飛狐の力
飛狐は二本の刀をばねを最大限使いながら蛇の太い胴体に叩き込む。
だが―――、
「おろっ?」
一寸ほどしか刀は入らず飛狐の体は空中で止まった。飛狐の体幹が成せる技だが――
「うわぁぁぁぁ!」
「なぁぁぁぁぁ?!」
――今回ばかりは悪手となった。
蛇が尾を振り飛狐を狙う。……拓夢ごと。
最初から狙っていたかのように飛狐と拓夢の頭がクリーンヒット。
「いっつ~~~~ッ! おい飛狐!」
「なんじゃその言い草は! ちょーっと固くて手間取っただけじゃろうが!」
頭をさすりながら飛狐が立ち上がる。拓夢は逆さ吊りにされており顔が真っ青。
「うっ……。気持ちわりぃ……。た、たすkkkkkk」
「えちょ、き、気をしっかり持て! もうちょっと、もうちょっとだけの辛抱じゃ」
わたわたと拓夢を気遣う飛狐。心配そうにきつね色の耳が揺れている。
悩んでるそぶりを見せると、飛狐はぱんっと自らの頬を叩き刀を逆手で持つ。そしてそのままザッと地面に突き刺した。
「これだけは使いたくなかったのじゃが……。力を使いすぎるとあとあと辛いのじゃ……。それに……」
「うっ……は、吐くぅ」
「うぅっ……」
蛇は尾を往復させ拓夢をシェイク。逆さ吊りのジェットコースターがそこに出来上がっていた。
飛狐やれやれといった感じに頭を振ると両手を合わせ合掌する。そして。
「我、狐の神が妖素の精に申請する。我が体にその身を預け霊気を吸う悪物を共に祓い給え。さすればしばしの安寧を約束しよう」
厳かさを纏い唱え始めた。
灰色の世界に入った時と同じようにぼぼぼっと紫の炎が周りを漂い始める。
そして―――、
「纏え!」
飛狐の喝と共にその炎は飛狐の体に向かって動いた。焼き尽くさんとばかりに飛狐の体を纏わりつく。
蛇の妖夢はその赤い目を爛々と輝かせてその様子を見守っていた。尾を振るのをやめただじっと見つめている。ちなみに拓夢の下にはドロドロとした液体が落ちていたがそれは言うまい。
十数秒ほど纏っただろうか。
飛狐が腕を横に振ると燃え盛っていた紫の炎は消え失せ中から無傷の飛狐が現れる。
髪をくすみない白に変えて。
飛狐はそれを確認すると体を見やる。そして顔をしかめた。
「だから嫌だったのじゃ。服が……また買い替えねばならぬではないか」
一切の汚れがなかった巫女服は、さっきの紫の炎に焼かれ、中から飛狐の絹のような素肌が見え隠れしていた。
中に着ていた薄手の巫女服は飛狐の加護で無傷だが、振袖だけが残っているその姿は逆に色香をも魅せていた。
「この変態妖素どもが……。いっつもいっつもこの格好にさせおって……」
ぶつくさと文句を垂れる飛狐。顔を上げると目に入ったのはすがすがしい顔をした拓夢の姿。拓夢の口元は濡れていて、……滴っていた。
「遅いよ……飛狐。もう俺お嫁にいけなくなっちゃ―――」
「おぬしは男じゃから問題ないじゃろ」
刺していた刀を手にし片方は逆手で持つ。
それを見た蛇は興奮状態になり牙を向けて吠える。
だが飛狐はそんなものなかったとでも言うように悠然とした態度で構えた。
「数刻で決着はつく。がまんせい」
その言葉を合図に飛狐は先ほどまでとは比べ物にならないスピードで駆けた。蛇はそれに合わせるように拓夢を放り投げる。
飛狐は「すまんっ」と避け、さらに空中で拓夢を踏み台にして加速した。「ぶへっ」と拓夢が勢いよく地面にぶつかるが華麗にスルー。
そして飛びながら横に回転すると、遠心力そのままに蛇の両目をつぶした。
「ギィアアオオオオォォォォォォ!!」
「がまんせい。すぐに眠らせてやる」
我慢など妖夢にあるはずがない。蛇は尾を先ほどよりも勢いよく振りかまいたちを何重にも放った。回避不可能とも思える風の刃が飛狐を襲う。
だが飛狐はそれを信じられないスピードで回避した。
巫女服の袖を一片たりとも斬らせない。ジャンプした時に遅れて舞う袖までも計算のうちに入れ回避しているのだ。
「その尾は邪魔じゃの。悪いが斬らせてもらう」
目の光の残像を残し瞬発力のみでかまいたちを回避。そして音もなく尾を切断した。
切り口からは血、ではなく妖素がふんだんに漏れ出している。
「どうじゃ拓夢! 我の力を見たか!」
ニッとVサインを拓夢に向ける飛狐。
だが―――、
「詰めがあまいバカ! 片目回復してるぞ!」
「ほぇ?」
潰したはずの目が片方のみ爛々と輝いている。片方に力を集中させ意識的に治したのだ。妖夢には珍しいほど知能が高い。
(まずい!)
