ローマのコロッセウムで恋と自由を求めてはいけないだろうか
「オラァさっさと死ねぇ!」
大剣を横薙ぎ、上半身の血だらけの精悍な男が血飛沫を吐きつつ、その眼光を鈍らさない。
その対峙している男は反対で黒髪に黒い瞳の中肉中背の見ずぼらしい男である。
「おめぇ最近やたらと目立つよな……王に気に入られて嬉しいか?」
熱気の帯びたコロッセウムで男は黒髪の彼に怒鳴る。
黒髪の男は少し刀身の曲がる北方の刀剣を頭上まで抱え、腰を低くし、狙いを定める。
「くそっ俺様と話す気ぃはねぇのか?!俺がお前に劣るというのか?!俺様はこれでもスパルタの戦士!幼い頃のミルクを飲んでたおめぇとは違ぇ!」
すかさずーーー
男は大剣を振り上げ、そのまま間合いを縮め、トドメを刺しに行く、
「お前は重心が前のめりすぎるぞ……少し変えるべきだ」
拙い言葉を話すと、彼は足で男の腱を蹴り、倒れる男の首筋にその北方の剣を添える。
実に、静寂で凪のような一瞬である。
コロッセウム内では誰もすら息を止めて、見つめる。
うおおおおぉと誰が最初に言い始めたのだろう……
コロッセウムを中心の観客の歓声が響き渡る。そして、ローマ全体にすら届く。
「はぁはぁ、殺せ……」
血の気の含まれた唾を吐き、男は息を途切れ途切れで言うと、
「いや、お前は死なん。」
と無情にも黒髪は言う。
「なんだと?情けのつもりか?俺はスパルタの兵士だ!負けたら自害するのが道理だ。だけど敵の手で殺されってのも名誉のあることだ。だから、もしおめぇさんが情けをかけようなら俺を殺せ…」
「敗者は黙れ……」
刀身を目の先まで伸ばされ、黒瞳に力が入り、無言の圧力がひしひしと伝わる。
「わしは殺生を好まん。」
パチパチパチと賞賛の拍手が響き、
金髪で爽やかな端正な顔持ちの彼が出てくる。
歳を20すらない届かない現皇帝トラマヌスである。圧倒的な戦力で領地を広げ、この地を支配する唯一無二の王
「その敗者の首を落とす。これを反対する人はいるかね……」
愛しい民たちの返答にはもちろんない。
遊び人で残酷な王に逆らう市民は1人もいるはずがない。居ても狂人だけである。
「わしの意見を申してもよろしいでしょうか?」
黒髪が口を開く。
「ほう、申してみよう。」
「この男に見所がありますゆえ、わしが鍛えたいのですが、命を留めてもよろしいでしょうか。」
「もちろんだ、勝者である君が正しい、では彼の生殺与奪の権利を君に渡そう。」
観客達がざわめく、もちろん、殺さないことは珍しい、だけど、ここ最近では日常茶飯事のように毎日ように彼が対戦相手の命を庇っている。
観客達の多くは血を求め、非日常に飽きた人々ばかりである。
よって、彼らはこんなことを許しはしない。
誰だろうか……王にも恐れずにコールを上げたものは……
「殺せ!殺せ!殺せ!」
するとたちまち、民衆にその熱狂的なコールが響き渡り伝染する。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
延々と続くコールを五賢帝であるトラヤヌスが聞くと、申し訳なさそうに黒髪に言う。
「すまないが、そいつを殺してくれないか。民の娯楽は重要である。奴隷1人の命に比べては安いものだ。」
黒髪は少し考え、波のひとつ起こさぬその静まった声で言う。
「それはできぬ願いです。御方が王であれば約束というもの大切にしてください。」
トラヤヌスは顔を顰めて重い空気を纏わせて言う。
「では君の命と彼の命どちらが重い?」
「両方であります。」
「ふん、では来週の太陽が沈む頃にお前とそいつで俺が選んだ猛獣と戦ってもらおう。」
「理解致しました。」
重々しく黒髪は頭を下げ、お辞儀をする。
観客はそれを知り、大いに喜ぶ。これで来週は必ず血が見れる。
トラヤヌスはが言ったのはほぼ不要となった剣闘士を殺すための常用句である。
来週に期待を膨らませ、観客たちが去ったこのぽっかりと空いているコロッセウムで、
「なんで俺様を助けた?お前には感謝しねぇぞ?」
男は声を荒らげて話す。
「わしはお前のような有志のある倅には死んで欲しくない。」
黒髪は続けて言う。
