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第29話 かつて愛し合った仲ではありませんか


「……そろそろ頃合い、かな」


 剣で敵兵を斬り倒しつつ、ギルベルトは呟く。

 『ヴァイラント征服騎士団』の騎兵たちが攻撃を仕掛けてからしばらく時間が経過し、蹴散らした敵の数も相当なモノに上るだろう。


 だが時間が経過するということは、敵も態勢を立て直し始めるということ。

 アシャール帝国軍の動きは徐々に統率が取れ始め、後続の兵団が左右に展開を初めている。

 明らかにギルベルトたちを両翼包囲しようとしているのだ。


 相手が数で劣るならば、包囲殲滅は基本中の基本。

 いくら機動力があり強力無比な騎兵たちであっても、数万の歩兵に囲まれては太刀打ちできない。


 しかし――ギルベルトはこのタイミングを待っていた。


「よし、一度撤退だ! 全速力で逃げるよ!」


 これまでの快進撃から一転、ギルベルトは馬を翻して――逃げる。

 それに続き『ヴァイラント征服騎士団』の騎兵たちも彼に続き、一目散に逃走を始めた。

 その勢いは脱兎の如くである。


「て、敵が逃げるぞ!」


「追え、追え! 逃がすな!」


 突然の逃走に、アシャール帝国軍の兵士たちは大慌てで後を追う。

 形成しかけていた包囲網は崩れ、両翼展開していた兵士たちはギルベルトらを追いかけるが――そのせいで、左右に広がっていた兵団が一点に集中し始める。


 ――『ジークリンデ要塞』は目の前こそ平原だが、少し離れれば森、山、あるいはなだらかな丘に囲まれている。

 つまり高低差が生まれやすく、緩い谷が無数に出来ているのだ。


 そんな場所に逃げ込んだ騎兵を、大勢で追いかければ――谷の中で兵が渋滞を起こし、せっかくの大兵力が全く生かせなくなる。


 その結果――


「――今だ! 放て!」


 彼ら目掛け、一斉に弓矢が放たれる。

 丘の上に隠れていた『ヴァイラント征服騎士団』の弓兵・歩兵併せて二千九百余。

 弓兵は谷間目掛けて矢を浴びせ、残りの歩兵は石つぶてなどを投げ付ける。


 そう――アシャール帝国軍の兵士たちは、ここまで誘い込まれたのだ。


「う、上だ! 上に敵が――ぎゃあッ!」


「お、落ち着け! 兵力はこちらが――ぐああッ!」


 頭上から降り注ぐ矢と投石に兵士たちは次々と倒れ、アシャール帝国軍は混乱と絶叫の中で敗走していった。


「よし、まず初手は成功――と言ったところかな」


 ニヤリと笑うギルベルト。

 今回は完璧に彼の戦術勝ちであった。


「丘を回り込んだら、すぐに次の攻撃に入るよ。これで敵の注意は完全に僕らへ向いた。今頃オスカーが準備をしてるはずだから、僕らに合わせて――」


 ギルベルトは部下に向かってそう言おうとする。

 しかしその最中――視界の端で、こちらに歩いてくる人影を捉えた。


 それは、気配を隠そうともしない。

 同時に――尋常ではない殺気。


「――! 誰だ!?」


「誰だ、なんて寂しいですわね。この声(・・・)を忘れてしまわれたのかしら?」


 黒いコートで全身を覆い、フードで顔までも隠した怪しい人物。

 その背丈は低く、甲高い声は少女のよう。


 そんな彼女の声に、ギルベルトは聞き覚えがあった。

 忘れてなどいない。

 否――忘れられるはずなどなかった。


「お……前……」


「貴様、アシャール帝国軍の手の者か!? であらば容赦など――――かひゅ?」


 騎兵の一人が、突如現れたコートの女を威嚇した――その刹那、彼の上顎と下顎は血飛沫と共に分離。

 ぐらりと死体が馬から落ちると共に――糸で繋がれた短刀が、コートの女の手に戻ってくる。


「どうかしら? この技(・・・)を見ても、まだ思い出せない?」


「……」


 ギルベルトは俯いたまま、ゆっくりと馬を下りる。

 そして振り向くことなく部下の騎兵たちに、


「……お前たちは、予定通り二度目の攻撃を行え。コイツは僕が殺る」


「ギルベルト様、しかし――!」


「いいから行けよ。コイツと、二人きりにしてくれ」


「りょ、了解……」


 『ヴァイラント征服騎士団』の騎兵や歩兵たちは、ギルベルトを一人残して走り去っていく。


 二人きりになったギルベルトとコートの女。

 ――徐々に、ギルベルトの剣を握る手が震え始める。


「嬉しいですわギルベルト様。まさかこんなところで、あなた様と再会できるなんて」


 コートの女は、頭を隠していたフードを払う。

 同時にコートも脱ぎ捨て、その姿をギルベルトの前に露わにした。


 絶世の美女。

 いや、絶世の少女。


 赤毛が混じった、長く美しい金色のツインテール。

 生を感じられないほど病的に白い肌。


 緑玉色の瞳には狂気が混じり、口元は常に笑みを浮かべ、表情からは思考の一切が読み取れない。

 華奢な身体には軽鎧が備わっているが、その程度では隠せないほど蠱惑的で扇情的なプロポーション。

 もし彼女に言い寄られたなら、世の男たちは喜んで全てを差し出すだろう。


 元『ヴァイラント征服騎士団』第四位(ナンバーフォー)、マリア・ルエーガー。


 その両手に握られる得物は、柄尻を糸で繋げられた禍々しい短刀(サクス)


 彼女の印象をあえて一言で表現するなら――――〝毒〟。

 それも抗えない魅力を醸し出して得物を引き寄せ、存分に苦しませてから殺す猛毒だ。


「せっかく一年ぶりに会えたのに、なにか言ってはくれませんの? 私が『ヴァイラント征服騎士団』にいた頃は――――あんなに深く愛し合った(・・・・・)仲ではありませんか」



「マリア…………マリア・ルエーガアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」



 空気を裂くようなギルベルトの怒号が、夜空へ木霊する。

 その一声は、彼が持ち得る全ての怒りを込めたモノだった。


「この裏切り者め……! よくも……よくもよくもよくも、よくもおめおめと、僕の前に出てこれたなァ! 『ヴァイラント征服騎士団』の誇りと! 僕の気持ちを! 踏みにじったくせにッ!」


 ギルベルトは剣の切っ先をマリアへと向ける。

 そして血走った目で、戦闘態勢へと入った。


「ようやく、ようやくお前を殺せる! この日どんなに待ち侘びたか! さあ行くぞ、マリア・ルエーガーッ! 僕の魔剣で――惨めに――――死ねッ!!!」


「あらあら。ギルベルト様ったら、恋人だった頃から変わらず情熱的……♪」




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