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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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006.オレ、何かやっちゃいました?



 村の中央、収穫期には市が開かれ祭りや結婚式が行われる笑顔が行き交う広場。その場所では今、笑顔を苦悶に変えた住民の死体が積み上がり火が掛けられている。そして周囲にはその火を掛けた存在が数多の躯を晒し、ひと際大きな緑の生き物と褐色の肌の少女が戦っていた。



◆◆◆◆◆◆



 王は苛立っていた。たかが一人のエルフに何故こうまで梃子摺るのか。人間の冒険者を、両手の指で数え切れない数を同時に相手取ったこともあると言うのにだ。理由は単純だった。稲妻が齎した全身の火傷により体が引き攣り、本来の力が発揮できない事。武器も握れず己の爪しか使えないのだ。


 王は黒いエルフのナイフを腕で受け止める。致命傷にはならない。掠り傷だ。それが増々王を苛立たせた。エルフなら弓矢で遠くから王を倒せるはずだ。さっきの魔法でもいい。しかしナイフ一本で向かって来た。舐められている。弄ばれている。数多の部族を従えたこの自分が、多寡がエルフの小娘にだ。ギリギリと奥歯を噛み締める。


 王の苛立ちは限界を迎えようとしていた。



◆◆◆◆◆◆



 またナイフが当たった。


 緑の肌に禿げた頭とゴツゴツとした顔に私と少し違う尖った耳。耳の色が赤くて身体も大きく、聞いたのとは少し違うけど多分これは“ゴブリン”だ。


 孤児院で誰よりも先に立って私をイジメたあいつ。冒険者になるって自慢げに言ってたあいつ。お前は何にも知らないだろうって得意顔で私をバカにしたあいつ。


 悔しいけどあいつの言っていた特徴と同じ。


 その“ゴブリン”と私は戦っている。ナイフ一本で。


 ナードの魔法で体の至る所に火傷を負ったゴブリンは弱っている。武器も使えず手足を振り回すだけ。それを躱してナイフを振るう。


 でも、私は焦っている。このままなら何時かはゴブリンを倒せるかもしれないけど、私はナードが来るまでに倒したい。手足は傷付けられても体は金属の鎧を着ていてナイフが通らない。じれったい。あと少し踏み込めばゴブリンの首筋にナイフが届くことは判っているけど私も危ない。でも、このゴブリンを倒してナードと一緒に居るためには勇気を出さないと……。


 意を決した私は前に出る。左から振るわれるゴブリンの右爪を身体を後ろに逸らして躱し、一歩前に。右からの左腕をしゃがんで躱しさらに一歩。しゃがんだ私を蹴り上げる右足を身体を半身に逸らしてもう半歩。そして、しゃがんだ姿勢から飛び上った私はゴブリンの首筋にナイフが届く所にいる。


 が、次の瞬間、ゴブリンの頭が目の前に突き出された。衝撃と痛み。鼻の奥から何かが勢いよく噴き出した。宙に浮いた私はゴブリンの頭突きを喰らったのだと理解した瞬間、お腹に熱い何かを突っ込まれ地面を転がった。


 痛む顔に手をやるとドロリとした液体が手にべっとりと付いた。鼻血だ。ドロドロと尽きる事無く鼻から流れ出てくる。熱くズクズクと脈打つお腹からもドクドクと血が出ている。ゴブリンは笑っていた。火傷だらけのゴツゴツした歪んだ笑顔だった。右爪に付いた私の血を舐め笑顔を深める。


 「あぁぁぁぁ!」


 「あぁー! 何やってんだ!? ゴルァ!」


 私の叫び声にナードの叫びが重なった。


 ナード怒ってる。……そうだよね。勝手に飛び出して勝手にやられちゃったんだもん。嫌われちゃったかな。……ナード、一緒に冒険者になれなくてゴメンね。



◆◆◆◆◆◆



 事案発生! 事案発生! 少女が緑のドット絵のおっさんに襲われてます!


 シィルは血溜まりの中に倒れこんでるし、緑のドットおっさんは右手の指を舐めている。おい!おっさん! 舐めて滑りを良くした指をどうするつもりだコノ野郎!


 オレは女の子が酷い目に遭うシチュは好みではない。むしろ嫌いだ、大っ嫌いだ。キャッキャウフフでないとダメな男だ。それを……それを……キレちまったよ!


 「うおらぁぁぁぁぁ!」


 オレは必殺グルグルパンチをしながら緑のドットおっさんに突っ込んだ。敵わないまでもシィルの仇を討ちたかった。


 サクッ! サクッ、サクッ、サクッ、サクッ、サクッ……。あれ? 感触が無い?


