002.煮タマゴと塩っぱいゴハン
砂漠の夜は昼間の暑さが嘘の様に寒い。暖を取るために私に与えられたのはボロボロの毛布が一枚。身体はガタガタと震え、お腹も空いて眠れそうにない私は気を紛らわそうと思い出を振り返った。
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物心が付いた時、私は孤児院に居た。他の子達と同様に親と死に別れたか捨てられたりしたのかな。でも、皆と一緒だと思ってたのは私だけだった。皆と違い私の肌は茶色で耳が尖がっている。ダークエルフっていう種族らしい。
その私を皆は亜人と言ってイジメた。特に同年代の子は私に辛く当たってきた。男の子は私が近づくと顔を紅くするほど私を罵り、女の子はそんな私を無視をして誰も助けてくれない。今もそう。一緒に売られる他の奴隷は男同士女同士で寄り集まって体を温め合おうとしている。私はいつも一人ぼっち。
奴隷。十四の年に奴隷に売られた。イジメられるような私に価値があるのって思ったけど院長先生はニコニコしていたから私でもそれなりにあるんだ。私は他の奴隷たちと一緒に砂漠の向こうの帝国ってところに行く。帝国では奴隷が禁止されているから私たちも名目上は出稼ぎ労働者なんだって。
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気を紛らわせてくれる良い思い出は無かった。悲しく辛い思い出ばっかり。今も、多分これから先もずっと。
知っていた筈なのに、分かっていた筈なのに不思議と悲しくなりボロボロの毛布で涙を隠そうとした時に辺りが明るくなった。まだ朝じゃないけど真昼のような明るさ。砂漠の向こうが光り、地面が揺れた。
私たち奴隷の護送依頼を受けた冒険者達は予定を変更し、明日は砂漠の光を調べに行くと言っている。……早く寝なくちゃ。
◇◇◇◇◇◇
昨夜光った地点に向かった私達を待っていたのは死だった。レッド・デス・スコーピオンと云われる魔物。手の平程度の大きさなら毒も無く味がいい事から屋台で売られているのを見た事が有る。でも大人の身長を越えると強力な毒を持ち魔法も剣も効かなくなるって冒険者を目指している孤児院の子が言っていた。
砂の下から現れたそのレッド・デス・スコーピオンは荷馬車を三台繋げたよりも大きい。私たちを護送する冒険者の階級はDランク。中堅だって聞くけど、魔法使いの術は甲羅に弾かれ、剣や槍も通さない。私は震えを堪える様に首枷から伸びる鎖にしがみ付いた。戦士の胴がサソリのハサミで切り裂かれる。斥候の首が飛ぶ。その度に酷くなる震えを押さえるため鎖に腕を絡めた。
死だ。
私もあんな風に死ぬのかな。そう思った時サソリの尻尾が奴隷の一人を弾き飛ばした。
激しい痛みが左腕と首に走り私は空に舞っていた。
太陽が眩しかった。
◇◇◇◇◇◇
痛みに目が覚めた私の目の前に見慣れないモノがある。
ううん、私は見た事が有るしコレが何なのか知ってる。小さい子のお世話などで見る機会はあったけど、恥ずかしくて触ったことはない。
どうしてコレが目の前に……私は死んだの? これは夢なの? でも夢にしては腕や首が酷く痛む。私は恥ずかしさと痛みを堪えて目の前のモノに右手を伸ばす。何かに触れたかった、何かに縋りたかった。
夢でもいい! 私は一人ぼっちのままで死にたくないよ!