普段のぬけ具合が仇となったのか飛狐は切断された尾で叩かれる。しなりが無かった分まだ衝撃は少なかったが飛狐の体が飛ばされた。
とっさに受身を取ろうとするも満足にはいかない。
「飛狐!」
「大丈夫じゃ。ちょっとかすった程度じゃ。なにも心配はいらぬ」
蛇は尾と片目から妖素を漏らしながら飛狐を見やる。治癒した片方の目が爛々と光っていた。
飛狐はよっと声をあげて立ち上がると刀を構える。本当にかすり傷だったようで動きは安定しているが、飛狐の目は一点に集中していた。
「目に紋様があるの」
片目に花が咲いたような紋が描かれていたのだ。
紋強化。稀に妖夢が自分の力を底上げするために会得している一種の術だ。それを使用しているときに出るの紋様だった。
「まずいな」
「まぁ、我にかかれば問題はないから大丈夫じゃ」
そう言うがはやいが飛狐は走り出すと回転しながら胴体を切りつける。切り口から妖素があふれ出るが斬ったそばから回復していくのできりが無い。
まずい。そう表情にでたそのときだった。
「飛狐! 飛べ!」
「―――ッ!」
その声を聞いた飛狐は屈み―――全力でジャンプした。飛び上がった瞬間足の先を矢が通り過ぎていく。
その矢はそうなるのが当然のように目に刺さる。そして、
「シャアアアァァアァァァァ!」
電撃が走った。目から波状に妖素が相反し光が生まれる。
「行け! 飛狐!」
「助かる!」
飛狐は重力と遠心力を巧みに使い勢いをつけると、両方の刀を蛇の首に叩き込んだ。ザンッと肉と骨を断つ音が響き、飛狐が着地した瞬間首が落ちる。
そして地にその首が落ちる前に妖素と変化して消えた。
★★★★★
「先は助かったぞ。ありがとうなのじゃ」
「別にいい。これで稲荷ずしの件はチャラに―――」
「―――はさせん。それはそれこれはこれじゃ」
飛狐は可愛らしい口を大きくあけ、にかぶりつく。
ちなみに肌色多かった衣類はというと、拓夢が家から稲荷ずしを取ってきている間に、ごそごそと寺の本殿から取り出した巫女服のスペアを着ていた。
飛狐いわく、「エロ妖素どもが文句を垂れている」そうだが。
「これじゃこれ。この味じゃ~」
「よかったな」
「しかしよく持ってたの。こんなに足の速い食べ物。保存するの大変じゃろうに」
「……まあ色々な」
言葉を濁す拓夢。それを怪しいと見た飛狐は拓夢の顔を覗き込んだ。ひょこひょこと狐の耳を模すように結った髪が拓夢の頬をこそぐる。
「なにじゃ。ほれ、神様に言うてみぃ」
「いやだ!」
「じゃなきゃ心に直接聞くぞ!」
「出来ないくせによく言うわ」
「なぬ~~~~~!」
足をじたばたさせ、なにがなんでも聞こうとする飛狐。それを見た拓夢はため息をつくと境内に寝っころがった。
「これっ。境内で寝るな」
「その稲荷ずしな」
「? なんじゃ」
「俺が作ってんだ」
「……ん?」
目を丸くして首をコテンとかしげる飛狐。その顔は少女らしく可愛いが拓夢は顔を背け空を仰ぎ見る。
「俺本土にいたとき修行していてだな、それで作れるんだ。い、言っとくがそれ作るの大変なんだぞ! だから我慢してくれ」
「これは本土の高級稲荷ずしでは、ないのか?」
「うっ……」
衝撃を受けた風に問われ言葉を詰まらせる拓夢。
だが杞憂だったようで飛狐は目をパーッと輝かせて頷いた。
「そうかそうか! こんなうまいのおぬしが作っておったのか。すごいのぉ~、本当にうまくて気づかなかったのじゃ!」
「………怒ってないのか?」
「神をだましたことに対しては怒っておる。だが限りある時間のなか作ってくれたことには感謝を示すのが礼儀じゃ。ありがとうの。拓夢」
そういうとはむはむと美味しそうに稲荷ずしをほお張る飛狐。それをみて一息ついた拓夢はさっき蛇の妖夢が落とした宝石をしげしげと眺めた。
「これはなんなんだろうな」
「そうじゃな。これから厄介なことになるやもしれん。だが」
そう言った飛狐は稲荷ずしを口に放り込んで飲み込むと笑顔で言った。
「我と拓夢なら大丈夫じゃ。一緒に頑張ろうの!」
「……ああ! 飛狐はドジ踏むなよ」
「なぬ?! あ、あれはたまたまなのじゃ! そう何度も同じドジは踏まん! ……なんじゃその疑った顔は。こら拓夢――!」
午前四時。そろそろ一番鳥が鳴く時間。
神社の境内にはちょっとばかり早い朝日が映し出した影が仲良く並んでいた。
――――――了
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