 おっさんが怖かったオレはキレていても当然の如く目を瞑っていたのだが薄目を開け驚いた。緑のドットおっさんの腹が消え失せていたのだ。



◆◆◆◆◆◆



 王は満足していた。漸く黒いエルフの血を味わえたのだ。部下の知らせにあった人間の子供が出てきたが物の数ではない。黒いエルフが倒れた今、魔法の脅威は無いのだ。人間の子供にあのような魔法が使える筈が無いのだ。もう王にとっては料理が一品増えた程度でしかない。


 愚かにも人間の子供は腕を振り回し向かって来た。鼻で笑う程でもないと思った。王は力を示してやろうと受け止めるべく右腕を差し出した。遊びであった。弄ぶつもりだった。しかし、王の意に反し子供の拳が当たった箇所が抉り取られた。拳の形に。異常に切れる刃物でもこうは切れない。夢でも見ているのかと王は思ったが、それが現実であると痛みが告げる。


 防ごうとした指が、腕が、金属の鎧が、その下の筋肉に覆われた身体が、腸が、子供の拳の前に何の抵抗も無く抉られ掻き出されていく。


 こんなバカな事が有るはずがないと思った王は、立ったまま腸を掻き出され息絶えた。



◆◆◆◆◆◆



 緑のドットおっさんの足下には肉色のドットの塊が沢山ある。……はて?


 目を上げると微動だにしない緑のドットおっさんの腹は肉色一色で真ん中に一本白い棒が見えた。これってもしかして……ふむ、オレは考えるのをやめシィルの様子を見ることにしようと思う。


 「シ、シィル。大丈夫?」


 シィルの綺麗な顔は鼻血で赤く汚れ、お腹からも血が流れている。どう考えても大丈夫そうではないが、オレはそれしか声の掛け方を知らない。


 「ごえんれ、なーろ。かっれなころしちゃっれ。わらし、もう一緒に冒険者にられそうにらいろ……ごえんれ、なーろ」


 鼻血で上手く喋れないシィルの言ってる事がよく分からない。いや、意味は分かるのだがオレは理解したくなかった。


 「な、何言ってんのかサッパリ分からん! 怪我なんてタマさんが治してくれるよ。そ、そうに決まってる。タマさんすぐ来て! タマさーん!」


 「ナード、シルヴィアは十二分四十二秒後に循環液喪失によるショック症状により活動を停止します」


 いつの間にかオレの後ろに来ていたタマさんが笑えない冗談を言う。随分人間っぽくなったな、この銀玉。


 「ア、アハハハ。ヤダな、タマさん。シィルのポキーって折れた腕だって治せただろ? つまんない冗談言ってないでパパッと治しちゃってよ」


 「単純損壊ならば可能ですが、喪失した循環液の補充、重度に破損した臓器の修復に使用する生体素材が不足しています」


 「せ、生体素材って……周り見てよ、死体だらけじゃん! それ使えばいいじゃんか!」


 「同一種で無い生体素材を使用するにあたり、遺伝情報の削除から開始しなければなりません。その処理中にシルヴィアは活動停止します。現状では無意味な行為です」


 オレは辺りに散乱する緑の死体を指し示すがタマさんの答えは無情な物だった。でも……。


 「タマさん現状ではって……どうにか出来るってこと?」


 「許可出来ません。ナードの保護責任を一時的に放棄することになりますので推論としてのみ存在します」


 オレは視野が急に狭くなる感覚に襲われつつもタマさんに続きを促した。


 「……へー、ちなみにどんなこと?」


 「シルヴィアの身体細胞の活性化です。造血機能及び身体の自己再生機能を活性化させ破損部位の再生を行います」


 「な、なんだ、タマさん。簡単そうじゃん。ビックリさせるなよ。もう」


 「ですが、活性化素子の製造にナードの魔素を大量に使用します。試算ではナードの生体再現機能をはじめ精神活動にも影響を及ぼしかねません。また、シルヴィア自身の肉体への副作用も懸念されます。急激な活性化による遺伝情報の誤複製と悪影響……」


 「いいよ! ……もう、いいよ。タマさん」


 そう、もういい。……シィルが死ななきゃソレでいいや。


 ホントならオレ死んでたんだし、この星に来なくてもキモオタクソニートなんだから明るい未来も無かったしな。


 ……初めて女の子の友達が出来て、しかもダークエルフなんてキモオタクソニートにしちゃ上出来だよ。異世界転生って夢まで見れたんだから。


 「じゃあ、それやっちゃってよ、タマさん。ささっとね」


 「ですが……」


 「いいからやってよ! オレ、シィルと一緒じゃなきゃ嫌だ! 生まれて初めて出来た……友達なんだ。そのシィルが死んじゃったら……オレ……」


「……分かりました。ナードはシルヴィアの横に」


 頑固なタマさんも折れてくれた。オレはシィルの横に寝転び横目でシィルの顔を見る。既に意識は無く、血を流し過ぎたのか唇はカサカサで綺麗な顔が血だらけで台無しだ。


 「あっ! タマさんさ、治すときにシィルがもうこんな目に……うーん、何て言ったらいいのかな……なるべく死なない様にしてあげて。可哀想じゃん?」


 「……ナードがそれを望むのならば。では治療を始めます」


 「おう! どんとこいや、タマさん!」


 オレとシィルの真上に浮かんだタマさんが変形を始めた。細く長く伸びていき、宇宙戦艦の機能を使用したときに描かれた魔法陣の様に空中に模様を描く。それは集積回路よりも何百倍何千倍も細かく見える。そのタマさん魔法陣から極々細い針の様な触手が降りてきてオレの額に触れたとたん意識は暗闇に閉ざされた。