触れた手で優しく摘んでみる。柔らかい。プニプニしていた。
◆◆◆◆◆◆
「ファァァァァァ!? エ、エ、エロフなの? ダークエルフじゃないの? ん? 黒ギャルはオタに優しいと云う都市伝説があったな。なら問題ない……わけあるか! あ、慌てるなオレ。まだ、慌てるような時間じゃない筈だ。ギャルというには見た目は十四、五だし……黒ギャル? ビッチJC? ダークエロフ? うーん、盛り過ぎでよく分からなくなってきた……」
オレは苦悶の表情を浮かべた煮タマゴことダークエルフ(仮)の横にしゃがみ込んで様子を見ていた。意識を取り戻したそのダークエルフ(仮)は有ろうことかオレの股間を、オレの子象を……。くっ、誰にも触られたことの無いオレの神秘性が侵された気がする。
「あの、オチ……えっと、変なとこ触ってゴメンね。夢かと思って……」
ダークエルフ(仮)は真っ赤な顔で謝罪をするがそれ以上にオレは焦った。それも当然で女の子と会話をしたことが無いのだ。中学生の時に必要事項の“連絡”と言うことで女子と喋ったことはあるが“会話”をした事は無い。何を話せばいいのかオレの思考はフリーズしてしまった。
「……怒ったの? ホントにゴメンね。それよりも早く逃げなきゃ、おっきなサソリに食べられちゃうよ?」
「べ、べべ、別に怒ってないし! お、お、おんにゃ、女の子に触られたことなかったからビ、ビックリしただけだし。サソリはオレが退治したし。てっいうか言葉通じてる? 言ッテル事分カリマスカー?」
「退治したって……小さいのに凄いんだね。言葉は共通語でしょ。通じてるよ」
ダークエルフ(仮)は痛みを堪えた歪んだ笑顔を見せる。“小さいとは子象のことかぁ!”と問い詰めたくなるが……ふ、ふーん“小さいのに凄い”かぁ。
ふむ。その表情でそんな事を口にされるとオレの中で新たな扉が開きそうになったが確りと鍵をかけておく。キモオタのオレにとっては小さくても大きくても意味の無い扉だもんな。しかし初めて女の子と会話しちゃったぞ、オレ。しかも心配までされちゃったなぁ、フヒヒヒヒ。
おっと、喜んでる場合じゃないぞ。異星人とのファーストコンタクトなんだから。
では頭を切り替えて……。
「はて? 共通語とは何ぞや? 分からない事は今まで空気だったタマさんに聞いてみることにしよう。Hey、タマさん!」
「言語に関しては人型生物の死骸から言語情報を抽出し、ナードにアップデートしました」
「はぇー、タマさん死体弄ってそんなことしてたんだ?」
「はい。私はナードの機能維持管理を担っています。当惑星下における生存性向上の観点から必要と思われる処置を行いました」
タマさんはやるべきことは既に終えている出来る女?であることに感心した。さすがタマさん。そこに痺れるがやっぱり憧れはしないな。銀玉だもん。だが死体から記憶を抜き出すタマさんだからこそダークエルフ(仮)の治療も可能なのではと思ってしまう。元・宇宙戦艦の出来る女?だし。
「ねぇねぇ、タマさん。この子の治療は出来る? 色々聞いてみたいし治してあげようよ」
「喪失部位が無ければ生体構造を解析した上で破損個所の修復は可能です。しかし、治療に当たりナードの保有未確認粒子を使用します。有益な情報は死骸からでも抽出できますので治療の必要性を認めません」
「えっ!? なんでそんなこと言うの? 少しの粒子くらいイイじゃん。可哀想だし助けてあげよう? この子の口から知ってる事教えてもらおうよ。お願いだよタマさん」
「……分かりました。ナードの要請に従います」
「やった! じゃあオレは着る物とか食べ物探しに行くからタマさん頼んだよ。……あ、あにょね、オ、オレの名前はナードで、こっちの銀色の丸いのはタマしゃんって言って、き、きき、君のこと治してくれるから心配しないでね」
「……あ、りがとう……ナード」
不謹慎ではあるが少し浮かれて噛みながらもオレとタマさんをぐったりとしたダークエルフ(仮)に紹介した。それからオレは股間を隠しサソリと人の死骸の方へ駆け出した。よーし、グロ耐性は無いが荷物漁りを張り切っちゃうぞ!
