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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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005.流石です、宇宙戦艦



 『モヤセ!モヤセ!モヤセ!』


 制圧した村の広場に積み上げられた老若男女の死体の前で、周囲に比べ二回りは大きい個体が命令を下す。大きな個体の周囲に侍っていた小柄な人型生物は、命を受けると喜々として周囲の家屋から家財道具を持ち出し、死体の周囲に並べ火をつけた。


 生き物たちは“人”の形はしていたが“人間”とは些か異なっていた。体格は平均的な成人男性より小さく、肌の色はヨモギ色をし、頭部は禿げ上がり尖った耳を生やしている。ゴツゴツとした顔に炎が深い陰影を穿ち“人間”が焼ける様をニタニタと楽しんでいる。


 大きな個体はその様を見てうなずく。


 ここまで部族を大きくするのに季節が数度巡ったか分からない。片手の指では足りなかったことは確かだった。従えた各部族の長達を将軍とし、大きな個体は自らを王と名乗った。しかし、大きくなった部族の腹は山の生き物たちでは賄えなず常に飢えを抱えていた。


 或る夜、王は空が光るのを見た。山の向こうは人間の住む魔素の薄い世界。人間に対する憎悪と恐怖が染みつき怯える配下を引き連れ光を目指した。光の下に何かがあると思った。そしてこの“人間”の集落を見つけ襲った。少しばかりの“人間”を取り逃がし、数人の仲間を失ったがさして気にはしなかった。我らは“人間”と違いすぐに増えるのだ。


 “肉”に齧り付き咀嚼し飲み込む。周囲の配下も同様だ。“人間”の集落を襲い家畜を喰らい、足りなければそこらに転がる“焼けた肉”を喰らう。


 王を始め部族の皆が“人間”を嫌っていた。何故かは分からない。とにかく嫌いだった。だから“肉”を喰らう部族の皆は満足だった。皆がその肉を喰らい笑顔でいる。


 故に王は満足だった。



◆◆◆◆◆◆



 山裾を流れる小川沿いの道を西へ進む。


 道の幅は三メートル位。道の中央に轍がある事から馬車か何かが通っているのだろう。しかし草に埋れた所が多々あり、頻繁に行き来しているとは思えない。


 それでもオレとシィルは西に向かうしか無い。北が何処に繋がるのかシィルは知らない。とりあえず西に迎えば帝国に着くのだ。そして道を進む事二日で集落を発見した。


 広々と広がる麦畑の向こうの山々を背に二、三十軒ばかりの家屋が見え、道は小川と共に麦畑を通りその集落へ繋がっている。


 遠目にも集落の中心で焚火でもしているのか煙が一条、天に昇るのが見えた。


 「ねえ、シィル。なんか臭くない?」


 「な!? く、臭くないよぉ! 私、毎日身体拭いてるもん! スンスン……少し匂う……かな?」


 オレの言葉にシィルは服の襟元や脇の匂いを気にする。二人共着た切り雀だもんな。でも、オレの言いたいのはそういうことじゃないんだ。


 「いや、シィルじゃなくて空気、多分あの煙。……嫌な臭いがする。何を燃やしてるんだろ?」


 オレは嗅いだことのない嫌な臭いに顔を顰めるがシィルは感じないらしい。


 「エヘヘ、からかわないで、もう。……どれどれ、んぁ! ほんとら、なんらくらい!」


 深呼吸したシィルも匂いに気が付き鼻を摘んだ。オレ達は麦畑の中、集落まで三百メートルの位置に居る。周囲の麦は実を付けているがまだ青々とし、収穫を祝っている祭りではなさそうだ。


 「シィル。この時期になんかお祭りってあるの? 神さま的な?」


 「んー、ないろ思うろ。れいこくはろうか知らないけろ、王国は無かっらはるらろ」


 この季節に祭りが無いってことはあの煙は……火事かな?


 「タマさん、周辺探査してみて」


 「了解しまし……前方建造物周辺に生物反応があります。砂礫地帯の死骸とは別種の反応です。推定二千八百三十体。内二十六体がこちらに向け進行中。接触まで四分四十六秒」


 「ファッ!? な、なんでタマさん気が付かなかったの!? でっかいサソリの時は五キロ先でも気が付いたよね!」


 「周辺環境と個体の魔素量の違いによるものです。砂礫地帯の大型個体と比較し保有魔素量が微小である事が周辺の空間魔素量と他生物との識別に紛れてしまった結果です。登録しましたので以後判別可能となります」


 うん、ならしゃーない……訳あるか! ヤバイって!


