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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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007.オレのステータス



 「ほほー、これがゴブリンかぁー」


 腹の中身が空っぽになって死んでいる緑のおっさんは、異世界定番のゴブリンだった。やっとオレも異世界お決まりの洗礼を受けたんだなぁ。


 「でね、この耳を冒険者ギルドに持ってくとお金になるんだって」


 肩を貸してくれるシィルが笑顔でオレの目の前に千切れた耳を差し出した。無論、耳にはドット処理が掛けられているからオレが吐き気を催す事は無い。


 現在のオレはシィルの治療に魔素を使い過ぎて体に力が入らず、シィルに支えられ村の中を見て回っている。密着したシィルの身体は柔らかく暖かい。女の子と体をくっ付けた事の無いオレは気恥ずかしくも有頂天だった。自然と口も良く回る。


 「へー、やっぱり耳がお金になるんだ。それでどっちの耳。右耳、左耳?」


 「どっちかな? どっちだろ? そこまで聞いた事なかったよ」


 「聞いた事ないって、前も言ってた冒険者志望の“友達”から?」


 「…………」


 あれ? なんでシィル黙っちゃうの。


 ……あっ、やべっ! 浮かれててすっかり忘れてた! 冒険者志望の“友達”は友達じゃなかったんだっけ。恐る恐るシィルの顔を伺うと……。

 ヒィ! コ、コワイ! 無表情の冷たい目で地面の一点を睨んでるよ。美人の冷たい顔って怖いぃ! ここまで嫌われる奴ってどんな奴で何したんだよ。


 「ゴメン、オレ間違えた。えっと……知り合い? そう、知り合いね! ……その子って女の子? 男の子?」


 「……男の子だけどナニ? 女の子ならナードは興味があるって言い……あー、ナードォ、もしかして妬いてるの?」


 ジト目でオレを睨んでいたシィルはすぐにニヤついた表情に変わり、オレの肩に回した手に優しく力を込めてきた。


 「ちっ、違う! ただシィルがここまで嫌う子ってどんな子かなって? 気になっただけだよ。……ホント」


 オ、オレはおっぱい星人だ。ちっぱいには、ぺったん子に興味はない、はずだよ? ただ、初めて出来た女の子の友達関係って気になるじゃん? オレにはこの星にシィル以外の知り合いすら居ないんだし。決してヤキモチじゃないよ。


 「そうなんだ。でもナードが気にするような奴じゃないよ。私の事バカにして、散々意地悪したんだよ」


 「そうか。いやな奴だな、そいつ」


 「そう! ヤな奴なんだよ。私、大っ嫌い! ナードと大違いだよ。ナードはダークエルフの私にも優しくて命も救ってくれたし、それにこんなに強いんだもん!」


 シィルはオレを支えていないもう片方の手で周囲を指し示す。シィルが指し示した周囲のみならず村の至る所は死体で一杯だ。ゴブリンの死体はどれもこれも頭やお腹が内側から弾け飛び、家の壁や木の枝に中身がぶら下がっている。


 オゥフ……。何処の地獄ですか、ここは?


 ドット処理されて無ければ吐いてるな。シィルは平気なのか? などと思ってたら家の角からでっかい銀色のスライムが現れるがオレとシィルは驚かない。タマさんだ。


 タマさんはゴブリンの耳がお金になると聞いて回収に行ってたからな。バランスボール大に膨れたタマさんは裏返るように中身である集めたゴブリンの耳をぶちまけた。


 「二千四百八十五対回収しました。回収率は九十六パーセントと推測します。破壊箇所によりますが推定二千五百八十対は見込めるでしょう」


 耳山を前に元の大きさに戻ったタマさんは少し自慢気だ。


 「じゃあ、タマさんはナードと一緒に休んでて! 残りは私が集めてくる!」


 言うが早いかシィルはオレを地面に下ろして駆けて行った。シィルも病み上がりなんだから無理すんなよ。と言いかけたがオレはその言葉を飲み込んだ。


 オレはシィルに内緒でタマさんに聞いておく事があったんだ。



◇◇◇◇◇◇



 ソフトボール大に戻ったタマさんは転がってきて飛び上ると、地べたに腰を下ろしたオレの頭の上に乗っかる。お掃除ロボットの充電タイムの如く何時ものタマさんの定位置だ。


 オレは自分の小さく細い手と、人間を積み上げたキャンプファイヤーの向こうで立ったまま死んでいる緑のドットおっさんを見比べた。


 おっさんの体は鎧を纏っているが鎧の腹は抉られ、腹の中は空っぽで背骨が見える。あれってオレがやったんだよな。このちっこい手で金属の鎧を抉って腹の中身を掻き出したんだ……。


 試しに地面を引っ掻いてみるが、力が入らないせいか指の跡が薄っすらとしか付かない。オレは緑のおっさんを指さしタマさんに問いかけた。


 「なぁ、タマさん。オレのステータスって全部1だったよね。何であんなことが出来たのかな?」

 

 「はい。ナードのステータスは過去も現在も1のままです。表示上の変化は有りません。ですが相対的変化は存在します」


 む? 謎かけかな?