◆◆◆◆◆◆
私は男の子が駆けて行くのを見送ってから苦痛を堪え体を仰向けに直すと銀色の球?に話しかけた。
「あの子、ナードって言うの。それであなたがタマしゃんさん?」
「いえ、ナードは敬称を付けタマさんと呼称しますが登録名はタマです。ナードの要請に従い身体精査と治療を行います。あなたの名称を登録しますので教えてください」
「名称って名前のこと? ……私の名前はシルヴィア……シィルっていうの」
「……登録しました。これからシルヴィアの身体精査を行い不具合を修復します」
タマさんは私の額に移動し、そして頭から爪先にかけて赤い光を走らせる。タマさんの身体は冷たくて額の熱が吸い取られていくようで気持ちが良かった。
「左腕の橈骨と尺骨の骨折と頸椎の捻挫。全身に大小の打撲。皮膚露出部に軽度の火傷。また、未確認粒子の循環不全と後天的精神拘束暗示を確認。微細修復素子の設計終了。投与後約八時間で完治します。その間、全身の発熱、悪寒、嘔吐感及び意識の混濁が生じますが生命に異常は有りません」
タマさんの意味の分からない言葉が終わらぬうちにタマさんの体から伸びた触手から一滴の銀色の雫が私の口の中へ落ちた。乾いた喉でその雫を飲み込めるか心配をしたけど雫はまるで生き物みたいにお腹にまで滑り降りていく。
こんな簡単なことで治るのと拍子抜けした私のお腹が急に熱くなり、それはすぐに全身へ広がっていった。体が熱を帯び寒さを感じる。砂漠の炎天下に晒されているのにガチガチと歯の根は合わず体は瘧が付いた様に震えが止まらない。
熱と震えから意識が朦朧となった私は右手を噛みしめそれに耐えようとした。口に血の味が広がるがその甲斐も無く意識は遠のいて行った。
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「おぅい、タマさん! 大丈夫なの、その子!」
オレが死体のグロさに目を背け荷物を漁り、服と食料などを持ち帰ってみるとダークエルフ(仮)は気を失いガタガタと震えている。その額の上でタマさんは震えに合わせる様にプルプル揺れながらポツネンとしていた。
「問題ありませんナード。現在シルヴィアは治療中で、完了に約七時間を要します」
「あっ、この子シルヴィアって言うんだ。でもまぁ、タマさんが問題ないとは言ってもさぁ……」
ダークエルフ(仮)のシルヴィアの様子はただ事ではない。悪魔憑きの様に震え自分の右手を噛みしめ白目を剥いているのだ。オレはシルヴィアの口から右手を外し舌を噛まない様に猿轡を咬ませ、首枷はタマさんが外してくれていたのでオレは仰向けで丸出しになっていた“トコロ”に拾ってきた毛布を掛けて隠してあげた。
うん……女の子だもん。丸出しは恥ずかしいよね。
「ふぅ、取りあえずコレでヨシと。あとは寝床とメシか……」
腰に適当な布を巻き付けフルチンから脱却したオレは中天よりだいぶ傾いた太陽を仰ぎ見た。
オレは砂漠の炎天下で喉の渇きも覚えず肉体の疲労も無い。謎金属生命体になった御蔭だろう。でも、シルヴィアは違うのだ。具合は悪そうだし、日差しを遮る工夫を施さないといけない気がする。砂漠の夜は冷えるとも言うし……。なので持ち帰った大きな天幕みたいな物と杭でシルヴィアを中心にテントモドキを張った。
テントモドキを張り終わる頃になると太陽も地平線に近づき、すぐに夜を迎えそうだ。闇の中では作業が出来なくなるので急ぐことにする。
食料は乾パンとか固焼きパンという物かカチカチの固形物と干し肉に干し果物。あと、五リットルぐらいの水が入った革袋が三つ見つかった。
怪我人に固形物は辛いと思うので漁ったナイフで削り、粉状にする。後で水を混ぜればお粥みたいに食べやすくなるだろう。干し肉と干し果物も細く削っている途中で陽が沈み辺りは闇に包まれてしまうが光源があった。タマさんである。彼女?は自らの身体をぼんやりと光らせ天幕内を柔らかな光で照らしてくれた。
オレは作業を終え食料を脇にどけると天幕の隅で膝を抱え、タマさんの発する優しい光の中でシルヴィアの喘ぐ光景を眺める。時たまシルヴィアが大きく仰け反るたびにしみじみと思う。
ちっぱいだなぁ。
ラノベのダークエルフはボンッキュッボンッだが目の前のなんちゃってダークエルフ(仮)はぺったん子なのだ。まぁ、見たところ十四、五才なのでこれから胸も大きくなるのかも知れない……なるのかな? オレは異星人の、しかもダークエもルフ(仮)の生態など知らないのだから早合点してはいけない等と、碌でもない事を考えている内に眠ってしまった。