 「シィル。なんかが集落に居るって、二千八百人くらい! どう考えてもあの集落に住んでる人数じゃないよ。どうしよう、冒険者志望の友達にこんな時どうしたらいいか聞いた事ない?」


 「あんな奴は友達なんかじゃない! 私の友達はナードとタマさんだけだよ!」


 ヒェッ! シィルさん、目くじら立ててそんな悲しいこと言わないで。オレも初めて女の子に友達認定されて嬉しいけど、今はそういう時間じゃないんだよ。


 「ナード。さらに左右から六十七個体が移動を開始しました。こちらを包囲する意図ありと認めます」


 オゥフ。どーすべ、た、戦うか? 魔法使っちゃうか? 村ごと焼いちゃうか? この辺一帯丸ごと溶かしちゃうか? でも、もし人間が居たら……。


 「タマさん、向かって来てるのは砂漠にいた様な人間じゃないんだよね。シィルみたいなエルフとも違うんだよね」


 「はい、ナード。魔素を始めとする各波長による探査、いずれも登録生物には合致しません」


 人間じゃ無ければ、エルフじゃ無ければ……ヤるしかないか……ん? 波長ってタマさん言ったね?


 「あのさタマさん。波長でこんなこと出来るかな? ゴニョゴニョで、ゴニョゴニョなんだけど」


 「極近距離探査機能の波長変換で再現できます。……出力も設定数も問題無く、試算の結果も対象の破壊を確認しました」


 「フハハハハハ、これで勝てる! シィル、よっく見てて。大魔導士ナード誕生の瞬間を! オレはやれば出来る子だから、いらない子じゃないからね!」


 「う、うん。だ、大丈夫、ナード?」


 心配そうにしているシィルをよそにオレは殲滅の準備に入った。



◆◆◆◆◆◆



 宴の最中、異形の王に配下から報告が入った。人間と黒いエルフの子供が集落に近づいているというのだ。王は耳を撫でながら考える。思案に耽るときの王の癖であった。王の耳は部族の誰とも違い赤かった。敵味方から“赤耳”と畏怖を以って呼ばれる所以であり、また、それは王の誇りでもあった。


 人間は子供であれ殺せばいい。だが、エルフをどうするか。同じ亜人と呼ばれる種族ではあるがエルフは人間の次くらいに嫌いだ。それにエルフの魔法は侮れない。しかし、“黒いエルフは雌だ”という追加の報告で悩んでいた王の腹は決まった。


 『コロサズニ、ツカマエロ』


 黒いエルフを犯したことも、そして喰ったことも無い。


 王は涎を垂らし配下に号令を下した。



◆◆◆◆◆◆



 オレの視界には目標を示す赤い光点が表示され集落内の赤い塊からオレとシィルを抱え込む様に左右へ手を伸ばしている様子が見て取れる。視界の隅にある包囲完了までの時間は一分二十秒を切った。


 だが、全ての準備は既に終わっている。後はオレが視界で点滅する表示にGOサインを出すだけのとても簡単なお仕事なんだけどぉ……。


 うーん、狩るんじゃなくて殺すことに躊躇いは有るが友好的なら包囲なんてしないよな。囲んでボコるなんて……囲んで……ボコる……。むむ! なんか凄く嫌な記憶が甦りそう。考えるのはヤメヤメ。


 「えーと、先ずはこれか? 電磁防壁作動っと」


 「えっ!? 魔法陣って……ほんとに魔導士!?」


 空気を震わす音を発し、半透明の幾何学模様を浮べる半球形の魔法陣ドームがオレとオレの背中に張り付いたシィルを包み込む様に現れた。これはタマさんに頼んでシィルにも見えるよう電磁防壁を可視化したためだ。タマさんは無意味で無駄な行為だって愚痴ってたけどな。フフッ、驚けシィル。


 「よし! 準備完了。それでは指向性電子ビーム発振! ポチっとな」


 オレの言葉と共に頭上にそれぞれが同一の幾何学模様で描かれた魔法陣が三つ出現し、そのゆっくりと回転する各々の魔法陣から放たれた千以上の紫の稲妻は大気を揺らすことなく麦畑と村を貫き設定した目標に照射された。


 オレがタマさんにお願いしたのは電子レンジ。周辺探査の波長を変えるだけでやってくれました。元が宇宙戦艦の機能なので出力と同時照射数は余裕らしい。万単位で個別焦点を設定できるなんて流石宇宙戦艦だね。紫の稲妻は立体映像。無駄な演出だがカッコいいだろ。


 なんて思ってたらすぐです。グギャアァァって叫び声と共に麦畑の中で赤い花がボンッと咲きました。緑の麦畑の至る所で赤黒い花が咲き、道が出来たかのように村まで続く。そしてオレの視界に表示された光点は、悲鳴と爆ぜる音が起きる度に数を減らしていった。



