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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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008.痴女と病みっ子



 お、落ち着けオレ。飽くまで自然に振る舞え。目を付けられない様に大人しくして決して突飛な行動はするな。


 オレは街道から山へ入る横道に生えている大きな木の下で輩に出くわした時の対処法を思い返す。


 近づいてくる集団は皆、武装していた。剣や槍、弓矢にメイスと様々な武器を抱え、革に金属、赤や青、緑の鎧を纏っていて強面の男達の間にちらほら女性の姿も見える。


 冒険者にしちゃ人数が多くない? 十台の荷馬車の周りをゾロゾロと五百人近くの人間が漫ろ歩いている様はオレがラノベで知ってる荷馬車の護衛には多すぎた。統一された装備じゃないし傭兵団ってヤツかな。それなら荒くれ者が絡んでくるかも。オレのお尻がキュッとする。こんなのなら待たなきゃよかった。今から隠れても遅いんだろうな。


 くっ、タマさんも武装してるかどうかくらい判んないの。もうね、痺れもしませんよ。まぁ、タマさん無しで何も出来ないキモオタが偉そうに言うこっちゃないけどな。


 今のところする事の無い銀色のスライムは目立ちそうだから半透明の水色になって下さい。ホントの弱っちいスライムっぽくね! ……えっ!? ホントに出来るの……光波長の偏向反射で対処できるって……痺れるぜ。流石タマさんだな。


 「ねぇ、ナード。……手、握ってもいい?」


 シィルも怖がっている。フードの奥に隠れた顔から脂汗を流し、目はキョドって……そ、それじゃダメだ。堂々としなきゃ目を付けられる。しかし、あまり堂々としてもいけない微妙な匙加減がある。


 「シィル、手を繋ぐのはいいけどフードはやめよう。逆に不審がられるよ」


 「でも!……でも私ダークエルフだし綺麗じゃないし、揶揄われるに決まってるし……イジメられるかも」


 「大丈夫だよ、手繋ぐから。それにシィルは美人だってオレが前にも言ったじゃん。自信持ちなよ」


 「う、うん。……ナードがそう言うなら」


 オレはシィルの差し出した左手を握ってやった。ふぉー! フニフニだよ。柔ら暖っけー。女の子と手繋ぐなんて何年ぶりだろ? 小学校のフォークダンスで泣かれた時以来か?


 フードから顔を出したシィルは不安げな微笑みを浮かべ頷いた。左手はオレと繋ぎ、右手にはナイフを握り締めている。うん、大丈夫だな!

 ・

 ・

 ・

 うん? なんでナイフ? 見間違いかな……もう一度見てみよう。


 左手はオレと繋いで右手は…………うん、ナイフだな。間違いない。


 「シィル。ナイフはしまお?」


 「えっ、何で!? 怖いし何かあったらどうするの!?」


 “何で”じゃないよ! 怖いのはシィルだし何か起こそうとしてるのもシィルだよ! 一体全体そのナイフでどうするってんだ! などと刃物を持った不審者と手を繋いでいる状況で言えるわけが無い。


 「だ、大丈夫だから。何かあったらオレがゴブリンの時みたいにやっつけるから。それにタマさんが守ってくれるし。ほら、こっちに渡して?」


 「うー、分かったよぅ」


 オレの説得に渋々ながらシィルはナイフを渡してくれた。この前もナイフ一つで飛び出してったし真面目な話ちょっと怖いわ、このダークエルフ。



◆◆◆◆◆◆



 暇だわ。


 強制の親睦会だって言うから渋々参加したのに、街を出てから延々歩き通し。何考えてんのかしら、あのギルド長。廻りに見えるのはむさ苦しい男ばっかり。こんなことなら街で可愛い男の子を見てた方がマシだった。折角、郷を飛び出して街で冒険者になったのに……。


