#1
俺は昔から、恋というのが、いまいちよく理解らなかった。
別に、人が嫌いだとかではない。友人やクラスメイトともそれなりに仲良くやっているし、それを負担だの、ストレスだのと思ったことはない。だが、色恋話が話題に上がった途端、てんで話についていけなくなってしまうのだ。話の流れで「お前もなにかないのか」と聞かれた日には、たまたま廊下を歩いていた女の子の名前を口にしてごまかしたものだ。あの子には申し訳ないことをした。喋ったことすらないというのに。
そんなだから俺は、恋とか、愛とかには、一切無縁の人生を送るのだろうなと、なんとなく思っていた。
だから、たった今言われた言葉が、素直に処理できずにいる。
「えっと、"好き"っていうのはどういう、あ...いやわかるんだけど、えー。」
間の抜けた、なんとも情けない返事をしてしまった。
高校2年の夏、夕暮れ時の学校屋上での出来事である。
「ごめんね、突然。最初はただの友達だと思っていたんだけど、話しているうちにだんだん、かっこいい、なんて思っちゃって。」
この子は日葵。普段よくしゃべっている友人の1人であるが、クラスメイトではない。
ここ、上ヶ丘高校には、必ずどこかの部活動に所属しなければならないという校則が存在する。入学当時、趣味が音楽鑑賞くらいしか無かった俺は、優柔不断な性格も相まって、どこに入ろうかと決めあぐねていた。
が、結局「ギター、弾けたらカッコいいな。」とかいうなんとも単純な理由で軽音部に入部した。
そこで出会ったのが日葵である。
日葵は、昔からピアノを習っていたらしく、素人目で見ても凄い技術の持ち主だった。かく言う俺は、天賦の才なんぞあるはずもなく、特にFコードが弾けるようになるまでには、かなりの時間を要したものだ。
雲の上の存在。当初はそう思っていたが、なんと好きなアーティストが一緒だったため、すぐに意気投合し、すっかり仲良くなっていた。
そんな日葵が、俺のことを好きだというのだ。最近やけによそよそしいと思ってはいたが、まさかそういうことだったとは。
しかし困った。正直、自分に好意を寄せてくれるのは嬉しい。しかし、肝心の俺には、全くその気がないのだ。可愛い女の子に告白でもされれば、流石の俺でも胸が高鳴るのではないかと思っていたが、そのようなことは全然なかった。
断ろうにも、その後のことを考えれば、気まずい関係になるのは目に見えている。
だからと言って、半端な気持ちで付き合いを始めるというのも、なんだか失礼な気がする。
数秒の間考えを巡らせ、たどり着いた答えは
「ごめん、少し時間をくれないかな。よく考えてから決めたいんだ。」
...我ながら情けないなと思った。
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