◆◆◆◆◆◆



 「えっ!? 魔法陣って……ほんとに魔導士!?」


 ナードが描いた魔法陣に驚いた私の眼に紫の光が飛び込んでくるのをとっさに目を瞑り堪えた。すぐに悲鳴と何かが爆ぜる音が聞こえる。孤児院の竈の薪が爆ぜる音に似ていたけどバチブチュ、バチブチュと嫌な音。


 恐る恐る開けた目に映るのは何処か不安を掻き立てる麦畑。


 新緑の麦畑に赤黒い血の道が二筋出来ていた。


 村の方からもバチブチュ、バチブチュと変な音と悲鳴が聞こえる。さっき聞いた数よりも沢山。


 私はしがみ付いたナードの背中から離れる。ナードは自分の事をいらない子って言ってたけど違う。いらない子は私。いらないから奴隷に売られた。いらないから皆に知らんぷりされる一人ぼっち。


 でもナードとタマさんは違った。私の事を助けてくれて、ダークエルフだからって嫌な顔も無視もせずに私と話もしてくれた。孤児院に居た時は誰も相手にしてくれなかったのに……。それに魔法も強くしてくれたし、私を、び、美人だとも言ってくれた……。


 勿論、私だって自分が綺麗じゃないって知ってる。誰もが私を不細工って罵ってイジメたから、ナードが言ったのもお世辞だと思ってる……けど涙が出るほど嬉しかった。


 ナードは凄い。今も“魔法陣”を四つも同時に使った本当の“魔導”を使ってる。住むところも無くて裸ん坊で河原で寝起きしていたナード。親替わりの変わったスライムと一緒でも一人で生きてきたんだ。……強いんだねナードは。


 そんなナードに私は必要なの?


 一緒に冒険者になるって言ってくれたけど、ちょっと強い生活魔法しか使えない私は本当にナードと一緒に居ていいの? 足手まといのお荷物じゃないの?


 「あれ? 一体残っちゃったよ。タマさん、どーしよ?」


 私はナードの言葉が終わらぬうちにナイフを握り締め駆け出していた。


 私だってやれば出来る。私はいらない子じゃない。私がナードと一緒に居ていい事を私自身に証明するために残りの一体は私が……殺す……。



◆◆◆◆◆◆



 配下が爆ぜて行く。


 熟れた果実が内側から中身を撒き散らす様に。だが、悲鳴と共に周囲に飛び散るのは種や果肉ではなく、腸や脳漿。体に開いた破孔はグツグツと湯気を上げ煮えたぎっている。


 “ソレ”は雄も雌も子供も大人も兵も将軍も区別は無かった。そして王自身も。


 予想だにしなかった惨劇は王の身体も襲った。身に纏った金属の鎧に稲妻が走り肌を焼き、肉を焦がす。その突き刺す痛みに王は叫び転げまわった。人間の冒険者から奪った鎧の呪いかと王は思ったがそうではない事に気が付いた。鎧を纏っていた王のみが何とか生き残ったからだ。


 鎧の隙間から流れる血を見て王は生きていることに感謝し、周囲の配下だった肉と腸を見て激怒した。数え切れない配下をほんの僅かの間に全て失ったのだ。何処かに生き残りはいないかと辺りを見回した王の眼にこちらに駆けてくる黒いエルフが映った。


 コイツノセイダ。エルフナラ、クロクテモエルフダ。コイツノマホウダ。


 王は吠えた。


 犯す事、喰らう事、全てを忘れた。唯、殺す事。辺りの血肉に黒いエルフの血を加えること。それのみが王の脳を支配した。



◆◆◆◆◆◆



 「あれ? 一体残っちゃったよ。タマさん、どーしよ?」


 オレの視界に残った一つの紅い光点。どーすべ、サソリみたいに消すか、魔法で焼いちゃうかとタマさんに相談しようと思っていた矢先、シィルが村に駆けて行った。何考えてんの、あのダークエルフは?


 オレを死体だらけの中に置いて行くなよ、怖いだろ! 泣かせる気か!


 慌ててシィルを追いかけようとしたが思わず二の足を踏んでしまう。うん、周囲の死体がね……。グロ耐性ないからさぁ。


 「ナードどうしました。シルヴィアを追跡しないのですか?」


 「いや、そのつもりなんだけど死体がね。気持ち悪くてさ」


 「では、特定物体に対する視界の解像度を下げ、精神的負担を軽減します」


 タマさんの言う通り、視界の片隅に捉えていた破裂した緑の肌の死体にモザイクが掛けられ、ドット絵状に変化した。リアルな風景にドット絵の死体。


 「おぉう!? ……こ、これはこれで凄い違和感があるが不快感は無くなった」


 今のオレはR15指定の小学生だもんな。これなら安心してシィルを追っかけられる。



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