 郷。鬼之郷。鬼人のあたしの生まれ育ったむさ苦しさがギュウギュウに詰まった所。


 男の子は皆、筋肉ムキムキで暑苦しいし、女の子も筋肉ムキムキの男の子にキャーキャー言ってた。幼いころから皆と違って小さくて可愛いものが好きだったあたしはそんな郷で浮きまくってた。郷中どこを見回してもそんなものは無かったから……。


 だから十五で家を出た。お父さんを打倒して。


 あたしに打ち負かされたお父さんに向けるお母さんの眼差しが冷たかったのがいい思い出。お父さんは筋肉が自慢だったし、それをお母さんもいつも褒めてたから。やっぱり男の子は筋肉じゃ決まらない。強くても可愛くなくちゃダメ。


 それから二年。街に出て冒険者になって強くて可愛い男の子を! と意気込んでいたあたしは現実に打ちのめされた。


 男の子は皆、あたしを見ると泣き出すか逃げるかのどっちかしか居なかったし、ギルドにも強くて可愛い男の子は居ない。それに衛兵に捕まりかけた事も有った。“食べられるー、人食い鬼が出たー”って騒がれちゃったから……。くっ、泣きたかったのはあたし。転んだのを助けようとしただけなのに。


 郷の者は口より筋肉がモノを言うせいか皆、口下手。考えてる事の半分も伝えられない。当然あたしも。


 それに背も人間より大分高いから。大柄な冒険者と比べても少し……。でもトロールより低いじゃない! 怖がることなんか……怖がられても仕方ないのかな……。


 あー、どうしよう。郷に帰ってもむさ苦しいし、あたしの身長を気しない男の子どっかに落ちてないかな……。



◆◆◆◆◆◆



 近づいてきた五百人近い武装集団を直に目の当りにするとガクガクと膝が震えクラクラと眩暈がした。パニくったオレはとっさに魔法で丸ごと焼こうかとも思ったが、シィルがオレの手をギュッと握ってくれて何とか思い留まれた。危ないとこだった。


 そうだった。シィルも怖いんだよ。オレがしっかりしないと……シィルが何か仕出かしそうでコワイんだよぉ。


 オレは街道から山に向かう小道の脇に立つ木の下でゾロゾロと続く武装集団を見ている。ポカンと珍しい者を見るような子供を装う態でだ。武装集団もチラチラと視線は向けるが歩みを止めなければ話しかけても来なかった。オレの作戦が功を奏したのか何事も無く武装集団の列が最後尾に差し掛かった時だった。


 オレが気を抜いたかも知れないし、赤いマントが目立っていたのかも知れない。だからだろうか。事案が発生した。



◆◆◆◆◆◆



  あー、子供が居る! 男の子とダークエルフの女の子! この近くの山の村の子供たちかしら?


 ダークエルフの女の子も可愛いけど人間の男の子も小っちゃくて可愛い! 痩せっぽちだけどこの辺りじゃ見掛けない黒髪も大人しそうな少し女の子っぽい顔立ちもいいわ。男の子は人間だからダークエルフの子と姉弟って事は無さそう。お揃いの紅いマントを着て仲良く手を繋いじゃって……くっ、羨ましい。


 いいなー。あたしも手を繋ぎたい。頭を撫でたい。抱っこしたい。


 衛兵は……ここに居る訳ない! 怖がらせない様に笑顔! 笑顔と勇気が大事。よし、頑張れあたし!


 「あ、あの。坊や達はこの辺の子?」



◆◆◆◆◆◆



 でっけぇ!?