「来週には虎や獅子と死闘を繰り広げる可能性が高い。体力を温存しろ。」
男は少し頭をがむしゃらにかき挙げると、言う。
「俺様の名前はスパルタクスってんだ。よろしくな黒髪の坊主。」
黒髪は少し目をつぶり、
「わしは、俵五郎だ。よろしく頼む。」
2人そのままローマの冷たい夜を同じ牢屋で過ごす。
朝になると、
剣戟の音が聞こえる。体格の最も違う二人がぶつけ合う。
剣と剣を交えながら、頭でぶつけ合う、一見殺し合いのようにしか見えないが、これは訓練でしかない。
「なぁ、黒髪ぃおめぇなんか夢とかねぇか?」
「わしただ強さを求めている。」
「はぁ?おめぇ十分強ぇぜ。なぜそこまで拘るんだァ?」
「それ以外何も無いからだ……」
「馬鹿言え!おめぇはこの世の娯楽に疎いだろ!女ぁ酒ぇたっくさんあるぜ!」
血管が浮き彫りになるゴツゴツした手を大きく掲げスパルタクスは大声で言う。
「俺様はそれ全て手に入れてぇ!最終的には自由に生きる!」
周りの剣闘士がこちらを向く、
「辞めるんだ。恥を知らんか。」
「おっとすまんすまん、へへへへっ昂ちゃった。」
舌を出し笑う厳つい彼を見て俵五郎は頭を押え、そして、ボツボツと語る。
「わしは幼少の時から剣しか知らん。なんにもなかった俺は親父に剣を持たされ、それを振るい続けた。それゆえ何も興味はない。」
「そりゃ人生損したもんだなーおめぇ街に出たことねぇか?」
そしてスパルタクスは小声で俵五郎の耳元に声をかける。
「実はよ、牢獄でちいせぇ洞穴を見つけたんだ。おめぇもし良かったら俺と抜け出してみねぇか?
そして、おめぇは派手な娯楽を楽しむんだ。それでいいな。」
俵五郎は少し考え、了承する。
「この世の娯楽に触れてもいいかもしれん。またしても西の国の娯楽は唆る。」
「そうと来たら決まりだ。俺と今夜抜け出そうぜ!」
夜になると脱出が決行される。
ケツのでかいスパルタクスは出るのに苦戦をしたものの抜け出すことはできた。
夜に輝くローマの街並み。ロウソクや松明に照らされ。酒屋が賑やかな雰囲気に充満される。
ローマの平和という名のもとに繁栄をしている街に2人の薄汚い格好をした身長差のある2人組が現れる。
だがーーー
騒がしい夜のおかげ誰にも気に止められない。
「よっし!俺様と一緒に飲もうぜ!」
そうやって俵五郎はスパルタクスに担がれながら酒屋に突入する。
煤の匂いとミルクのたっぷり入っているまろやかなシチューをの飲み、パンを頬張るスパルタクスと酒を一口の飲む俵五郎。
彼ら二人は他愛のない会話をし、夜の幕を閉じた。
既に二人は命を共にした同志である。彼ら互いに認めあっていた。
次の日も次の日も同じ事の繰り返し、気づけば5日が過ぎ、あともう少しでコロッセウムでの戦いが近づいてくる。
そんな彼らは能天気に夜の街を歩く、
「なぁあんた怖くねぇか?」
「虎の1匹2匹じゃな相手にならん。くまを連れてこい。」
スパルタクスは口をとがらせ
「ひゅーさっすがー五郎かっけぇな!」
「スパルタクス殿も余裕であろうことに」
そう言って二人は笑う。
すると、前から麗しく白い肌に艶のある金髪の女性が勢いよく走って来る。
後ろから髭を生やした彫り深い青い目のおっさんが麺棒をもって走ってくる。
俵五郎はすかさずおっさんの首筋に手刀を打ち込む。
そして、女性を連れて走り出す。
スパルタクスもよく分からないまま着いていく、
「おい!大丈夫かよ!王にバレたら大変だぜ?」
「確かに大変だな、何も考えていなかった……」
「五郎らしくねぇぜ?」
スパルタクスは少し戸惑う。女性は五郎に感激の涙を流しながら感謝していた。
「本当にありがとうございます。じゃないと私殴られ、倒れる凍え死ぬところでした。」
よくよく見ると彼女は見ずぼらしい格好をしていて、所々に黒い汚れらしきものが付いていた。
「俺はお前を助けてやろう。」
五郎は自分でもなぜ自分はこの女を助けたいとは思わなかった。
だけどただの哀れみだけではない。
理由はあるがそれがなんなのかも分からない。
だけど、彼女を助けた後にいずれわかるだろうと感じている。
「お前は何を望む?」
