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~NERD~ 陰キャの異世界放浪記  作者: はぜの木屋
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004.オレって役立たずのいらない子?



 夜の砂漠。


 大地と空が黒の濃淡で塗りつぶされた世界を赤い炎の矢が切り裂いていく。帝国へ向かう旅の最初の夜、タマさんを頭に乗せたシルヴィアは砂丘に向け魔法を放っていた。


 「タマさん、今度はどうかな?」


 「魔素の魔力への変換効率は向上しましたが、火力に変化は有りません。到達距離二百九十六メートル、最終温度千八百六十六℃です」


 魔法かぁ……収納魔法もそうだけど、この星って異星と言うよりも、異世界って言ってもいいんじゃないの?


 タマさんの収納魔法に思う所が有ったのだろうシルヴィアと、未確認粒子を魔素と呼び魔法を行使するシルヴィアに興味を持ったタマさんの思惑が一致した結果、シルヴィアは知っている魔法を、タマさんはその魔力の効率化と威力の向上を教え合っている。


 そしてタマさんは記録した魔法をオレに順次アップデートしている。オレは視界に表示されたその魔法に名前を付けるだけの簡単なお仕事を任された。一度名前を付けてしまえば表示を選択するだけで魔法が使える。楽っちゃ楽なんだが……。


 「うーん、どうやったらナードみたいになるのかなぁ。ねぇナード。もう一回やって見せて」


 オレは視界に表示された照準レクチルを空と大地を分かつ砂丘の稜線に固定し左手を向けた。距離は一キロ半。レクチル横の“ファイア”と名付けた火の“生活魔法”を使用する。オレの手から放たれた“青白い光線”は狙い違わず目標に命中し、砂丘一つを溶解させてしまった。


 「うぁー、やっぱり凄いね! 私と同じ“生活魔法”であんな事になっちゃうんだもん」


 「そうだね。……なんであんな事になっちゃうんだろうね」


 シルヴィアとオレが使用した魔法は“生活魔法”と言われる呪文も使わない最低ランクの魔法らしい。普通は竈に火を入れたりする手のひらサイズの火の玉を創る魔法だそうだ。それをタマさんの指導で立派な攻撃に使えるレベルに向上させたシルヴィアは正直凄い。流石ダークエルフ。エロフって思ってごめんなさい。


 そんなシルヴィアはオレの魔法を凄いと賞賛するがオレのは唯のチート。所謂ズルだ。タマさんの監修が入って魔法自体がカリッカリッにチューンアップされている。しかもオレの身体は生物とは組成が違う。謎金属の上に変換やら増幅やら多重、多元位相がどーたらと、とにかく粒子に対して高効率。それ以上の詳しい事はオレはタマさんに聞かなかった。聞いても意味分かんない。ヒキニートだもん。


 オレはちらっと先程放った“ファイア”の着弾箇所に目を向ける。一キロ半の距離が開いていても溶けた砂丘は漆黒の砂漠を煌々と赤く照らしている。


 うーむ、“オレ、何かやっちゃいました”では済まないな。まだ大サソリを退治した宇宙戦艦の機能の方が可愛げがある。でも、あれも攻撃用では無いってタマさん言ってたなぁ……。


 「あー、どうしようっかなぁ」


 オレは砂漠に敷いた天幕の上に寝転び夜空を見上げた。


 異世界でチート無双? オレTUEEE? ……オレには到底無理だ。


 チートがあってもオレの心はキモオタヒキニートの時と変わらない。強くなろうとか思わないし思えない。ビビりでヘタレでグロ耐性も無いし、ケンカするのも怖いからなるべく穏やかで人畜無害に暮らしたいんだよな。……出来れば巨乳のお姉さんとキャッキャッウフフしながらさ。


 「よいしょっと。どうしたの、ナード」


 「んー、何でもない」


 オレの横に寝転んだシルヴィアが問い掛けてくるが話せる内容では無い。特に巨乳のお姉さんとキャッキャッウフフなんて件はぺったん子には残酷すぎる。無い胸を更に抉るような言葉を口に出来ないオレは生返事をしてシルヴィアに背を向けた。


