第32話 正直、避けるまでもない
どうにか上手くいった。
騎兵を囮にした潜入工作。
目論み通り彼らがアシャール帝国兵の注意を惹いたことで、要塞内の兵士を外へ送り出してくれた。
お陰で要塞内の警備はすっかり手薄。
一緒に潜入した仲間たちも捕虜を解放して回っているはずだし、遅からず反攻の狼煙も上がるだろう。
そして最後に――俺が司令官を倒せば、王手だ。
「アンタがアシャール帝国軍の司令官だな?」
「……如何にも。我こそアシャール帝国遠征軍総司令官、クロード・カステン。貴様の名は?」
「俺はオスカー・ベルグマイスター。『ヴァイラント征服騎士団』の新米騎士だ」
「ベルグマイスター……? まさかアベル・ベルグマイスターの手の者か!?」
俺の名前を聞いたクロードは驚いた顔をする。
まあ、この要塞の司令官と同じ姓を名乗れば、そう思うのも無理ないか。
でもなんで父親じゃなくて兄の名を出したんだろう……?
「いや、残念ながら無関係だ。俺はベルグマイスター家を追放された身だからな」
そう言って、俺は剣の切っ先をクロードへと向ける。
「クロード・カステン、アンタをここで捕らえさせてもらう。大人しく投降してくれるなら、悪いようにはしない」
「……そう言われて、我が素直に従うように見えるとでも?」
「いや、言ってみただけだ」
「フッ、胆力やよし。優れた剣術といい実に見所のある奴だ。しかし――」
クロードを護衛する兵士たちが剣や槍を構え、俺の前に立ちはだかる。
さっき二人倒して、残り四人。
全員が物々しい重鎧をまとい、猛者オーラを放っている。
恐らく彼直属の護衛隊なのだろう。
「惜しいかな、それは若いが故の無謀さというものよ」
さらにクロードも剣を抜く。
状況は五対一。
普通に考えれば、こちらに勝ち目などないように思えるが――俺はあまり不安を感じなかった。
この護衛たち、弱くはないが――そこまで強くもない。
体勢・重心・握り・息遣い・足取り――隙がないように見えるけど、どう動くが簡単に予測できてしまう。
たぶん全員分の戦力を足してもリーゼロッテの方が強いだろうな。
確かに威圧感はあって怖いけど。
ただ司令官のクロード、彼はもう少し強い。
注意して――
「――ッ!?」
俺も剣を構え直そうとした、その時だった。
遠方から――巨大な火炎球が飛んでくる。
瞬時に回避すると、火炎球は地面に当たって爆発を起こした。
もし直撃したら身体がバラバラに吹っ飛んでいただろう。
俺は、その火炎球に見覚えがあった。
アレは――ルーベンス王国の魔術だ。
「――避けられたか。鼠らしく鼻が利くようだ」
「ア――アベル――ッ!」
俺の前に姿を現した魔術師は、なんと兄であるアベル・ベルグマイスターだった。
向こうは初め俺だと気付かずに魔術を放ったようだが、すぐにこの顔を認知する。
「おや……? 誰かと思えば、ベルグマイスター家の恥晒しではないか」
「アベル殿、どうやらあの若者は貴殿の身内のようだが……」
「存じません……と言いたいところですが、残念ながら私の元愚弟ですな」
アベルはため息交じりにクロードを見て、
「……手引きしたと疑われますか、私を?」
「…………ああ、正直に言えばな」
「いいでしょう、では疑惑を晴らすため――あの狼藉者は私が始末致します」
「! 貴殿、本気で言っているのか?」
「無論、私は既にアシャール帝国の人間ですので。クロード様は将兵の指揮へご専念ください」
「……」
クロードは少し悩んだようだったが、すぐに手綱を引いて馬を正門へと向ける。
「部下二名を護衛に付ける。任せたぞ、アベル殿」
クロードは護衛という名目の監視を残すと、残りの護衛と共に要塞外へ駆けていった。
残された俺たち兄弟。
俺は流石にわけがわからず、
「アベル、どういうつもりだ!? アシャール帝国に裏切ったのか!?」
「……口の利き方に気を付けろよ、ゴミが。私がこうなったのも、全てお前のせいなのだぞ?」
チッと憎たらしそうにアベルは舌打ちし、俺を睨みつけてくる。
「お前が『ベッケラート要塞』で功績なぞ上げたせいで、私とあの豚はこんな辺境まで送られることになったのだ! お前さえいなければ、私の将来は安泰だったのに!」
「な、なにを言って……?」
「魔術も使えぬ無能が、賢才たる兄の足を引っ張るなど言語道断! ましてやこんな所にまで現れて、どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのだ!? 恥を知れ!」
あまりにも身勝手な言い分を叫んだアベルは、ゆっくりと両腕を掲げる。
すると右手周辺には大量の氷柱が、左手周辺には複数の火炎球が発生。
全く異なる魔術を同時に制御、か――。
流石はルーベンス王国指折りの魔術師と呼ばれるだけはある。
「貴様は、この稀代の魔術師であるアベルが直々に手を下してくれる! さあ、私との才能の差を存分に悔しがって――死ね!」
氷柱と火炎球は、俺目掛けて一斉に放たれる。
それは点ではなく面の攻撃であり、まさに弾幕。
これだけの範囲攻撃なら、回避などできないと思ったのだろうが――正直、避けるまでもなかった。
俺は、剣を振るう。
刹那――全ての氷柱と火炎球は、一瞬で弾き飛ばされた。




