第6話:五年前の決意
今回は理沙と夏目の過去のお話です。
自分的にグロテスクな表現を使ってますので、ご注意ください。
5年前・・・
私と親友の棗は夏休みに少し離れた親の実家に泊まりに来ていた。
棗は小さいころから一緒だと言うこともあり、実家へは何度か泊まり込みで遊びに来たこともあった。
その日はとてもよく晴れた日だった。雲ひとつない空、照りつける太陽光。辺りには蝉の鳴き声も響いている。
「「行ってきま〜す」」
そんな中私と棗は30分ほど離れた場所にあるプールへと遊びに出かけた。
「気を付けて行ってきなさい」
そんな声を聞きながら、私と棗は水着の入ったバックを自転車の籠に入れて乗り、ペダルを漕いで実家を後にした。
プールへは問題なく着いた。
この暑さだからだろう、プールにはすごい人混みができていた。
「すごく混んでるね、理沙ちゃん」
「そうだね、棗」
そんな会話をしながら受付で入場の手続きを済ませる。
プールには男女のカップルから私達と同じ年頃の子供達まで様々な年層の人がいた。
水着に着替えた私たちはまず、このプールの一番人気である流れるプールへと向かう。
川のような水路が円状になっており、その中を水が一定の方向に流れているものである。
「わぁ〜、冷たくて気持ちいいっ」
棗が水に入り感想を言う。
今までこの暑さの中で30分自転車を漕いできたので、体はすっかり火照っている。棗の反応は当然だろう。
私も同じように感じた。
「さ、いこ。棗。」
「うんっ!」
私たちは水の流れに身を任せて泳いでいく。
途中途中、混雑のせいでほかの人にぶつかりそうになるが、避けながら泳ぐ。
時には流れに逆らい、時には泳ぐのをやめて水の上に浮かんだりしながら私たちはそのプールを満喫する。
ある程度楽しんだ私たちは、そのプールを後にし他のプールへと行った。
海のように波打つプールや、下から噴水のように湧き出るプールなど手当たり次第に遊んでは満足していく。
ウォータースライダーには身長制限で滑れなかったのが心残りだった。
その他にも、実家を出る時にもらったお小遣いでアイスクリームを買って、二人で食べ比べなどをした。
それは突然の出来事だった
現在の時刻は午後3時
まだ外は明るいが、一通り遊んでプールを満喫した私たちは「そろそろ帰ろうか」などどプールサイドに座りながら話していた。
水中での運動は結構体力を使うため2人はもうヘトヘトである。
「そうだね。少し早いけど帰ろ!理沙ちゃん」
棗がそう言って立ち上がった。
その瞬間
ブォン
っと音を立てて世界が変わる。
夕焼け以上に空が赤い世界に。
周囲では大人が「なんだ、どうした!?」「これは・・結界か!?」などと言う声が聞こえてくる。
「理紗ちゃん・・・」
「棗、私のそばを離れないでね」
心配そうな棗の手を握りながら私はは言った
その時
「妖魔だ!!妖魔がでたぞーー!!」
と言う叫びが聞こえる
見ると、魔法陣の上に5メートル位の身長で、全身黒で目が赤く、鋭く発達した爪に尻尾を持った異形の生物がいた。
「グゥゥゥゥゥォォォオオオ!!」
その異形が咆哮をあげると大気が震える。
「クソッ!!」
何人かの男の人がそこに魔法をあびせ、1人の大剣を持った男が切りかかる。
おそらく休暇中の魔導教会の者だろう。
「もらったーー!!、な!?」
その瞬間横からの衝撃により男が吹き飛ぶ。そのまま男はプールへと落下し動かなくなった。
「なに!?一匹じゃなかったのか?」
そこには同じ異形がいた。
「こっちにも出たぞ〜〜」「こっちもだ!!逃げろー」
それを合図にあちこちで声が上がる。
プールに来ていた客が一斉に逃げ始める。
「棗、私たちも逃げるよ!」
「う、うん!!」
その光景を見て若干呆然としていた私と棗は正気を取り戻し、私は棗の手を引いて逃げ出す。
とりあえず何も考えずにプールの出口へと向かっていく。
しかし・・・
「なんだよ、これ!!見えない壁があるぞ!?」
プールの出口には結界のせいで出るに出られない客で混雑していた。
その周辺にさっきの魔法陣が展開され
「グゥゥゥゥゥゥゥォォォォオオオ!!」
妖魔が出現した
「うわぁ〜、逃げろ」「押すんじゃねぇ」
そんな叫びが出る集団の中に何体かの妖魔が飛び込む