 「周囲との比較対象はナードが基準となります。距離、重量などの単位はナードの知識を基に、またナードの運動性と云った能力全般もナードが基準となりますので1と表示します」


 むむ? ……その心は。


 「魔素消費前のナードと比較した場合、シルヴィアを始めとする本惑星上で遭遇した原住生物は数値で表すならば全て小数点以下十桁に満たない存在です。小数点以下三桁に達しない存在は脅威対象ではありません。ですのでナードが示した対象を破壊できたのは当然の結果です」


 そっかー。そうなのかー。オレって全長三キロの宇宙戦艦の材料と機能で出来てたっけ? そう考えりゃ戦車対蟻んこみたいなもんになるか。


 「でもさ、今のオレは地面を引っ掻いても薄っすらとしか跡付かないし、一人じゃ立てないんだけど……」


 「ナードは魔素を大量に消費した結果、身体操作機能が大幅に低下しています。身体強度は維持していますので原住生物は脅威ではありませんが、速やかな魔素の補充を推奨します。ナード、掌を広げてください」


 タマさんに言われるまま広げた掌に、タマさんは触手から多量の小粒を吐き出した。キラキラした緑の結晶だ。一個一個は仁丹みたいに小さいな。なんだこれ?


 「結晶化した魔素と思われます。全て摂取した場合、大量消費前の八割まで保有魔素量が回復します」


 「ふーん、これがねぇ? …………モグモグ、味しないね。…………これってどこから持ってきたのタマさん。その辺の民家から?」


 「いいえ、ナードが破壊した原住生物群から採取しました」


 「オエェェェ!」


 破壊した原住生物ってゴブリンの死体か!? 全部一気に食っちゃったじゃん! うえぇぇ、吐きたいのに吐き出せない。……あっ! でも体に力が入るようになった! 立てる、立てるよ! タマさん!


 「ナードォー! 全部集めたよー!」


 シィルが袋を片手に帰ってきた。あの中身が全部ゴブリンの耳か……。そのゴブリンの身体から出てきたさっきの……うぅ、またぎぼぢわるぐなっでぎだ。


 「どしたの、ナード? 立てるようになったんだね、よかったぁ。エヘヘ、そんなナードにお土産です! はいこれ。少ないんだけどね」


 笑顔のシィルから小袋を渡された。なんだこれ? シャラシャラしてて砂って言うか細かな物が入ってる感触だ。……ま、まさかね。


 恐る恐る開けた小袋の中身はさっきタマさんに渡された魔素の結晶。しかも血塗れな上に咽かえる血の匂いのオマケ付き。


 「オエェェェェェェェェェェ!」


 「えぇぇぇ!? だっ、大丈夫! ナード!?」



◇◇◇◇◇◇



 精神攻撃を喰らってダウンしたオレは民家のベッドに横たわっている。


 ぬかった。シィル曰く魔素の結晶は大きい物だと魔石と云って金になるそうだ。せっかく集めてきてくれたのにオレはそれを見て盛大にえずいてしまった。悪いことしちゃったな。シィル、傷付いてなきゃいいけど……。


 「どう、気分良くなった? ……ゴメンね、ナード」


 「うん。ちょっとビックリしただけだから大丈夫。ありがとう、シィル」


 「そ、そんなこと……私が悪いんだもん」


 シィルはスカートをモジモジと弄り俯いてしまう。


 「気にする事ないよ。さあ、良くなったから村を出よう」


 「じゃあこれ。ナードの服も用意したから着替えてね。私、外で待ってるから」


 シィルは包みをオレに渡すとそそくさと出て行った。あれ? 前は着替えを手伝うとか言ってたのに……。オレ嫌われちゃった?



◆◆◆◆◆◆



 ナードは何で私に優しいの? 何の取り柄も無い一人ぼっちのダークエルフなのに……。ナード、おっきくならなきゃいいな。ずっと、ずっと今のまま、私に優しい子供のままのナードでいてくれたら……。でも、何時かナードも大人になって人間の女の子と……ダークエルフの私じゃ……。


 ダメだ。泣きたくなっちゃう。泣いてたらナードが心配しちゃうね。うん、笑っていよう。今は、今だけは私がナードを独り占めしてるんだもん。この時間は誰にも渡さない。例え神様だって私からナードを奪うんなら……フフッ、フフフッ。



◆◆◆◆◆◆



 この村から出発する準備が出来た。ゴブリンが喰い散らかしたせいで食料の補充は出来なかった。武器類も村にはなく、ゴブリンの物を使うのは気が引ける。なので武器は相変わらずナイフのみだ。それでも村から二三本拝借したので心に余裕がある。まともな鍋や食器も拝借したし文明度がぐんっと上がった。


 家探しして金目の物を漁ろうかとも思ったがやめておいた。人間キャンプファイヤーを見ると、この人たちの財産なんだって気になった。まぁ、服や鍋くらいは許してほしい。ナムナム。