 「……やっぱり、ナードも私がダークエルフだから何も話してくれないんだね……」


 いやいや、ぺったん子に配慮したんだけど……。慌てて振り返るとシルヴィアは泣いていた。面倒くさいな泣き虫ぺったん子は。


 「そんなことないよ、シルヴィ……」


 「エヘヘ、じゃあ、お話ししよう。ナードは何で砂漠に居たの?」


 ウソ泣きかよ、まったく。異星人でも女の子は変わらないな。……まぁいいや。


 「うーん、何でって聞かれても……河原で寝てて気が付いたら砂漠で寝てた?」


 「えっ!? 河原でって……。お父さんやお母さんは? お家があるんでしょ?」


 「父ちゃんと母ちゃんは居ないし家も無いよ。タマさんが親代わりになるのかな」


 別の星に来てしまった訳だからこの星には両親は居ないし住むとこも無い。オレを甦らせたのはタマさんの本体の宇宙戦艦だから親代わりというのは間違ってないだろう。


 「ふぐっ! ナ、ナードも苦労したんだね。グスッ。でも、もう心配ないよ。私が家族になってあげるから。うぅぅぅぅぅぅ」


 ……何か激しく勘違いしたな。マジ泣きだよ。


 「いや、あのなシルヴィア……」


 「待って! シルヴィアなんて他人行儀な呼び方は嫌! シィルって呼んで! ……そ、それで悩み事が有ったら、お、お、おネェシャンがき、き、聞いてあげるよ?」


 はぁー、面倒くさい噛み噛みぺったん子。でも……オレの事を心配してくれてんだよな。


 「シィルはこれからどうする? どうやって暮らしたい?」


 「ナード!? 暮らしたいって、それって私と……エヘン! わたし? え、えーと……あっ! 私は冒険者になるの。タマさんのお陰で魔法も大分使えるようになったしね!」


 「ふーん、冒険者かぁ……そうだなぁ」


 オレが異世界で人生をやり直すって言っても家も後ろ盾も何も無い、無い無い尽くしからのマイナススタートだもんな。おまけにヒキコモリの世間知らずのオレには農業や科学に内政とかの知識どころか、社会経験なんかもこれポッチも無いからなぁ。


 冒険者って言うのも異世界の定番だし、適当にある程度の金を稼いでのんびり暮らすのも有りか。チートな魔法をタマさんが何とかしてくれれば冒険者はイケそうだな。


 「で、でね。もし、もしもの話だよ? もしナードが良かったら……わ、わわ、私と、その、あの、一緒に……………暮らさない?」


 「それもいいかな。うん。そうしよう!」


 「ほ、本当!? ホントにナードは私と一緒に……」


 「うん。オレも冒険者になろうかな」


 「え゛ぇっ! 冒険者ぁ!?」


 「そう、冒険者。シィルと一緒に」


 「私と一緒に……冒険者……」


 ハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をしたシィルはオレの言葉をオウム返しする。いつから鳥になったんだこのダークエルフは?


 「……私、何か疲れた。もう寝るね。おやすみ、ナード」


 「お、おやすみ、シィル」


 シィルはタマさんを枕にして毛布を引っ被って寝てしまった。何か拗ねていたようだがダークエルフの生態は分からん。魔法の打ち過ぎで疲れたか? はしゃいでたもんな。


 オレも毛布に包まりニート時代からの就寝儀式“妄想”に入ろう。


 冒険者かぁ、なれるかなぁ。定番どおり魔力測定で測定器を壊しちゃったりしてな。それで、素敵!抱いて!な展開か、フヒヒヒヒ。でも、輩に絡まれたら怖いな。チートな魔法の威力を押さえないと殺しちゃうよ。お尋ね者は勘弁だな。そのまま魔王ルートに行ったら目も当てられない。…ビビりのオレに魔王は無理だ。……スローライフでいんだよ……スローライフで…………グゥ。



◇◇◇◇◇◇



 砂漠の旅は順調に進んだ。


 朝方歩く。昼間は休憩。夕方歩く。夜は寝る。基本コレだけ。移動距離は短く日数がかかる事になったが食料の心配はなかった。昼間の休憩時間を狩りに充てたことで解決した。


 シィルが頑張ってくれました。強くなった魔法を試したいシィルはタマさんが見つけた生物を狩りまくり食い物を確保した。ネズミ系にトカゲ系と結構砂漠には生き物がいたせいか停滞空間にしまい込んだ赤サソリに手を付けずに済んでいる。シィルは食べたがったが虫系はチョットな……。サソリって虫だっけか?


 水に関してもシィルが生活魔法で水を出してくれた。タマさんの指導前はコップ一杯程度だったが、今は飲み水を省いて身体を拭けるほど出せるようになっている。大したもんだ。エロフなんて思ってホントごめんなさい。


 オレ? オレは食って歩いて寝るだけの大事なお仕事ですよ? 当然オレだって狩りもしたし水も出した。でも、シィルに怒られた。オレの生活魔法じゃオーバーキルもいいとこ。火は獲物が丸焼けどころか砂漠ごと溶かしちゃうから消し炭も残らないし、風と土は威力が大きすぎてミンチ状になっちゃうし、水はバケツ代わりにしていた兜に穴を開けてしまった。仕方がないよね。ウォーターカッターみたいに水が出るなんて思わなかったんだから。


 勿論、タマさんに魔法のデチューンを頼んだよ。でも、タマさんは“威力を下げるなんてイミフ。むしろ更なる向上を”と取り合ってくれなかったけど。……で、何もしないのはなんだからシィルに手伝いを申し出ても休んでいるように言われて、逆にシィルがニコニコと甲斐甲斐しくオレのお世話をしてくれるのだ。


