003.スキンシップとおかしな距離感
泣きながら食事を終えたシルヴィアはオレが持ち帰った服に着替えるというので、オレとタマさんはテントモドキの前で待ちぼうけを喰らっている。
健康な男子ならば女子の着替えを覗くのであろうが、オレは不健康なオタクであるのでそのような度胸は無い。それにオレは地球人でありおっぱい星人である。ぺったん子に興味は無い。
なのでテントモドキを背にタマさんを引張ったり縮めたりして時間を潰していた。タマさんは深みのある銀色で見るからに堅そうなのだがオレの身体以上に柔らかかった。うむ、粘土みたいで段々楽しくなってきた。
「もう、いいよー」
タマさんの揉み込みに嵌りかけた頃にシルヴィアから声が掛かる。……続きはまた今度にしてテントモドキの中に入ると、着替え終わったシルヴィアが照れくさそうにはにかんでいた。
「ど、どうかな? 私おかしくない?」
シルヴィアはそう言うとクルリと回って見せる。
上着の生成りのシャツは男性の大人サイズで、捲り上げた袖から褐色の細い手首が伸びている。襟は首元までボタンで留めても左右どちらかの鎖骨が常に覗くほど大きい。どことなくエッチだ。下は巻きスカート?とでもいうのか赤に近い布地を巻き付け膝が隠れるくらいの丈で、足元はブーツを改造したサンダルを履いていた。
全体的な印象は地味の一言だが、ブカブカの服から伸びる褐色の細い手足が綺麗なシルヴィアを可愛く見せた。
「うん、可愛い。ちょっと地味だけどそれも萌える」
「エヘヘ、そう? でも砂漠は暑いけど燃えるほどじゃないよ? さ、ナードの服も用意したから今度はナードの番だよ」
そう言ってシルヴィアはオレに服を渡すのだがテントから出て行く気配は無い。服を抱えたオレとニコニコと佇むシルヴィアのいるテントの中を沈黙が流れる。
「あの、オレ着替えるんだけど……」
「うん、手伝おうか!」
「えっ? いや、大丈夫だから。一人で着れるから」
「そう? じゃあ外で待ってるから何かあったらすぐに呼んでね」
シルヴィアがテントモドキから出て行き一人になったオレは服を着たのだが、オレの百三十センチ弱の身長には余りにもデカい。上着はシルヴィア以上にブカブカ。ズボンは裾を切ってあり、膝丈の半ズボンになっているがこれもブカブカ。腰回りは紐で縛って何とかなるが裾が大きく広がりキュロットスカート状になっている。
控えめに見てオレとシルヴィアは戦災難民っぽい感じ。まぁ、服があるだけ有難い。パンツが無くてお股がスースーする上に、右へ左へと納まりが悪いが腰巻フルチンよりは幾分マシだ。……子象は小さいけど今度は横チンに気を付けないとな。
「か、可愛いよ! ナード!」
振り向くとテントモドキの入り口には目を輝かせたシルヴィアの顔があった。くっ、いつから覗いていた? ダークエロフめ。オレは覗かなかったのに……。
「可愛い、可愛い。女の子みたい」
テントモドキに入ってきたシルヴィアはオレの頭を撫でながら可愛いと連呼する。
むぅ。確かにオレの子象は小さいが女の子みたいってのは無理があるだろ。精神的に年上の男としてのプライドが刺激されるな。
それに可愛いとは何ぞや。キモカワイイってやつか? オレが十才くらいの頃はキモデブと言われていたが、異星人の美的感覚は地球人のオレと異なっているのだろうか? テントモドキの中に入ってきたタマさんに聞いてみるか。
「タマさん。オレの顔ってどんなかな? 元のままだよね」
「発見時の原型の損傷が著しく、遺伝情報内の平均値を基に再構成しました」
タマさんはそう言うと身体を四角く平らに変形させ鏡の様になった。そのタマさんに顔を近付け確認してみる。
うーむ、そこにはオレの顔が映っているはずなのだ……が。
はて? 黒目黒髪に変わりはないが目鼻口といったパーツが整った中性的な大人しそうな男の子の顔がそこに有った。そしてどことなく、なんとなく、大甘に見積もると元のオレの面影も残っている気がしそうな雰囲気が有りえなくもない。
「……ふむ、オレの遺伝子は随分と手を抜いていたようだ。オレに似て怠け者なんだな」
「わぁ! スゴイね、タマさん! へー、これが私の顔かぁ。こんなにハッキリ見た事ないよ」
シルヴィアが背中からオレの肩に顔を乗せ、鏡になったタマさんを覗き込んできた。当たってるんですけどぉ! ぺったん子のくせに小さいムニッとしたモノが背中にぃ! 顔も近いんですけどぉ! 甘酸っぱい香りが、が、がが、ががが!