 そんなオレとシィルは戦災難民から旅人? にクラスチェンジって感じかな。


 シィルは赤いフード付きマントを羽織り、その下にはディ何とかっていうヨーロッパの民族衣装風の服とスカートだ。スカートの裾周りには羊か山羊っぽい家畜が刺繍されていた。靴も編み上げブーツに変わっている。


 新しくなったオレの服はまた半ズボンだった。黒の半ズボンに薄茶のシャツ。シャツの胸にワンポイントで山羊っぽい刺繍が入っている。そしてフード付きマント。色はシィルとお揃いの赤。……ペアルックかぁ。恥ずかしいけどシィルがお揃いで喜んでるから良しとしとこうか。


 さあ、旅の再開だ。



◇◇◇◇◇◇



 「ナード、前方三キロ付近に移動物体多数を確認しました。当方に接近中。接触まで二十五分十七秒」


 ゴブリンの居た村から西へ向かうこと二日、頭の上のタマさんが思いもよらない事を告げた。いや、人里に向かっているのだから当然と言えば当然か。


 「た、多数ってどのくらい? どんなのか分かる。ゴブリンじゃないよね?」


 「移動総数は推定五百。一部未確認の反応がありますが、大部分の移動物体は砂礫地帯の死骸の魔素反応に近似しています」


 砂礫地帯の死骸ってことは人間か? それ以外ってなんだ? 二十五分も有れば隠れることも出来そうだけど、初めての生きた人間に会ってみたい気もする。


 道の先を見ると左手、南の山に通じる横道が見えた。あそこで待ち受けようかな。ヤバそうな人達ならあの道から山に逃げよう。


 ドキドキしてくるな。心臓ないのに……。



◆◆◆◆◆◆



 「はあー」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、今の状況を考えると自然と溜息が出る。


 気が重い。領主からの強制依頼で冒険者ギルドが引き受けざるを得なかった“ブンゲル村のゴブリン掃討”がどう考えても貧乏くじだ。捨て駒と言ってもいい。三千近いゴブリンはまあ、五百近い冒険者全員で当たれば低位の者に被害は出るだろうが何とかなるだろう。問題は“赤耳”ゴブリンロードが居ることか……。


 “ゴブリンロード”単体なら元Aランクの俺一人で苦も無く始末できるが、配下が三千も居ると少し違ってくる。“ゴブリンロード”は統率者の能力で配下を手足の様に使う並みの軍隊よりも厄介な敵だ。それを相手に十五日間の時間稼ぎを領主に依頼された。その間に領主は領軍に召集を掛ける手筈となっている。しかし俺達が全滅すると想定して前金をケチりやがった。前金、後金は半々のはずを二・八とはな。


 「はあー」


 返す返すも溜息しか出ない。馬車はその死地に刻一刻と進んでいる。


 「……ギルド長……ファルマン!」


 「ん? あぁ、悪かった、ダリア。それで物資はどうなんだ」


 「……ポーションは少し心許無いけど、戦闘が始まれば多分余り気味になるわね」


 俺の溜息を嗜めた秘書である妻のダリアは非情な言葉を口にする。ポーションの必要がない死者が続出することを予想してだろうがもう少し言葉を選んでくれ。この馬車に同乗している周囲のギルド職員も些か顔が強張っている。


 「ここまで付き合ってくれて済まないな。街に帰ればギルドから臨時賞与を支払う書面が金庫にある。何があっても生き残ってくれ。あと、娘のマリーの事に礼を言う。皆、ありがとう」


 俺は職員に対し頭を下げた。辞めるか逃げても誰も責める者は居ない死地へ全員が付いてきてくれたのだ。しかも同じ職員である娘を留守番と称し街に残してくれた。この事は妻であり母でもあるダリアも同じ気持ちだ。今、俺と共に皆に頭を下げている。


 「そんな! 頭を上げて下さいよ、お二人共。自分等は死ぬつもりなんてこれっぽっちも持ってません。俺はギルド長の、“剣獅子ファルマン”の剣技が見たかっただけなんですから」


 「そうそう、私は“氷の花”のダリアさんに憧れてギルド職員になったんだもん。一度くらいその魔導が見たいよね」


 「マリーだって私らの中じゃ最年少だし妹みたいなもんだよ。職員になって三月で死ぬなんて可哀想じゃん?」


 「あら? あんた死ぬの? じゃあ、あんたの彼は私が貰ってあげるわ。商家のボンボンだったわね。楽しみー」


 「あ゛ぁ? ゴブリンよりも私に殺されたいの、あんたは?」


 職員の皆は口々に各々の理由を述べてくれるが俺とダリアを慮ってのことは痛いほど伝わってくる。職員達の覚悟は受け取った。後は親睦会と称して連れて来た冒険者達だが……。


 「ダリア、今どのあたりだ?」


 「もうすぐ山の村に向かう分かれ道よ。領都ガーベラとブンゲル村との中間ね。ブンゲル村まではあと二日かしら」


 頃合いだな。ここまでくれば冒険者の連中も腹を括るだろう。



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