 な訳でオレはシィルとタマさんに養われる異世界ニートになってしまった。


 せっかく異星に来たのにニートをしてもつまらない。ネットも無いしな。で、シィルの視か……観察をすることにした。


 シィル。シルヴィア。種族はダークエルフ。年齢は十四才。身長はオレより高く百五十センチ半ば。肌は褐色で目の色は翠の美人さん。髪は銀髪の癖ッ毛で肩までのショート。特徴は長く尖った耳とちっぱい。大事な事なのでもう一度言う。ちっぱいのぺったん子。


 うーん、近頃のエルフはバインバインが主流だと思っていたが、この星のダークエルフは慎ましい御胸なのかな? 流石に本人に向かって“その小さいおっぱいは大きくなるの?”とは聞けない。


 ……ダメだ。これ以上おっぱいの事を考えると気が滅入るのでシィルの身体能力を考察する。


 スラリとしたシィルはどこか陸上女子を思わせた。お尻の煮タマゴはそれなりだけどな。旅の当初からはしゃいで走ったりしていたのを見て足の速い女子だと思っていたが、二日三日と日毎に速くなっている。力もそうだ。自分の身長程もある大きなトカゲを担げるほどの力持ち。


 細い手足なのになんでかな? と思っていたらタマさんがその訳を教えてくれた。シィルは種族的特徴か魔力の廻りが悪く、それを怪我と一緒にタマさんが治してしまっていた。結果、体の隅々まで魔力が行き渡り魔力で身体の強化を行っている。身体強化魔法ってヤツみたいだね。ナチュラルに無意識で使用しているそうで、その魔力の使い方は“出力増加”としてオレにもアップデートされた。


 あと、食事も影響していた。獲物の肉に多量の謎粒子“魔素”が含まれていた事。タマさんが人間の冒険者の死体とシィルを比べたら、シィルの方が魔素の耐性と云うか許容量が桁違いに高いことが判明した。


 オレは疑似生体の維持に魔素を必要としていたので獲物の肉を食った。オレと同じ様にその肉を食べていたシィルもどんどん魔素を蓄え、許容量の限界を日々突破して行き身体強化も上がっていったのだ。


 ちなみにタマさんシミュレートによると魔素を含んだ肉は個体差はあるが人間には有害らしい。試しに魔素を含んだ獲物の肉を風に晒したら魔素が抜け無害な肉になった。水に浸しても結果は一緒で水に魔素が溶けていた。魔素を含んでた肉は旨かったが魔素の抜けた肉は……シィルも微妙な顔になったな。


 超美人のダークエルフのシィル。生活魔法は“殺人生活魔法”と化し、魔素と魔力をグングン高め身体強化もまだまだ伸びしろがありそうだ。おっぱいも今はぺったん子だけどこれから大きくなるかもしれない。


 ……あれ? もしかしてシィルってチートじゃないの?


 それに引き換えオレって魔法は危なくて使えないし、宇宙戦艦の機能もヤバそうだし、シィルとタマさんに養われてる異世界クソニート。


 ……あれ? もしかしてオレって使えない役立たずのいらない子じゃ……。


 いや、まって! “出力増加”はまだ使ってないから未知数だ! 無限の可能性を持つ男ってやつだよ。うん、そういうことにしとこう。


 今は体を使った狩りは怖くて出来ないが、冒険者になるのだからいずれは出来る様になるだろう。なるはずだ。なるに決まってる。


 よし! 明日から本気を出すことにする。


 ……いや、明後日くらいからか。


 ……待てよ、明々後日にしようかな?


 ……焦るなオレ。今はこの星に慣れることが最優先だ。無理するのはやめとこ。


 などと考えていると獲物を捌くシィルと目が合った。シィルはエヘヘと笑いかけてきたが、オレの視線が自分のダブダブの服の胸元に向いていたと勘違いしたのだろう。顔を赤くし、服の胸元を引き上げオレに背を向けてしまった。やれやれ自意識過剰なぺったん子だ。


 オレに背中を向けしゃがんで獲物を解体するシィル。それでオレの視線から逃れられたと思っている。しかし、オレの視線は布地に包まれた綺麗な曲線を描く二つの煮タマゴを見逃さない。ぺったん子だがお尻はいいものプレミアム。


 ふっ、魔力の廻りは良くなったようだが頭の血の廻りはそうでもないな、シィル。



◇◇◇◇◇◇



 旅すること十日。


 砂漠を抜け灌木が疎らに生える荒地を通り、木々の生い茂る山地に入った。獲物も砂漠と変わりトカゲやネズミ系からウサギや鳥などになった。牙が生え襲撃してくる動物をシィルがウサギと云うのならウサギなんだろう。耳が長いしな。鳥も足が四本でも鳥なんだろう。羽があるしな……フライドチキン屋さんは喜ぶのかな?


 そんな異星の……もう異世界でイイや。異世界の獲物を狩りつつ、山間の草原を西へ向かう事三日。山裾を北から西に流れる小川沿いに道を見つけた。


 思えば短くも長い道程だった。……まぁオレ自身もまだゴニョニョではあるが。


 何にせよ、ついにオレ達は人里に至る道筋に辿り着いたのだ。



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