あるものはその大きい体に押しつぶされ、あるものは爪で切り裂かれ、あるものは尻尾で弾き飛ばされる。
その光景を見た私は泣きそうになりながらも気を保ち
「棗、こっち!!」
と棗の手を引き逃げる
「理沙ちゃん、私もう走れないよ・・・」
棗が言う。
1日プールで遊んだ後である。かなりの疲労が溜まっているのだろう。
「分かった。あの草陰に隠れよう」
そう言って飛び込んだのは人2人をなんとか覆い隠せるくらいの草陰である。
「理沙ちゃん、これからどうするの・・・」
「しっ!絶対声を出しちゃだめよ。泣き声も!」
泣きそうな声で尋ねる棗に私は言う。
棗もしきりに頷き、二人で抱き合って身を寄せる。
遠くからは人の悲鳴や妖魔の方向がしきりにあがっている。
時折近くを人や妖魔が通るが私たちには気付かずに通り過ぎる。
私たちはただ震えるしかできなかったのだ。
それからどれくらいの時間がたったのだろう。
実際には20分くらいしかたっていなかったが、私たちにはそれが永遠と言っても過言ではない時間だった。
あたりは静寂に包まれ、人の叫びも妖魔の咆哮も聞こえない。
「棗、少し外に出てみよう?」
私の声に頷くことで答える棗
そうして私たちは音をたてないようにゆっくりと外に出た。
まず目に入って来たのは、見渡す限りに広がる人だったものの残骸。それと赤い液体。
次に目に入ったのは赤いままの空
見渡す限りの『赤』
赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤
私たちの心にはその色が深く刻まれる。
「いやぁぁぁぁぁあああ!!!」
棗がその光景に耐えられなかったのか叫ぶ。
当たり前である。まだ幼い少女がこの光景に耐えられるはずがない。
私も棗がいなかったら耐えられなかっただろう。
そこには命がなかった。人の営みがなかった。
さっきまであんなにいたカップルも、同年代の子供も何もかも・・・
「棗、落ち着いて!!」
私は必死に棗を落ち着かせる。
その時
「グゥゥゥゥゥゥォォォォオオオオ!!」
棗の声を聞きつけた妖魔が3体こちらに向かってくる
「棗、逃げるよ!!」
「ダメ・・立てないよぅ」
腰を抜かしたらしい棗は、その場で座り込んで逃げられないようだった。
その間にも妖魔が迫ってくる
「理沙ちゃんだけでも逃げて」
「馬鹿!!そんなことできるわけないでしょ!」
棗の言葉に怒りながら、私は棗を抱えようとするが
「オオオオオオオオ!!」
目の前まで迫った妖魔が右手を振り上げていた。
「っ!?」
「く!!」
咄嗟に目を瞑る棗をかばうように私は棗を抱き寄せる。
脳内には妖魔の爪で貫かれる自分たちが鮮明に想像できた。
ガキィィィィン
「「???」」」
いつまでたっても来ない痛みと衝撃に瞑っていた目をあける。
「ギリギリセーフかな?まだ生存者がいたなんて。大丈夫?2人とも」
目の前には刀で爪を受け止めた少年が立っていた。
それを信じられないものを見る目で見る私たち。
「危ないから、そこから動かないでね。」
そう言って少年が妖魔の爪を押し返し距離を取り、その体に雷を纏い始める。
先に動いたのは少年だった、3匹のうち中央の1匹に雷撃を繰り出す。
それを浴びた妖魔は痺れて動けなくなる。
そのうちに残り2匹に向かっていく少年。それを迎え撃つ妖魔。
妖魔の攻撃を軽いものは受け止め、大きいものは回避、受け流し、できた隙に刀で、雷で攻撃し傷を負わせていく。
2対1の不利をものともせずに少年は闘っていく。
しかし、最初に雷を浴びせて動けなくなったはずの妖魔が、動きを取り戻し後ろから少年に接近する。
「危ないっ!」
咄嗟に叫ぶが少し遅い。妖魔の爪が少年へと吸い込まれていく。
「全く。いつも言ってるだろう?動きを奪っても最後まで気を抜くんじゃないと。」
瞬間そんな声が聞こえてきて、少年の背後にいた妖魔が吹き飛んだ。
「姉さんがいたのには気づいてましたから、でも一応ありがとうございます。」
それに気づいた少年が事もなげに言い、礼を言う。
「はぁ、可愛くない弟分だねぇ。後は私にまかせな。アンタはあの子たちの護衛」
そこにいたのは赤い髪をなびかせ、両手に炎を従えた女性だった。
その女性の言葉に「分かりました」と答えた少年が私たちのそばに来る。