◇◇◇◇◇◇
「……ド……ード……ナード」
「ん、んぁ……」
「おはよう、ナード」
誰かに揺すられる感触でオレは目を覚ました。
オレの目に飛び込んで来たのはダークエルフ(仮)の少女シルヴィアの顔。少しやつれている様だが何処か晴々としている。シルヴィアは四つん這いになり砂地の上に寝転んだオレの肩をゆすっている。
シルヴィアの着ている貫頭衣は緩やかな作りをしていて胸元が大きく撓み、首元から貫頭衣のトンネルを通し向こうの景色が見えた。
つるぺた褐色の胸に少しプックリした薄いピンクの、ネットでも見た事ないものが……ふむ、なんて言うのかなこの小っちゃな甘食は? さらに視線を下に下げるとシルヴィアの膝元近くで銀色の球体が砂の上を転がっている。うん、コレは知ってる。タマさんだ。……おはようタマさん。
「ゴハン食べよう。ナード」
オレが先ほど見た光景はお巡りさん的な問題は無いのかと熟考していると、ダークエロフ(仮)の自覚が無いシルヴィアは昨夜オレが準備した食料を並べ始めた。砂地に広げた毛布の上に木のコップが二つ。干し肉と干し果物が少し。コップの中には昨夜オレが削った固焼きパンと干し肉などがお粥状になった物が入っている。その食料を挟んで向かい合って座るシルヴィアとオレ。
うむ、おままごと感が半端ない。恥ずかしい。
対面には先程の甘食エロフのシルヴィアがいる。どこを見て食事をすればいいのか。ちゃっちゃと済ませて席を立つのも失礼だろうし、かと言って黙って食べているのも気まずい感じがする。どうしよう。
「あの、食べながらで言うことじゃないけど助けてくれてありがとう。私、シルヴィアって言うの。私ね、見ての通りダークエルフでね。ど、奴隷なの。それで……それでナードは亜人をどう思う。……バカにしたりする?」
「なんで? 長い耳と褐色の肌も綺麗だとオレは思うけど? 亜人って初めて見たけどシルヴィアみたいに美人さんをバカにするわけないよ。それに奴隷なんてやめちゃえばいいじゃん。気にしない気にしない」
何を言い出すのかと思ったらカミングアウトでした。うん、知ってた。見たまんまレベル。さっき服の中の諸々を見てしまったことを責められると思っていたがホッとした。キモいオレと比べたら超美人で間違いないし、他の女奴隷より整った綺麗な顔をしてるしな。でも、女の子と話するなんて初めてだから早口なっちゃった。キモがられてないかな?
「び、美人って亜人の私が!? で、でも皆は不細工とか汚いって……。男の子も女の子もそう言って、あっち行けって近寄るなってイジメるんだよ?」
「あー、それって多分、女の子の嫉妬だよ。シルヴィアが自分より綺麗だからってさ。それに男の子は照れてるだけでシルヴィアの気を引こうとしてそんなこと言ったんだよ」
異星人でも思春期の子供は地球と変わらないんだな。まぁ、オレみたいにホントのイジメでバイキンとか臭いとか“触るな、あっち行け”って言われることもあるんですけどね……アハハハハ。
「ナ、ナードは本当に……本当に私の事……美人だと思う?」
癖ッ毛な髪を手で整え顔に着いた砂を払ったシルヴィアはオレに変な事を聞いてきた。さっき言ったじゃん。
「うん、美人。褐色の肌も銀の髪も翠の瞳も綺麗だと思うよ」
「あ、ありが……と、う……」
美人と言われたシルヴィアは恥ずかしそうに俯いてしまった。
ふぅ、少しほっこりした空気が場に広がり異世界飯の味も分かるようになってきた。うーむ、地球の濃い味に慣れたオレに、異星のなんちゃってお粥は少し塩気が足りない気がする。
「ねぇ、シルヴィア。これ塩気が足りなくないかなって、ど!どど、どうしたの!?」
塩気が足りない事でシルヴィアへと顔を向けたところシルヴィアは泣きながら食事をしていたのだ。
なんで? オレ何かしたっけ? 何をしくじった? ……ゴハンか!? ゴハンにケチ付けたから泣き出したのか!
「な、な~んちゃって。塩気は丁度いいよ、美味しいよ! 薄味の方が体に良いもんね!」
「グスッ、違っ! ナ、ナードが……ナードが私に……うぅぅぅ。ゴハンが、グスッ! ゴハンが塩っぱいよぅ……」
そりゃ、涙がポタポタとコップの中に落ちているんだから塩っぱくもなろう。オレが悪いのか? オレのせいか? タマさんに助けを求めようにもタマさんは知らんぷりを決め込み干し肉を弄り回している。
オレは途方に暮れた。