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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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009.冒険者ギルドとおかしなシィル



 森を抜けるとオレ達は小高い丘に立っていた。眼下には広大な平地が広がり彼方此方に麦畑に囲まれた集落が見える。集落と集落の間は放牧地なのか遠目には牛とか羊っぽい家畜が草を食んでいる長閑な光景。その集落間を繋げる道をさらに西へと進むと十メートルはありそうな城壁に囲まれた大きな都市に辿り着いた。それは変態鬼お姉さんの一件から二日後の昼過ぎの事。ここが“ガーベラ”って言うんだろうね。


 西から辿ってきた道の終着点は大きな門。ここが街の入り口だな。開け放たれた門の幅は馬車が四台は並んで通れそうに広く、門の両脇には鎧を着て腰に剣をぶら下げた兵隊さんが通行人を検査していた。


 うん、テンプレファンタジーで安心する。ここで通行税を徴収されるわけだ。一悶着あったりもするけど大抵は何もない。お金を払って終わりだ。


 おっ! そろそろオレ達の番だな。


 「次の者は……子供か。名前と目的は……あぁっと、街へは何の用事だ。お使いか?」


 兵隊さんの言葉が柔らかい。子供の姿だからな。キモデブだったら牢屋行きだったぜ。ここは素直にいく。嘘ついたらトラブルの元だからね。


 「名前はナード。冒険者になりに来たんだけど」


 「ぷっ! ぼ、冒険者ぁ、そのなりでか。じゃあ、そっちのダークエルフの娘もか?」


 「そうだけど……。オレが冒険者になるのっておかしいかな」


 あっれー、子供が冒険者のラノベもあったよね。何が違うの?


 「悪いな。おかしいって事は無いが小僧みたいな痩せっぽちは無理じゃないか? ゴブリンに頭から食われちまうぞ」


 「ナードは強いよ!! ゴブリンだって沢山やっつけたんだから!」


 うわぉ! シィルさんの突然のシャウトに兵隊さんもビックリしてる。


 「いきなり大きい声出すなよ。あー、名前は?」


 「……シルヴィア。私もナードと一緒に冒険者になりに来た」


 そう言うとシィルはムスッと口をへの字に結んでしまった。兵隊さんにその態度はどうかと思うぞ。国家権力は怖いからな。職質でそんな態度を取ったら詳しくお話聞かれちゃうぞ?


「そんな怒るな。馬鹿にしたわけじゃない。お前らみたいな子供が冒険者になりによく来るんだよ。で、仕事に行って夜になっても帰って来ない。それで数日後には血塗れの冒険者プレートだけが帰って来るんだ。

 ……正直堪らんぜ。名簿から子供の名前を消すのは……メシも喉を通らないからな」


 兵隊さんはしんみりと語り出した。ムスッとしていたシィルも神妙な面持ちで聞いている。門番もツライお仕事なんだなぁ。


 「まぁ、死ぬ時は他の門を通って死んでくれってことだ。それなら俺は気にしないしメシも美味い! じゃあ、ナードとシルヴィア。通行税は二人で大銅貨一枚だ。ようこそ“ガーベラ”へ!」



◇◇◇◇◇◇



 少し変わった死生観を持ってる兵隊さんにお金を払い門をくぐる。その先に待ち構えていたのは雑踏だった。大きな通りの真ん中は荷馬車が結構な頻度で行き来している。建物沿いに設けられた歩道上では屋台や大道芸人が其処彼処で人を集め賑わっていた。


 ヒキニートのオレには結構キツイ光景だ。子供の身長で先が見通せない事もあり、行きかう人の波にクラクラと酔ってしまいそうになる。


 「ふらふらしてると迷子になっちゃうよ」


 シィルがオレの手をギュッと握り人ごみの中を引っ張ってくれた。ヒキコモリだったオレと違ってシィルはしっかりしてる。孤児院育ちってことはそれなりの大きさの街に住んでたのかな。


 「ナード、すぐに冒険者ギルドへ行くの?」


 ギルドの場所は門番の兵隊さんに聞いている。街の南側の壁際に近く、周囲には武器や防具の店に宿屋もあるらしい。


 「いや、どっかそこら辺の屋台でお金の価値を調べてみよう。シィルは何か食べたいものある?」


 「んー、お店回りながら考えるよ」


 何でオレを訝しむ目で見るの? まあいいや。異世界恒例“屋台巡り”の始まりだ!