 オレ達に近づき声を掛けてきたのは額に一本角を生やした鬼?のお姉さんだ。身長は二メートルを優に越えてるな。しかし背もデカいがおっぱいもデカい。メロン? スイカ? 身体と辛うじてバランスが取れているけど人間サイズと比較すると圧倒的デカさ。しかも垂れる事無くズドンと自己主張している。革の服もズボンもパツパツだ。最初は身長と額に生えた一本角に目を奪われたが異世界初巨乳。眼福でござる。


 「あ、あの……」


 おっと、鬼お姉さんをほったらかしておっぱいに見とれてる場合じゃない。コミュニケーションだ。女の人に話しかけられたこと無いから緊張する。


 「はぴ! ボキュのことれすか!? ……ぼ、僕達は旅の者です。大きな街に行く途中です」


 「そ、そう。大きな街はこの先だとガーベラ? あと二日は掛かるけど」


 少し噛んじゃったけど情報ゲット。大きな街はガーベラって云うのか。折角、異世界に来たんだもん。やっぱりでっかい街のギルドで冒険者になって“す、すごい”とか“天才か”とか一度は言われないと。ひっそりと暮らすにしても一応はね。お約束だから。


 「はい! 僕たち大きな街で冒険者になりたいです!」


 「ちょっとナード。あんまり知らない人と喋らない方が良いよ」


 「えー、大丈夫だよぉ。背はおっきいけど優しそうじゃん」


 シィルが小声でオレに耳打ちをするのだが、邪険な態度を取っておっぱいお姉さんが気を悪くしたらどうする。ぺったん子のシィルには責任取れないでしょ。おっぱいは正義なんだから黙らっしゃい!


 「あ、あのね、変かと思うかもしれないけど、頭撫でていい? そ、その、二人とも可愛いから……」


 鬼お姉さんはモジモジしながらお願いしてきた。鬼ってもっと豪快なイメージだったけどおっきい身体に似合わず可愛らしいお姉さんだ。身体はデカいけど筋肉ムキムキでもなさそうだし、この世界の鬼はそういうタイプなのか?


 「わ、私が可愛い!? …えっ? ナードどういう事? 何言ってるのこのお姉さん。私の耳が変になったのかな?」


オレ以外に初めて可愛いと言われたシィルは戸惑って混乱した。いい機会だ。シィルのコンプレックスを解消しよう。相手が女性で良かった。男だったら事案発生だぜ。


 「ほら、オレの言った通りだろ。シィルは可愛くて綺麗だって。お姉さんに頭撫でてもらいなよ」


 「う、うん。ナードがそう言うんなら……」


 シィルはギュッと目を閉じてスカートを握り、頭を鬼お姉さんに差し出した。


 「あなたは、シ、シィルって言うのね。怖がらないで、優しくするから……」


 ゴクリ……何やらイケナイ雰囲気を感じるのは気のせいか。しゃがんだ鬼お姉さんはプルプル震えるシィルの頭を優しく撫でてている。鬼お姉さんは目を細め恍惚の表情だ。撫でられているシィルも安心したのか肩の力を抜いてなすがままにされている。


 シィルは撫でられ終わった後もポ~としていた。


 うん、うん、イジメられてたって聞いたから他人に優しく撫でてもらったことが無いんだろうな。良かったな、シィル……ちょっと待て。


 これってもしかして“撫でポ”ってヤツじゃ……フラグだったんじゃ……ないの?


 「……じゃ、じゃあ、今度は坊やの番ね、ゴクリ。名前はナードっていうの?」


 「えっ? う、うん。ナードだけど……」


 フラグ回収に失敗したのかと考え込んでいたオレに鬼お姉さんは向き直った。しゃがんだ鬼お姉さんの顔を間近で見ると美人だな。髪の毛は藍色ストレートロングの真ん中分けで額に一本ツノを生やした目元の涼し気なクールビューティー。でも……なんか変だ。鼻息が荒いし、目の色というか輝きが変。


 「ダメ! もう我慢できない!」


 「ひぃぁぁぁぁ!」


 突然、鬼お姉さんがオレの両脇に手を差し込み抱え挙げた。高ぇー。そんでもってそのまま鬼お姉さんはオレの首筋に顔を埋めてクンカクンカしてるー。お胸が当たってるんですけどぉ! フワヤワって感じじゃなくてムチィってスゴイ肉感なんですけどぉ!