◆◆◆◆◆◆



 ナードの要請は理解不可能だった。星間文明も未構築な保護する価値も無い原住生物に何故ナードが執着するのか。無意味で無駄な行為と言える。魔素の浪費でしかない。しかし、現在はナードの精神安定性を優先し可能にすべきと判断した。先ずはシルヴィアに投与する遺伝子改造微細素子の設計に取り掛かかる。急がなければ時間と共にナードの魔素は急速に失われていくのだ。


 微細素子は破損個所の修復とナードの要請である“永久的活動”を兼ねていなければならない。選択したのは細胞の管理された無限増殖。これは主要部位と臓器の損傷、体液の危機的喪失など、生体に危害が加えられた際に発動するよう条件づけ、遺伝情報で得られる種族的最高到達点と増殖限界点を同期させた。


 また、老化因子等の自己崩壊因子の管理を行い、細胞の誤複製等の副作用と“永久的活動”に対応する。


 これで魔素の供給さえあればシルヴィアは半永久的に種族的最高能力で活動でき、外部要因によって活動停止に陥る事態にも対処できる筈だ。


 設計した各機能の干渉と齟齬が無いか細かな試算を行う時間はナードの消費魔素と比較すれば無駄である。無価値な下等文明生物であるし、恐らくナードの要請をクリアしている。


 私は設計製造した遺伝子改造微細素子群を躊躇なくシルヴィアへ投与した。



◆◆◆◆◆◆



 寒かった。そして暗かった。


 (な……、なーど、……ナード)


 女の人の声が聞こえる。


 オレは重たい瞼を頑張って開けると目の前に女の人の顔があった。


 年の頃は二十歳ぐらいの整った顔立ちの超ー美人さん。誰だろう? 褐色の肌に翠の眼。艶やかな長い銀の髪は緩やかに波打っている。


 ……オレ、こんな美人のお姉さん知らないや……夢を見てるのかな? 夢? オレいつの間に眠ってたんだろう。確か唐揚げを買ったコンビニの帰りに河川敷で……。


 (ナード、大丈夫?)


 翠の瞳に涙を浮かべた褐色美人のお姉さんはオレの顔を覗き込み心配そうに尋ねる。オレってナードって名前だっけ? 思い出せないけど……美人のお姉さんが言うならそうなのかも。


 (……寒……い)


 オレは回らぬ舌を何とか動かし、やっと言葉が紡ぐことが出来た。


 (大丈夫だよ、ナード)


 お姉さんの優しい声と共にオレの顔は柔らかなモノに包まれた。フワフワモチモチしていい匂いがする。そして温かい。オレはもっと温もりたく、その柔らかいモノにグリグリと顔を押し付けた。


 (うっ、んっ……。ナードはその、あの……お、おっぱいが好きなの?)


 (……おっぱい? 柔らかくて温かくていい匂い……うん、おっぱい好き。……気持ちいい)


 (ウフフッ、じゃあ、ずっとこのまま温めてあげる)


 オレの顔は更にギュッとその温かい物に包まれ、心が溶けていく様に再び眠りに落ちていく。


 (……ありがとう。ナード)



◇◇◇◇◇◇



 「あぁー、無い! 無くなってる!? ……元に戻ってるよ……な、なんで……どうしてタマさん!?」


 オレはシィルのけたたましい声で目が覚めた。


 シィルはタマさんを捕まえ、何か無くしたことを問い質している様だが、まだオレの頭はぼんやりしていて状況がつかめない。でも、シィルの怪我は治ったようで安心した。


 「シルヴィアの損傷部位が完治したため元の体型に戻ったと推測します。治療目的の急速な成長を誤複製と認識した自己崩壊管理素子の防衛反応です。通常の成長は可能と判断しますので問題ありません」


 「ご、ごふくせい? ぼーえいはんのー? ……って難しくて何言ってるか全然分かんないよ、タマさん! もう! 折角大きくなったのにぃ……問題おおありだよぅ……」


 ……なんか二人ともうるさい。でも、いい夢を見た気がするな。何の夢だったんだろう。夢の内容はすぐに思い出さないと忘れるって言うけど。んーなんだっけ? なんか柔らかかったような……まぁ、シィルが無事ならどうでもいいか。


 「ふぁー、おはよう、シィル。体はもう大丈夫?」


 「う、うん、大丈夫。……お、おはよう、ナード」


 指をイジイジ絡ませながら返事をするシィル。唇を尖らしそっぽを向いたままだ。


 「なんか騒がしかったけど何か無くしたの? 一緒に探そうか。どんなもの? 何が無くなったの?」


 「な?! なな、何って……そんなこと……そんなこと恥かしくて言えないよ……バカ」


 シィルはぺったん子の胸を押さえ背を向けてしまった。


 なんなんだ一体? 何を無くしたんだ。サッパリ訳が分からん。これはアレか? あのセリフを言わなきゃならないのか? 言いたくないんだけど言わなきゃいけないんだろうな。異世界のお約束ってやつなら仕方がない。




 「オレ、何かやっちゃいました?」





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