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独り言  作者: ふふ
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 アルバイトが終わると僕は清水さんと2人でタバコを吸う。タバコの値段は上がるばかりだ。ワンコインを超えたらもう吸えないと思う。タバコの煙を見ていると彼らはどこに向かうのだろうと思う。広い世界の空気の一部に変わっていく。しかし彼らは間違いなくそこに存在している。人間も一緒だと思った。僕らは必ず最後は死ぬ。生まれた瞬間にたった一つだけ決まっていることがあって、それは必ずいつか死ぬということだ。その中で僕らは一体どこに向かうのだろう。この気持ちは僕を不安にする。それと同時に気持ちを軽くさせる。そう、いつかは必ず終わるのだ。終わりがないということほど怖いこともないのかもしれない。


 タバコを吸い終わると清水さんに別れを告げ、僕は帰り道を歩いた。スマートフォンを開くと、咲から通知が来ていた。


“バイトお疲れ様〜”


 いつも通りのLINEだ。咲はいつも同じような時間にLINEを送ってくれる。客観的に見てもすごく良い子だと思う。思想の中でしか息をしていないような僕を大切にしてくれている。しかし僕には異質に感じてしまう。なぜここまで他人のことを考えていられるのだろう。それはありがたいのと同時に不安になる。


“ありがと。月曜どこいくか考えた??”


 LINEを送ると僕は音楽を聴くことにした。特に好きなバンドがあるわけでもなければ、好きな歌があるわけでもなかった。雑食なのだ。再生履歴にある誰もが聴いているようなバンドの曲をとりあえず流した。夜の道は僕の感覚を敏感にさせる。夜の空気は僕の体を包み込む。自分と世界の境界がぼやけていくように感じる。闇は視界を奪う。だから僕の残りの感覚は敏感になる。心地の良い静かさと一体感に身を任せる。夜とのセックスとさえ思う。昔から夜は好きだった。ホラー映画は苦手だけど。想像さえしなければ、夜の暗闇は味方なのだ。流れてくる歌を小声で口ずさみながら家に向かった。


「あなたは幸せですか?」


「僕ですか?分からないです。もっと幸せそうにしている人はたくさんいる気がするし。」


「では、本当の幸せは何だと思いますか?」


「分からない。でも、自分の現状を悪く見て、永遠にそれより上を目指そうとする人は不幸だと思います。きっと幸せは自分の中の相対性によって成り立っていて、他人と比較するべきものじゃない気がする。」


「そうですか。それなら良いです。」


「きっと本来人間はそういう生き物だったはずです。せいぜい見えるのは自分の周りの世界のごく一部だけだったはずです。なのに何もかも見えてしまうから、自分が不幸に感じてしまう。もっと手触りを大切にしたいです。」



 水曜日。僕は水曜日の2限が気にいっている。これも適当にとった近代美術の授業だったが、すごく面白い。そして何より教授の女性がとても美しいと思った。自分の世界を持っていて、それを大切に生きている人だと思った。この授業だけは後期で唯一真面目に受けている。僕は心理学の専攻であるから、美術に関して詳しいことは分からない。それどころか、美術館すら片手で数えられるほどしか行ったことがない。しかしそれでもその教授は僕の好奇心をくすぐった。


「マネの絵は一見すると下手くそなよくある絵に見えます。しかしその照明の配置が時代の上層階級に対して苛立ちや不安を煽るのです。これは娼婦について書いた絵とされています。照明の位置を真正面から当てることで、この絵の視点は見ている人そのものになるのです。その時代、女を買っていた上層階級からすると自分の汚いところを思い起こさせるような配置になるのです。故にスキャンダラスな絵とされました。」


 視点や照明の話は正直よく分からなかった。しかしその絵は明らかに変なのだ。何が変と言われるとよく分からないが、違和感がある。そしてそれは時に確かに不安にさせる。もしこれを考えて描いているのならば、画家とは恐ろしい人だと思う。文章で不安を煽ることの何倍難しいことだろうかと考える。文字はある意味直接的なものだ。人は言語によって様々なことを対象化して理解するという。絵は同じ太陽が描かれていてもその解釈は驚くほどたくさんある。個人的な収束に向かうしかないのかもしれない。とは言ってもいまだ絵の自律性というものは存在していたりする。芸術は美しい、だが時に不安定だと感じる。


“お昼ご飯一緒に食べよう”


 咲からLINEが来ていた。僕は特に一緒にお昼を食べる相手もいないので、咲とご飯を食べることにした。



「拓海はどこか行きたいところあるの?」

「うーん、自然があるところがいい。」

「じゃあ鎌倉とか行こうよ。」

「それはいいね。そうする。鎌倉行こう。」


 いつも咲とのデート場所はすぐ決まる。僕は特に希望がないし、咲は一緒にどこかに行ければいいと思ってるらしいので、場所は関係ないのだ。ただ田舎生まれの僕は人が多いところがあんまり好きではない。満員電車に乗っていると気分が悪くなる。


“ jam-packed train”


 明らかにバカにされている気がする。鎌倉に行くのは2年ぶりということもあり、僕は少し楽しみになる。目の前で咲はゼミの愚痴を嬉々として話している。悪口を言っているのになぜこんなに幸せそうなのだろうか。矛盾しているように思うが、誰かと何かを話せることが楽しいのだろう。僕は適当に相槌を打つ。申し訳ないと思う。本来はちゃんと聞いてあげるべきなのだろうとも思う。しかし咲はこれで満足しているようなので、そのまま話を聞き続けた。


 1年前の夏。なぜ咲が僕と付き合うことにしたのか未だに分からない。一年生の時、中国語の授業で隣の席になったことがきっかけで僕たちは友達と言える関係になった。それだけの関係でしかなかったが、気づいたら僕と咲は距離が縮まり、付き合うことになった。僕はどちらかというと大学でも目立つ方ではないし、お世辞にもお洒落とは言えない。趣味といえばボートレースだけだ。最近バイクの免許を取ったが、バイクは持っていない。それに比べて咲は客観的に見ても可愛い子だと思う。いつも友達と一緒にいて、僕の苦手なInstagramも使いこなす。授業も適度に休むし、女子大生のお手本のような服を着ている。やはり申し訳ないと思う。


「聞いてる?」

「聞いてるよ。ゼミの教授がうるさい話でしょ?」

「そうそう」


 聞いてることを確認した咲はまた話し始めた。一通り話し終えると次の授業に行くからと僕に言い、咲は授業に向かった。僕も授業があるので、学食を後にし、教室へと歩いた。

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