 これって、この鬼お姉さんってもしかしなくても……ヘ、変態だー!


 「チョッ、ヤメテ……ハナシテ」


 女免疫ゼロのオレには刺激が強すぎるし、シィルの目の前っていうか離れたところにはまだ冒険者だって居る公衆の面前だ。でも、ムフー、ムフーと鼻息がどんどん荒くなってる鬼お姉さんは聞く耳を持ってくれない。仕方なしにオレはゴブリンみたいに傷つけない様、鬼お姉さんの腕の戒めを解くべくゆっくりと腕に力を籠める。徐々に抱締める鬼お姉さんの腕が広がり抜け出せそうな広さまで開くとオレは地面に飛び降りた。


 鬼お姉さんが眼を点にしている隙に、オレは未だにポ~としていたシィルの手を引き大きな街がある西へ逃げ出す。


 うぅー、恥ずかしかった。公衆の面前で抱き着くなんて痴女だ痴女! 異世界に痴女っているんだ。恥ずかしくて泣きそう。痴漢に遭うってこんな気持ちかな。


 グスッ、痴漢ダメ、ゼッタイ!



◆◆◆◆◆◆



 「あーあ、行っちゃった」


 懇親会なんて下らないと思っていたけど良い交流が出来た。ギルド長に感謝しないと。


 あぁ、良い匂いだったぁ。ちっとも汗臭くないし、むしろお日様の匂い。これが子供の匂い? しかも鬼人族のあたしの腕から力ずくで逃げ出しちゃうなんて……最高。


 イイ。あの子“ガーベラ”の方に駆けて行ったからまた、会えるかもしれない。フフッ、次も抱っこさせてくれるかな? ……ウフフ、楽しみ。



◆◆◆◆◆◆



 「……ナードが悪いのよ。反省してるの?」


 変態鬼お姉さんから逃げ出したオレとシィルは森に挟まれた一本道をてくてく歩いている。その間ずうっとシィルの説教タイムだ。


 シィルの言う通りです。おっぱいに負けた自分が悪かとです。


 でも、シィルだって頭撫でられて気持ちよさそうだったし、今も怒ってるシィルの眼が笑ってる様に見えるのはオレの錯覚なんですか? オレが酷い目に遭ったのが可笑しいの?


 「ナードがおっぱいが好きだからって“知らない”お姉さんに愛想良くするからよ。いい。もう絶対に“知らない”お姉さんに近づいちゃダメだからね」


 知らないお姉さん、知らないお姉さんって強調するけど、この星で知ってる女の子はぺったん子のシィルしか居ないんだけど……ん?


 チョット、マッテ……イマ、シィルサン……ナンテイッタ?


 「な、なな、なんで!? なんでシィルはオレがおっぱい好きって知ってるの!?」


 「フフン、なんでだろうね? 私はナードの事良く知ってるよ。さっきのお姉さんよりも……ずっとね」


 さっきとは逆に、眼が笑ってないシィルの笑顔に背筋がゾクリとした。


 オレは森の中の一本道が急に怖くなりその場に立ち竦んでしまった。ザワザワと風で揺れる木々の梢が、オレの心の騒めきを大きくする。


 さっきの鬼お姉さんは変態だったし、シィルはイジメられていたせいか心に闇を抱えてそうで少し病んでるっぽい……。


 異世界ってこんなのだったっけ? もっとこうキャッキャウフフしてなかったか……。


 「ナードー! どうしたのー、早くおいでー!」


 一本道の先でタマさんを抱えたシィルが手招きをする。木漏れ日が照らすシィルの口元は笑っていたが、目元は梢の影が隠していてはっきりと見えない。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 うん! オレの思い過ごしに違いないな! バカだなオレって。シィルはそんな子じゃないよ。女の子の事を何にも知らないキモオタに何が分かるって言うんだ。


 「シィル、待ってー!」


 オレは笑顔のシィルのもとに駆けだした。



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