◇◇◇◇◇◇



 色んな食べ物の屋台が有った。串焼肉。焼き魚。パン類。果物。汁物。


 色んな人が売り子や呼び込みをしていた。おばさん。若奥様。高、中、小学生くらいの様々な女性達。そして今オレが口にしているのは串焼肉。銅貨五枚。そこそこ旨い。シィルも笑顔だ。


 だが、売っているのは禿の髭面オヤジ。


 原因はシィルだ。女性が売り子の屋台を全てスルーしやがった。オレも元キモオタクソニートだったから女性と話すのは苦手だがシィルは違うだろ。まあ、銅貨の価値と物価を聞くことが出来たから良しとするけど。


 肉と魚は高く串焼き一本が銅貨五枚。パンや野菜系は銅貨三枚だった。都市の周りに広がっていた麦畑から察するに穀物系は安いんだな。恐らく銅貨一枚百円位な感じか。


 些か不本意ではあるが腹ごしらえは出来た。ついにギルド訪問です。



◆◆◆◆◆◆



 「あーあ、暇ねぇー。今頃みんなは楽しくやってるのかな……何であたしだけ留守番なのよぉー」


 カウンターに突っ伏してあたしは愚痴た。一人で留守番を言い付けられて何日たったのかしら。ギルドで一番下っ端だから仕方ないにしてもすることが無いってのは気が滅入るわ……。

 やっと受付が出来る様になったって言うのに、ご丁寧に『依頼の受付と遂行は暫く休止します』なんて張り紙貼る事ないじゃない。そりゃ、冒険者全員で親睦会行っちゃったからその通りなんだけど、どうせすぐに帰ってくるんだし依頼だけでも受けるべきよ。


 「……こ、こんにちはー」


 あら? お客さん? 表の張り紙を読んでないのかしら。……まぁいいわ。暇潰しの話し相手に丁度いいかも。



◆◆◆◆◆◆



 何処か学校を連想させる石造りの重厚な四階建ての建物が冒険者ギルドだった。ヒキコモリのオレに二の足を踏ませる建物と言える。しかも、この中に大勢の冒険者が屯していると思うと殊更ビビってしまう。しかし、オレは勇気を振り絞り異世界文字の張り紙のある大きな扉を開けた。


 ……誰も居ない。扉の先、ホール状の部屋にはテーブルや椅子が其処彼処に置いては有るが、人っ子一人いない。肩透かしを食らったオレの勇気は見る見る萎んでいく。い、いかん!萎み切る前に行動を起こさないと逃げ出してしまいそうだ。


 「……こ、こんにちはー」


 沈黙。


 心が萎み切ったオレは帰ろうかと踵を反した時に反応が有った。


 「いらっしゃいませ! ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 振り返ると少し幼さの残るお姉さんが左手のカウンターの中からひょっこりと顔を出した。うわーん、居るんならもっと早く返事してよね。ホッとすると同時に泣きたくなる。安堵したオレは手招きをするお姉さんの居るカウンターに近づこうとするが、シィルに服を引っ張られ引き留められた。


 「ここは私が相手をするから、ナードは後ろに下がってて」


 中ボスを相手にするようなカッコイイ台詞を口にしたシィルは、オレの先に立ちカウンターへと向かう。


 「本日はどのようなご用件ですか」


 お姉さんは営業スマイルを顔に浮べ要件を尋ねる。茶金の髪をポニテにした少しソバカスが目立つ普通のお姉さん。そんなお姉さんにシィルは砂漠で亡くなった冒険者のプレートをスカートのポケットから取り出しカウンターに置いた。


 「これ、お金にして」


 「あぁ、はい。えー、Dランクのプレートが五枚ですか。まとめて銀貨一枚ですね。こちらは何処で入手されました。どのような状況で、あなたたちはどうしてそこに? どうやって入手されました?」


 「うっ、さ、砂漠でだけど……そこまで言わないといけないの?」


 「……ぷ! あははは! ゴメンね。暇だったからついね。はい、銀貨一枚」


 突然笑い出したお姉さんはカウンターの下からお金を取り出し、わけが分からなく唖然としたシィルにそれを握らせた。


 「あたし今暇なのよ。冒険者は職員共々みんな親睦会に行っちゃってさ、一人で留守番なの。ねぇ、他に用事は無いかな? 後ろのボクは何か無い?」


 「オレ? えっと、冒険者になりたいんだけど」


 オレの言葉に振り返ったシィルがキッと鋭い目で睨むが、オレなんかした? シィルも冒険者になるんだろ?