「もう大丈夫。もうじき助かるよ。」
そう言って自分たちの周囲に防御結界を展開する少年。
それを確認した女性が両手の神具「絶手甲陽炎」を胸の前で打ち付ける
「さぁて!!アンタ等には罰を与えないとねぇ」
そう言って彼女は全身にも炎を纏う。
赤、一瞬心にその色がよぎる。人の血、赤い空。今日起こったいやなことがすべて赤と言う色に集約される。
しかし、この日最後に見た強烈な「赤」はそんなことを一切感じさせず、ただ温かかった。生命の鼓動。それを感じさせる。きっと私たちが「赤」と言う色に対しトラウマにならなかったのは彼女のおかげだと確信できる。
2体の妖魔が同時に彼女、七聖「獄炎」に襲いかかる。それがいかに無謀なことであるかを知らずに。
「うぜぇ!!」
彼女が右手を左へと振るう。
ただそれだけ。ただそれだけで2体の妖魔が炎の中に消える。炎がなくなるとそこには何もいなかった。
すると、魔力を感じたのか奥からさらに8体の妖魔がやってくる。
「「っ!?」」
息をのむ私と棗。
「おうおう!わらわらと群がりやがって。」
そう言って右手を頭上に上げる。
「我が身に宿るは煉獄の業火 其の業火を以って穢れた魂を浄化せよ 我が前に顕現せよ イノケンティス・ボルケーノ!!」
詠唱を終え右手に巨大な魔法陣が展開、そこから膨大な魔力が解放された。
周辺すべてを炎が覆っていく。しかし、その炎は何も燃やさなかった。木も建物も何も。しかしその炎に妖魔が触れた瞬間、その妖魔はこの世界から存在を焼き尽くされる。
それは一瞬の出来事だった。襲ってきた妖魔は跡形もなく消え、静寂が周囲に戻る。
ブォン
すると、空を覆っていた赤い結界が解け、元の青い空が戻っていく。
「チィッ、首謀者は逃がしたか。」
そう言って武装を解く女性。そして去っていく。
「すぐに魔導教会の人が保護に来ますので指示に従ってください」
そばにいた少年もそう言って女性を追って行った。
「待って下さい、あの、名前は?」
そいって私は引き止める
その言葉に立ち止まり振り返って
「魔導教会所属 七聖が一人「獄炎」だ」
「その補佐です。悪いけど、名前はお教えできません。機密事項なので」
そう言って再び去っていくその姿を、見えなくなるまで私たちは頭を下げ続けた。
その後すぐに魔導教会の魔導士が来て、私たちは保護された。
どうやらあの赤い結界が解けたおかげで、ようやく中に入れたらしい。
後から聞いた話によると、あの事件は赤い結界の中に七聖「獄炎」「斬鉄」「荊姫」の3名とその補佐が単独で侵入、妖魔のほとんどを殲滅したらしい。
しかし、目撃情報にあった妖魔を召喚した男性は確保できずに逃走、行方を眩ませたらしい。
この事件はテレビで大々的に放送された。
生存者は20名ほどで、死者は千名以上だったとされる。
そして現在に戻る。
「やっぱり気のせいじゃない?それに、そんなに都合よくあの男の子が転校してくるわけないじゃん」
私は5年前を思い出しそう告げる。
「そうかなぁ〜?」
まだ納得できないらしい棗。
「ま、考えてても分からないし、響に直接聞いてみれば?」
それが一番手っ取り早いと考え私は言った。
「え、え〜。そんなことできないよぅ。」
「全く、度胸がないわね。あ〜もう、ほら。考えてても仕方ないんだから、さっさと帰ろう。」
そう言ってあの時と同じように棗の手を引く。
違うのは二人が笑顔であるということだ。
「わわ!!まってよ、理沙ちゃん。」
慌てて付いてくる棗
私と棗はあの事件の後に二人で話し合った。
私達と同じような人をこれ以上増やさないために、私たちは魔導士になろうと。
あの七聖「獄炎」の女性やその補佐の少年のように、誰かを守れるようになろうと。
あの時の気持ちは今も変わらず、私たちは走り続ける。
あの人たちに追いつけるように
「ようし、こっから私の家まで競争ね。負けた方が勝った方に明日のランチ後のデザート奢ること。よ〜い、ドン」
そう言って私は走り出す。
「え?ウソ!?ちょっとずるいよ、理沙ちゃ〜ん」
慌てる棗を尻目に私は駆ける。
何よりも大切な、この時間を守るために・・・
どうだったでしょうか?
今回は理沙視点で書かせていただきました。
変なところとかなかったでしょうか?
次回の更新も楽しみにしていてください。