貫性がないなんて、なんとイヤらしいのでしょう」
「修練を積んでこれができるようになるまで、そんなに時間はかからなかったよ。なにせお前を殺したい一心だったからな」
ギルベルトはニヤリと余裕ある笑みを浮かべ、マリアを見下す。
「攻撃が読めないってのは厄介だよなぁ? どうだ、新しい【不可視の蛇剣】の味は?」
「ええ……本当にクっっっソ面倒ですわ」
初めて引き攣った笑いを見せるマリア。
だが、それも一瞬のことだった。
「――やっぱり、ギルベルト様にはコレを使わないとかしら」
そう言って――マリアは首から下げたタリスマンに手を掛けた。
瞬間、タリスマンからヘドロのような魔力が噴き出る。
「! 魔力!? 一体なにを――!?」
「ねえギルベルト様……〝古代魔術〟って、ご存知?」
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