 「ゴメンねー。あたしじゃ無理なの。専門の人も親睦会でさ。帰ってきたら登録は出来るわよ。簡単な試験はするけどね」

 

 ガックリだ。


 まぁ、見物客も居ないと“スゴイ!天才か!”な展開は無いからな。……待てよ、そうなると文化祭の発表劇みたいにオレ、ブルっちゃうかも知れない。いや確実にガクブルだ。


 「他は? 本当ーに何でもいいからお願い! じゃないとあたし暇で死んじゃうわ」


 「無い。さよなら。ナード、行こう」


 ちょっとシィルさん、気が早すぎるよ。……あっ! ゴブリンの耳を買取してもらおう! 銀貨一枚じゃ武器や防具、宿賃になるかも怪しいし、耳をいつまでも停滞空間にしまって置くのも気持ち悪いもん。


 「あの、買取は? ゴブリンの耳が結構あるんだけど……」


 「いいわよ。ゴブリン程度なら大丈夫。お客なんて来ないし、子供が獲って来る数なんて知れてるからちょうどいい暇潰しよ。裏に行きましょ」


 「……チッ!」


 ホールの奥の扉をくぐるお姉さんにオレとシィルは付いて行った。なんでシィルは舌打ちするのかな?



◇◇◇◇◇◇



 「うへぇー、何でこんなにあるわけ?」


 「右か左か分かんなくて両耳集めたから……」


 「こ、この量を右と左に分けるのかぁ……いくら暇だからってコレはないわ……あんた達も手伝いなさいよ!」


 ホールの奥の扉の向こうは周囲を石壁に囲まれた学校の校庭くらいの石畳の広場だった。その隅に積み上げた二千五百対以上、合計で五千を超えるゴブリンの耳の山を前に、ギルドのお姉さんはオレ達に選別を手伝えと言う。


 まあ、オレとしては早くお金に換えて買い物やら宿を探したかったので否は無いし、シィルは聞くが早いか耳を仕分けだした。何か急ぎの用事があるのかな? さっきもすぐに帰ろうとしてたし、おしっこでも行きたいの?


 オレ達とお姉さんは耳山を車座に囲み仕分け始めた。耳は右耳が討伐証明で害獣討伐の報奨金が一耳で銅貨五枚もらえる。串焼き一本分だ。という事は二千五百本の串焼きが買えるのか。……あれ? じゃあ、この耳はどうなるのかな。レアっぽいから高く買い取ってもらえないかな。


 「お姉さん。この赤い耳はどれくらいになるの? おっきなゴブリンだったけど」


 「んー、赤い耳の大きなゴブリン? あたしは聞いたこと無いけど……。また何日かしたら、お父……詳しい人も帰って来るから持ってた方がいいんじゃない? あんた達、名前と年は? あたしはマリー。十五よ」


 「じゃあそうする。オレはナー……」


 「こっちはナード、十。私はシルヴィア、十四」


 シィルさんは不機嫌。貧乏揺すりが激しいな。ホントにどうしたの。おしっこ我慢の限界? おトイレ借りる?


 「ふ、ふーん、そうなんだ。シルヴィアって私と一つしか変わらないのに凄いわね。コレあんたが倒したんでしょ? 何年も掛けて溜めてたの?」


 「ちがう。ナードが魔法であっという間に倒した。一人で」


 「えー、ホントぉ!? 魔法でって……この子が? はぁー、信じられないわ。でもこの量を収納魔法で納められるならあり得なくもない、のかな?」


 マリーさんは首を傾げ、感心と困惑の眼差しでオレを見る。フヒヒ、照れるけど気分いいな。ラノベの転生者がTUEEEする気持ちが分からんでもない。


 「そう! ナードは信じられないくらい強いの! 魔法陣を三つも四つも一緒に使ったホントの魔導を使えるの!」


 急にニコニコと饒舌になったシィルは手を止め、マリーさんにオレの事を身振り手振りで語り出す。


 「砂漠で赤いサソリもやっつけたの! 屋台で売ってるような小さいのじゃないんだよ。馬車よりずっとおっきいの! 生活魔法で砂丘を溶かしたり兜に穴を開けたりホントの本当にスゴイよ!」