彼女は戸惑いつつも答える。
「自由が欲しい。貴族の奴隷じゃなくてただの市民としての自由が欲しい。」
「わかった。それを叶えよう。」
それを聞いた女性はよく分からないまま離れていく。
スパルタクスは驚き、そして俵五郎に言う。
「おい、五郎おめぇその女に一目惚れしてんのか?」
「いや、どうだろう……」
その夜は五郎は一睡もできなかった。
朝になると、俵五郎はトラヤヌス王に謁見した。
輝く黄金出できた台座に座る小綺麗な彼と俵五郎はまさに両者の身分を明確にするものであった。
「何をしに来たのだ?」
「わしは願いを頼みに来ました。」
王は目を細め、面白がるように言う
「申してみよう。」
「このローマの奴隷全てに市民権をお願いします。」
王は腹を抱えて、爆笑する。まるで世にも奇妙な生物を見るかのように
「ほう、いいだろ……では来週の戦いで俺は虎を6匹出す、そしてお前は片手を縛り挙げられた状態で戦え、
それでいいな。それで勝てたら神のご意志である。お前の願いを叶えよう。」
「かしこまりました。」
そう言って俵五郎が退場すると、王は1人ので陰湿な笑みを浮かべるのであった。
ついに迎えた最終日。
俵五郎はスパルタクスに言う。
「わしはこのローマで見たものを言おう。このローマは素晴らしい。だが、とても栄える街とは言いがたい。
だが、本当にに栄える街は皆が笑顔でいられるような街のことだ、
この世界は自由のある人とない人が居る。まるで間違っている世界だと思う。
だから、わしはそれを変えたいと思う。答えてくれるか?スパルタクス殿。」
スパルタクスは笑いながら言う、
「はんっあったりめぇだ兄弟の思いは継ぐぜ。だけどそれは兄弟が叶えてくれ。俺は見守るぜ。あの女性にもちゃんと好きって言えよ。」
俵五郎は少し困ったよう笑った
「わかってる。」
熱気の帯びたコロッセウム
2人の漢が立つ。
目の前には王がいる。
王は声をはあげ、カリスマの篭もる声で叫ぶ。
「この2人のうちのひとりが奴隷に市民権を与えたいと言っておる!
ぶっ飛んだ戯言を言う人は久しぶりすぎて腹を抱えるくらい笑ってしまった。
だけど、
俺はこいつに約束をした。虎と戦い勝利した暁には褒美として与えることを!
ゼウスの御加護があらんことを願おう!」
観客は熱気の帯びた歓声を上げるとともに柵の扉が開く……
虎の総数は10以上に及ぶ。
スパルタクスは焦る、
「聞いてた話とはちげぇぞ!」
「焦るな!俺は右の6匹を引き受ける。片方は頼んだ。」
スパルタクスは大きく息を吸い、落ち着く。
「よっし、俺はお前を信じるぜ!」
そう言って声を挙げながらと剣をを振り回し、虎の喉笛を切り裂き血を吹き飛ばし、次の虎を狙う。
俵五郎は目を瞑り、神経を尖らす、周りの虎を無数の斬撃で切り飛ばす。
虎は血を大量に流し、息を弱くする。
さすがにきつい、でも対応できる。
そう思うとーー
俵五郎には王の後悔する姿が浮かんでくる。
そう思っていたがーーー
背後に矢が刺さる。
気を背後に配られず、俵五郎は後悔する。
それもそうだーーー
王たるものがこんな後手に回るはずがない。彼はただ奴隷を玩具として弄んていただけ。
用が済めば、最高に楽しめる舞台を整え、殺すだけである。
王がニヤリと嘲笑うのが見える。
隣からスパルタクスの叫び声。
気が遠くになるが、それでも剣を振り続ける。この世界で知った多くのことを全て抱え、そして同じ待遇の同胞達を思い、かろうじて立ち上がる。
だけどーーー
それが限界。5匹目を倒すのを節目として俵五郎は死んだ。
そういえば彼女の名前は……
聞いてなかった。一生の無念……
それだけの未練を抱え、人生に幕を閉じた。
スパルタクスは王を睨みつける。
心の中は全く平穏ではなかった。
いつかお前をその王座から引き下ろしてやる。と心の中で憤りながら生涯のたった1人の友の死を弔った。
おめぇの死は無駄にしねぇ。思いも引き継いでやる。同胞をまとめあげ、この間違った世界を正そう。
そう思うとーーー
スパルタクスは心に鬼を宿し、王に反逆の革命を起こす。
☆☆☆☆☆を★★★★★にしてくれると嬉しいです。