頭の針が飛びかけたオレは慌ててシルヴィアに場所を譲ったが、当のシルヴィアはタマさんに映った自分の顔に興味津々で癖ッ毛な髪を整えたりしている。無自覚エロフのぺったん子め。オレを篭絡するつもりか? チョロいぞオレは。女に免疫ないからな。ハァー、ドキドキした。
◇◇◇◇◇◇
乾パンらしきモノと干し肉で昼飯を済ませたオレ達は砂漠から脱出する準備を始めた。
シルヴィア達は東にある“王国”から来たそうで西にある“帝国”へ向かう途中だったそうだ。どちらの国もシルヴィアは名前を知らなかった。十日の旅程で出発し三日目でサソリに襲われたそうなので“王国”の方が近いし、シルヴィアの故郷なのでそちらに向かうかと提案したのだが当の本人は帰りたくないという。
イジメられてたと聞くし奴隷にされちゃった国だもんな。
キモオタニートのオレにはその気持ちが良く分かる。自分の事を知っている者がいない所で心機一転ってやつだよね。シルヴィアにとって異世界転生みたいなもんか。
そして奴隷という言葉は甘美な響きだがオレは女の子が酷い目に遭うのは趣味ではない。と言うことで西の“帝国”に向かうことにしたオレ達は荷物をまとめるべくサソリと人間の死体の傍らに居るのだ。
◇◇◇◇◇◇
依然として死体を直視出来ないオレの眼は泳いでいるがシルヴィアは気にする事も無く死体を漁っている。異星人少女は逞しい。
「これを冒険者ギルドに持って行くとお金になるんだって。悪用されるのを防ぐためだって冒険者志願の子が言ってたよ。それとお金ね」
シルヴィアがオレに差し出したのは鎖が付いた金属プレート。何やら文字が彫ってある。やっぱりサソリにモグモグされていたのは冒険者だったのね。そして冒険者ギルドとか言ってたからこれが冒険者プレートと云うヤツか。転生したという実感が湧く品だ。
一緒に渡された革袋の中には大小の銅貨が二、三十枚入っている。価値はどの位かとシルヴィアに尋ねたが孤児院育ちでお金を見た事は有るが使った事は無いと言う。少ししょんぼりしていたのでオレも似た様なもんだと答えておいた。
なぜかシルヴィアは“ナードと一緒”と呟き嬉しそうだ。お金の価値が分からないと騙されることもあるんだけど分かってんのかな、このぺったん子は?
そしてシルヴィアはおずおずと一枚の皮の巻物をオレに差し出してきた。
「これ……私の奴隷契約書。……ナードが持ってて」
巻物を開いてみるが英語も読めないオレに異星文字が読めるわけがない。シルヴィアも読み書きできないが辛うじて自分の名前ぐらいは分かるとの事。詳しく聞いてみたところシルヴィアは金貨五枚で売られ、巻物には契約魔法が掛けられていて巻物に署名した者の言いなりになってしまうと言う。
そんな大事なモノをオレに渡さなくても、自分で持ってるか燃やせばいいのに……。
広げた巻物の文字の下には円形の図形が記されている。魔法陣ってヤツですな。うーむ、増々西洋ファンタジー。でもコレってなんとかなんじゃね? サソリをやっつけた円形に似ている気がする。
「タマさん。これってどういうものか分かる? 無効に出来ないかな?」
「精神拘束暗示の機能を持っています。シルヴィアと関連付けてありましたが治療の際に解除してありますので既に無価値です」
「だってさ……」
「あ、ありがとうナード! タマさーん!」
オレの頭の上を定位置としたタマさんの言葉の意味を理解したシルヴィアはオレごとタマさんに抱きついてきた。初めて女の子に正面から抱締められ、甘い匂いとぺったん子だが柔らかく暖かい身体に意識が遠のく。
「くっ……こ、殺して……」
「管理規定に基づきナードの要請は却下します」
そしてタマさんのマジレスは相変わらずであった。
◇◇◇◇◇◇
無自覚エロフのシルヴィアを宥め荷物の確認を進めることにした。武器は剣が折れていたり、槍も柄が折れているため刃渡り二十センチのナイフしか使えそうにない。槍の柄は杖として使うか。いざとなればナイフを柄に巻き付ければ短槍として使えなくもないだろう。冒険者の兜など鍋やバケツ代わりになりそうな物も持って行く。ナムナム。
しかし、問題は食料だ。
どうやらサソリをやっつけた時に一緒に塵になってしまった。残りの量では二日と持たない。サソリの半身をシルヴィアが指で突いている。人肉は論外だからこのサソリを喰うしか手は無いか。