 「へ、へー。凄いんだ……ね……」


 シィルの勢いにマリーさんは引き気味になってる。分かる、分かりますぞー。オタが早口で語り出した時の周りの反応ですぞ。拙者も随分と朋輩達を引かせました故に。


 ここは拙者がマリー殿をお助けして進ぜよう。小声でタマさんにゴブリンの右耳だけをマークするようにお願いする。視界に右耳だけが赤く表示されたので手早く選り分けるぜ。“出力増加”をオン!


 しゅばばばば!


 あっという間にゴブリンの右耳だけの山が出来た。ついでとばかりに数えてやるぜ。視界には二千五百六十二と表示されているがシィルやマリーさんには言えないからな。


 うおりゃぁぁぁぁ!


 でけた! 十個一山が二百五十六とバラ耳二枚。仕分け終了。さあ、マリー殿。これで精算が出来申そう。ドン引きさせるシィルから逃れられますぞ。


 ……シィルもマリーさんも何でそんな眼でオレを見るのかな。オレ、ドン引かれるような事して………あっ!


 「……ほんとシルヴィアの言う通りね。……この子、凄いかも」


 「ね。わ、私のい、言った通りでしょ……」



◇◇◇◇◇◇



 「じゃーねー! また来てよシルヴィア! ナードもねー!」


 精算が済んだオレとシィルはギルドを後にする。マリーさんは良い人だ。通りまで見送りに出てくれたし、オレ達が人ごみに紛れてしまうまで手を振ってくれた。シィルも度々後ろを振り返りそんなマリーさんを気にしている様子だった。


 「シィル、良かったね」


 「良かったって何が?」


 「マリーさんだよ。マリーさん、シィルのことダークエルフだからって何か酷いこと言った? そもそもダークエルフのこと気にもしてなかったみたいだよ。安い宿屋や武器の店も教えてくれたし良い人そうじゃん。友達になれるんじゃないの」


 「友達? ……あの女が?」


 「そう、友達。良かったね、シィル」


 「……ナードに馴れ馴れしい女は友達じゃない……」


 「えっ? なんか言った?」


 シィルがポツリと小声で何と言ったのか。街の喧騒に紛れてオレには聞き取れなかったが、シィルは良い人と知り合えて嬉しいのかいつもの笑顔だ。


 「ううん。ナード、今度はどっちに行く? 武器屋にしようか、宿屋にしようか?」


 「そうだなぁ。宿屋へ行くにはまだ陽は高いし、武器や防具を覗いてみようかな」


 いつもと変わらない様子のシィルと手を繋ぎ、オレ達は人混みの中を縫い武器屋へと向かった。



◆◆◆◆◆◆



 麦畑の向こう、山影に飲み込まれそうな集落が見える。ブンゲル村だ。


 既にブンゲル村が三千近いゴブリンに占拠されている事とゴブリンロードの存在も冒険者全員に周知させてある。不平不満は黙らせた。当然だ。ギルドに所属して義務を果たさないのはクズのやる事だからな。中には冒険者になったばかりの奴もいる。義務を果たすには旨い汁を少々吸い足りないかも知れないが、運が悪かったと諦めてもらうしかない。


 俺は集落を再度観察する。静かだ。待ち伏せされているのか。


 ゴブリンを逃走させないためには包囲するのが一番だが、如何せんこちらの人数が足りない。大規模魔法で村毎殲滅しても取り零して散らせるだけ。なら手は一つ。俺達が包囲され、ゴブリンをこの地に引き付ける事だ。


 村に突入し民家や馬車を利用して村の中に“砦”を築き、意図的に隙間を開けそこに誘い込めば兵力差は縮まる……その間にゴブリンロードを何とか出来れば……ふん、残り十日間を凌げるかも知れんな。


 俺は後ろを振り返り冒険者達の顔を確認した。皆、気合が入った冒険者の顔付だ。どいつもこいつも俺だけは生き残るって顔をしてやがる。危険を冒す者が冒険者だ。そして、生き残った者だけが富と名声を掴む。


 「……行くぞ」


 満足した俺は静かに、だが力強く前進の命令を下した。



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