「ねぇ、シルヴィア。このサソリって食べられると思う?」
「思う! 思います! って言うか食べたい! 小さいのは屋台で売ってた。食べた事ないけど美味しいって聞いたよ」
「タマさんはどう思う?」
「摂取すべきです。この死骸には乾燥タンパクに比べ未確認粒子が多量に含まれており、ナードの体内粒子量の増加に寄与します」
女性陣?は喰うことに抵抗なしか。問題は持って行ける量だけど。
「でもタマさん、全部は持って行けないよ。どうにか出来る?」
「それならば停滞空間に収納出来ます。時間が停止している亜空間とお考え下さい。長期間航行に備えた消耗補修部品と有機物質の保管に使用しています。残念ながら有限であるため保管量には限度があります」
「へー、それってこのサソリが入る位でっかいの?」
「規定では登録艦船の三倍です。本艦のサイズは全長約三キロ、全幅全高共に約五百メートルですので約二十.二五立法キロメートルになります」
「そうかぁ、キロサイズかぁ……でっかいなぁ……」
空の大きさを仰ぎ見たオレの視界に現れた“収納物指定”という表示を選びサソリに意識を集中すると“指定完了”の文字に変わった。次に現れた“収納可能”の文字を選ぶとサソリは端から消えていく様に停滞空間に収納された。収納物の選択と“出庫可能”で問題なく取り出せることを確認したオレは、荷物も全部放り込むかとシルヴィアに向き直るが、彼女はポカンと口を開いて放心していた。
「こ、ここ、これって収納魔法なの? ナードが使ったの?」
「いや、似た様な物かな。どっちのだろう。オレ? タマさんかな?」
「誰の所有物ということはありません。建造時に登録された機能ですので厳密にいえば機能を受け継いだナードの管轄とも言えますし、そのナードの機能を補完する私の管轄とも言えます。ナードと私、二人の共有空間と認識してください」
シルヴィアが言うには収納魔法は熟練の魔法使いでも荷馬車一台分がやっとの容量。オレは“あぁそうか、異世界に付き物のテンプレだな”という言う程度の感想しか抱かなかったがシルヴィアは違った。
「いいなぁ。私も使えるんだけどポケット位しか入らないの……」
羨ましがるシルヴィアはシャツの胸ポケットを指し示す。唇を尖らせ、イジイジと胸ポケットを弄るシルヴィア。
コラ! 娘さんが自分の胸を弄り回すなんて、なんてけしからん! 胸ポケットを縮めたり広げたりする度に小っちゃな甘食が“……ココニイルヨ……ココニイルヨ……”って自己主張してるじゃないか。デュフフフ。
良いものを見たお礼を……じゃなかった。シルヴィアを不憫に思ったオレはどうにか出来ないかタマさんに相談する。まるで青ダヌキのロボットに依存する小学生だなぁ。
「な、なぁ、タマさん。シルヴィアも使える様に出来ない? なんか可哀想」
「収納魔法を解析の上、切り離した停滞空間を関連付ければ可能かと推測します」
「ほ、ホントに! ありがとう、タマさん! ナード!」
何を言っても簡単に解決してしまうタマさんはやはり出来る女?であった。ワクワクするシルヴィアに収納魔法を使わせ解析したタマさんは、いとも簡単に切り離した停滞空間を繋げてしまった。
「大きさは百万立方メートルです。収納魔法の要領で使用して問題は無いと推察します」
「ひゃ! 百万ってどのくらいの大きさなの!? さ、早速やってみるね!」
一辺百メートルの立方体の大きさを知る由の無いシルヴィアは驚きつつもフンスと鼻息も荒く、再度オレが取り出したサソリの死骸を収納して見せる。オレの収納と違ったのは瞬時に消えたことだ。恐らく入口の違いと言うことかとオレが考え込んでいるとシルヴィアが抱き着いてきた。
「ありがとう、ナード! 私、嬉しいぃぃぃい!」
孤児院で皆に疎まれていたと勘違いしているシルヴィアにとって、熟練の魔法使い以上の物を得たことは何よりの喜びであったのだろう。例え借り物であったとしても、仮初の優越感であったとしても、いずれは彼女の自信に繋がっていくのかも知れない。
シルヴィアの抱擁をギリで躱したオレは焦りつつもナレーション風にそう思った。躱されたシルヴィア自身はジト目でこちらを睨むが気にしない。
ちょっとこの子のスキンシップは距離感がオカシイな。